sptakaのブツブツDiary

sptakaさんは、毎日ブツブツ発言しています。

どうやったら雪崩に合えるんだ、大田原高校の「殺人山岳部」

2017-03-31 16:03:38 | ブツブツ日記
どうやったら雪崩に出会えるんだ、大田原高校の「殺人山岳部」
 雪崩が上から来たとか、ビーコン持っていれば助かったとか、まあほとんどデマ話が出回る。雪崩は上から決して来ない。ビーコン持っても、その操作はたくさん練習しないと無理。しかもビーコンは死に損ないの最後の延命手段で、各自緊急パラシュートもって旅客機に乗るか?に似ている話だ。
 それも同じ高校から8人も雪崩れ死亡がでれば、こんなの史上最悪だし、前代未聞、メディアも何でも書く。
 雪崩に合うためには、雪崩条件のドカ雪系降雪中として、
1こんな急傾斜登れないと立ち止まるところまで行きつくから出会えない。
2スリップして転落、尻もち着いたが最後、斜面を永久に滑って、岩か木立に激突して死ぬ。
3今回のように雪崩に合う。
 3つの選択肢しかないように思うのだ。「雪崩に合うため」という設問にすれば。今回は珍しい3に該当した。通常は1に治まる。表層雪崩とは、間違いなく自分たちが発生源になる。上から落ちてきたということはない。せめてそう勘違いするなら、ほんの10m上から、自分たちの行動が震源となって、半径10mの雪が魔法のじゅうたんのように滑り落ちたというべきだ。
 どうして3だったのだ。旅館でぬくぬくしていた指揮官は、戦場の下士官なのか。現場の登山者はただの兵隊で、登山は楽しみ趣味ではなくて、兵隊の任務か。急な斜面の登れと言われれば「つまらない」とも「楽しくない」とも「危険だ」ともいえない。通常は1の程度まで登るが、高校生は猿だ。疲れの限界も知らない。あるいは2かもしれないが、そうでもなくて、3に遭遇した。私45年間登山して、3に出会ったことがない。普通は1でやめる。そういうものだ。
 何だかてれ~っとした斜面に雪崩が来たような話になっているが、検証不足。当初ヘリから見た、某調査員は、斜度が40度といっていた。平均表層は37度。てらくても35度で雪崩が起きる。登っても下れない傾斜であり、滑れば永久滑り台で、「さよなら」となる。尻セードという呑気な傾斜を超えている。止まらない。そんなところまで登らせたという責任よりも、トップとラストの教師が、よくぞそこまで自分たちも登った。お前ら猿か。普通はやめる。人間上司に命令されると、死ぬまで言われたこと実行するとは、日本人のバカの証明といわれるが、山で案外それがある。不思議だ。貧乏人の「せっかくきたんだから」というはしゃぎすぎ。 
 そのうち、大田原高校の「殺人山岳部」といわれる。猛反省。
 もっと普通になれよと。半分くらい登って帰れよ。もしくはゲレンデ歩くだけでいいじゃない。高校生が雪と戯れるくらいならば。死ぬまで突っ込んでいくって、どこか気が狂っている。わかんかスノーシューはいた程度の高校生が、一の倉沢下から上まで突っ込んでいくか?
「雪崩事故」とは、雪崩サイクルと、登山者の行動日程が自然に合致した時に、発生が多いというらしい。つまり週末がドカ雪降雪中だと、これに該当すると読み取れる。ああそうか。週末ドカ雪に文句言うは天につばするものでどうにもならない。だったら、行動を自粛しろ。せっかく来たをやめろ。完全に辞めないまでも半分で帰れ、変だと思ったら「変と思えない素人は来るな」そこまで。百姓でさえ、晴耕雨読。基本でしょ。基本ができない。
 雪崩サイクルと合致なんて、つまらない言い訳で簡単に死ぬな。



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50人の雪上訓練で、高校生が8人も死ぬ。那須のスキー場で

