創価学会の信仰に功徳はあるか?

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393-13.法華行者逢難事 御書全集(昭和29年再版)誤記 その10

2017年02月12日 00時38分37秒 | 日蓮系遺文
法華行者逢難事(全集九六五、九六六ページ)

昭和50年代の御書全集と比較済み。
昭和29年再版時の御書全集は旧漢字です。

1.改行が修正されています。

サムネイル画像


2.☆☆新たな問題点。☆☆

 昭和29年再版時の御書全集は、追伸の箇所が霊艮閣蔵版と異なり、類纂高祖遺文録(大正版)と同じです。2015年の版は再版時と同じです。

サムネイル画像



昭和27年の時点で創価学会が墨筆遺文や真筆写真を元に御書全集を作成していない疑いは濃厚です。
現時点で霊艮閣蔵版(縮刷遺文)の遺文本文と行道文庫版の年表が元になっている事実があります。

では原文漢文の遺文は、学会員が自分で読み下したのか、それとも他からほぼ盗用または剽窃したのか、という疑問が出てきます。盗用または剽窃した可能性はないのでしょうか?

読み下しに問題があれば、堀日亨でなく学会員が自分で読み下した可能性もさらに濃厚になります。
(可能性も濃厚、とはいうものの、”聖教新聞社のある原稿用紙の写真”には疑問を抱くより他ありません。現時点で堀日亨の筆跡とは私は思えません。)


追伸の所が、前に来ているのは学会版と類纂高祖遺文録(大正版)のみ。
学会版の読み下し文は類纂高祖遺文録(大正版)と行道文庫版の2つを元に、盗用または剽窃した可能性が出てきました。

つまり海賊版ではなく、正式な出版物の中で3つを1つにした書籍が御書全集という可能性が出てきたということです。正式な出版物の中で、こうした事例は近代の宗教出版史だけでなく、全世界の出版史において類例をみない大失態、大犯罪となるのではないでしょうか?

海外向けの英文版など各国語の御書も御書全集を元にしているのでしょうか?

行道文庫版、類纂高祖遺文録(大正版)において、原文漢文を読み下した中心人物は稲田海素さんです。稲田海素さんの読み下しを使うことは、行道文庫版、類纂高祖遺文録(大正版)はもちろん手続きを踏んでおり、正式なもので何の問題もありません。
昭和27年頃すでに、稲田海素さんの読解力であればかなり正確だ、と言われていたのでしょう。
おそらく学会も知っていて、霊艮閣蔵版、類纂高祖遺文録(大正版)、行道文庫版を使った可能性が高いです。

3.改悪されている箇所

類纂高祖遺文録(大正版)「法華行者値難事」だと、法花

昭和29年再版時の御書全集だと、法華 (九六六ページ)

改悪されている箇所が2つ程見つかる。こうした学会版の間違いは無数にあります。
犀角独歩さんの墨筆遺文を解説したブログがその証拠。
数が多すぎるのと、真筆写真が無いこと等々の理由から今後はブログでは指摘しません。


「法華行者逢難事」 霊艮閣蔵版の遺文名を後日確認。
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◯原文 漢文
◯真蹟 中山法華経寺

◯各遺文ページ数
記載された表現のままにした為、漢数字と英数字で不統一にした。
本文先頭ページ数(該当ページ数)

追伸の所について

学会版 編年体(昭和四十九年) 六〇〇(六〇〇) 前。学会版と同じ。
霊艮閣蔵版 千二十四ページ(千二十六) 後。学会版と異なる。稲田さんの照校の記録あり。
行道文庫版(昭和五九年) 五二五ページ 後。学会版と異なる。
行道文庫版(昭和七年) ページ
類纂高祖遺文録(大正版) 493ページ 前。学会版と同じ。
昭和定本 七九八ページ 後。学会版と異なる。
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犀の角のように独り歩め:日蓮墨筆を読む(29) 法華行者値難事-上書・追伸

真蹟遺文の疑問点がいくつかある。
質問事項をまとめて犀角独歩さんに問い合わせる必要あり。時期は春先か?
日蓮墨筆の文字の大きさが変わることの再確認。
法華行者逢難事ではどうなのか?
和紙が貴重な鎌倉時代では追伸を書く場合、日蓮さんは和紙をいっぱいに使いそう。
墨筆を見ている独歩さんの印象で構わないので、是非ご意見が聞きたい所。

以上
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