スズキの宇宙語練習帖

いわゆるひとつの雑記帳です。

God Knows

2008-10-05 19:32:39 | 随想
ポーランドのSF作家スタニスワフ・レムの小説『虚数』のなかの、"ビット文学の歴史"という一章において、いわゆる神の存在証明について言及したようなくだりがある。次のようなものだ。
(ただいま本が手元にないため、以下、誤りや勘違いが混入しているかもしれない点については、あらかじめご了承を。)

情報学的な手法によって人間の文学を分析する能力を持った人工知能が、その分析対象として、天啓を通じて神とのコミュニケーションを行ったと主張する宗教者を選んだ。その人工知能は、彼が啓示体験の前後にあらわした文章それぞれを、お得意の情報学的な分析にかけてみた。ところが、その宗教者が文章をものした時点における啓示体験の有無にかかわらず、彼の文章に含まれる情報量にはさしたる差異が見られなかった。全知全能の神とは、無限の演算能力を持つ存在であり、無尽蔵の情報源であると考えられている。そのような情報源の存在を確信するためのプロセスにおいて、なんらかの本質的な情報量の増加が受け手に伴って然るべきであるが、分析によると、天啓によって彼が本質的に新しい知識や知恵を得たということは、どうやらなさそうなのである。したがって、受け手における情報量の増加が確認されない啓示体験を、全知全能である神の存在を論ずる材料とすることは、少々疑わしいことなのではないか、と人工知能は結論する。
(ちなみにこの人工知能は、ドストエフスキーの全著作を分析し、得られた情報をもとにドストエフスキーが本来の遺作の次に書いたであろう小説を構成してみせ、世界中の文学評論家から「ドストエフスキーすぐるw」という評を引き出すほどの実力の持ち主、という設定だ。)

上の論理でポイントとなっているのは、無限の演算能力や人間には知りえない情報を持つものの存在を、なんら知識の増加を伴わない方法で確信することは不可能ではないのか、と考えた点にある。
実はこの点については、対話証明(Interactive Proof)と呼ばれる数学的方法によって、なんら知識の増加を伴うことなく、自身が知りえず、かつ導きえない情報を対話相手が知っているという事実、あるいは対話相手が無限の演算能力をもつという事実を確信することが、状況によっては可能であるという結果が得られている。正確には、そのような状況を作り出す数学的問題、および対話プロトコルを構成することが可能であるという結果が知られている、というべきか。
(虚数の発表は1981年、対話証明の論文誌発表は1985年)

問題がスケールダウンするので、もはや神の存在証明とはあまり関係ない話になってくるが、以下、対話証明について少し。


・対話証明

この対話証明の論法自体はわりと単純な構図で、おおまかな証明スキームは、検証者(上の場合では宗教者)と証明者(上の場合では神)が交互にメッセージのやりとりをし、その結果から検証者は証明者の能力に対する確信の確率的度合いを徐々に高めていく、という手続きによって成り立つ。
具体的には、相手の持つ能力Aについて確信を得たい場合、その能力A抜きでは、ある値以上の確率で、その両方に正しく答えることはできないという性質を持つ複数の問題を構成する。最初のターンで検証者は証明者に対して、それらの問題のいずれかをランダムに提示する。続くターンで、その問題を受けて証明者はその解答を検証者に提示し、検証者はその解答を自身の計算能力の範囲内で検証する。そして、その検証結果により確信の度合いを見積もる。以上のプロセスを結論(能力Aに対する確信の度合いが100%あるいは0%近くに収束すること)が得られるまで反復的に繰り返す。

対話証明のバリエーションには、暗号やユーザー認証などのセキュリティ用途に用いられる、すべてのNP完全問題について構成可能な「ゼロ知識証明」と呼ばれるプロトコル(証拠=NP完全問題の解そのものを検証者に知られることなくして、証明者は「証拠をこちらが知っている」ということを検証者に納得させることができる)や、NP完全問題よりさらに難易度の高い問題(結論に対する簡潔な証拠を提出できない問題。例えば、あるNP問題の解の非存在を示す問題)を、演算能力において証明者より大きく劣った検証者に納得させることの出来る「アーサーvsマーリン・ゲーム」などが興味深いものとして知られている。

ゼロ知識証明(wikipedia): グラフにおけるハミルトン経路を証拠として、ゼロ知識証明を行う例が示されている。
グラフの同型性の判定とハミルトン経路の探索は、ともにNPに属する問題であり、証明者は答えを知っているか、あるいはNPクラスの計算能力を持っていなければ、提示された2種の問題に実際的時間で解答することはできないということがポイントになっている。

アーサーvsマーリン・ゲームの漫画: アーサーの求める条件を満たす解が存在しないことを、無限の計算能力を持つマーリンが、限定的な計算能力しかもたないアーサーに納得させる。
このプロトコルを使うと、2つのグラフの非同型性(同型性の場合における対応表のように、簡潔な証拠を提示できない)なども、検証者に納得させることが出来る。

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