スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

馬場の説得&神との関係

2017-07-15 19:13:55 | NOAH
 『1964年のジャイアント馬場』の中の柳澤による解釈のうち,僕が問題だと思うのは,試合そのものの解釈ではなく,試合に至るまでの過程の説明です。
                              
 この試合で三沢が勝つということは,おそらくブレーンによる助言が影響したのでしょうが,馬場が最終決定をしたと柳澤は考えています。これには僕も同意します。しかし,その決定を告げられたジャンボ・鶴田が,自分が三沢から3カウントを奪われて負けるということに難色を示したという主旨の説明があります。これは他面からいうと,たとえばリングアウト負けのような形であれば受け入れることが鶴田にもできたと解せます。ですが,馬場はピンフォールで三沢が勝つという結果については譲らなかったというのが柳澤の説明です。
 柳澤はたぶん鶴田には取材していないので,ほかの人たちへの取材から得た自身の中での結論をここで述べていると僕は判断します。そしてこの判断が真実であったかどうかは僕には確定のしようがありませんが,鶴田が三沢から3カウントを奪われるということを嫌がったということ自体はひどく不自然であるとは考えません。鶴田が馬場に対して反抗するというのは,考えにくいことであるといえばそうだとも思えますが,単純にプロレスラーとしてのプライドだけでいえば,ちょっと前に2代目タイガーマスクから素顔の三沢に戻ったばかりの選手に,またその少し前に離脱した天龍源一郎とのほぼ二枚看板で全日本プロレスを牽引してきた自分が負けなければならないということに納得ができなかったということは大いにあり得るでしょう。
 一方,馬場は三沢がピンフォールで勝たなければならないという判断をしていたということについても,僕は真実の確定はできませんが,たぶんそうだったのだろうと思います。というのもこの時代の全日本プロレスは,なるべく不透明な決着は避けるという方向に邁進していて,リングアウトによる決着ですら不透明な決着の一部であるという状況があったからです。
 このために,馬場は鶴田を説得したのだと柳澤はいっています。鶴田がピンフォール負けを嫌がり,しかし馬場がそういう決着でなければならないと考えていたのなら,間違いなく馬場はそうするでしょう。なのでこの点に関しても僕は柳澤の記述は合理的だと解します。

 第二部部定理二八でいわれている身体の変状と,第五部定理四でいわれている身体的変状は,少なくともスピノザの精神のうちで同じことを意味していたと僕は解します。したがってスピノザは前者においては,それが人間の精神mens humanaとだけ関連させられる限りでは,いい換えればその人間の精神の本性を構成する限りでの神のうちでは,十全adaequatumではなく混乱した観念idea inadaequataであるということを主張し,後者においては,しかしそのことによって何らかの十全な思惟の様態cogitandi modi,すなわち共通概念notiones communesが形成されるということをいっていると解します。このとき,共通概念はどのように神と関係づけることができるのでしょうか。
 このためにはスピノザによる第二部定理三八証明を検証することが必要です。共通概念が十全であるということを示しているのが第二部定理三八であり,かつこの定理Propositioが第五部定理四を論証するときに援用されているからです。そしてスピノザはその証明Demonstratioにおいて,共通概念とされるものをAと仮定し,Aの観念は神が人間の身体corpusの観念を有する限りにおいて十全であるし,神が人間の身体の刺激状態の観念を有する限りにおいても十全であるといっています。人間の身体の観念とはその人間の精神のことですから,前者は神がある人間の精神の本性を構成する限りにおいて十全であるといっているのと同じです。そしてこのことが現実的に存在するすべての人間にとって妥当します。よって人間の精神はこの場合においてはAをどのように認識しても,それは必然的に十全にしか認識されません。つまり現実的に存在するある人間は,自分の身体が外部の物体corpusによって刺激される場合には,自分の精神を表象しようと自分の身体を表象しようとあるいは外部の物体を表象しようと,Aについては十全に認識するのです。
 このことを前提としている第五部定理四に訴求することによって論証されているのが第五部定理一四です。スピノザはこの定理を論証するときには,人間の精神は身体的変状について共通概念を形成することができるので,第一部定理一五からそれを神と関係させることができるといっています。ここでの第一部定理一五の援用はどういうことでしょうか。
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