スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

農林水産大臣賞典TCK女王盃&親友たち

2017-01-25 19:21:36 | 地方競馬
 第20回TCK女王盃。ルメール騎手が日曜のアメリカジョッキークラブカップで落馬し負傷したため,タマノブリュネットは真島大輔騎手に変更。
 タマノブリュネットは外によれるような発馬。マイティティーとディアマルコの2頭は共に逃げたかったようで先陣争い。1コーナーからのコーナーワークでマイティティーの逃げになり,控えたディアマルコが2番手に。3番手はトーセンセラヴィとリンダリンダで併走でしたが,トーセンセラヴィは向正面に入ると右第一指節種子骨完全横骨折という予後不良になるケースが多い大怪我を発症し競走中止。リンダリンダが単独の3番手に。その後ろにワンミリオンスとホワイトフーガが併走していましたが,相変わらずホワイトフーガは行きたがっているように見えました。最初の800mは49秒5のハイペース。
 3コーナーを回るとマイティティーにディアマルコが並び掛けていき,さらにその外にリンダリンダも追い上げ3頭が雁行。これらの外からホワイトフーガも追ってきました。コーナーの途中で前に行った2頭は一杯になり,直線を迎えたところで先頭はリンダリンダ。この外にホワイトフーガが並んでいく形。ワンミリオンスは4頭が並んだところでは一旦は控え,直線に入るとリンダリンダの内から追撃。このコース取りの妙もあったか外の2頭を交わして優勝。最後の最後までホワイトフーガには抜かせなかったリンダリンダが4分の3馬身差で2着。ホワイトフーガはアタマ差で3着。
 優勝したワンミリオンスはここが重賞初挑戦での初勝利。とはいえ牝馬戦の1000万と牡馬相手の1600万を連勝していましたから,牝馬重賞では通用のレベル。ここまで1400mを中心に使われていただけに,距離延長は課題でしたが,走っていなかったというだけで,対応が可能だったということでしょう。時計があまり早くないので,トップクラスまで躍り出たとはいい難いと思いますが,牝馬重賞はこれからもチャンスがあるでしょう。父はゴールドアリュール。母の半弟に2009年のジャパンダートダービーと2012年のフェブラリーステークスを勝ったテスタマッタ。One Millionthは100万分の1。
 騎乗した戸崎圭太騎手と管理している小崎憲調教師はTCK女王盃初勝利。

 スピノザの友人,とくに親友といえる人たちには,スピノザと同じように,生涯を通じて独身だった人が多いのは事実です。イエレスJarig Jellesやシモン・ド・フリースSimon Josten de Vriesといった,おそらく破門以前からの知り合いであったふたりがそうでした。また,知り合ったのはおそらくそれより後,スピノザがレインスブルフRijnsburgに住むようになってからだったと思われますが,マイエルLodewijk Meyerもまた独身を通しました。
                                     
 しかし,独身者だけがスピノザの親友たり得たわけではありません。書簡十七から明らかにように,バリングPieter Ballingは子どもを亡くしているのですから妻帯者で子どももありました。そしてリューウェルツJan Rieuwertszは息子が家業を継いでいるのですから,子どもがあり,妻帯者であったと考えてよいでしょう。
 ここから分かるように,スピノザは独身者にも妻帯者にも,少なくとも表面上は,親友として同じように接したと判断してよいでしょう。もしスピノザが,自身の哲学的見解によって,独身であるということを帰結させたのだとすれば,たぶんこのようなことは生じなかったと僕には思えます。とくにバリングはスピノザより先に死んでしまいましたが,リューウェルツは自身を危険に晒すことを承知の上で,スピノザの死後に遺稿集Opera Posthumaを発刊するときの編集者のひとりとなり,かつ自身で印刷したのです。もしスピノザが妻帯者であるということを理由として,リューウェルツに対してたとえば同じ編集者となったイエレスやマイエルとは異なった態度を生前にとっていたならば,リューウェルツがあえて遺稿集を印刷するということに踏み切る理由が欠けてしまうことになります。なのでスピノザが実際上の交際で,独身者と妻帯者を区別することはなかっただろうと僕は解します。
 哲学そのものの中身を検討する前に,これらの諸事情から,少なくともスピノザが,結婚してはならない,他面からいえば独身でなければならないという考えを有してはいなかったろうと僕は想定します。これは哲学的見解としてそのように考えていなかったということだけを意味するのではなく,哲学から分離された一般的な見解としても,スピノザは結婚自体を否定していなかっただろうということです。
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