ことのは

初めに言葉があった。言葉は神とともにあった。言葉は神であった。と、ヨハネは言う。まことに、言葉とは不可思議なものである。

トランプ大統領の言及

2017-05-03 12:53:21 | 日記・エッセイ・コラム
トランプ大統領が米大手金融の分割について言及した、
と日経新聞が5月2日の夕刊で報じている。
それはかって行われていた銀行と証券の分離を念頭に置いているらしい。
そも金融はグローバリズムの本丸である。
これが実行されれば彼らにとって大きな痛手となる。
いよいよ激しく衝突するのか、
面白いことになってきた。
・・・・・
会社は株主のものである、という考えが元凶である。
会社はその会社の生業を為そうとする者の意思こそ本体である。
つまり役職員の存在こそ会社そのものだ。
私は私である、
私に金を貸した者は私ではない、
あくまで金貸しでしかない、
金を借りたら私は金貸しのものになるのか、
そんなことはない、
奴隷社会ではないのだから。
しかし今の社会は半ばそのようになっている。
1%の金持ち、更にその中の1%が世界を動かしている。
そうなるように仕向けられてきたのだ。
実業が金融によって支配されてるのがそれだ。
そも金融は実業を支えるものである。
それがいつの間にか逆転した。
そうされたのだが。
・・・・・
実業とは生きることそのものだ。
衣食住を初めとして、それは生活の根幹である。
金融が儲かるからといって、
すべての人々が金融で生きようとしたら、
誰が衣食住を提供するのか。
その逆は有りだ。
実業さえあれば金融は無くても大丈夫だ。
金融を否定してる訳ではない。
金融も時に実業となる。
その発展を助けるものならだ。
だから以前の銀行では、
投資は良いが投機は駄目だ、
と言われていた。
投資は実業の発展に寄与するものであり、
投機は丁半博打でしかないのだ。
それがいつの間にかごちゃ混ぜになり、
どんぶり勘定で儲けたもの勝ち。
そういう世界になってしまった。
俗に博打は金の無い者が最後は負けると言う。
金持ちは勝つまで続けられるからだ。
金は金の有るところへ集まるようになっている。
これが現下の社会である。
とりわけアメリカやシナがそのようだ。
・・・・・
会社が株主のものなら、
会社を支配する株主は世界を支配できる。
主なる会社が国を越えた多国籍企業になればである。
現にそのようになっている。
その時、国という存在は邪魔になる。
だから国を無くそうとする。
限りなく無くそうとする。
歴史・伝統・文化の否定である。
それがグローバリズムであり、その手段がリベラルである。
個性の尊重と言いながら、
皆同じでなければ不平等だと言い、
人は助け合うことで生きてきたのに、
その絆を自由とか権利などという言葉で分断する。
まことに厄介な存在である。
彼らリベラルにとっては日本こそ実は厄介なのだ。
日本は歴史・伝統・文化の深甚な国であり、絆の国だから。
それを担保してるのは天皇である。
天皇が在る限り壊れることはない。
だから邪魔なのだ。
リベラルの天皇嫌いには故がある。
・・・・・
さりながら、
トランプ大統領はこの現実に挑戦している。
ロシアのプーチン大統領も。
イギリスのメイ首相も。
それにフランスのマリーヌ・ルペンも。
だからこそ、この5月7日が興味深い。
なお、韓国はどうでもいい。
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