市街・野 それぞれ草

 802編よりタイトルを「収蔵庫編」から「それぞれ草」に変更。この社会とぼくという仮想の人物の料理した朝食です。

劇団「どくんご」を訪ねる リハサール「ただちに犬」を観る

2009-05-26 | 演劇
  夕暮れから夜へと移るテントの中で、リハーサルが開幕した。童話風な話と唄による話で、ぼくは4年前の「ベビーフードの日々」を回想していた。そして今夜、かれらにまた再会できたのであったが、その感傷を吹き飛ばすようにテント内は爆笑があちこちからはじけだした。
 
 お話は、どこかの屋敷内の床に転がされた一匹の犬の死骸を巡っての騒動から始まる。タイトル「ただちに犬」とあるようにただちに犬をめぐって、使用人たちがくるったように立ち回りながら、犯人探しをやっている。数分して、一人がとつぜん一人に指をつきつけて「犯人はお前だー」と絶叫、と指差された相手は驚愕のあまりのけぞり、硬直する。が、たちまち、他の一人がなにごともなかったように割って入って、また死骸のまわりをまわりながらの犯人探しにもどる。数分してこんどは、べつの一人がさきとはべつの一人を「犯人はお前だー」と絶叫、驚愕、硬直、そしてふたたび一人が割って入り、またも全員がくるったように犯人探しを始める。そしてまたと、くりかえされる。


 この設定の人をくったおかしさに、笑うもの、唖然としてへの字に唇をかむものがいる。だんだん繰り返しは熱狂をおびはじめていく。単純明快、そしてナンセンス、これがまたおかしい。15分もしたころ、二人連れの老女がテント内に入ってきて、ぼくの斜め前の最前列の席に座った。とたんに一人の白髪の80歳にもみえるご近所のおばあちゃんらしき老女は、笑いだした。やがて、腰を曲げ、体をひねり、こらえきれぬ笑いにみもだえだしはじめた。

 ふとまわりの様子をうかがうと、笑うもの、ぼうぜんたるもの、なにかの考えを懸命においかけているものと、それぞれの気配がある。そのなかで、この白髪の老女は、だれよりも、芝居に反応しだしていた。しばらくすると、笑うたびに三木ちゃんとぼくに顔を向けて、共感のエールのような表情でうなづきかわすのだった。もはや、おばあちゃんは、ぼくと、ともに笑い、ともにおかしさをこらえるというしぐさになった。

 わらうものはわらえばいい。かんがえるものはかんがえればいい。どっちでもかまわないと、このときくらい実感できたことはない。これまでは、笑えぬものの頭の硬さをなげいたりしたこともあったが、じつはどういう反応しようが、そんなことなどどうでもいいのだと、ぼくは思うようになってきている。どくんごのテント劇は、はちゃめちゃの「宝塚」であると言えるかも。レトロなサーカスを連想させる大衆性、見世物性、紙芝居のわかりやすさ、哀愁と誇張のダンディズムが湧き上がって観客をつつみこんでいく。

 でたらめな騒動の動きも音楽〔今回はこれがいい)に合い、瞬間、みごとな振りの一致、そのテクニックがすばらしい。で、「ただちに犬」は、まるで、テレビの報道で社会の問題を毎日つげられるぼくらの生活の喜劇、その虚しさと、不安をしらされたような現実をおぼえさせられた。犯人、つまり原因や答えは分かったが、なんの解決にもならず、すぐに次の問題は始まり、また解決になるが、これもまたなんの足しにもならない、そんな毎日。ぼくらは犬のように隷属しているにすぎない。しかし、この繰り返しのなかの、あくなき日常に生きるわれわれの日々は、これもまた笑いのエネルギーと批判精神ではないかと、感じ取ることができるのだ。

 そして、これは劇団「どくんご」の生活そのものから生まれている。貧乏であり、無名であり、そこから自由の頭をもたげてくる。全身でぶっつかるかれらの日々そのものである。だからこそ笑いでありながら、不安も哀切も、反対に闘争も勇気も楽天もあり、それがぼくらの生活を元気付けるのだと思える。この劇は、メアリー・ホプキンの「嘆きの天使」のカバー曲で締めくくられた。どいのは、歌ったが、初めて彼の歌をきいたのだ。ここで、ぼくは仰天したのだ。じつは、この曲こそ、ぼくには永遠にわすれられぬ曲だった。1968年、今から40年前、ぼくはそのとき、英国のリーズ市で勉強していたのだ。9月半ば、すでに北欧の夕暮れは果てしない寂しさと郷愁で、ぼくをさいなむのだったが、リーズ市の寂れたカフェで耳にしたこの曲のメロディーは、その哀愁と、リフレイン部分の明るさで勇気をもあたえられた。これはもともとロシア民謡であったという。この曲が、かれらの演奏でながれだしたのだ。当時かれらは、まだ幼児、もしくは生まれてもいなかった。この一致になにかの縁をまたかんじたのであった。

 「ただちに犬」は、ぼくにとって、哀愁と明るさをあわせもつ、懐かしさの舞台となって終ったのである。

 さて、この劇は11月2日、3日、宮崎市の「みやざき臨海公園・サンマリーナ宮崎」のヨットハーバーにて上演されることになった。ぼくはその実行委員長を引き受けた。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

 
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