朝陽の中へ

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砂の器

2011年09月11日 23時44分00秒 | 日常雑記(および旅行記)
砂の器。
名前も内容も、特に昭和に生まれた人間は知る者の方が多いだろう。
松本清張の名作で、昭和が引きずっていた過去のほの暗い影を織り交ぜつつ一つの殺人事件の謎を追っている。

被害者の身元不明、犯人の手掛かりなしという状況の中で唯一の手がかりとして提示される「東北弁のカメダ」の一節は、原作や映画を見ていない人もよく知るところだろう。

私はこの作品を1974年製作の映画で見た。
野村芳太郎監督の手による映画化で、事件を追いかけるベテランの今西刑事を丹波哲郎が、その相方をつとめる所轄の若手を若き日の森田健作(千葉県知事になっていることを知った時は驚いたw)が演じた映画だが、日本列島の夏を追いかける彼らの捜査行はBGMなどという無粋なもの抜きだからこその映像の美を今に伝えている。
本編の中でも圧巻は、後半30分あまりにおいて説明される謎解きとともに流れる日本列島の四季の映像とその中を彷徨う犯人親子(詳しくは原作か映画を参照されたい)の姿だろう。



本編のために作曲された交響曲「宿命」と共に交錯する親子の過去と現在は、犯人が栄光の頂点を極めたところで暗転を暗示する刑事二人の登場で終焉を迎える。
まさしく、日本映画界畢生の名作であるといえよう。

そこから入った私は、原作を読んで首をひねった。
なんだ、こんなものか。
失礼ながらそれが原作を読んだ私の感想だった。
謎の組み立てとその解き方はなるほどよくできていたものの、終末部の劇的さにおいては映画のそれに叶わない。
秋田のロケット発射場の話なんて聞いても・・・(余談だが中学1年でこれを調べてから私は宇宙科学研究所ISASにハマり、探査機「はやぶさ」を応援しはじめることになる)
そう、勝手に思い込んでいたのだ。



今日、2011年9月11日、テレビ朝日においてこの「砂の器」は再び映像化され放映された。
本来は3月に放映されるはずだったのだが、ちょうど東日本大震災が発生し、叶わなかったものだ。
当然、本作のファンを勝手に自認する私はこれを見ることにした。
今回の主人公は、映画版では塩山附近の総武線沿いでタフネスぶりを発揮したことが印象的(というかそれが見せ場)だった吉村刑事らしい。

4時間ほどの長編であるから、その分キャラクターを掘り下げるつもりらしい。
第一夜。
舞台は昭和35年。1960年だ。
若い刑事の吉村は手配中の拳銃強盗犯を追っている。
結局は警視庁本庁の捜査一課がこれを捕えるも、本作で追加されたらしい若い女性記者とともに映画版の主人公今西刑事が登場し、吉村は彼に尊敬の念を抱く。

そして事件発生。
12月の寒い夜、国鉄(国電)蒲田操車場にて60代くらいの男性が死体となって発見される。
身許を示すものはなく、顔もめちゃくちゃに潰された男は、発見が遅ければ頭蓋骨もろとも始発の貨物列車に粉砕されていたことだろう。
ただちに捜査本部が立つが、挿入された女性記者の描写は吉村刑事以上に視聴者をいらだたせるものが多い。
経験上、女性に偏見を持つ「古臭い」私はTVの前で何度も舌打ちしたほどだ。(失礼!)
原作では今西刑事が発見した捜査上の手がかりも、いくらかはこの記者がもっていき、あまつさえ「懇意の」吉村刑事から得た情報をいくらかの配慮はあるとはいえ特ダネとして記事にすることまでする。
まぁ女性への偏見の強かった時代らしく社会部から文化部に異動させられそうになったときなどしおらしい素振りも見せるが、ちょっとやりすぎに思える。

が、女性記者は吉村刑事とコンビを組むような形で活躍する。吉村の挿入された過去(東京大空襲で母と妹が焼夷弾の直撃を受ける)描写と刺々しい不器用な一面とあわせて、うまくギリギリのところで怒らせない程度の不愉快を演出する手法は、この脚本家やるな。
などと毒つきつつ、捜査線上に浮かんだある前衛芸術グループが「警察だ」と息をまく吉村を軽嘲する描写を見ていた。

そこではたと私は気付いた。
映画版ができた当時、すなわち74年頃は、社会の中核をなしていたのはいわゆる戦中派の人々だった。
戦中に戦場や大都市で地獄を見た後、敗戦後には屈辱や後悔を一つならず覚えた人々だ。
ドラマ版で「誰もがそういうことを抱えている」と今西刑事(ドラマ版では彼はインパール帰りという設定である)の一言のように。
口や態度ではお上を罵り軽蔑しつつも、何か自分の後ろ暗い部分を見つけられたり取り調べの段になれば驚くほど素直になる姿を見つつ、私はそういった何か「気持ちの悪いもの」に背筋を寒くしていた。


