カトリック教会の問題

公会議後の教会の路線は本当に正しいのでしょうか?第二バチカン公会議後の教会の諸問題について、資料を集めてみたいと思います

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教会がどうなってしまったのか分からなくなってしまったカトリック信者たちへ

2017-06-19 16:38:36 | 公開書簡
教会がどうなってしまったのか分からなくなってしまったカトリック信者たちへ

ルフェーブル大司教の公開書簡その5

「それは昔の話ですよ!」



カトリック信者は根本からの変化が行われていることを感じていても、すべての革命に共通するしつこい宣伝に抵抗するのは、難しいものです。彼らはこう言われるのです。

「あなたは変化を受け入れないのですか。でも変化というのは生きている証拠ですよ。あなたは固定観念にとらわれています。50年前に良かったことは、もう今の時代の考え方にもあっていませんし、私たちの今の生活にもあっていません。あなたは自分の過去にあまりにもビッタリとくっついて、自分の習慣を変えることもできなくなっているのです。」

 多くの人たちは、「あなた達は遅れている、過去にしがみついている、あなた達は現代に生きていない」などという論争に火をつけるような非難から、身を守るための議論のやり方がわからず、このような非難を受けるのをさけて、改革に身をゆだねてしまいました。

 オッタヴィアーニ枢機卿は、すでに司教様たちについてこう語ったことがあります。

「彼らは古ぼけて見えるのが怖いのだ」と。

 教会の生命力を証明している変化、適応を、どれもこれを拒否したわけでは決してありません。

 典礼に関して言えば、私と同じ年齢の人たちは、初めて典礼改革を経験したわけではありません。私は聖ピオ十世が、典礼の改良をもたらすために、特に、聖人暦の部よりも年間暦の部に重点を置き、子供たちの初聖体の年齢を繰り下げ、それまで陰っていた典礼聖歌を復興しようと苦心していたそのときに生まれました。ピオ十二世はそれに続いて、現代生活のために生じる断食の困難さのために、御聖体拝領前の断食の長さを縮小しました。同じ、現代生活に対応するという理由で、午後のミサを許可しました。また聖土曜日の夕方に復活の徹夜祭の聖務を置き、聖週間の典礼を再編成しました。ヨハネ二十三世も、公会議の前に聖ピオ五世の典礼に、少し手を加えました。

 しかし、以上の改革は、1969年に起こったこと、つまり、ミサに関する新しい観念を生み出したこととは、近くで見ても、遠くから見ても、全く似ても似つかないのです。
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