隻手の声(佐藤節夫)The voice of one hand clapping.

世の中の片手の声をココロで聴こう。

大峯千日回峯行Oomine Sennichi Kaihougyou       

2007-10-01 07:16:52 | Weblog
大峯千日回峯行Oomine Sennichi Kaihougyou       平成丁亥年神無月一日
 
カナダ滞在中読んでいたのは、「大峯千日回峯行」。
S君が読むように勧めてくれた本です。
大峯千日回峰行-修験道の荒行
塩沼亮潤板橋興宗の対談で、春秋社から今年の3月に出たものです。
塩沼氏は仙台の慈眼寺権現堂住職ですが、お寺の息子ではなく、39歳です。
小学校五年の時に比叡山の酒井雄哉阿闍梨の千日回峰のテレビ番組を見て
自分も行がしたいと思う。その後奈良県吉野の金峯山寺(きんぶせんじ)でも
千日回峰をやっており、距離、標高差等、すべての条件が厳しかったので、
厳しい方を選んで、1300年間で二人目の阿闍梨になった人です。

午前12時半に一人で山に入り、一日48kmの山道を16時間かけて大峯山
1,719mまで登り、その日のうちに帰ってくる。それを毎日続ける。5月3日から
9月22日まで、120日間毎日繰り返す。だから9年ぐらいかかるのです。
足を捻挫しても熱が出ても、肉親が亡くなっても中断は出来ない。万が一行け
ない日があったら、行が失敗したとみなされて、所持している短刀で腹をかき
切るか、死出紐で首をくくるしかないという行を達成して阿闍梨になったのです。
千日回峰行とセットで四無行もやった。これは9日間の断食、断水、不眠、不臥。
つまり食べない、飲まない、眠らない、横にならないという行です。水を断つのが
最も辛かったそうです。
このように勧めてくれていた。
 人と自然とが一体になった調和を実践してみえる。そうでなければ続けられないくらい厳しさがある。 当然日常の生活そのものから凄い。四無満行の時などすべて先を見て行動されている。 この行を行う準備に10年かけたということからでも、考えさせられた。
塩沼大阿闍梨の言葉のなかに「皆さんは一気にずっと飛ばされて、疲れてくるので休息する。私はゆっくりポチポチというのが自分の精神だったので、ゆったり歩いて行って、その代わり休みを少なくする。例えば1時間かかる道を50分で歩くとしたら、相当スピードを上げないと十分な短縮はできない。でも自分が調子いいからといって、1時間かかるところを50分で行ったら絶対にツケが回ってくる。後で、どっと疲れがでる。1時間かかって歩く道は1時間かかって歩くのが一番いい。10分短縮したらそのツケが必ず回ってくる。ボチボチというのが一番いいのではなかろうか。」 とある。しかし、この塩沼大阿闍梨のボチボチといっても、早歩きである。 ペースを崩さないと言うことに尽きる。
 大阿闍梨は行者のこころを説いている。「自分の心というのは自分の心でしか磨けれない。自分に正直に、一生後悔のないようにと思ったら、一歩一歩真剣に、ていねいに、あるいは素直に、正直に行じたいという気持になる。それに三度三度の食事があり、帰ったらふとんもある。そう思ったら涙が止まらなくなった。」
「自分ならできると自信をもつこと。絶対あきらめないこと。後は常に心を明るく持つこと。」「一番大事なことはみんなが健康であって、みんなが仲良く生きること、人と人との調和、人と自然との調和です。 物質文明があまりにも発展しすぎて、こころという大事な部分がみんな衰退してしまっている感じが致します。」
大阿闍梨は行の旅の結果として述べている。
「どうやったらみんなが救われるかということを考えながら、自分自身に何ができるのかということを考えてまいりました。そして人生とは何だろう、信仰とは何だろう。わけもわからないまま、来る日も来る日も根気強く、行の旅を続けてまいりました。その結果得たものは、もっと多くの人とふれあって人々のことを理解しなければならないということでした。
 人と人、心と心、縁によって出会ったすべてに感謝し、より絆を深めることです。この現代社会に一番欠けているところでもある。自分の器を大きくする、もっと自分が、深く自分自身を見つめ直すことが大事だ。」
「山の中は、大自然の中で自分ひとりだった。ただ一人強くても、ただ一人清くても何か虚しかった。そこで思ったことは、人間というのは人と人、お互いに何か分かり合って、初めて喜びを感じる。山の中でいくらつらいことに耐えても、苦しいことに耐えても、これはやはり虚しいなと。やはり里に降りて、皆さん一人ひとりとお互いに理解し合う。これが理解し合えたときには、ものすごい歓びがある。どんなときでも常に心豊かに、皆さんと出会って、理解し合って、笑いながら、いい人生を一日でも多く積み重ねていきたいと思っております。」
「神棚、仏壇何でもよい、床の間の掛け軸一本でもいいんです。あるいはタンスの上の先祖のお位牌や写真一枚あっただけでよい。心のよりどころというものがなくなるのは、こころ寂しいことではないでしょうか。現代の病巣を見る。」とおっしゃって見える。人それぞれが「一隅を照らす」ことが大事だとも。

