午後の雨やどり

つれづれパラレル日記

伝統の護持

2012年03月28日 09時43分18秒 | 日記
このところ、やけにアクセス数が増えているのだが、おそらく東宮関連のエントリーへのご来訪と思われる。15回も書き続けたのでさすがに打ち止めにしようと思ったが、先様がいろいろネタを提供してくださるので、つい・・・(笑)。

東宮が、というより、天皇・皇后両陛下を含めて皇室そのものが、やはり世俗とはかけ離れているのだとあらためて感じる。周回遅れという言葉があるが、いま必死になってしておられる様子がまさにそれ。

天皇陛下の心臓手術が契機と思うが、その一大事に際して「皇太子妃がお見舞いをしない」ことが世間の注目を浴びているので、とにかくそこをクリアいたしましょう・・・。まずはナントカ既成事実を作りましょう・・・。そんな感じ。

いよいよマスコミも遠慮がなくなって、皇太子妃はおろか皇太子すら批判の対象になっている。これはナントカせねばなるまい。まずは「ちゃんと陛下のお見舞いをしているのですよ」「皇太子もちゃんと妻を説得できているのですよ」というアピール。

実際にお会いにならなくてもいいのですよ。車に乗って窓を開けてお手振りしている「絵」を提供できれば。後は「お見舞いした」「食事をともにされた」など、しかるべく談話を発表すればいいのであるから。

雅子さんの癖なのかどうかわからないが、公務ではなくお見舞いという私的お出かけなのに、どうして「お手振り」をするのだろう。このとてつもない違和感。だが、それが印象づけるための作為であると解するならば納得もいく。

手を振るということは、振るべき対象がいるということである。つまり、沿道には一般の人々がすでに用意されていなくてはならない。繁華街ではあるまいに、一般人がたまたま居合わせるような場所ではない。

そこに人が用意されていて、そちらにあわせて手を振る。その映像を撮るためにすでにメディアも用意されている。そのような段取りが組まれているのだろう。すべて周到に計算されたお出ましである。

とにかく口うるさい奴らには、「お見舞いにうかがった」と納得させればいいのだから、その数十秒だけガマンなさい。国民はそれでだませるから・・・とまで言うのは、うがち過ぎであるだろうか。

では、この指示を出すのは誰?ということになる。あれだけ客観性に欠けて被害者意識で凝り固まり、いまだに自分の正当化にこだわっている東宮夫妻の発案とは思えない。今の状況がヤバい?とわかるほど賢明とは思えない。では、どなた?

自分があの親の立場(天皇・皇后両陛下)であればと想像すると、この方法しかないだろうと推察する。世間は皇太子を切れとか雅子さんを追い出せとか、いろいろ言うが、自分が一家の長となったときに果たしてそれが最善の方法だと思うだろうか。

皇太子ならびに皇太子妃を切ることは、すなわち皇室の存続にもかかわる深刻な問題なのである。彼らを切って、弟夫婦を後釜に据えれば万事メデタシ、メデタシになるだろうか?

伝統の世界であればあるほど、一族の恥は徹底的に封じ込めるものである。一族総出でかばいまくって体裁をととのえる。不祥事もまるでなかったかの如くに隠蔽し、素知らぬ顔で過ごす。それが伝統である。

似た世界である梨園では、どんな不行跡を働く御曹司でも(隠し子がゴロゴロとか)、その親は涼しい顔をして「芸の肥やしでございますから」などと言って、軽くスルーである。素人の娘さんに申し訳ないことをしたとか、息子がいたらないなど口が腐っても言わない。

それもこれも歌舞伎界の地位を保つためである。一人の不行跡の指弾が、歌舞伎界全体の指弾に及ぶのをくい止めるための知恵である。御曹司の非を認めることは、一族の万死に値するからである。

おそらく、東宮一家の在り様はこれからもかわらないだろう。そして、まず一族の安泰を考えるのであれば、天皇・皇后両陛下も全力で「取り繕うこと」に心を傾けられるだろう。だから、何もかわらない。