2017-03-28 00:36:37 | ブツブツ日記
50人の雪上訓練で、8人が埋没死亡するとは 
那須のスキー場の高校生と引率教師
 50年も前の富士山11月の吉田大沢の学生雪上訓練とは、「この程度のところに泊まれないとは、大和男児にあらず」という、あれは戦後の特攻隊の生き残り無謀登山だったと思う。以降真似しているバカはどこにもいない。富士山の吉田大沢7合目にテント張って、日大もどこも、学生山岳部が10人単位で冬山訓練と称した。あれも表層雪崩だったんだろうか。一晩も地獄の井戸の底にいれば、ドカ雪降雪中なら、一度くらいは自然崩壊の雪崩が来るもので、見事に大勢死んでいった。あのバカさ加減に、その後は二度と今でもこんなことやらない。
 似たようなものかと思う。人為的表層にしても、傾斜37度くらいないと、簡単には発生しないが、その傾斜の中を登るとか滑るというなら、本来かなり怖いぞ。一晩で積雪40センチ以上の現場で、どうして高校生が集団でそれを登るか。特攻隊の再来か。樹林といっても、火山の斜面は部分無木立でしょ。あんなファミリースキー場とは、下の方なら、3歳のクソガキ連れて、暇つぶしのスキー遊びするようなとこですよ。
 その上部崖の辺りの話でね。どうせ新雪で転んでも痛くないと教師は思ったか、猿のように高校生を煽動させて、団地の非常階段くらいの急斜面を、たっぷりのドカ雪があるなら、大勢で踏みしめれば階段のようになるし、しかしその下40センチの弱層から一気に滑れば、ふわふわといっても、1立方1トンはないが、300キロはあるわけで、しかも人間は比重的にその中に埋まってくれるわけで、自分たちで表層起こせば、簡単に埋没する。そこまでラッセルで登らせて、よくぞ当人たちは怖くないか、教師が洗脳したか。
 問題はおおいよなあ。スキー場が勝手に使用されたというか、話が通じていたとしても、汚名だと損害賠償起こす。いや遺族が県を相手に、一人1億円くらいの民事を起こす。「教育の場で、子供が死んでいいわけがない」
 10年ほど前の、大日岳では、学生が3人ほど死んで、裁判では主催の文科省が負けた。自己責任の表層などは、自然災害ではない、人為災害だ。大日では雪庇崩壊にしても、人為となった。
 何に例えたらいいんだ。体鍛えるといって、木立に激突するとか、真冬の滝に打たれるなんていう修行もあるが、まさか電車や、車に飛び込んで、同様の訓練とは誰も言わない。この醜態はそれに似ているか。37度の斜面を登るときには、よほど条件が良かったとしても、かなり緊張するもの。不用意に教師はそれを生徒に強要した。教師の物知らず。冬山は怖いぞ。
 だったら、朝から下山して、下で弁当でも食っていろと思うけれど。

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WBC優勝リーランド(72)監督のマーリンズWシリーズ制覇

2017-03-23 22:33:09 | ブツブツ日記
WBCアメリカ優勝監督のリーランド(72)
 それは都市前節で聞いただけの話である。リーランド爺さんは、昭和19年生まれだから、先日亡くなった渡瀬恒彦と同い年だ。外人は爺さんに見える。これが、97年のワールドシリーズで、マーリンズで世界一になった監督である、あの頃野茂がドジャースで投げていたとはいうが、テレビじゃそれやっていたかな。95年のアトランタのときは、BSで見ていた記憶があるが、マーリンズは知らない。今イチローがいる、もはやガラクタチームなのだ。
 当時の爺さんは就任一年目のこの快挙は、大リーグ商売の見本のように今でも語られる。投手2人、バッター2人。それぞれ一人20億円プレーヤーを4人用意してチームの中核を作る。予算100億円用意すれば、Wシリーズ出場くらいのチームができると、それを実践した。それ以前100億円でも誰も買わないといわれたチームは、この年800億円だとしても売らないといわれるほどの、これこそ大リーグの球団商法。こうして1年で優勝したメンバーを翌年には片っ端から売り払って、翌年は最下位。伝説の悪夢とは1年で成功して、1年で失敗、砂上の楼閣になった。
 さて、後年松坂がレッドソックスに入って絶好調だったときに、このチームもWシリーズで優勝したのだが、主力投手一人、ベケットは、2度目のWシリーズ制覇となったのだが、前回がそのリーランドのマーリンズの時だったと知ったのは、バブル真っただ中をばく進した投手だった。当時インディアンズのデブ、のちにヤンキースに移った彼と投げ合ったのだが、文句なくベケットが勝った。バブルで渡り歩くとはそういうことかと。ベケットはのちに、ドジャーズだったか西海岸のチームに移ったが成績振るわずに、30歳少しの若さでさっさと引退した。もうやることがなかった。
 リーランドはその後タイガースで2度Wシリーズに出たが、カージナルスやジャイアンツに負けた。名将だ。それが今度はWBCでついに優勝した。これで野球人生を終えたということだ。彼もやっぱり現役は捕手だったようで、ノムさん伝説の捕手が名監督になれるとは、これも含むということか。こんなの相手に小久保辺りが、何をどう勘違いして、怒っても、ケンカの相手を間違えたというわけだ。

