市街・野 それぞれ草

 802編よりタイトルを「収蔵庫編」から「それぞれ草」に変更。この社会とぼくという仮想の人物の料理した朝食です。

平成14年度どくんご宮崎公演

2014-09-19 | 演劇
  今年もどくんごの季節がやってきた。11月16日日曜夜午後6時、宮崎駅西口前の「KITEN広場」が、会場だ。「OUF」という出し物である。OUFはUFOの文字の置き換え、この遊び感覚がいい。UFOにないニュアンス、ちらしにあるOUFに、思わず目がひっかかる。どくんごテント劇団も、新旧交替が、進み、新人の個性が羽ばたきだした。全国ツアーの第二日目、5月11日、本県都城市の神柱神社公演で見たが、繭から蛾が外に体を出してきた印象であった。蛾はそのまま雌のファエロモンを嗅ぎ出せて合体できるかどうか、楽しみである。

 しかしこの祝いの日から、梅雨 夏、秋とごちゃごちゃとなる、雨と泥の災害がつづいている。異常気象がふつうになると、他人事のようにワイド番組で言われる。あちこちで地球がやぶれ、大国、小国、戦争を起こし、止む気配もない。もうこの地上もだめなのか。このときOUFという異常物体が、われわれに接近、接触してきていると、思えよう。テント劇「太陽がいっぱい」(2012)「君の名は」(2013)の地上性つまり日々が暮らせる、懐かしいは、2014年、摩訶不思議にも、ゲリラ豪雨の巣から、地上を注視させられる事態となったというわけだ。これはどくんごの予言であったというのは、過剰反応かもしれないが、今年の現実を予言していたかのようである。この意味でも、今回の公演には新鮮味を感じたのであった。

 ほんと、テント劇場のことばを観てもらいたい。その匂いを舐めてほしい。ぼくの孫は団地の生きのびた一欠けらの林に基地を作り、遊ぶ。大人たちが、川原で料理を楽しむ。高齢者が、登山でテントに泊まる。日常の利便性から、わざわざ不便性へ赴く衝動をぼくらは遺伝子のなかに組み込まれている。その快楽を軽視してはいけない。劇団は公演「ただちに犬」のシリーズでは、犬小屋劇場と自称していたが、不便性に快楽を楽しむというのは、贅沢なのだ。真の贅沢。犬小屋の贅沢に目覚めよである。そうなれば、異常気象も大地震も、心配の種は一つ減ろうというものである。

 だが、しかし、おそらく今まで同様に、わけはわからないが、おもしろかったという強烈な印象につつまれるだろう。このごろ思うのだが、どくんごのテント劇の内容は何という問いに、わけがわからないが、おもしろいというのが、正真正銘の内容だということである。わけはわからない、うえにおもしろくもないという演劇でなく、おもしろくなっているという、この違い、飛躍、この本質、これが内容であると思う。もう一点忘れられないのは、「笑い」である。その笑いには、切実さがある。笑いながら泣いているのだ。さくらが咲いたとかどうかの説教ではなく、ただ泣く、この切実さ、あるいは情熱、これがテントを満たしていく。今年もまたこの一夜を楽しもう。
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