しかし、最初に書いたが、その努力がすでに「周回遅れ」の感が否めないのである。世間の批判をかわすために、目先を取り繕ってごまかす。それで収拾を図ろうという魂胆のように見受けるが、世間が満足する解答からは取り残されている。その乖離に気づいていないように思われる。この時代に伝統を守ることはきわめてむずかしい。

あれから一年

2012年03月11日 14時16分26秒 | 日記


もう一年ではなくて、まだ一年。
とりあえずの一区切り。
あらためて心よりご冥福をお祈りいたします。

遠い日々とせぬように、
いつまでも忘れないことを。


画像は「風のおひるね」より拝借しました。

K・Yは「価格安く」なのか「空気読めない」なのか

2012年03月09日 06時54分38秒 | 日記


西友が中国産のコメ販売へ 原発事故で国産米価格上昇を受けて
産経新聞 3月8日(木)17時53分配信

 西友は8日、10日から中国産のコメを低価格帯の国産米より約3割安い5キロ1299円で販売する、と発表した。首都圏と近郊の1都6県で10日から始める。大手スーパーでの中国産米の販売は、深刻なコメ不足で緊急輸入した平成5年以来とみられる。

 背景には、東京電力福島第1原子力発電所の事故の影響で国産米の取引価格が上昇したことがあり、外食大手にも豪州産米などの導入の動きがある。輸入米の販売動向は、政府が交渉参加を表明した環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)の議論にも影響しそうだ。

商品名は「中国吉林米」。中国北部の吉林省産で、種類はジャポニカ種(うるち米短粒種)。玄米を輸入して、日本で精米し、首都圏と茨城、群馬、静岡の計149店で売る。

 安全性について西友では「中国の倉庫と船積み時に、国の輸入制度に基づく残留農薬などの検査を行っている」(幹部)と強調。「低価格米を求めるニーズに、安心・安全なコメでこたえたい」としている。1.5キロ(449円)の少量販売もする。


西友は読み間違えている気がする。数年前にウォルマートの子会社になって「K Y」=「価格 安く」を標榜して、徹底的な低価格商品を推し進めている。イオンやヨーカドーに後れを取って閑古鳥の鳴く状態からの脱出を図った。

リニューアル当時は大胆な変貌に新鮮さもあり、確かに「K Y」だったので集客が増えたかに見えた。今でも安いことは安い。だが、それが「安きゃいいんだろ」的な安さなのである。

だが、(私が行く)最近の西友はけっこうガラ〜ンとしている。客層全体も落ちたように感じる。無印良品の店舗が入っているから、まだ「マシ」な感じの若い世代を見かけるが、平日はたいてい「おつとめ品」をあさるような高齢者ばかりだ。

メーカー品や、日本ではなかなか取扱いのない日用品はドラッグストアより低価格である。バウンティーのキッチンペーパー(モダンプリント)が置いてあるし、それが1ロール299円と破格に安い。1枚の面積が広いし丈夫なので重宝している。

モノによってはたいへん安くて便利なのだが、合理的過ぎて殺風景でもある。それでも、それが特色なのだから割り切って利用すればいい。だが、世の中は引き続き「デフレ」である。他の国産のスーパーも安売りに必死である。

すでに体力消耗戦にも限界があるのでは?と心配するくらい、スーパーの低価格路線がつづいている。なので、西友の「K Y」が突出しなくなった。それも客離れの一因だろう。

それと、特売をせず恒常的低価格を目指すためか、商品の目新しさが少なくて、とくに衣類関係はいつ行っても同じようなものが大量に積まれている。買い物を楽しむというワクワク感はほぼゼロ。ここにも「安きゃいいんだろ」感が満載である。

安くて品数豊富ならドンキに行けばいいわけで、若い子はそちらへ。とにかく西友は中途半端なのである。ふたたびウォルマート以前の西友の寂れた雰囲気が漂ってきた。この原点回帰は歓迎できないだろう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

大震災の前まで、わが家では従来のように米を研いで(洗って)炊いていた。無洗米が出始めた頃に一度試してみたのだが、炊き上がりがイマイチだったので、それ以来ご縁がなかった。

