天空の土木作業

鉄道模型レイアウトの制作記録

中央西線 中央東線

2017-05-20 | 日記
一昨年までは飛行機で余裕を持って大阪ー東京間を移動していましたが、段々と多忙になり今年に入ってからはほとんど新幹線でギリギリの乗り換えでのせわしないスケジュールです。



そんな中、去年の秋の話ですが、久しぶりにゆっくりと移動できる機会がありましたので、ここぞとばかりに大回りの旅程を考えました。
実は、私は特急『あずさ』に乗ったことがありません。183系時代も、E351系もE257系にも、あずさには乗ったことが無いのです。今まで中央東線で乗ったのは、かつての『上諏訪夜行』と急行『信州』だけです。つまり、昼行で中央東線を走破したことも無いのです。
新型車両も登場し、試運転の様子を新宿で見たこともあり、また、その日の夜の集合が国分寺ということもあり、ここらで中央東線に乗ろうと旅程を組みました。



いつものように香里園から丹波橋経由で京都に向かいます。近鉄丹波橋駅では向かいのホームにドぎつい塗装のビスタEXが入線して来ました。この新塗装、22000系や22600系には似合うと思いますが、やはりそれ以外にはどうも派手な印象です。ただ、ビスタの中間車はかつてのVマークが復活したようでいい塗り分けだと思います。いつか慣れる日が来るとは思いますが、未だに京阪の新色に敵意を持って見てしまうものですから、慣れるには相当時間が掛かりそうです。
京都からは『のぞみ224号』で名古屋に移動します。メールのやり取り何かをしていますとあっという間に着いてしまいますね。近鉄特急で八木・中川乗り換えなんかをしているとまあまあ楽しめますのに、名古屋がこんなに近いのに驚いてしまいます。



在来線ホームに行きますと、特急『ひだ』『南紀』が入線していて、そこに『しなの』も入って来ました。名古屋口特急揃い踏みといった光景です。
383系は、学生時代スキー部の私にとってお世話になった車両のひとつです。『しなの』よりも夜行の『ちくま』に多く乗りました。平成6年の登場から、もう20年以上が経過していますが、外観はあまり古さを感じさせません。キハ85もそうですが、この辺りJR東海は上手だと思います。



名古屋に降り立ったからにはきしめんです。名古屋らしく味噌ベースのものにしました。土手煮のような八丁味噌ベースのお出汁にからむきしめん、アクセントの白髪ネギ、結構美味しかったです。ただ、立ち食いながら620円もしました。
買い物を済ませ、列車に乗り込みますと、懐かしさが込み上げて来ます。とくに、客室入ってすぐの荷物置き場はスキー板を置くのに丁度良く、当時はとても重宝しました。



グリーン車を覗きますと、相変わらずの4列シートです。これが3列ならグリーン車に乗ろうかと思いましたが、どうも『乗り得』感が少ないのでやめました。
車内販売基地の跡形を見て時代を感じます。383系で車内販売をした事は有りませんが、中央西線では臨時急行『シュプール白馬栂池』号で何度か乗務しました。381系の6両編成でした。通年では北陸線・大糸線周りで運転れていたものが、大糸線が自然災害の為に長らく運休になり、名古屋周りで運転されていた時の列車です。白馬行きに乗務していた時、トイレットペーパーが無くなって木曽福島駅で大阪行き『ちくま』から分けてもらったのを覚えています。
面白かったのは、この列車は後藤の381系を使用した場合、減光設備がなかった為、お客様全員にアイマスクを配布していた事です。これがなかなか楽しかったのを覚えています。
そんな中央西線ですが、今では車内販売すらありません。



トイレ周りを見てみますと、この辺りにはどうしても古さを感じます。荷物置き場も、外国人観光客のスーツケースには対応出来ないでしょう。ただ、バリアフリー対応トイレも有りますし、取り急ぎ大改造をしなければならないという事はないと思います。
列車は13時定刻に名古屋駅を発車しました。
2両を増結した8両編成ですが、日曜日の長野行きとあって、どの車両も10人程度の乗車率です。おそらく、この折り返しは混雑する時間帯なのではないでしょうか。
グングン加速しますがとても静かな車内。振り子も滑らかです。線形にもよるのでしょうが、2年後にデビューした西日本のオーシャンアローより静かで滑らかで快適だと思います。
恵那駅を発車してようやく検札が来ました。自由席にややこしい発券でもあったのでしょうか。



