そうちゃんの日記

ありのままを書いています。少し恥ずかしい気もするけど・・・

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配属

2007年08月22日 | Weblog
今日正式に配属が決まりました。遣わされるところに行こうと決めていましたが、一応自分が希望していた部署だったので、うれしいかな~という感じです。あんまりヤッター!!って感じではないのは、ちょっと不安が出てきたっていうのがあります。

まあ決まったことは仕方ないし、頑張ってやるしかないですね。倒れない程度に頑張ります。

これから先の人生はどのようになるか分かりませんが、どのような場所にあっても神様の栄光を現せる人生でありたいなと思います。

さ、色々これからがんばろ~っと
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自分が良く分からん

2007年07月09日 | Weblog
何だか自分の気持ちが良く分からないのです。なんと言えばいいでしょうね~詳しいことは書けませんが、簡単に言えば、人との付き合い方とでもいうのでしょうか。

ある人は「愛とは意思だ」ということを言っていました。

そのときは良く分からなかったのですが、なんとなく今は分かるような気がします。思うに、例えその人の良い面、悪い面があったとしてもそれさえも包括的に包み込んでいくということかなと…

これは感情のレベルではできることではないと思います。ここには自己犠牲ということも必要になってくるでしょうし、どんな面でも受け止めていくということもあると思います。

多分今の自分はその部分が欠けているのかなと思います。どんな面を持っていたとしてもその人を受け止めていく。そこには人間の努力だけではいかんともしがたいことが多くあると思います。

だからこそ自分たちを十字架という形を取って愛してくれたイエス・キリストの愛を受けることが重要なんですね。

何だか自分の中でもやもやしていたので、書いてみました。書いているうちに何だか分かった気がします。読んでくださった方は一体何のことだか分からないと思いますが、会ったときにでも質問してみてくださいな。
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久々に

2007年07月03日 | Weblog
こちらでも書いてみます。最近は、部署内での研修で一日中パソコンに向かいカタカタやってます。大変な反面、仕事ってこんな感じか~と思いながら仕事をしています。

満員電車は結構辛く、体力的にしんどい時もありますが、「日本人に贈る聖書ものがたり」という本を読みながら通勤しています。個人的には非常にお勧めの本です。何ていうか自分が聖書の理解で曖昧にしていた部分をきれいに見せてくれるという表現が一番適切かもしれませんね。

そんな感じで毎日生きてます。そんでもって日々色々なことと格闘しながら生きています。またその辺の話は書けるときに書きます。
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ダメだな~

2007年05月15日 | Weblog
最近ダメですね。心が死んでる気がする…人に対して愛を持って接することができないです。

正直言えばどうでもいいことなんですよ。でもそれでもイライラしてしまう…なんとなく心が乾いているっていうのは、自分でも分かるんですけど、どうしたらいいかがわからない。

価値観が流されているのかな??この世のものは最後には崩れ去っていくものでしかないのにそれにしがみついているような気がするし…

神様に頼る生活をしていきたいと思う。もっともっと神様に近づき、その無限の愛の中で生き、この世のものではなく、御国に目を向けた生活ができる者となりたいものです。
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人付き合い

2007年05月12日 | Weblog
久々に書きますね。今は全体での集合研修は終わり、これから配属される先での集合研修をしております。

今日はその研修の第1週目が終わったので、みんなで集まり飲んだのですが、最後までおらずに抜けてきました。明日もというか今日も事務所で用事があり、そのことを考えるとオールしよう!!というノリになれないのですよね。しっかり休みたいし…

将来のことを考えて行動すると自分の中でスケジュールがきちんとできていい反面、そればっかりに目がいって、目の前のことに集中できなくなるっていうことが多いのです。その結果人との付き合い方が良くないんだろうな~と反省しているわけです。

でも自分の予定をきちんと管理できることも重要だと思うのですよ。例え明日仕事がないとしても、今抱えている予定を無視して自分のやりたいことだけをやるということは社会人としていかがかな??と考えています。

