聖ピオ十世会 Society of Saint Pius X

キリストは勝利し給う、キリストは統治し給う、キリストは命じ給う

12 ヴィッカの嘘

2017-05-17 21:01:12 | 聖母マリアとその出現について
12 ヴィッカの嘘

 1985年1月14日の晩、出現の時刻は迫りました。ここは一つの小さな部屋。メデュゴリエの村の人々や、ドイツ人のカメラマン、また、スラヴコ・バルバリッチSlavko Barbaric神父(メデュゴリエの教区の助任司祭でヴラシッチ神父の後継者でカリスマ運動書)、トミスラヴ・ペルヴァンTomislav Pervan神父(教区の主任司祭)、ルイ・ベランジェLouis Belanger(カナダ人の研究家、やはりビデオ・カメラを持っていた)、ジャン・ルイ・M(Jean-Louis M.メデュゴリエに住み着いて9ヶ月になるフランス人のメデュゴリエ信奉者、しかし出現の信憑性を疑いだしていた)などがいました。幻視者たちが到着し、跪き、「脱魂」が始まりました。

 このとき、上で最後に名前を挙げたフランス人がいきなり、人差し指と親指を立ててヴィッカの目に猛烈に突き刺そうとしました。ヴィッカはびっくりして頭を後ろに反らせてそれを交わします。皆は一体何が始まるのかと自問自答し始めました。この様子は2つのビデオカメラに撮影されました。ヴィッカの後ろにいたスラヴコ・バルバリッチ神父は、明らかに嬉しそうではありません。「出現」の儀式は終わり、皆は帰っていきました。例のフランス人はバルバリッチ師に言います。

「あなたは私がしたことを見ましたか?実験でした。私はヴィッカに、自己保存の本能を呼び起こす刺激を与えてみました。そして、あなたが話していたこととは全く反対に、彼女は反応しました。以前の実験は偽物でした。私のした実験は聖母が出現になっていないということは証明しません、しかし、子供たちが確かに外的な刺激に反応すると言うことを証明しています。何故あなたは嘘をついたのですか。」

バルバリッチ師は、落ち着かず、居所を失ったようでした。彼はそのまま祈りに出かけました。このフランス人はカナダ人のルイ・ベランジェに「あなたは録画したでしょう?この画像は非常に重要です、証拠になります。」と言いました。

 バルバリッチ師は非常に狼狽していることを隠すことが出来ませんでした。しかし、彼はミサを捧げなければなりませんでした。ルイ・ベランジェとドイツ人カメラマンはまだ「出現」の部屋に居残っていました。数分の後、扉が開き、ヴィッカが微笑みながらしかし、顔を少しこわばらせて入ってきました。そして彼女の後ろには、追放された二人のフランシスコ会士のうちの一人イヴィカ・ヴェゴIvika Vegoがいました。ヴィッカはとても興奮していました。彼女は自分の唇をかんでいました。そして言いました。

「私はジャン・ルイさんも、彼の手も見ませんでした。私は聖母を見ました。聖母は幼きイエズス様を腕に抱えておられました。すると、幼子イエズスは腕から滑り落ち、私はただイエズス様が落ちないようにとしぐさをしただけです。それだけです!」

 ロランタン師は、この出来事を意味のないたわいのないことと言って、もみ消そうとしています。しかし、メデュゴリエの専門家は、故意の省略や隠し事と嘘の専門家で、ヴィッカのした戯けた説明を省略します。私たちは、この出来事において、メデュゴリエの核心に迫っているのです。一体幻視者と自称する人たちは、誠実なのでしょうか。彼らが聖母を見たと主張するとき、本当に彼らを信じることが出来るのでしょうか。

 実にこの出来事の数ヶ月前から、ヴラシッチ師や、バルバリッチ師、ロランタン師も、幻視者たちは脱魂状態の時には「不動で、外界とはいかなる連絡もない」と言っていましたし、ヴィッカもブバロ師のそう断言していたのでした。この晩のバルバリッチ師の狼狽が何故かがよく分かるでしょう。

 ヴィッカの証言をよく見ますと、彼女は二重の嘘をついていました。まず、ヴィッカが本当に幼きイエズスが聖母の腕から滑り落ちたのを見たとは考えられません。更に、前に身を乗り出して腕を差しだし、イエズスを受け取ろうとする代わりに、身を後ろに反らして「イエズス様が落ちないようにとしぐさをした」というのはあまりにも愚かで馬鹿馬鹿しいことです。また、たとえ仮にイエズスが聖母の腕から本当に滑り落ちそうとしたとしても、どうしてジャン・ルイがヴィッカを攻撃しようとしたその瞬間に落ちそうになるのでしょうか。奇妙な一致です。ヴィッカはどうしても幼きイエズスを伴った聖母の出現の話をでっち上げたとしか思われません。

 ヴィッカによれば、1981年の最初の出現からその時までおよそ1300回の出現があったそうですが、幼きイエズスを伴って聖母が現れたのはそのうち3回しかありませんでした。ヴィッカは、決して、彼女の言うところの「マリア様の腕の上に不安定に見えた」幼きイエズスを見ていたのではありません。ヴィッカが見ていたのは、私たちがビデオの録画で見るように、目に入ろうとするジャン・ルイの指でした。彼女のこの瞬間の反応があったことをだれもその晩は否定しませんでした。バルバリッチ師も、ペルヴァン師も、ヴィッカ自身も!しかし、ロランタン師は、ヴィッカがそのような本能をしたことを躍起になって否定しようとしています。そこで、1月27日から、誰一人として出現の部屋に立ち入ることが出来なくなったのです!