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武尊山で雪崩

2017-03-23 20:40:14 | ブツブツ日記
武尊の雪崩
 雪が降っている。東京に桜開花したのに、雪国案外雪が少しづつ降っていて、減らない。水上の谷川ラーメンは少し知り合いだが、3週ほど前に、「例年より降雪ある」。3月になっても毎日10センチでもいいから降っているとは、いつまでたっても雪が減らない。今年は例年よりは多くなった」
 と聞いていたが、いよいよダメと思っても、天神平の今日は470センチで、この冬最高積雪になっている。そして、昨日の情報として、武尊山で雪崩一人死んだそうだ。それくらい雪がある。知っているとこ、何度も登下降している。というわけで、週末東京から遠く遠征。
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WBCは送りバントとヘボ続投で自滅する

2017-03-22 19:58:29 | ブツブツ日記
WBCエラーで日本が負けたのか、送りバントで自滅したか
 日本は勝手に負けてくれると相手は思う。送りバントしたのだ。邪宗教だから仕方がないとしても、明治以来依然として、プロでもこれするから、自滅する。
 その後、青木が四球で歩くなら、その送りバントは無意な一死。筒香が外野フライで攻撃終わったが、送らなければ二塁→三塁で二死。十分逆転できるじゃないの? 自爆テロ野球という。
 千賀が二本ヒット打たれて、何で続投。次の9回なんて3人無意味にピッチャー使って、則元も、牧田も、藤波もなんのための米国遠征。続投の意味は、「交代が吉とでるか、裏目にでるか」と間抜けのようにいう。胃がんに手術して「手術は吉が、裏目か」とは誰も言わない。なのに野球の交代は必ずこれをいう。頭が崩れている。せめてアメリカのようにヒット一本で交代とか、日本はできない。それで負けた。
 しかも二失点とも、エラーの二失点。日本はエラーか、自爆の送りバントか、ヘボ続投で勝手に負けてくれると、相手はいつも思う。
 黒船時代に、正岡子規が伝えた野球を、悪意の明治時代の解釈から一歩も抜け出ないヘボ野球。勝てるわけがない。ドジャーススタジアムで送りバントしたのは、100年来だと思うが。

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志賀高原にコンビニすらない理由

2017-03-21 14:11:59 | ブツブツ日記
国立公園の規制とは
 志賀高原にコンビニがない。店頭サインだして、外に向かって店広げて、お客入れるとは、国立公園内は規制されているということ。同じように志賀高原に家屋がない。住んでいる人は、全員ホテル民宿スキー場関係者で、その建物の中に寝るところがあるというだけで、住まいとして家は建てられない。だから上下水道、ごみ回収もなくて、ホテルは個別に業者に頼むとか、地下水とからしい。
 看板も出せない。ちょっと前ではホテルの名前の袖看板すらだめで、今でも看板とか建物ライトアップしてはいけない。つまり国立公園とは本当につまらないところなのだ。
 外人さんが来ないのは、テラス風でバー、ネオンサイン、ディスコなど無理。ホテルの中で野外に光が漏れないようにして、カラオケ歌うだけで、だから流行らない。
 関越道夜に走ると、すべてのスキー場がオレンジにライトアップされるが、志賀高原にそれがない。そういう不愛想なのが、日本の国立公園というわけで、それがいいとは、時代遅れ。
 だからというわけか、高天が原のホリディの日帰り温泉に入ったが、露天もない。同じようの外に向かって風呂とは規制なのか、だから洞穴のような露天で、屋根に少し吹き抜け青空が見えるだけで、あれは洞窟風呂といった方がよい。しかも昭和35年のホテルだと、まもなく還暦だし、きっと増築できても、改築無理で、つぶせば二度と建てられない。志賀の歴史とは、戦後のスキーの歴史とイコールで、将来性があるのかといえば、少子化と同じように、アイデアないと難しい。
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上越ベチャベチャ、信越サラサラ雪とは