まあそれでもね、楽しむ時は楽しめるようになるっていうのも必要なのかもわかりませんね。
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社会人一週間を終えて

2007年04月08日 | Weblog
社会人として始まったこの4月。長かったような、短かったような1週間が過ぎて明日から2週間目が始まる。

一緒の同期の人、また働いている社員の方々は非常にいい人ばっかりで、働きやすい環境であるなという感じは受けるのであるが、それでもやはりクリスチャンとして生きていくということに関しては全くもって違う。

やはり多くのクリスチャンの先輩方が言っていたように、なかなかクリスチャンとして生きていくためには覚悟のいる世界であることは実感できた。

だがその中において自分が証人としてふさわしく歩んでいるかと言われるとなかなかそうはいかない…流れに飲まれて、またそれに便乗して、もっと言えば自分が流れを作り出しているときさえある。

それらのことを振り返ってみると、もっと聖書に立った態度を取るべきであると思わされる。ホントにそのように歩めるものになりたいと切に祈るばかりである。
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3月の終わりに

2007年03月31日 | Weblog
今日でいよいよ3月も終わりですね。僕は明日から晴れて社会人になります。明日から研修です。短い時間ではありますが、少し大学生活を振り返ってみたいと思います。ここからはです、ます調はやめます(笑)

この4年間は本当に多くのことを学んできた。特にKGKとの関わりがもてたことで自分の人生観というか信仰の面で大きく変わることができた。正直言うと大学に入った頃は教会には行くけど、普段の生活ではキリスト教から離れ、この世的な楽しい大学生活を送りたいと思っていた。でも不思議な導きによって、学内の聖書研究会に入り、そしてKGKにも関わることができた。

そのKGKで多くの信友に出会った。自分のことを怒ってくれた人、ダメだしをしてくれた人、共に祈ってくれた人、分かち合ってくれた人、共に涙を流してくれた人、数え切れない人と出会い、そしてすべての人から多くのことを学んだ。そのように導いてくださった神様に本当に感謝しているし、その人たちにも感謝したいと思っている。そしてこれからもよろしくお願いします。

そのKGKで多くのことを学んだ。自分の罪のこと、自分の弱さのこと、自分がいかに神様を悲しませてきたかということなどなど…これもきりがないくらい多くことを教えられてきた。このことを次のステップに生かしていきたいと思っている。

最後になってしまったが、大学の友人、ゼミの友人たちにも出会えたことに感謝している。多くの迷惑をかけ、嫌な思いをさせたことも多々あったが、それでもなお付き合い続けてくれた友人たちには感謝している。バカやったり、本当にくだらない話で盛り上がったりした。楽しい時間を過ごせたことは本当に感謝している。これからもぜひよろしくお願いします。

簡単ではあるけど、大学時代を振り返ってみた。まだまだ思い出せば色々な思い出があるが、今はこの辺にしておく。

この大学時代に出会ったすべての人に感謝し、そして何よりこのように導いてくださった神様に大きな感謝をして、新しいステップへと一歩踏み出していきたいと思っている。

みんなありがとう!!これからもよろしくお願いします。
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最後の飲み会

2007年03月22日 | Weblog
今日はゼミで最後の集まりでした。この2年間、色んなことがあり、その度に文句を言っていたような気がするけど、でも多くのものを得たゼミでした。このゼミでしか出会えない友達や後輩、または先輩方などなど…すべてのことは神様の計画のうちにあり、きっとこのつながりがどこかで生かされていくのかな~と思い、楽しみでもあります。

今週の金曜日に卒業式を向かえ、もうこのメンバーで出逢うことはないのかと思うと結構寂しいものですね。

飲み会では色々考えさせられることがあったけど、それさえも神様によって用意されたことであることを信じ、また受け止めていきたいと思っています。

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へりくだれ

2007年03月17日 | Weblog
今回参加してきた春期で神様に迫られたこと。今回の春期では「sokko s"okko」(ソッコー ゾッコー)というテーマで行われた。僕は諸事情により1日遅れての参加になったが、それでも神様からのメッセージを聞くことができたことは感謝だった。

