Stahlgewitter2016

ベルリンでの日々

社会の変革

2017-06-30 23:58:38 | 日記
 少子化という社会的傾向を食い止めることはなかなか困難だが、個人で二人以上の子供を作り育てることは不可能というわけではない。
 このように、社会の大状況と個別事情の処方箋は異なるし、それを取り違えると、自分で解決できる問題も、社会や政治に責任を押し付けるだけで、不満な現状は何も変わらないということになってしまう。
 個人的には、社会を革命的に変化させることは不可能だと思うし、そう標榜することが惨劇を生むことは20世紀の歴史が示してきた通りである。
 かつて、小泉政権の時に、新約聖書学の田川建三氏が、「歴史のどの時代においても、ファシズム的独裁者を生み出すのは、民衆のファシズムであった。残念ながら。日暮れて、道遠し、にはちがいない。しかし、我々は、我々自身の、我々のまわりの人々の、質を高める努力をする以外に、仕方がない」と記していた。どのような政治社会状況であれ、「我々は、我々自身の、我々のまわりの人々の、質を高める努力をする以外に、仕方がない」というのに共感する。利己的かもしれないが、あるいは、悲観的かもしれないが、これが現実的だろう。
 と常々思っているのだが、結局、個別の変化と社会全体の変化はどのような関係にあるのか、ということが疑問であり続けている。
 個人が身の回りの改革を積み重ねれば社会は変わるのか。
 個別の処方箋と大状況の変化はどのような関係にあるのか。
 この問題にそれなりの解答を与えた著作といえば何なのだろうか。そんな著作はあるのだろうか。
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