2017-03-21 00:42:00 | ブツブツ日記
上越ベチャベチャ、信越サラサラ雪とは
 週末は日曜に志賀高原だけど、天気悪しだったね。
 世間では50年前から、上越ベチャベチャ、信越サラサラというよ。でも何故とよくわからなかったが、志賀高原に30年ぶりに行ってみると、ああそうか。
 一ノ瀬とか奥志賀で、標高1500m。なんだよ、二王子(飯豊)とか、御神楽(福島)だったら、山頂以上で、雪庇、シュカブラ、無木立、森林限界のスリリングと同高度なのに、こっちじゃ町があるし、ホテル、ショップ。どういうことだ。そういう高高度で町があるというわけで、だから寒いけど、サラサラ雪。
 ははあ、越後湯沢なんて、標高300m。それでどか雪で、こちらと同じくらい積雪あるのに、それ気温が高い、といっても、-1度とかくらいだから、ちょっと日が差すと、ベチャ。ああそういうことでしたか。でもねえ、それでブスとか、可愛いねというのと同じで、差別。私どっちでも好きですが。ブスがセクハラなら、上越ベチャもセクハラだ。
 というよりも先日は曇りガス視界悪しだったから、サラサラだろうが、ベチャでも、まあ同じわけでね。
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夏でも冬でも100名山

2016-10-23 12:14:11 | ブツブツ日記
夏でも冬でも100名山
 申年はオヤジの還暦だ。あと2ヶ月残っているが、田部井淳子は77歳で亡くなったし(あと17年だ)、私の父親は66歳で亡くなったし(あと6年だ)、恵里花ちゃんや、井上君はすでに亡くっているし、だから「遺書」書いたよ。夏でも冬でも100名山。
 中学3年から45年間も、山と添い寝してきたからね。その報告だよ。
 登った当時の簡単な記録は残っているが、改めて思い出して書き直せば、まとまった時間で半年もかかったね。
思い出しながらの筆記は楽しい気分だった。総量は四〇〇字原稿用紙で七五〇枚。ワープロ用紙に換算しても二〇〇枚。なかなか大変な作業だよ。あの分厚い深田さんの本と同じようになってしまうと思ったが、まさにそうなった。ただこれは登山をした自分史の整理であって、読者にとってどうだろう。登山に興味を持っている人の中から、少しでも共感してもらえば有難いと思う。
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 結果的にこの本の一〇〇山は、深田さんの一〇〇名山から半分ほどが同じ山で、他は下位の名山やリスト外から選ぶことになった。国内には一万六〇〇〇座の山があるとされるが、つまり深田名山の半分には賛成するが、残りは反対という屁理屈で、自分の好きな山を並べたということだ。
そうだろう、南北アルプスや北海道の名山を上から選んでいったら、誰でも同じ山を挙げるだろう。ただ中ほど以下には好き嫌いがある。まして私は天城峠や筑波山には登らない。美ヶ原にもいかない。雪の少ない山にもいかない。
つまり私は、深田名山を全部トレースしてはいないのだ。だから知らない山もある。上位リストのはずの利尻山や、トムラウシ山も天候や日程の都合で頂上に立っていない。でも逆にいえば登ったからといっても、知ったことにもならないわけだ。無理にリストを追いかけて、期待外れや落胆したら、楽しいはずの趣味もつまらなくなる。それは登山にならないだろうと思うわけだ。
逆に谷川連峰辺りは、しつこいくらいに山を並べた。その一々の峰であっても、縦走の途中やついでの山はほとんどない。あくまでも直接そこに到達するルートから登った山で、その登頂を目的に山行をしたものだ。また夏にも冬にも登った山も多いが、強い記憶がある積雪期の登山を大きく扱った。やはりそういう山が好きで、印象に強かったからだろう。
 一つ一つの山と登った記憶については、なるべく自分の気持ちを素直に再現したつもりである。他人の記録を読んでも、話を盛っているのではないかと思うことがある。大げさに書いても、見栄を張ってもそれは意味のないことだ。まして記録というのはノンフィクションなのだから、記憶や心情は正確でなければならない。そう心がけた。それに私はスキーが多少得意ではあるが、比べて夏の歩行はおよそ誰にも抜かされるほど遅い。そんなこともまたそのまま記している。
 登山という知的好奇心を満たすには、どうしてそこへ……という理屈があり、どのように行き、何を思って、どう満足してと、暑苦しい小言や能書きの連続くらいなければ、あんな辛い行為を平然とはやっていられないとも思う。その山に向かう意思が明確に構築されれば、後は地図一枚あればいいし、ガイドの数行があれば足りると思う。
 同じ登山をする人たちの心情に訴えたつもりである。私はこういう屁理屈を登山に持ち込んでいるんですよ。体のあちこちに故障も起きてきた。でも登っていく。深田久弥さんの名著にあやかりながら、私事を少し付け加えられたことに大いに満足した。この本がいい山に登るヒントになれば幸いだ。
 まもなく予約。11月3日からAmazonで販売するからね。1000円だよ。

