Stahlgewitter2016

ベルリンでの日々

「記憶を少しずつ薄れさせる政治」

2016-10-25 01:23:55 | 忘却の政治
 ある非民主的な政治体制が過去に犯した人権抑圧。それをいつまでも忘れずに記憶にとどめることは、そのような非人道的行為が繰り返されないために必要なことであろう。しかし、体制側にとっては、そうした執拗な記憶ほど、円滑な政権運営さらには体制の安定にとって邪魔なものはなかろう。とはいえ、本音ではそうだとしても、体制が公然と自国民に対して、忌まわしい過去は忘れましょう、未来志向で行きましょう、と呼びかけることも難しい。
 ここに2015年5月28日の朝日新聞の記事がある。

 1989年6月に北京で民主化運動が弾圧された天安門事件をめぐり、中国共産党機関紙の人民日報傘下にある国際情報紙「環球時報」が26日付で、党や政府を批判した中国人留学生の公開書簡に反論する社説を掲載した。中国では今も公の場で事件を議論することが許されておらず、党の立場を擁護するものとはいえ、掲載は異例だ。ただ、ネット上では27日までに削除された。
 公開書簡は、事件から26年になるのを前に、米国在住の留学生らが中国内の学生に向けてネット上で発表。情報統制のない海外で当時の資料や体験談を見聞きして真相を知ったとした上で、「政府は今も罪を認めず、犠牲者は侮辱され、生存者や事件触れた人は弾圧され続けている」と批判している。
 これに対し、社説は「当時の若者の大半は、深く反省し、考えを改めて祖国に貢献している」「(当時の記憶を)少しずつ薄れさせるやり方は、未来志向の選択。昔のことを持ち出して現在を乱すのは意味がない」と反論した。

 「(当時の記憶を)少しずつ薄れさせるやり方は、未来志向の選択」という言葉は、忌まわしい過去を記憶することの重要性を真っ向から否定するものである。ここまであけすけに過去は忘れてくださいというのも珍しいだろう。
 しかし、とここでは指摘しなければならない。しかし、「記憶を少しずつ薄れさせる政治」、より直接的には「忘却の政治」は、ある時代までは国家間や国内での紛争の解決や和解の実現の方法として常道であったこと、そして、第二次世界大戦後の現代世界においても無視できない役割を果たしていることである。それこそ戦後のヨーロッパ史も、「忘却の政治」なしには理解できない。
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