聖ピオ十世会 Society of Saint Pius X

キリストは勝利し給う、キリストは統治し給う、キリストは命じ給う

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カトリック信者たちは神聖な場所において平凡なしかも低俗なものを押しつけられるので、指針を失いどうして良いか分からなくなっています

2017-06-13 14:48:33 | 公開書簡
 カトリック信者たちは神聖な場所において組織的に平凡なしかも低俗なものを押しつけられるので、指針を失いどうして良いか分からなくなっています。教会建築物の美しさや宗教儀式の美しさに役立っていた全てを、人は「凱旋主義」と呼ばわります。教会の飾りは日常の飾りに、「生きた(vecu)」ものに近づかねばならないといいます。信仰のあった時代には人は天主様に自分の持っていた一番高価なものを捧げました。村の教会にあったものは、まさに日常生活に属していないものでした。例えば金属の細工品、美術作品、繊細な生地、レースの編み物、刺繍作品、宝石の冠を被った聖母像、などです。キリスト者は至高なる天主を自分の出来る限り崇敬しようと経済的な犠牲を払っていたのです。これら全ての美は、祈りをたやすくし、霊魂を高く挙げるのに役立っていました。実にこの様な捧げものは人間にとって自然なことなのです。東の博士たちがベトレヘムの貧しい馬小屋に赴いたとき、彼らは金と没薬と香を持ってきました。カトリック信者に低俗な雰囲気の中で、他の公共施設と変わらないような、時には公共施設よりも劣悪な「多目的ホール」の中で祈らせることは、彼らを虐待していることなのです。あちこちでゴチック様式、ロマネスク様式の素晴らしい教会を放棄し、そのそばに装飾すらもない寂しい倉庫のようなものが建てられています。あるいは、食堂で、つまり台所で、「家庭の聖体祭儀」をするのです。私はこの「家庭の聖体祭儀」の話をひとつ聞いたことがあります。それは、或る亡くなった方の自宅でその家族と友人たちの前でなされたそうです。儀式が終わると、カリスを片づけて、さっきと同じ祭壇の布のかぶさっている同じテーブルの上で食事をし始めたのです。その間数百メートル歩いたところには、素晴らしいステンドグラスのある十三世紀の教会のまわりに空の鳥だけが天主を賛美して歌っていたのです。 読者の皆さん、皆さんの中で戦前のことを知っている人は、きっと御聖体の祝日の行列の熱意を思い出して下さることでしょう。様々の仮祭壇、聖歌、香炉、司祭は金で刺繍した天蓋の下に日の光を浴びて輝く聖体顕示台を奉持し、教会旗、舞飛ぶ花、鈴の音色を思い出すことでしょう。子どもの心にも礼拝とは何なのかその意味が生まれ出、そして心に生涯刻みつけれられていました。礼拝の気持ちという、祈りのこの一番大切なことが全く無視されているようです。まだこれからも必要な進化とか、生活の新しい様式だとかということを話し続けるつもりなのでしょうか。たとえ道路が交通渋滞になったとしても道路でのデモ行進は平気でやっています。それに参加する人たちは自分の政治的見解を言い表したり、正当であってもなくても自分たちの要求を主張し、一切の世間体というものもないのです。何故天主だけが片隅に追いやられているのでしょうか。何故キリスト者だけが天主にふさわしい公の礼拝をするのを遠慮しなければならないのでしょうか。

 フランスでは、聖体行列がほとんど無くなってしまいましたが、信者の関心が無くなったからではないのです。御聖体行列は、「神の民の積極的な参加」を絶えず求め前進している新しい司牧指針によって(!)、禁止されているのです。1969年には、オワーズ県の主任司祭は、御聖体の祝日に伝統的な聖体行列をすることを禁止させられましたが、しかし、この聖体行列は禁止にもかかわらず行われ、村の全住民の十倍の人手で盛り上がりました。教区の司教は、この司祭を解任しました。新しい司牧指針は、実はこの点では典礼に関する公会議憲章と矛盾しているのですが、この様な信心の形に愛着しているキリスト信者たちの深い望みを叶えていると言えるでしょうか。

 そのかわりに彼らには何が提示されているのでしょうか?ほとんど何もありません。なぜなら礼拝のための儀式は急速に減少したからです。司祭はもはや毎日ミサをたてません。司祭はその他の時には共同司式をします。ミサの数は激減しました。田舎に行くと平日にミサに与ることはほとんど不可能になりました。日曜日には「巡回司祭」が回るところに行くために車に乗らねばならなくなりました。フランスの数多くの教会は完全に閉鎖され、まだ開く教会でも一年に何回か開くだけです。それに加えて召命の危機があります。あるいはむしろ、召命があってもそれに答えることの危機があります。宗教を実践することは年々ますます難しくなっています。大都市では一般的によく行き届いていますが、例えば初金曜日や初土曜日に御聖体拝領するのはほとんどの場合不可能です。勿論毎日ミサに与ろうと夢にも思うことは出来ません。都会の多くの教区教会ではミサは、要求に応じて、或る定まったグループのために、このグループとした約束の時間に行われるので、たまたま通りがかりに教会に入るとこのグループの活動と生活に言及した儀式をしているために、通りがかりの信者はなんだかよそ者のような感じを受けます。会衆と共のミサと対立するものとされた「私唱ミサ」と呼ばれるものを人はしばしば悪くいいますが、現実のところは共同体は小さなかけらに分断されているのです。司祭たちが、カトリック・アクションとかその他の活動をしている信者の個人の家で、幾人かの仲間のためにミサをするのはまれなことではありません。あるいは主日(日曜日)のミサの時間割はいろいろな言葉の違う共同体のために分けられています。ポルトガル語のミサ、フランス語のミサ、スペイン語のミサ、それからそれから、・・・。外国へ旅行することが広く一般的になっている今日のような時代に、カトリック信者が自分が一言も理解できないミサに与るのを余儀なくされているのです。しかも、言葉を理解してミサに「参加」しなくては祈ることが出来ないのだと彼らに言い含めているにもかかわらずそうなのです。信者たちはではどうしたら良いのでしょうか。
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