創価学会の信仰に功徳はあるか?

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393-23.中点の問題点 その1 御書全集(昭和29年再版)

2017年03月07日 00時37分10秒 | 日蓮系遺文
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2.中点(・)の特徴

2-1.学会版は独特の句読点が付いているため、写した者が読点(、)を付けたい箇所で中点(・)が付いている場合がある。
2-2.凡例を見ると、中点(・)が付くルールは名詞の区切りとひらがなを読みやすくする区切りだけ。
2-3.ところが、中点(・)が付く遺文を読むと、凡例を無視してついています。
  あるいは兄弟抄のように、なぜか述語についています。2015年の版でも同じです。

編集方針はここでもまた不統一。

3.問題点

以下は私の考えであり、皆さんがどう思うかは自由です。

3-1.他の日連系遺文集では、学会と同じ独特の中点(・)をした遺文集は見つかっていない。
  全て確認していませんが、他の日連系遺文集は名詞の区切りだけに中点(・)が使われているとおもわれます。発見できていません。私にはたぶん永遠に発見でき無さそうです。学会本部職員が中点(・)を名詞の区切り以外に存在する用例を必死に探し、一個だけか数個見つけて、勝ち誇って下さい。「ざまぁ見ろ!」「学会正義!」「大勝利!」との御連絡をお待ちしております。
なお、日蓮正宗の遺文は未確認です。

3-2.創価は元々、創価教育学会だったのに、子供の教育に良くない。
句読点をつけるルールは厳密にはない。が、中点を述語につけるのはかなり異常だと思います。

サムネイル画像
兄弟抄


画像左上のところで
いうばかりなし・天下のさいにて が指摘です。
いうばかりなし、天下のさいにて 学会の凡例に従うと読点(、)でしょう。
いうばかりなし。天下のさいにて が理想でしょう。

右は2015年の第2版です。
編集方針はここでもまた不統一。

3-3.学会版御書全集は信徒向けの遺文集なのに、これらの特徴は編集方針やルールがなく不適切と思われる。
3-4.読みづらい。

3-5.光日房御書のように頻繁に中点(・)を付けるならば、他の原文漢文を読み下した文でも漢字仮名交じり文でも積極的に付けるのが普通で一貫性が有ります。ところが、そうはなっておらず中点をつけるルールや方針の解釈が不可能です。
なにしろ、ほとんど全ページにわたって、意味不明に有ったり意味不明に無かったりしています。理解できません。

サムネイル画像
光日房御書




光日房御書は間違っているとおもいます。正しくは 而れども未だ許されざりしかば だと思います。

4.まとめ

筆者が一人ではなかった何よりの証拠でしょう。

英文版や現代語訳版では中点(・)は取り除かれていると思います。
英文版や現代語訳版と御書全集は、句読点、中点で一致しないということですね。

創価学会の公式HPで光日房御書を見ると、変な中点がついています。謝罪無く、変な中点は全てそのうちコッソリ消えると思いますから、記念写真をとってはどうでしょうか?(笑)

赤鬼のブログも同じ。書いた人も読んでいる人も可哀想に。。。。
ttp://blog.livedoor.jp/inae_sokagakkai/

満月城岡山の学会版遺文は光日房御書を見ると、変な中点が取り除かれています。
ttp://sgi.daa.jp/

中点の編集方針が不一致し、意味不明な書籍は世界的に見ても学会版御書だけでしょう。
もうこれだけでも断言していいと思います。(笑)
だって原稿を書いた人は、凡例に反逆していますからね。
堀日亨は反逆者それとも退転者っていうんでしょうか?退転写でしょうか?

サムネイル画像
凡例


学会員はきつく批判されるべきではないでしょうか?
特に学会本部職員は謝罪と説明の責任があると思います。

以上

03/07
一部誤記訂正
他に凡例の写真のリンクミスを訂正し、正しい写真にした。
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