検札を終えて、名古屋駅で買った弁当を広げます。老舗弁当屋・松本商店の『みそカツ丼』をチョイスしました。八丁味噌が絡んだカツが3枚乗っています。名古屋飯を頂きながら、木曽川に映る紅葉を眺め、寝覚の床に浦島太郎を想いながらハイボールを流し込む、、、たまりませんっ!在来線特急のこの雰囲気というものは何なのでしょうか。時間の流れが包み込んでくれるような感覚です。
そんな至福の時は、塩尻駅到着で掻き消されます。ここから乗り込んで来た東日本の女性車掌のアナウンスが、まあ長い長い。
『ワゴンサービスによる車内販売は行っておりませんので悪しからずご了承ください』『各駅とも停車時間はわずかですので駅売店でのお買い物は乗り遅れの原因とも、、、』って、こちらはみな名古屋から乗っていて承知の事ばかりなのに大音量でまくし立てます。興ざめしました。
私は車内放送は極力簡素にしてほしいと思っています。私鉄や快速列車ならいざ知らず、特急や新幹線は予め目的地と列車を選んで乗車してきている人がほとんどですから、停車駅の案内すらいらないと思いますし、到着時刻も切符に書いてるので省略してほしいです。飛行機も機長のアナウンスとか、必要なんですかね?
何だかケチがついたところで、乗り換え駅、松本に到着です。



『まつもと~~まつもと~~』変わらないアナウンスに出迎えられて駅に降り立ちます。昔からこのアナウンスを聞くと、信州に来たなという気持ちが強くなったものです。
駅を見渡しますと211系信州色だらけ。いつのまにこんな事になっていたのでしょうか。E351系は当然の様に佇んでいますが、こらもやがてE353系に置き換えられて行くのでしょう。時代の流れを感じます。



せっかくなので改札の外に出てみました。立派な橋上駅舎です。2007年に完成したらしいですが、まだまだ綺麗です。
駅前も立派です。新幹線が通ってない駅でこれだけの都市は少なくなってきました。『しなの』や『あずさ』といった在来線特急が次々に発着するターミナル、素敵です。
松本からは臨時特急『はまかいじ』に乗車します。
駅に戻りますと、2分前を走る定期の『あずさ』は、既に発車している最中でした。ホームに降りますと『踊り子』色の185形が停車していました。私は『はまかいじ』といえば『あさま』色の189系をイメージするのですが、そもそも『あさま』色の189系がまだ現存するのかもわかりませんし、何より『踊り子』色だというのが嬉しくて一気にテンションが上がります。




車内に入りましても国鉄の雰囲気バッチリで、ますますワクワクしてしまいます。トイレにベビーチェアがあったりと色んな変化も有りますが、まさに国鉄型特急。いい選択をしました。
185系は窓枠が何とも言えない味があると思います。大阪に住んでいた私には117系の新快速を思い出したりもします。
自由席はまばらな乗車率ですが、指定席は団体で満席の車両もあり、松本駅発車時には半分程度の乗車率でしたが、車掌のアナウンスによりますと、何とこの先、満席になるのだそうです。添乗員も2名乗っているのを確認しましたので、それだけ大きな団体なのでしょう。浜っ子ハイカーの足として、しっかり息づいているのが嬉しくなります。





『はまかいじ』の歴史を遡りますと、中央線直通運転は昭和62年に運転された臨時急行「白馬山麓スキー号」ではないかと思います。
ATCの関係で、165系または167系の前にクモヤ143を連結しての運転、しかもクモヤ143には大型ヘッドマークが取り付けられるという、かなりインパクトの大きい列車です。
その年の3月からは、201系による「相模湖ピクニック号」が走り始めます。これのヘッドマークが、コピー用紙かなんかにマジックで文字だけ書いて、ガムテープで張り付けただけという、ファンの間では伝説になっている代物です。その後も165系などでホリデー号が運転され、平成8年より「はまかいじ」の運転となったようです。登場時の記事を見たときは新鮮な印象を受けましたが、あれからもう20年なんですね。