だが、災害に備えるのであれば、普段から無洗米にしておいた方がよいのではないかと考えたのである。非常時に水は最低限しか使えない。そうであれば無洗米にかぎる。それも、普段からそうしていれば慌てることもない。そんなわけで昨年の春からは無洗米である。

現在の無洗米は私が試した頃より格段に進化しており、水に浸す時間を十分に確保すればおいしい白飯が炊き上がる。食料品は西友ではない地元のスーパーで買うことが多かったので、米を西友で買うことはなかった。

それが、昨秋のこと。震災の影響で全国的に米の不足が叫ばれていた。銘柄米も全般に少なくなっていたので、試しに西友の米売場に出かけてみた。折からの品不足のためか、全体に種類も数も少なかった。

が、ひときわ数多く積まれた無洗米があった。それが「豊穣めぐり米」と名付けられたもので、価格も安かった。だが、産地の明記がない。「日本国内産」とだけ。いわゆるブレンド米だ。何と何を混ぜたのかはわからない。

日本人の心情なのか、「新潟産」「富山産」あるいは地元産などの銘柄がないと不安になる。以前に事故米混入のニュースが話題になったこともあり、その不信感も大きい。あと200円か300円余分に出せば、産地の明記された米が買える。そのように考える日本人は多いと思う。

このたび発売される「中国吉林米」は、どのような購買層を想定したのだろうか。増殖している在日中国人にふるさとの味を懐かしんでもらうためなのか(そうとは思えないけど)。あるいは年々歳々貧しくなる若年層をターゲットにしているのだろうか(米離れの激しい世代と思うが)。

どんな勝算があっての発売なのだろうか。「売れた実績を示して」TPPに一石を投じるため?でも、素朴な疑問。はたして売れるのだろうか。米国とも、まして中国ともちがう日本人の心情を、大きく読み違えていると思うのだが。「安きゃいいだろ」的な販売が通用するのかどうか。

食料品売り場以外の売り場がふたたび閑散としつつある西友に行って、「中国吉林米」がほんとうに売れているのか、興味津々でのぞいてこよう。で、悪い冗談だが、まさか中国産は米が爆発(定番のチャイナ・ボカンシリーズ)ってなことはないだろうな。

アレとアレレの一考察 <15>

2012年03月08日 22時47分08秒 | 日記
昨日の朝、NHKの情報番組「あさイチ」で、‘スーパー主婦’が登場していた。司会のイノッチなどは「師匠」と信奉している。昨日は被災地の仮設住宅の収納や家計簿がテーマであった。

この‘スーパー主婦’はプロではない。ごくふつうの市井の主婦である。だが、彼女たちの仕事ぶりは見事なもので、「私はプロ」と称して活動する方々よりもはるかに凄腕である。商業的でないことと80年の重みが光を放っている。

この‘スーパー主婦’たちが所属するのは「全国友の会」という組織である。女性ジャーナリストの先がけであり教育者でもあった羽仁もと子の思想に賛同した人々が起こした集まりである。母体である婦人之友社からは今も「婦人之友」という月刊誌が刊行され、「自由学園」という教育機関がある。

かくいう私は、20年以上前に書店で見つけた婦人之友社発行の育児書にいたく感動し、長年「婦人之友」誌を愛読し、同社の出版刊行物もそろえ、予算生活の「家計簿」も「主婦日記」も「婦人手帳」もいまだに愛用している。

「家事は科学である」と考えているので、この「婦人之友」とは至極相性が良い。理路整然としていて、なるほどと目が覚めるような理屈を披露してくれる。これは一世紀におよぶ「婦人之友」社の試行錯誤のたまものである。まさに科学そのものである。

ずいぶん前だが、親しくしている人がこの「友の会」の会員であった。誘われていくつかの催しに参加したことがある。この会では「最寄」と呼ぶ小さなグループがあり、そこで交流を深めて凄腕の技を学ぶのである。

他に「家事家計講習会」というものがあり、それは年に一度行われる発表会のような大がかりなイベントである。そこにも誘われて一度出かけたことがあるのだが、その見事さ、スーパーぶりには恐れ入ってしまった。

