池田 悟≪作曲家≫のArabesque

・・・深くしなやかに・・・(フランス語に訳してます)

アモルフォスはフォーカス可能か

2008-10-24 | 作曲/大編成
自分が彫刻家だったら、石や、樹や、人体よりも、風や波、雲海を、命そのものを彫刻できたなら、どんなに素晴らしいだろう。
顔の表情や姿態を借りること無く、人間の感情そのものをダイレクトに彫刻できたなら…まして宇宙を彫刻できるなら、一生を捧げるに値する。

アモルフォス(amorphous)…刻一刻と流動的に姿を変えるさま、形の無いさま。
奇しくも語感・意味の似ている「アトマスフィア(atmosphere)…雰囲気」の連続態と解釈できるだろうか。
これは彫刻にとって、最も適さないモチーフに違いない。だが音楽なら出来る。むしろ音楽にしか出来ない、究極のモチーフ。

一口に音楽と言っても様々だが、ドイツ古典派のような、バスのしっかりした構築的な音楽は流動的とは感じない。
そうでは無く、夢の深層にある、目覚めれば一瞬で消えてしまう儚いドラマのような世界を、壮大なパノラマに定着させたい。
言うのは容易いが、書けば書くほど謎が深まる。意識を覚醒させ集中すればするほど、夢の世界はかえって遠ざかるから。

さて僕にとって音楽は、ほのめかしに終始するのでは無く、陶冶するフォルムでなければならない。
形のはっきりしている物なら、一層力強くなった姿を想像するのは難く無い。
しかし元々形の無いものを陶冶することは、そもそも可能だろうか。「暖簾(のれん)に腕押し」では無いのか。
それを打開するには隕石でも落とすしか無いだろう。隕石もまた無数なら、アモルフォス。

陶冶の結末、フォーカスされた光景は自ずから古典的なクライマックスとは異質なものになる。曲を生かすも殺すも、ここ次第。
上手く行かなかったら、他がどんなに立派でも水の泡。必要なのは果敢さ。フォーカス(集中、台風の目)、或いはintensiveness(激しさ、強さ、集中)。
からこのテーマを授けられ、今年は8年目の秋。

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