 神秘神学において、天主から特別な聖寵を賜った霊魂には、合法的な長上の命令に堅く従うように天主は命じられることが知られています。脱魂中の聖人でも、その長上が彼に命じると直ぐに平静の状態に戻りました。

 1984年8月、ザニッチ司教は教会の伝統的な規律を押しつけました。司教は、「出現」の正真正銘性を疑うべき充分な証拠がありましたので、ヴラシッチ師に教会の中で幻視者の「脱魂」が起こることを許してはならない、もし脱魂するなら、自分たちの家とか、個人的なところでのみ、と言うことを命じました。しかし、ヴラシッチ師は従順することを拒みました。そこで、彼は9月に隣の教区に人事異動となりました。10月31日、司教は同じ命令をスラヴコ・バルバリッチ師に与えました。彼も従うことを拒みました。1985年1月1日、司教はこれを今度は教区から追放する命令を出します。しかし、フランシスコ会の地区長はこれを追認するのを遅らせました。1月31日司教は、1週間以内に教区から出ていくようにと同じ勅令を繰り返します。しかし、この間に、司教の禁止にも拘わらず、毎晩教会内で出現がありました。

 1月3日、イワンは脱魂中に「聖母」がこう言うのを聞きました。

「私はスラヴコ[バルバリッチ師のこと]がここに留まることを望みます。彼が命を導き、新しい命を集めるように。それは私がいなくなった後にも、全て起こったことの完全なイメージが残るためです。私が特に今、スラヴコのために、この教区で働く人々のために祈ります。」

 スラヴコ・バルバリッチ師は8月までそこに留まりました。カトリック教会の伝統的な神秘神学によれば、現代の最も高度な医学上の試験よりも、神秘的が現象が天主からのものか悪魔からのものかを見分けるのには、合法的な権威に従順であるかどうかと言う試験の方がもっと意味と価値があり、神学的であり、すなわち科学的です。しかし、これらカリスマ運動をしている人々に、このことを説明しても、彼らは聞く耳を持っていません。

 ザニッチ司教は1985年3月にドレクロ神父にこう尋ねられました。

「あなたは元々、出現には反対ですか。」

「いえ、その反対です。私はルルドには8回行きました。私は巡礼団を組みました。私はマリア様の信心に大賛成です。私はバヌーBanneux、ボランBeauraing、シラクサSyracusaと言った教会から認可を受けた聖母の3つの出現地に行きました。」

「でも、メデュゴリエの出現は納得しないようですね。」

「私は自分の司教区に別のルルドがあったらどんなにいいか!と願います。これは、本当に偉大なことです。でも、私は天主様の前で、私の良心の前で、教会の歴史の前で、このメデュゴリエの出現が本当で超自然のものであると宣言することはできません。」

「あなたはまだ政府からの困難を恐れますか」

「現在は全ては落ち着いています。・・・しかし、私が思うには、メデュゴリエの周りの感情的な興奮が、幻滅に場所を譲って落ち着くとしたら、一体何が起こるでしょうか?共産主義者たちはルルドやファチマ、キリストや、カトリック信仰が、全てメデュゴリエ以上には価値がない[つまり全く価値がない]と結論付けるでしょう。そうなったら、教会の権威の失墜でしょう。」

「最後の一言は?」

「確かに私は罪人であって、司教には相応しくない人間です。しかし、私はもしそれが全て嘘であると知りつつ、偽りを言うがままにさせていたとしたら、それこそ私の人生の全ての罪の中で最大の罪となるでしょう。」

 ザニッチ司教は、毎日のように、世界中のカリスマ運動の人々から、霊の名において侮辱を受けています。司教は言います。

「私は馬鹿か悪魔付きであるこのように取り扱われています。私は全てを崩壊させ、出現に関わる全てに反対するものであると告発されています。私はサタンの人となった生まれ変わりだと言われています。」(La Libre Belgique, 11 avril 1985)

 ヨハネ・パウロ2世によって「パウロ6世賞」を受けた、この地球上の全てのカリスマ運動の教祖として崇められている神学者に、ハンス・ウルス・ファオン・バルタザールHan Urs von Balthasarと言う人がいます。彼は、ザニッチ司教がメデュゴリエの聖なるカリスマ運動の指導者トマスラヴ・ヴラシッチ師を排斥したと言うことで、非常に厳しい手紙をこの司教に宛てて書きました。手紙の内容は次の通りです。

「司教様、あなたはなんと悲しい文章を全世界中に送ったのでしょうか!司教職がこれ程退廃した[ソノママ]のを見て、私は深く悲しみました。あなたに人々が勧めるように、忍耐強くある代わりに、あなたは高みから、あなたの世話と保護を受けるに相応しい尊敬すべき、無実の人々[これはヴラシッチ師のこと]を否定し、厳しい雷を落としました。・・・私はあなたが誠実に主と聖母に祈ることを期待します[ヒドイ!]。メデュゴリエでかくも熱心に祈る人々全てと交わりなさい[コンドハ、メイレイ]。敬具」
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