私はわりとマメなほうである。家事も工夫して取り組むほうである。だが、この「友の会」のみなさまのスーパーぶりは、とても真似ができないと思った。その徹底ぶりはスゴイ。テレビの情報番組がレギュラーとして取り上げるだけのことはある。

リジッド・・・とでもいうか、「まっ、いいか」というずぼらな人には窮屈この上ない徹底ぶりなのである。くだんの家事家計講習会に出かけたときも「ぜひ、入会なさいよ」と勧められたが、私には無理だと思って固辞した。今も「婦人之友」社のものは愛用しているが、ひそかに独りでに楽しむことに決めている。それくらい筋の通ったきびしい集まりなのである。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

この創始者・羽仁もと子さんの著書「おさなごを発見せよ」は、かつて紀子さんの育児書として話題になった。こちらでその概要を読むことができるのだが、一部を抜粋すると、


「おさなごを発見せよ」は、実家のお母さま、川嶋和代さんから紀子さまに贈られた育児書。この本はお母さまが紀子さまの弟、舟(しゅう)さんがおなかにいらっしゃった時お読みになって感銘を受けられたということですが、なんと、美智子さまもご実家のお母様から贈られていらっしゃったのです。

そして、その本の著者、羽仁もと子さんが作られた自由学園幼児生活団の通信教育を紀宮さまが受けていらっしゃったのですが、また偶然にも、紀子さまもアメリカにお住まいの4歳のとき、この通信教育を受けていらっしゃったということです。


紀子さんのお母様が「友の会」の会員でいらしたのかはわからない。が、この会の趣旨に共鳴されて、育児に活用されていたことは確かである。「友の会」はなにごとも手作りを基本とし、サボるとか怠けるとかいう「だらしなさ」とは無縁の世界である。

そこにいささかの堅苦しさを感じて、「つまみ食い」のようにいいとこ取りをしている怠惰な私である。あの会の趣旨に沿って、なにごともきちんとこなしていくのは、それ相応の躾を受けた人か、「自」の精神の強い人である。私などは無理。

「友の会」の会員には、母の代から祖母の代からという人が多い。むろんクリスチャンも多い。私が存じ上げている「友の会」の会員の方は、多くが大学の先生とか医師のようなご家庭である。富裕層というよりは知識層。ブランド品を買いあさるような下品な人たちではなかった。

質素ながら本物の価値を知る、「上質」という言葉がぴったりの方々である。華美ではないが上品、躾の行き届いたそれなりのご家庭。お行儀の悪いことはなさらない・・・そんな印象である。

たとえば、テレビを見ながら食事をするとか、寝転がってポテトチップスをかじるとか、夜更かし朝寝坊をして生活リズムがグチャグチャとか、洋服は脱ぎっぱなしとか、出来合いのおかずですますとか、そういうこととは無縁の世界である。

とにかく「きちんとしている」ことを、生活全般の目標にしている。そして、それが苦にならない。躾のたまものとしか言えないが、そのような行き届いたご家庭に育った方ならではの独特の世界なのである。

なので、上記に引用した文章からわかるように、紀子さんの育った川嶋家と、美智子さまがお育ちになった正田家ならびに今上陛下が皇太子であられた頃のご一家との文化的風土がよく似ていたということである。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

引用した「チビタス」のページには、下の方に「雅子さまが受けられた小和田家の教育方針」というコラムもある。これが現在の在り様を髣髴とさせるような好対照を見せている。2001年の記事であるから、ちょうど愛子さんが誕生された年である。

興味深いのは、雅子さんの母親である小和田優美子さんが語られた、子どもの教育についてである。(文字の色分けは当該ページのまま)


次に、こんなに魅力いっぱいの雅子さまが受けられた小和田家の教育方針について、ご両親はどのようにおっしゃられているのか、ご紹介しましょう。

「子育てに自信なんてまるでございませんでした。長女は、どちらかといえばおおらかな性格だったので、あまり学校でいじめられるということはないようでした。

それでも、 『○○ちゃんに、いじめられた。』と、言ってくることもあり、『絶対にあなたは、そういうことはしないでね。』と言ってきかせました。

親が子どもを理解している、信頼しているということを、気持ちの中だけはでなく、具体的に行動に移すことによって、子どもたちに分からせたいと思っておりました。まあ、子どもはやる時がくればやるでしょうと、のんびりと構えていた面もありました。」

