六本松通信(旧能美・呉羽・博多南通信)

ブログ主が2014年11月から居住を始めた福岡市城南区と中央区の生活や都市環境をお伝えします。

政治と科学の分離(2)

2017年06月28日 | 読書・映画

(昨日の続き)

 科学が、たびたびの断絶を繰り返しながら発展するという考え方は、やはりアメリカの科学哲学者トーマス・クーンによって『科学革命の構造』(みすず書房 上の写真です)の中で1962年に唱えられています。クーンによれば科学研究はパラダイム(ある研究分野の基本的な考え方といった意味です)の革命的な転換によって、まったく新しい科学の体系を生み出しながら発展していくという考え方です。ファイヤーベントの考え方では、この革命的な転換が全くアナーキーに起こるということがポイントのようです。クーンはパラダイムの革命的な転換によって生み出された科学は、それからしばらくの間、「体制化」して社会の役に立つ成果を生み出し続けます。クーンはこれを「通常科学」と呼んでいます。私たちが日常生活の中で正統な科学と思ってみているものは、この「通常科学」ということになります。

 ファイヤーベントは、この体制化した「通常科学」こそが曲者だと考えているようです。本来、アナーキーで「何でもあり」の科学が、政治権力と結託した場合に起こる社会的な弊害は半端なものでないというのです。ファイヤーベントは、旧ソ連のルイセンコ問題を事例にそれを指摘しています。またアメリカでも、マンハッタン計画(原爆開発計画)に協力したフォン・ノイマンをそうした事例として考えているようです。本書の中にそうはっきりと書いている訳でないのですが、ノイマンをあてこすっているような書き方を本書内の4箇所でしています。

 という訳で、ファイヤーベントは本書の最後に政教分離ならぬ「政治(教育)・科学の分離」を訴えています(本書の428頁)。政治(教育)と宗教の結託は、過去のどの時代でも地獄のような悲惨を人々にもたらしてきました。政治(教育)と科学の結託も全く同じ悲惨をもたらしていくだろうと。政科分離は、なかなか難しそうですが、政教分離だって300年くらいかけてとにもかくにも先進国では実現してきたのだから、政科分離だって同じくらいの時間をかければできないことはないだろうという訳です。

 実は私も1年半ほど前から、ファイヤーベントの指摘のようなことを考えてきました。科学と政治権力の結託は社会に必ずしも福音をもたらさないかもしれないということをです。私自身は今現在、そうした「結託」を是とする考え方のプロジェクトから給与をいただいているので、なかなかこれは深刻な問題です。嘆いていても始まりませんので、とりあえず、そうした「結託」の問題点を少しづつ摘出して論文にして発表しているところです。問題点への処方箋も考えています。御興味のある方には論文の抜き刷りを無料で差し上げますので、いつでもご連絡ください。 

 

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