西暦535年の大噴火 人類滅亡の危機をどう切り抜けたか
著:デイヴィッド・キーズ 訳:畔上司
文芸春秋
原初のタイトルは「CATASTROPHE」-カタストロフィ。つまり「大災害」という意味だ。
本書は西暦535年前後で、世界各地で同時多発的に異変が起こっているという状況証拠をつかみ、「なにかあったに違いない」ということからその正体を突き止めていくのだが、邦題タイトルでおもっきりネタバレしている。出版社は反省しなさい。
つまり、ヨーロッパのペスト大流行も、ユーラシアの民族大移動も、東ローマ帝国の崩壊も、イスラム教の躍進も、オスマン帝国の勃興も、中国が「隋」という巨大統一帝国に至ったのも、メキシコや南アメリカの古代文明が滅んだのも、日本に仏教が伝来したのも、これすべて西暦535年にインドネシアで起こったクラカトア火山の噴火が原因ないし遠因ということである。
本書は、535年を境に世界各国でどのような異変があったかというのを、歴史書や伝説採集、植物の年輪や氷層コアの研究などを総動員して、つまびらかにしていく。
たとえば、気象異変で東アフリカでネズミの生態系が狂い、ある種のネズミが海岸沿いの人間の町に出没する。そのネズミこそがペスト菌を持つのだが(正確にいうとそのネズミにたかる蚤が媒介)そのアフリカの町は、中東を中継点としてヨーロッパと貿易関係にあり、よってネズミが荷物に紛れる、あるいは感染した人間が移動するしてヨーロッパに到達する。ペストの猛威はすさまじく、一説によるとヨーロッパの人口は3分の1にまで減った。これでは経済活動も行政基盤も崩壊する。
モンゴルのほうでは、気象異変で植物相が変わり、騎馬民族の足腰である馬の飼育がうまくいかなくなったことから、弱肉強食のバランスが変わり、これまでそこで支配していた民族が振興民族に下克上されて西へ西へと移動していった。そうなってくるともともと西にいた民族はさらに西へと移動し、やがて東ローマ帝国と衝突する。
他の地域も多かれ少なかれ、こんな感じの連鎖反応をおこしており、政治史あるいは社会史的には、どのエリアもここでいったんの大混乱、断絶を生む。だいたいどの地域も、6世紀中盤あたりを境に、その前後で社会体制とか社会文化の様相がかわるのである。
地震も台風もヤバいが、本当に怖いのは火山噴火である。日本にも南九州に加久藤火山という巨大な火山の痕跡があり、こいつが噴火すると西日本一帯が壊滅するといわれているが、むしろ問題はその後からといってもよい。「火山噴火」は「大量の火山灰を成層圏にまき散らし」、「日光の遮断」となって「地球の気温が下がり」、偏西風などの「地球規模の風の動きを変えてしまい」、各地で「気象異常」を引き起こし、そして「気象異常」は万物を大混乱させる、となってグローバルな破滅を引き起こすのである。
本書が参照しているのは、科学測定だけではなく、様々な歴史書や古文書だ。そこには、カタストロフィーと、その後の社会不安のなか、追い詰められた人々がどのような手段に出るかという人の営みを克明に再現している。侵略、虐殺、人身御供といった数々の、その容赦なき地獄図を見るに、真に恐ろしいのはこちらかもしれない。
なお、西暦535年噴火説は「仮説」である。本書を読むとかなり強固な状況証拠に支えられていて、もはや間違いないんじゃないかと思うくらいだが、この仮説、どのくらい支持されているのだろう。地球がすべて氷に閉ざされた「スノーボール仮説」ほど有名じゃない気がする。よくよく調べてみると、フン族の大移動は西暦400年代から始まっているとか、西暦1800年代のほうがさらに世界の気温は下がっていたという話もあるので、火山の噴火は本当だとしてもこれだけで全世界をひっくり返すだけの力があったとするのはやや極論なのかもしれない。いくつかの条件が揃っていたところに火山噴火が起こったとみるべきか。なんにせよ、まずはドラえもんの大長編映画あたりでいちど扱ってほしいものだ。