雅子さまのような国際人を育てるための秘訣はどこにあるのか、意外にも日本で暮らしていたことが大変に重要だったとご両親は語られています。

子どもたちを日本人として育てたいと思っていました。海外で暮らしておりました時も家庭ではできるだけ日本語で生活するようにし、日本の童話を何度も何度も呼んで聞かせました。そのせいか、読書好きで、子どもの頃は動物に関するものや伝記、医学書を熱心に読んでいました。

また、海外で暮らしているということで、一層、日本の行事や習慣を大切にしておりました。長女は小学校から9年間、日本で過ごしました。日本人としての生き方やものの考え方が自然と身に付いたような気がします。日本人の心を大切にすることが国際人として活躍する日本人に欠かせないものだと考えていました。」

また、女性の生き方について、次のように述べられています。
「働く意欲がある限り、女性も生涯続けられる仕事をもつべきだというのが夫婦の考え方でした。女性にとって結婚がすべてではないと考えておりましたし、子どもたちも自然にそんな風に考えるようになっていたのではないでしょうか。」


一読したとき、なにかしら不思議な気がした。初っ端からの話題が「いじめ」である。教育方針についてたずねられて、なにゆえ「いじめ」の話題になるのか。皇太子妃となられた方の教育方針について伺っているのに、である。

しかも、小・中・高と在籍された学校の名前はすでに公表されている。にもかかわらず、そこでわざわざ『○○ちゃんに、いじめられた。』という話を披露すれば、あらぬ憶測を呼ぶであろうし、同級生であった方々も愉快ではない。

このくだりを見て、皇太子さんが愛子さんの不登校について、あえて加害児童の存在をあげつらわれたことと重なった。雅子さんのお母様の「絶対にあなたは、そういうことをしないでね」という言葉も自己満足の発想であり、その立場での発言として適切とは思えない。

また、雅子さんは帰国子女と喧伝されているが、お母様の言うように義務教育期間のほぼ9年間を日本で過ごしているので、厳密には帰国子女とは言いがたい。他言語を習得する臨界はだいたい9歳前後と言われている。

その時期を含めて9年間も日本で過ごしていたのだから、ネイティブなみにお話になれるというのであれば、相当なご努力をされたということであろう。流暢な英語の肉声を拝聴したことがないので、なんとも言えないのだが。

そして、「海外で暮らしているということで、一層、日本の行事や習慣を大切にしておりました」というのが、もっとも不思議。ご成婚にさいして、小和田家が雅子さんの写真を数多く公開された。いろいろ拝見したが、それらしきものはない。

「納采の儀」のときに金ぴかの振袖をお召しであったが、それが(人生で)二度目の和服と報道されたことは有名である。あのときは、海外に長くお暮しの国際派だから、そんなに和服をお召しにならないのだと勝手に納得していたが、日本の行事や習慣を大事にしていたなら、もっとお召しになられてもよかった。

小和田家がマスコミに提供された写真の数々は、正直なところ違和感がある。海外でのホームパーティーらしき場で、胡坐をかいて何かをつまんでいるところとか、お行儀の悪さを印象づけるものが多い。普通なら出さないと思う写真も、平気で公開されている。そのあたりの感覚が独特である。

「まあ、子どもはやる時がくればやるでしょうと、のんびりと構えていた面もありました。」と語られているように、自由にさせることがよいことという方針であったようだ。躾けるべき時期にきびしく躾ける「友の会」の方針とは正反対である。

この野放図さが自由気ままさとなり、日本の伝統になじめない素地となったと思われる。だが、一方で、厳格な家庭で「きちんとすること」を至上命題として育ってきた者には、新鮮に映ることもある。

厳格な家庭に育ったものが自由気ままに育ったものに出会ったとき、面白いことに反応が二つに分かれるのである。一つは気ままさがだらしなさに思えて嫌悪する場合、もう一つは新鮮でうらやましく思える場合である。皇太子さんは、あきらかに後者とお見受けする。

