スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

竜王戦&金銭欲

2016-10-15 19:14:49 | 将棋トピック
 第29期竜王戦挑戦者決定戦三番勝負は三浦弘行九段が丸山忠久九段を2勝1敗で降しました。しかし三浦九段は今年の7月以降の対局で終盤での離席が目立ち,指し手の決定にコンピュータの援助を受けているのではないかという疑惑が浮上。今月11日に日本将棋連盟常務会による聴取が行われました。三浦九段は援助を否定したものの,常務会は納得いく説明が得られなかったと結論。三浦九段は疑惑を受けては将棋を指せないので休場を申し出,連盟側は翌12日午後3時までに休場届の提出を要求。しかしそれが提出されなかったため,連盟は12月31日まで三浦九段に出場停止の処分を科しました。それが援助によるものなのか,離席すなわち援助を疑わせる行為によるものなのか,それとも休場届の不提出によるものなのかは判然としません。再調査は行わないそうですから,三浦九段の出方にもよりますが,処分はとりあえず最終的なものと理解しておいてよいでしょう。
 三浦九段が対応を考慮する時間があまりに短かったと思いますが,竜王戦は第一局が今日から指されることになっていたので急いで結論を出す必要があったためでしょう。第七局の2日目が12月22日なので,12月31日までの処分となったものと推測します。
 連盟の理事は現役棋士が多数を占めます。おそらく聴取に参加した筈ですし渡辺竜王も同席していた模様。つまり三浦九段は他棋士を納得させる説明ができなかったことになります。また,こうした処分を下せば三浦九段個人だけでなく連盟にも打撃は及びます。それでいて処分を決定したのですから,援助について何らかの裏付けがあるとみるのが合理的な判断です。ただしこうした合理的判断が日本将棋連盟という組織に適用可能であるという確信は僕にはありません。
 棋士同士の対戦で援助を排除するという方向性,またそれを棋士の倫理観に委ねないという方向性を現在の連盟ないしは理事会が強く有しているのは昨今の事情から確実で,その方向性に関しては僕は支持できます。ただ組織的に有される確固たる信念は,疑わしい存在を疑わしいという理由だけで排除する要因となり得ることもまた一面の真理であるといわなければならないでしょう。
 規定では決定戦で敗れた丸山九段が挑戦者になるそうです。丸山九段はこの決定には個人的に賛成しかねるとコメントしています。これは援助を受けていない者を処分することに反対とも,援助を受けた者に対する処分が軽すぎるので反対とも,両極端な解釈が可能です。あるいは援助の有無がうやむやなままの処分に反対とか,短時間での急な決定に反対,また決定戦で負けた自分が挑戦することに反対など,それ以外にも様ざまな解釈できるので,真意は不明です。ただし七番勝負に出場するということは受け入れるとのことで,正式に挑戦者に決定しています。丸山九段の竜王戦七番勝負出場は第25期以来4年ぶりです。

 スピノザはシモン・ド・フリースSimon Josten de Vriesからの資金援助を辞退しています。また,フリースの死後,フリースが遺言で命じておいたスピノザに対する年金は受け取りましたが,フリースが命じた額より減額しています。また,ハイデルベルク大学教授への就任を打診されたとき,いわれるままに哲学正教授の座に就いていたなら,名誉だけでなくそれなりの収入も約束された筈ですが,それも断っています。ですからスピノザは金銭に対する欲望cupiditasはさほど大きくなかったとみることができます。
 もちろんこうした欲望というのは,第三部諸感情の定義一にみられるように,受動状態における人間の現実的本性actualis essentiaです。ですから第三部定理五一により,それはそのときどきに応じて変化するものであるということは考慮に入れておかなければなりません。しかしスピノザの姿勢が一貫したものであったとみる限りにおいては,年金を送るというシナゴーグサイドからの和解案にスピノザが応じなかったというのはひどく不合理な話ではないといえます。そしてそれは史実であったと僕は判断します。
                                     
 これでみれば分かるように,シナゴーグとスピノザとの間に解決しなければならない対立が生じたときに,和解することに躍起になったのはシナゴーグの側であって,スピノザの方にはそんな気はまったくなかったというような解釈が生じても不思議ではありません。破門の前後の経緯をこのように解釈している典型がドゥルーズGille Deleuzeです。『スピノザ 実践の哲学Spinoza : philosophie pratique』では,ラビたちは和解の成立を望んでいたらしいけれども,スピノザは悔悛することを拒絶し,自身の側からシナゴーグとの訣別を求めたのだとされています。
 ただし,シナゴーグの構成員の中に思想的な問題が生じたとき,何らかの解決策を探るということは,スピノザの場合に特有のことではなかったようです。そのことはドゥルーズも承知の上で書いていますし,『ある哲学者の人生Spinoza, A Life』では,ユダヤ人共同体の指導者たちが,スピノザをシナゴーグに踏みとどまらせるために粘り強い説得をしなかったということは高い確率で考えられないとされています。年金はそういう手段のひとつであったと考えておくべきでしょう。
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