政府の2010年度予算請求の事業仕訳の進展が毎日のマスコミを賑わしている。国民目線で政府のお金に使い方をチェックして、役人の説明がしどろもどろになる例が伝えられて、結果は「廃止」という裁きである。
さしずめ、大岡裁きのドラマを見ている感覚になって、視聴者の立場を超えて「バッサリと切る」快感に浸る人も多いのではないだろうか。
確かに、日本政府の優秀な官僚が考えた政策とは思えないような、効果の見込めないお粗末な政策がまぎれている事は事実だから、バッサリと廃止するのも必要であろう。
しかし、日本の国策としてしっかりと議論をして、腰を据えた継続的な取り組みも、成果が見えないという理由で廃止や見直しを迫るのは、短兵急にすぎる議論である。
その中で、気になる発言があったのを目にしたので(テレビで何度もその場面が出てくる)、ここで採りあげて、少し掘り下げてみよう。
「1番を狙うとして税金を割いているが、2番手ではなぜダメなのですか?」との疑問である。
これは科学技術分野のことでの議論であるが、確かに、トップを目標にするには大変な費用と人材の投入が必要であり、何でも1番手、トップを目指していては、とてもお金が足りない。
日本での人材においても限りがあるので、多くの分野で実力を伸ばすにも限界がある。
しかも技術の世界では1番手を狙って、実現してトップの座を維持するのは容易なことではない。
2番手は努力する方向が分かっているので、その跡を追っていくことで、トップに近づくことは可能であり、日本はそれを得意としてきた。
製鉄事業、建設事業、石油産業、電気製品事業、自動車事業と、日本の経済成長を支えて、達成してきた事業は数知れない。
この先進国の技術を見習い、技術提携により2番手の企業を目指して努力してきた経営者は、失敗が少なくて成果を上げることが出来た。
先人が成功した後を追うのであるから、大きな失敗はしないで済む。
ある意味では賢明な姿勢であったかと思われが、それでは永久に1番手にはなることが出来ない。
別に1番にならなくても良いではないか?
なぜ、そんな苦労をして失敗する危険をおかすのか?
日本人の多くの人が、そんな風に考えているかもしれない。
そこで、もっとよく考えて欲しい。
日本はアメリカ(1番手の国)の後を追って、経済成長を遂げ、アメリカに次ぐ経済大国に成長をした。
その後はどうなったかというと、その後を見習いたい国を見失って、バブル経済に突入をして、あえなくハジケテしまった。
トタンに経済運営において未知の領域の苦労を強いられ、失われた10年を無駄に過ごしてしまった。
日本の政治家も経営者も、そして官僚や経済学者も、すべて2番手のやり方で成功してきた人間しか、日本のトップ層にはいない事態になっている。
一番手を目指して苦労を積み重ねた人だけが、先行きが不透明の事態に対応できる度量が備わる。
ノーベル賞受賞者の発言は、この1番手に向けて苦労した重みのある内容である。以下次回に。