自己の置かれた状況に荷の重さと息苦しさを覚えていたのなら、さぞや魅力的に映ったことだろう。多くの凡人は易きに流れる。よほど意志が強いか、「自律」の躾が徹底していたかでなければ、目の前の自由気ままは抑制しがたい誘惑になる。

皇后陛下はいずれのお子さまにも心血を注いだことと思われる。とりわけ世継ぎの御子として皇太子さんにはきびしく接せられただろう。それに比べると、次男である秋篠宮さんや清子さんは、いくぶんご自由であっただろう。長幼で差はあったかもしれない。

だが、基本は「友の会」のような、自己を律するていねいな躾をされていたのだと思う。秋篠宮さんが、似たお育ちの紀子さんを娶られたのはマッチングとして上出来であり相乗効果をもたらしたのだと推察する。やんちゃな次男坊殿下が、いつのまにか大人になられたのだ。

今あらためて「チビタス」の記事を読み、すでにこのときから真実は見えていたのに、なんとも不明であったことよと恥じ入るばかりだ。何ごとも「基本」に照準を合わせ、冷静に洞察することを心がけたいものだ。♪はるばる来たぜ15回。このシリーズは区切りとしよう。

アレとアレレの一考察 <14>

2012年03月07日 10時47分04秒 | 日記
オセロの中島ナンタラさん奪還が話題になっている。この人のケースでは「洗脳」という言葉が使われているが、あらためて「洗脳」の教義を調べてみると、手っ取り早いところではwikipediaで次のような解説がある。


洗脳はマインドコントロールとは違い、主に物理的暴力(拷問のほか、薬物の利用や電極を埋め込む手術を含む)あるいは精神的圧迫(罪の意識の植え付け)などの強い外圧があるとされる。


対比されているマインドコントロールは、同じくwikipediaでは次のように相違を解説している。


洗脳の場合は強制力を伴うのに対し、マインドコントロールの場合には明らかにそれと解る強制的な力を自覚する事が無いありふれた状況によって始まるのが普通である。また社会心理学的テクニックの要素が強い。習慣化・強化された偏った価値観等により、個人の考え方がカルト・セクト集団に取り込まれて大きく歪められてしまう。


この解説だけでは「洗脳」には強制力が伴うが、「マインドコントロール」にはそれがないと読むことができる。とはいえ、仲間に引き入れようという意図的なアクションがなければ、「マインドコントロール」も成立しない。いずれにせよ、全く別人になったかのような変貌をとげてしまうことにかわりはない。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

現在の皇太子さんの在り様を、小和田家に洗脳されたと表現することが多い。その場合、何らかの暴力的な強制力が働かなければそうとはいえず、wikipediaの解説を借りればマインド・コントロールのほうに近いと思われる。

であるとすると、20年近くも催眠術にかかったように、その心をコントロールされていることになる。いくら妻に頭が上がらず、岳父のご機嫌をとっているからといって、それ以外の人を敵に回しているかのような頑なな態度がとれるものだろうか。それが素朴な疑問である。

ところが、私にヒントを与えてくれた人たちがいる。既出のC氏と妻であるD子さんだ。とくにD子さんの結婚後の変貌が、皇太子さんとよく似ていることに気づいたからだ。

D子さんはおとなしい人である。子どものころからきょうだいの中でケンカすることもなく、自己主張もあまりせず、じっとガマンするタイプであった。そのために存在感もややうすく、親にもさからわないので従順な娘と思われていた。

そのD子さんがC氏と結婚してから、「人が変わってしまった」と親が嘆くようになった。夫のC氏と歩調を合わせて非常識な態度を平気でとるようになったというのだ。「結婚する前はあんな子ではなかった」と親は言う。

表だって親に反抗するとか、ケンカを売るとかそういうことではない。親に対する深い恨みつらみとでもいうか、二言目には親を批判するようになった。いかに親が間違っているか、いかに親が自分を正当に扱わないかのクレームの山なのである。