修験道の修行者は俗に山伏と呼ばれてきた。去年ブログに書きました「勧進帳」(H18,12/2)に出て来ます。純粋に自然の中で悟りを求めていく山岳宗教であり、神仏一体の宗教なわけである。 現代において、塩沼大阿闍梨さんのような若い青年僧が大自然に命懸けで精進潔斎されたことは大変意義があると思います。小学校以来の宮沢賢治の「世界全体が幸福にならないうちは、個人の幸福はあり得ない。」という一文を実践してみえる凄い方である。

「大峰・熊野 修験の道をゆく」(藤田庄市氏)  この中に山岳修行に身を捧げ、世に知られることもなく亡くなった行者たち 前田勇一(1913~81)、伊富喜(いぶき)秀明(1945~95)、佐藤寛道(1947~99) の事が書かれている。 その一人、伊富喜秀明は文字通り修行のなかで命を落とした行者だった。神社の宮司のまま園城寺(大津市)で得度を受け、山伏となった。
 ある時、心を病む女性を救おうとするが、はかばかしくない。伊富喜は自らを責めた。「自分が至らぬからだ」。そして60日間の断食をめざし、深仙のお堂に籠った。加えて、大日岳の鎖場を上下し、釈迦岳にも登ったという。55日目。衰弱激しく、友人たちが駆けつけたが、時すでに遅し。担架の上で、妻の手から水を口にふくませてもらい、満面の笑みをうかべて息をひきとったという。 大峰奥駈道・行仙宿の行者堂には三行者が写真と事跡によって顕彰されているという。 何とジーンと心にくるものがあります。

P.S. カナダのホストお祖父さんに、この本を見せたら、中国(台湾?)にも重い岩をある場所からある場所へ繰り返し運ぶ人がいるといわれた。日本のような神仏一体の宗教ではないと思うが、会話力不足で議論出来なかった。
***
G 君より コメントを戴いた。
大峯千日回峰行の記事 読ませて頂きました。 私は 現本は読んでいませんが 阿闍梨の言われる事 納得することばかりです。 そのうち 本を読んでみたいと思います。
地球温暖化の問題は ここアメリカでも かなり関心が高く 今年のサミットでも 重い腰のアメリカも 動かざるを得なくなったようです。 しかし この国は 消費しすぎです。 以前に比べ 少しは節約している様ですが。

しかし 米欧の先進国が いくら消費を減らしても 中国、インド、それに これからのアフリカのことを考えると 焼け石に水の気がします。

これらの国に 消費をしないようにさせることは 生きるための最低限の生活に甘んじろと言っていることに等しく 先進国のかけ声だけでは どうしようも無い気がします。

消費を美徳として ビジネスを進めてきた国が 民主主義を広めるという名のもとに 人の心を掴んできた人たちが これからどうするのでしょうか?

阿闍梨の教えを 広めていくのは どうしたらいいのでしょうか? ある種の宗教しか 道はない気がしますが。

なにかの救世主を待つしか無いのでしょうか?
***
貴君の言われるように「これからどうする?」が、喫緊のテーマとなりましたね。
2030年;日本は3人に1人が老人になり、その時資源の枯渇もあと20年とtime limitが迫ってくる。その時では遅い。科学・宗教などさまざまな分野で、子供たちに未来を託せねばならない時期がきたように思う。
お読み下され、感謝致します。

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