今回の春期というかこの2ヶ月くらいどうも霊的な状態が落ち込んでいた。何だか聖書を読んでも、メッセージを聞いても心に入ってこなくて、すごく悩んでいた。この春期が始まる前も同じ状態で2日目のメッセージは全く心に入ってこなかった。3日目に完全静思のときがあり、そこで自分の心を点検したとき、1つのことが心に浮かんだ。

「自分は神様に従いたいと口では言っているが、心からそのことを思っているか」

というものであった。このことは悔い改めるべきことだと思うと同時にこのことが御言葉を邪魔しているものだと思い、すぐこのことを悔い改めた。

けれども、4日目の集会が始まる前に、神様はもう1つのことを語れた。それがタイトルのことであった。自分としては意識していなかったが、よくよく考えてみたら自分の行動の節々に自分のプライドや知識、また自己顕示欲などをさらしたいと思う部分が多く含まれていたことに気付かされた。

このことに気づいた時なんて自分は、高慢だったのだろう、神様に頼ることなく、自分の力だけでやろうとしていたことに…と悔い改める機会が与えられ、悔い改めた。

ここで終わらないのが神様の素晴らしさ。この夜の集会で証にもメッセージにも自分の状態を指摘するようなことが語られ、神様がこのことを僕に指摘しているのだと素直に受け止めることができた。

このことを知り、悔い改めたときすごくすっきりとして、今は体は疲れているけど、すがすがしい感じがしている。

学生最後の春期では、正直自分のやってきたことを後輩たちに伝えようと意気込んでいたけれども、逆に自分の弱さを見せられ、悔い改めに導かれた。自分の計画には全くなかったことだが、すごく感謝に満ち溢れている。神様の計画は偉大で、いつも最善である。今回のことも最善であることを信じて、これからの日々を過ごしていきたいと思う。
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結婚合宿

2007年02月14日 | Weblog
日曜、月曜とKGKの卒業生会主催の結婚合宿にいってきた。

結婚ということについて、今までは遠い未来のことのように思っていたけど、大学卒業という時期にさしかかってくると現実味が段々帯びたものになってきている。

この合宿で教えられたことは、二つ。

一つ目は、「自分と神様との関係がどのようであるか」ということ。どのようであるかと書くと少しニュアンスが違うかもしれないが、要は結婚相手となる人がどうこうではなく、自分と神様との関わり方がどのようなものであるかを見つめていくことが重要であるということ。本当に神様との健全な関わり方、交わりを持っているときそれをより豊かにしてくださるために助け手となる配偶者を神様は与えてくださると思う(もしかしたらメッセンジャーの方の意図と違っているかもしれないが、僕はこのように解釈している)

二つ目は、「言葉の重要性」ということである。言葉はその人の人格や品性を表すものである。その人の人格が悪い(という表現はいかがかと思うが、言葉が見つからないので…)と言葉もその人格を表すようになると思う。だからこそ、結婚してから、あるいはお付き合いしているときにも自分の口から出る一つ一つ言葉が大きな役割と責任を持ったものになってくると思う。今自分の言葉を思い返してみると、人格や品性以前の問題のように思う。すごく表面的な言葉を並べているように思うし、例え入っていたとしても、成熟したクリスチャンの人格を持った言葉ではないように思う。言葉は足らなくてもいいので、人格と品性の言葉を放つクリスチャンとして成長していきたいと思っている。

これらの二つのことは何も結婚限ることではないと思う。これから先企業に入り、社会に出て行くときにも重要な要素になると思う。だからこそ残りの1ヵ月半しっかりと御言葉と祈りと信仰書やメッセージなどによって学んでいくことをしていきたいと思う。
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