D子さんの親は昭和ヒトケタの人であるから昔風の考え方しかできないし(この世代の親ならたいていはそうである)、ややワンマンである。とくに母親はその世代にはめずらしく仕事を持っており、人並み外れた努力家でもあるが気も強かった。

そんな母親の言うなりに育ったD子さんは、結婚するまでそれを嫌がるふうでもなかった。かえって依頼心が強いのを心配されたくらいである。だから、誰もがおとなしくて聞き分けのいい娘だと思い込んでいた。少なくとも親に対して、あれほど「言い分」があるとは誰も知らなかった。

C氏との結婚ついて、親は当初は賛成ではなかった。学歴、職業、相手の家庭など、D子さんの親には不満があった。しかし、娘もすでに30を過ぎていたこともあり、最後は「本人が望むのであれば」「本人の意思を尊重する」ということで承諾した。

こうしてD子さんの結婚生活は始まったのだが、娘婿であるC氏の気の利かなさや非常識な態度がすぐに目についた。それに同調している娘にも不満があった。これでは世間の笑いものになると心配するD子さんの親は、その都度娘を呼んで世話を焼いた。ところが、ここで状況が一変した。

かつてなら、「こうするものだよ」という親の世話焼きを従順に聞いていたD子さんが、「心外である」という表情をして口も利かなくなってしまった。独立した娘への過干渉は褒められたものではない。だが、それをやんわりかわす知恵もあったろうが、敵対するように態度を硬化させてしまった。

今までにない娘の態度に、親は「すっかり人が変わってしまった」とか「Cの言いなりになって」とか、終いには「洗脳された」とまで言い出すようになった。この親にも問題がないわけではないが、D子さんのやり様も大人げないと思われた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

爾来、20年近く最低限必要な時以外はあからさまに親を避けているD子さんである。世間には結婚などの独立を機に、親からの束縛を逃れて近寄らない・・・というケースを時に聞く。それならそれで自然消滅ですっきりする。

だが、D子さんの場合は少し異なっている。何とか親に自分たち夫婦の正当性を認めさせようと、躍起になっているふしがある。嫌いなら近づかなければいいのに、わだかまりを持ってつかず離れずいる。この執拗さが<12>で「湿性」と称した所以である。

私はD子さんの親に対する思いを聞く機会があった。そこで初めて理解したのだが、D子さんは何もC氏によって洗脳されたわけでもマインド・コントロールされたわけでもなかった。

そして、周囲には「すっかり人が変わってしまった」と思われているが、何も変わってなどいなかった。言うなればD子さんは『本来の自分になった』だけであった。

端的に言えば、「結婚によって自我に目覚めた」ということである。ふつう、「自我の目覚め」は思春期にやってくる。だが、D子さんの場合は、「親の存在に圧倒されていたために押し殺していたもの=自我」に目覚めぬまま、大人になってしまった。

D子さんは、何かしら生きづらさを感じていた。本来は安らぐはずの家庭でも伸び伸びふるまうことができなかった。それは、親の存在が大きかったからである。人一倍努力家で能力も高かった母親の影響で、「あるべき子どもの姿」を求め続けられてきたからだ。

D子さんはけして能力が高くない。というより、やや低めである。だが、親は理想を要求してくる。それに応えたいと思うのだが、能力の限界というものがある。すると、親は歯がゆさからか自然と小言が多くなる。「もっと、ちゃんとしなさい」と、ことあるごとに言われるのだった。

常に「足りない」ことを強く認識させられ卑屈になるために、口答えもできず、それが「従順でおとなしい」という印象になっていただけであった。心の中では違和感を覚えていたが、親のパワーにねじ伏せられていたのである。そして、そうであることを自覚できずにいた。

D子さんは言う。「ありのままの自分を愛してほしかった」と。その「ありのままの自分」でよいと認めてくれたのが、夫のC氏である。理解があるとか寛容だとかではない。C氏そのものが資質も、志向するものもよく似ていたからである。合わせ鏡のような相手に出会ったからだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

自分に求められているもののハードルが高い場合、能力が高ければ要求にたやすく応えられるし、自己主張もできる。だが、能力の低い人間は委縮して言いたいことも言えなくなる。その状況が長くつづくと、それが当たり前となり、本人は気づくこともできない。

