市街・野 それぞれ草

 802編よりタイトルを「収蔵庫編」から「それぞれ草」に変更。この社会とぼくという仮想の人物の料理した朝食です。

 どくんご実行委員会第一回 ここのところ脳が割れている

2009-08-11 | 演劇
 8月7日夜7時から、テント劇上演の実行委員会を開くことができた。みな生きるための忙しすぎる。公務員でさへ残業、残業でまともに家へかえれない。こんな社会なんで、ほんとおかしい。

 ということで、ぼくもどうすればいいのか、今のところ実行委員会活動の具体案さへ思い浮かべられない。かってない活動のやりにくさを痛感する夜であった。おまけに送付されてきたチケットには、料金のほかは、日時・場所、主催者、問い合わせ先、ホームページやメールのいアドレスなどもすべて、このチケットに追加記載しなければならない。11月2日と3日のチケットも区別しなければならない。チケットだけでも問題発生した。そこでいまは販売するかなどには程遠く、話も進めないのだった。結局、一時間後は、近くのマクドナルドで歓談してすごし、そこだけが盛り上がり楽しい夜となって散会した。盆休みが終っての21日にチケット販売計画には入ることになった。

 8月には入って、天候まで不順、例年なら太平洋から乾いた東風がたえまなく吹き寄せ、まるでハワイのような過ごしやすい季節になっているのだが、蒸し暑く、疲労感がとれず、雨なら人を訪ねるのも一苦労である。おまけに異様なほど、物忘れがおき始めている。始めは喫茶店「シャングリラ」で山崎と、過去のどくんご売券記録を検討したが、翌日、名簿が見当たらなくなった。その日、フィットネスクラブに泳ぎに行ったとき、用心してキャビネットのハンガーにG-ショックの電波時計をもつるし、わすれぬようにしたのに、忘れて帰った。その2日後、16日までに販売をたのまれているコンサートのチラシとチケット5部をどこに置いたかわからなくなった。また水曜日に協力をもうしでてくれた女性と喫茶店であったとき、財布をわすれていた。そして昨日、山崎とランチしたとき、携帯をショルダーバッグに入れたまま、わすれて帰った。おどろくことに忘れたという記憶さへ完全に抜け落ちてしまっているのであった。

 幸い、全品、ぶじ手元にもどってきたのは、運命の配慮というか、幸運がついているとしかいいようがないのだ。山崎にいわせると、ランチの30分で、ぼくの話した項目は、ブログの「かれ」の近況、その成功、ウイングママとその後、知人のA,B,Cのこと、アートセンター竣工、文化状況、行政の対応、次回イベントの進捗具合、プロショップコンサートとEの評価と嵐のようにしゃべり論じたというのだ。忘れるというのは、興味のないことに脳が働かないからでしょうと、慰めてくれた。たしかに、イベントや委員会などの記録は残し、プログラムは具体的であり、話したことも記憶にしっかりとどめて、再現できる。多くはノートに残している。だが、カバンも財布もノートも、その前後に記憶は、完全に脱落しているのである。どんな手がかりもそこにはない。

 すべてに意識がまわらない。そして記憶も残らない。これはアルツハイマーの現象と本質的にはおなじじゃないのかと思う。もっともそうじゃないという気分があるので恐怖感にはいたらないが、ほんとに安心していいのだろうか。

 幸い、ようやくどくんご関係も他も第一段階がすべて終った。チケットも無事に
印刷刷り込みが、パソコンの山崎がやってくれた。そんなわけで14日から露天風呂で有名な霧島山ろくのベスト温泉ホテル旅行人山荘(りょこうじんさんそう)へ行く。ここで頭の割れが塞がるかどうかだ。ここの金港湾を見晴るかす露天風呂で。

 大丈夫だろうと思う、でなかったら覚悟をどう決められるかだ。



 


 
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