第二夜。事件はいよいよ確信に迫っていく。
原作では重要な要素として提示されていた「らい病」、ハンセン氏病に対する差別と共同体からの排斥、そしてどこにも受け入れられないために永遠の漂泊者になるという「お遍路」のほの暗い一側面は、今回はカットされていた。
お遍路の本地である四国の出としては悲しかったが、それもまた時代かと私はいったんは納得し、視聴を続けた。
非の打ちどころのない善人であった被害者は、伊勢参りに行くといって出かけたもののなぜ東京へ行ったのか。
東北弁を話すはずのない被害者がなぜ東京のバーで東北弁の「カメダ」を話題にしていたのか。

そういった謎は、ドラマ版で付け加えられた「なぜあの曲は変わったのか」という謎と共に次々に解かれていく。
ベテラン今西刑事の活躍は前夜とは打って変わって鮮烈だ。
吉村刑事も今西刑事を深く尊敬し「勉強になります」と述べている。

「あの人は、もう亡くなっています。」

え?
映画版では生存していた犯人の父は、もう死んでいる?
ドラマ版のこの描写で、全体が閉じられた本がバラバラになるかのような展開になるかと思われたが、そこはそれ。脚本家はいい仕事をしていた。
伏線は回収され、ついに犯人は逮捕に至る。

それを知った彼の周囲は、手を返したかのようになっていく。
その描写は苛烈だ。
婚約者はツンと去り、彼の周囲に集まっていた男たちはそのままフェードアウト。
婚約者の父はもはや知らぬとばかりに彼を「何があっても」自分の範囲外に置こうとする。そう。罪があれば刑務所へ、潔白であっても海外へ。

ドラマ版では、原作でも映画版でも描かれなかった取り調べの様子が映像化されていた。
吉村刑事の過去と、犯人の過去、そして犯人の父が交錯する描写は、下手な刑事ものの定形にはあまり当てはまらない。
「自分に酔っていますね?」
犯人は、48時間という拘留期限を得、それが過ぎれば海外へ行く犯人にそう言われてさえいる。そこからの逆転は、俳優の演技と相まって息詰まり、また胸を詰まらせるものがある。
そして、自供。
犯人は言う。
「これで…未完成の作品が完成した。」
思いついた一節を放心状態の中で口にする犯人。見かねた今西刑事が言う。
「もう、いいんだ。」
しかし、犯人は、それをやめはしなかった。

私は、はたと気付いた。
もう、どうしようもない。
かつてのらい病のごとく、ケガレを知られた犯人は、手に入れた名声を持つ今の彼という安住の地を追われ、かつての「忌まわしい」と思われた彼を知るものはもはや居ない。
どっちつかずの中を、彷徨い続けるしかないのだ。

ドラマの最後では、彼の邸宅は光が消え、婚約者も彼の取り巻きもまったく姿を見せない。
「彼の父が可哀想だ。彼も可哀想だ。」
吉村刑事は、傍らの女性記者にそう独語する。


ドラマ版では、ハンセン氏病、すなわちらい病差別に関する描写は皆無である。
原作や映画を知らず、また現代史をあまりやならない現代の教育を受けた視聴者にとっては、それは存在しないも同じのものである。
しかし、それを知る私や「昭和の人」たちにとっては、この抹消具合はかえって描くよりも強烈な「気持ち悪さ」をもたらしている、と断言してしまえるだろう。
この、「描かない」ことがもたらすものは、戦慄そのものだ。

気付いてしまったときにはもう遅い。
いわれないことで社会から排斥され、流離う親子やそれを見送ったであろう数多の目が感じたように、かつてあったほの暗いものを抹消し、漂白する「変わらぬもの」に私は恐怖した。


映画版や原作では、犯人のキーワードとして、作曲される曲の名が挙げられている。
映画版は「ピアノのための交響曲『宿命』」。そして今回のドラマ版は「交響曲『永遠』」である。
作中、犯人は登場人物の中の一人、すなわち被害者にしか自身を本当の意味で記憶されていない。栄光に満ちた現在は、彼の努力で手に入れられたものだが、それでもその基礎の基礎は偽物だ。
彼が自らの過去を被害者ごと消した時、そして現在の彼が彼の罪と過去で消え去った時、彼は何を得たのだろうか。
過去から彼を追い、ついには追いついた「宿命」か。それとも、「永遠」に消えない烙印か。


それを考えた時、私はまたも「気持ちの悪い」感覚を抱いた。
何に対してなのかは、分からなかったが。





本作を見た方はぜひ1974年版(上の画像に商品ページへのリンクあり)も見てほしい。
そして、できれば遍路やハンセン氏病についてググるかウィキで調べてみてほしい。
2011年ドラマ版は、そうして楽しむものだと私は思う。

また、野村監督による77年版の「八つ墓村」(金田一探偵役が渥美清であるw)もできれば見てみてほしい。
「た〜た〜り〜じゃ〜」と叫ぶ例の怪演だけがクローズアップされがちだが、これも名作である。
ジャンル:
ドラマ
キーワード
ハンセン氏病 東京大空襲 インパール 東日本大震災 テレビ朝日 千葉県知事 ロケット発射場 野村芳太郎
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