小淵沢駅はホーム改良工事の最中なのかフェンスだらけで、『はまかいじ』と後続の臨時快速『ビューやまなし号』を待つ乗客でごった返しています。今まさに山からおりてきた様なハイカーや、折り畳み自転車を持ち込む人など様々です。
対向の小海線ホームには何やらタラコ色の気動車が止まっていました。キハ110系列の塗装変更車で、ローカルムードを出す為の演出かもしれませんが、近代的なマスクではあまり似合っているとも思えません。助手席側に『八ヶ岳高原列車』というサボが掲出されており、電動サボは『臨時』でした。小海線の臨時列車といえば『葉ッピー清里』が有名ですね。169系に電源車としてスハフ12が付き、DD16がプッシュプルでエスコートするという、今では考えられないような楽しい列車でした。
同じような編成で、165系『シャトルマイハマ』を使用した快速『信州循環』号もありますし、信州循環号は『秋田リレー』色のキハ110系列で運転されたこともあり、シーズン中の小海線は賑やかです。今でもハイブリット車両が臨時列車として活躍しているようです。



ホームの端でタバコを吸っていますと215系が発車3分前に入線してきました。ホームの乗客を吸い取るまえに発車ベルがなり、慌ただしくドアが締まります。2ドア2階建て、使い勝手の悪いとされている215系の悪いところがいきなり見えてしまいました。



自由席も指定席もさほどの混雑もなく、みなボックスを2人で使う様な感じです。荷物が多い人がたくさんいますから、いい塩梅かもしれません。こうしてズラリボックス席が並んでいる車両は、今となっては珍しいのではないでしょうか。165系や東武6050系にも似た雰囲気かもしれません。そういえばこの列車の役割はかつての急行『駒ヶ根』に通じるかもしれません。そんな事を考えますと、愛着が湧いてきます。
しかし、215系といえばやはり『湘南ライナー』であったり、快速『アクティ』であったり、開業当初の『湘南新宿ライン』というイメージがあります。しかし、あらためて車内設備を眺めますと、ライナー券を購入して向かい合わせのリクライニングも席に押し込まれるというのも考えものです。同じライナーなら、185系や183系の方に乗りたいと思うのが人情かもしれません。
オール2階建てという特徴を持って登場した215系ですが、今となっては色んな面で中途半端なのでしょう。




車内を歩いていますと、215系は唯一無二な列車である事に気付かされます。普通車の網棚は枕木に並行で、これは新幹線MAXや修学旅行列車を彷彿とさせます。私の乗るグリーン車はシートこそフカフカですが、荷物の置き場はありませんし、グリーン車のトイレも『流せればいいでしょ?』くらいの最低限なもの。
それでも、小まめに停車する様々な駅から乗客を拾い、いつしかそこそこの乗車率になっていました。



松本駅で購入したお弁当を広げます。「特急あずさ誕生50周年弁当」というもので、沿線の名物がそれぞれ入っています。入れ物は初代「あずさ」の181系を模したもの。これがおもしろいですね。息子に持って帰ったら喜ぶかと、この先の長い道中も大事に潰れないように大阪まで持って帰りましたが、喜んでくれたもののすぐに破壊していました。
私は大月で215系と別れます。




駅に降り立つと世界遺産の富士山から帰ってきたと思われる多くの外国人を吸収し、快速『ビューやまなし号』は発車していきました。
私は速やかに富士急行線の改札口に行き、入場券を買って発車間近の『フジサン特急』を見送りました。中学生時代、カッコ良くて憧れていた特急『あさぎり』の第二の人生です。色も編成も変わりましたが、特徴あるノーズと大きな連続窓はまさしくあさぎりそのもの。感慨深く見送りました。隣には元京王車がオリジナルカラーのままに停車しています。京王のことはあまり知りませんが、こうしてオリジナルカラーで走らせてくれているのはファンにとってはたまらないものでしょう。その後、205系も来ました。富士急行は乗ったことありませんが、いずれ訪問してみたいと思います。