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障害施設やまゆり園を襲撃した植松聖に共犯者が第二の犯行予告したら

2016-08-06 05:35:46 | ブツブツ日記

 共犯仲間がいるというのだ。10人くらい。彼らはまもなく第二の事件を起こすというアングラ情報がある。植松一人で19人殺害したのだから、仲間が10人助っ人すれば、190人殺害できると、もうキチガイ。ところが、戦時などは、100万人殺害したら英雄の例えがあるように、そこまで到達まだまだ少ないが、連中本気でそう思っているのだと。そして英雄になれるなら、まもなく彼も保釈されると、思い込むわけで、護送車の中でも笑顔の理由はそこになる。ああ、ISのような程度の低さだが、こんなものに振り回される日本の警察組織も毎度のお粗末だと思う。
 北朝鮮から秋田沖のテポドンすら迎撃できないのと同じで、つい先日まで日本の防衛システムなら、弾道ミサイル迎撃できますといっていたのは、あれは大ウソだった。最近ウソつく政治家多すぎる。実は警察組織も自衛隊も国会も、昼寝しているサボタージュの無駄飯食いだと、だんだんわかってきた。真面目に働けよ。

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五輪サッカー初戦は、0-1で負けるより、4-5で負けた

2016-08-06 05:26:49 | ブツブツ日記

 サッカーで「5-4で美しく勝つ」とは、天下のクライフのたわごとだったはず。どういう意味か。1-0で勝てるくらいのチームだったが、ディフェンスに問題があると、DFを強化しようという話になった。元々クライフは3-5-2システムで、オランダの攻撃型システムの提唱者でもあった。これで通常の4-4-2のブラジルを撃破してきた。なるべく点を取る、たくさん取る。逆に言えば、1,2点の失点などは想定内。イタリアの1点を保持するだけの百姓サッカーを馬鹿にしてきた。美しいプレーをやれ。
 だから1失点を防ぐようなサッカーで1-0で勝つくらいなら、私はさらに攻撃強化して、5-4で勝つサッカーをやりたいと、まあ普通は理解が難しい。
 極端だよなあ。4失点はちょっとの努力で防げる気がするが、5得点はほとんど無理と思うが、その逆だ。5得点はバカでもできるから、通常は6点7点取れ。失点防ぐのは難しいぞ。DFに下手なのが多かったのか。1-0で勝つという、汚いサッカーはほとんど軽蔑した。5-4で勝て。多少の失点はいいから、たくさん点を取れ。
 でいくなら、五輪代表やら日本代表のへぼチームは、得点力がないとずっといわれて、いたのに、ナイジェリアから4点取れたのはすごいことだ。いつからそれほど得点力が備わった。比べて、多少の失点はいいよ。あと2点6点取れば勝てたのに。攻撃に難がある。無能力のように、0-1で負けるよりは、4-5はずっといいさ。4人でラインディフェンスされるなら、5人で攻めろ。さらに応援呼んで6人で攻めろ。それがクライフサッカーが提唱したことで、それが少しはできたかと思うと、毎度の代表の0-1負けよりはずっといい。


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