スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

報知盃東京記念&年金

2016-10-13 19:28:53 | 地方競馬
 高知から1頭が遠征してきた昨晩の第53回東京記念。本橋騎手が病気のためランブリングマンは森泰斗騎手に変更。
 ドレミファドンは少し遅れての発走。まずチャンピオンゴッドが先頭に立ちましたが,1周目の3コーナー付近でストゥディウムが交わしてこちらの逃げに。控えて2番手にチャンピオンゴッド。2馬身差でユーロビート。1馬身差で内にスコペルタ,外にケイアイレオーネ。2馬身差で内にミッキーヘネシー,外にヴァーゲンザイル。あとは1馬身差ずつの間隔でドレミファドン,ミスアバンセ,ランブリングマンと続きました。最初の1000mは68秒2という超スローペース。
 1周目の直線から向正面にかけてストゥディウムが後ろをどんどん引き離していき10馬身くらいの大逃げに。この差が3コーナーにかけて詰まっていき,チャンピオンゴッドは1馬身差くらいまで迫りました。しかしストゥディウムは一杯になっていたわけではなく,追いつかれるとペースアップ。むしろ追ったチャンピオンゴッドの方がコーナーでは押してついていく形に。外を回ったのがユーロビート。さらにその外をケイアイレオーネで内にスコペルタ。直線に入るとユーロビートがかなり馬場の外の方へ。そこからしっかりと伸びてストゥディウムを交わして抜け出し優勝。逃げ粘ったストゥディウムが2馬身半差で2着。ユーロビートの進路取りの影響もあってかなり外を回ることになったケイアイレオーネがチャンピオンゴッドは何とか捕えて半馬身差の3着。チャンピオンゴッドはクビ差で4着。
 優勝したユーロビートは昨年のマーキュリーカップ以来の勝利。第51回を制しているので東京記念は2年ぶりの2勝目。南関東重賞も2勝目。重賞で6馬身も差をつけて勝つほどの潜在能力がありながら,相手が少し弱くなっても勝ちきれないレースを続けるという不思議な馬。とはいえ力を十全に発揮すれば勝って当然の相手関係でしたので,これは順当な勝利といえるのでしょう。もしかしたら斤量にやや敏感なところがあるのかもしれず,56キロで出走できたというのは大きかったかもしれません。重賞級の能力がある馬です。父はスズカマンボビューチフルドリーマーアサマクインの分枝。
 騎乗した金沢の吉原寛人騎手東京ダービー以来の南関東重賞制覇。東京記念は初勝利。管理している大井の渡辺和雄調教師は2年ぶりの東京記念2勝目。

 弁明書の一件とも関連するのですが,当該部分のテクストの解読に関連して,前提したいことがあります。
                                     
 この当時のオランダはヨーロッパ諸国の中で最も進歩的でリベラルな国家でした。オルデンブルクHeinrich Ordenburgはスピノザに宛てた1663年7月31日付の書簡十四の中で,オランダは人びとが欲することを考えそれを言うことができるきわめて自由な国であるといっています。オルデンブルクはドイツに産まれイギリスに暮らしていたのですから,他国の事情もスピノザよりはよく知っていたでしょう。オルデンブルクがオランダについて正しい知識をもっていたとはいえないまでも,少なくとも他国よりリベラルであったことは間違いないでしょう。
 ファン・ローンJoanis van Loonというのはそのオランダの中でもきわめて進歩的な考え方を有していた人物であるといえます。ですから異なった思想を有しているという理由だけで暗殺未遂が企てられかつアムステルダムにおいてそれが実行されたということに非常に腹を立てました。なのでスピノザの安全のために当夜は自分の家に宿泊させます。そして翌朝にはアムステルダムの市長のひとりであったコルネリウス・デ・フラーフの家に出向き,事の次第を報告しようとします。フラーフはスピノザがアウデルケルクAwerkerkないしはトゥルペンブルフに一時的に避難するように提案した人物です。
 フラーフはその時点ですでに暗殺未遂事件のことを高等警察からの報告で知っていました。フラーフの提案はその後で出てくるものです。そしてその会話の中でフラーフは,異端思想を否認するなら年金を贈るというユダヤ教の律法学者たちの申し出を拒絶したスピノザに対して敬服しているという意味のことを言っています。
 『スピノザの生涯と精神』にはピエール・ベールが書いた『批判的歴史辞典』の一部も翻訳されています。その中に,ユダヤ教徒はスピノザが表面を取り繕うことを承諾すれば年金を贈る約束をしたけれどもスピノザはそれを断ったと書かれています。また,コレルスの伝記にもこれを引用する形で同じことが書かれ,さらにその金額が具体的に示されています。つまりスピノザは和解を望まなかったようなのです。
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