大月で駅そばを食べ、売店に立ち寄ります。まあ今回もよく食べ、よく飲んでます。
売店では、Suica対応のセルフレジがありました。買い物した商品のバーコードをリーダーに通し、Suicaで決済するもののようです。たばこと酒類は有人レジを利用しろとのことでした。これは年齢確認の必要からですね。ビニール袋が見当たらりません。お茶一本、新聞1部みたいなお客様の利用を想定しているのでしょうか。ピッてしたふりして持ち逃げていく人がいないのかななんて心配もします。



ホームに向かいますと、富士急行線からのライトと中央線からくるライトが並んで闇を照らしていました。片方は通過する『あずさ』、そしてもう一方が、私が乗る臨時快速『山梨富士4号』です。この列車は富士急行線から直通の新宿行きで、いわばかつての急行『かわぐち』号の流れを汲む列車です。
どんな車両が来るかと楽しみにしていましたら、かつての『グレードアップあずさ』塗装車両が来てくれました。グレードアップあずさ色の編成をこの目で見るのは本当に久しぶりで、中学生の頃に特急『しなの』の車内から松本駅でチラッと見て以来でした。何も考えていなかったので、本当に驚きました。



グレードアップあずさ色といえば、模型でのエピソードもあります。KATOから発売された製品は、ユニトラックの道床が茶色からグレーに変更された記念として、1本おまけでついてきたのですが、これがブックケースカバーの中に収納するようになっており、このセットだけ背が高く、ほかのものと一緒に並べられないなんて話があります。
また、実車はグレードアップ編成といえども自由席の3両は塗装変更のみで窓の高さが拡大されていないにも関わらず、模型は9両全てが大窓になっていました。
それでも、一時期は中古市場で大変な高値で取引されており、私も所有していた友人を羨ましく思っていました。その後、再販された際はレールのおまけもなく、自由席はきちんと改造されていない窓の高さに改められました。私はこの時に購入しています。





列車は富士急行線内からは2割程の乗車率で、大月から何名か乗車しても3割にも満たないゆったりとしたものでした。昔のままの和式トイレを見て興奮してしまいます。
5号車に座っていたのですが、なんだか違和感があります。昔憧れていたグレードアップあずさに乗っているのに、何かがおかしい…そうです、窓が高くないし床が上がっていない、グレードアップ車両じゃなかったのです。しかも、183系だと思い込んでいたのですが、車番をみて189系だったのにも驚きました。ファンの方には呆れられそうですが、それぐらいの知識です。
調べてみるとこのM52編成があずさ色になったのは2014年の11月で、それ以前は「ムーンライトながら」や団臨などで活躍していたH102編成であることを知ります。この編成は「グレードアップあさま」からの車両を国鉄色に塗り替えたので、窓周りの帯が太く、非グレードアップ車両ではより赤い帯が強調される違和感たっぷりのものでした。
と、いうことはもしかしてと、車両を1両ずつ歩いてみると、先頭車はグレードアップ車両でした。懐かしい!
座席を移動し、ささやかに上がった床、高さのある窓を満喫して、中央線花形特急であった「グレードアップあずさ」に思いを馳せます。




このまま新宿まで行きたかったのですが、時間の都合で立川で下車。国分寺で行われる懇話会に向かいました。
名古屋から4系列の車両、しかも国鉄型2系列。特急に快速にとバリエーションがあり、心から大満喫の中央線の旅となりました。

…結局「あずさ」に乗っていません!




余談ですが、翌日は湯河原温泉での総会。翌々日はゴルフをやめ観光組に入りましたが、昼食のお店が決まっているだけとのこと。
そこで全員を巻き込んで箱根登山鉄道に乗ることにしました。同行したみなさんは「乗ってみればただの電車ですね」みたいな感想でしたが、私は30年以上ぶりの乗車ですので満喫しました。



帰路の新幹線では、三島で「すみの坊」さんの上うな丼弁当を積み込んでもらいました。おひとつ4300円!至福のひとときを過ごし、大阪に戻りました。
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