しかし、自分とよく似た人間が現れて、「ありのままの自分で何が悪いの」「あれは要求する方が間違っているのだ」「あなたは理不尽な目に遭っていて可哀そうだ」などと持ち上げてくれたらどうなるか。

それまで親は偉いものだと信じて疑わなかった子どもに、親がいかに強権的で邪悪で、あなたはその「被害者だ」と心から同情されたら、どうなるか。D子さんは夫によって目が覚めた。そして、そうだ私は被害者なのだと自覚したのである。

そして、これほどのよき理解者に巡り合えた幸運をかみしめるのである。「言いたいことがあっても言えなかっただけの自分」なのだということにも初めて気がついた。一度、目覚めてしまうと、これまで鬱積していたものがあふれ出てきた。

いつも足りない、努力せよと言われてきた自分が悪いのではない。それを無理強いしてきた親が悪いのである。私はこんなに価値のある人間である。それを認めてくれる人がいる。得難い理解者を伴侶とすることで、D子さんは強気に転じたのであった。

初めて真実の自分を認め、理解してくれた人・・・とD子さんは思っているが、客観的に見れば、それはお互いが似ていたからに過ぎない。親の高い要求に必死になってきた低能力者どうしの、相憐れむに等しい共感の成せるわざだったのである。だが、それは生まれて初めて味わう安堵の境地であった。

本人は百万の味方を得たと思うから、強気一辺倒であるし改める気などつゆもない。まして、その理解者の悪口を言われようものなら、死に物狂いでかばう。そして、初めての安堵を侵害する「敵」と認識して、態度を硬化させてしまうのである。

今、D子さんを念頭に置いて書いているのだが、そこを皇太子さんと雅子さんに置き換えても違和感がない。両者ともに、良くも悪くもやり手の親をもち、高い理想を求められつづけた子女である。だが、残念ながらいずれも応えきれるほどの能力に恵まれなかった。しかし、そのしんどさを訴えることもできず、ただ従うしかない半生であったろうと思う。

不思議なことに、人は自分と同種の人間をうまく嗅ぎわける。とくにマイナスの方向に突出した部分があればあるほど、共振する。若き日の雅子さんの傲慢な態度に見え隠れした小心な部分が、まさに共振する何かを嗅ぎとらせたのではないかと思われる。

そこに、「婿を手なずければこちらのもの」と心得た老獪な岳父が、「殿下のすばらしさに気づいておられないだけ」とか「殿下独自のやり方があってしかるべき」「いつまでも言いなりになる必要はない。それだけの価値あるお方だ」などと入れ知恵をすれば、あっというまに陥落したことだろう。

「洗脳」も「マインド・コントロール」も、する側に意図が働く。そういう意味では「してやられた」のかもしれないが、一人の人間をかくも頑なにさせることが可能だったのは、『本来の自分に目覚めた』からではないのか。雅子妃と小和田家は触媒としての働きが最大限だったということである。

アレとアレレの一考察 <13>

2012年03月04日 21時05分19秒 | 日記
会ったことも、ましてお付き合いもない方々のことを憶測で書くのだから、無責任と言われればそうでろあうし、戯言と切り捨てられればそれまでのこと。

こんなに長たらしく書きつらねているのは、いったいどうしてなのだろうかと、正直なところ自分でも不思議になる。まず、ヒマがあるということも大きな理由だな(笑)。現在、事情があって禁足令のしかれた状態。なので、一度はトコトン書いてみたいと思っていたことに時間が割けた。

でも、どうしてなんだろ。どうしてこんなに湧き上がるように書くことができるのだろう。それを今一度顧みたときにときに、思い当たる理由が二つあった。一つ目は「怒り」である。

前にも書いたが、私は皇太子さんや雅子さんをそれなりに支持していた。その理由も書いた。だが、お二人の目に余る行状に「?」マークが雨嵐のように降ってきて、終いには理解不能なまでに陥った。

そして、インターネットが天の啓示となった。別に掲示板の煽り記事を鵜呑みにしたわけではない。たとえば、宮内庁のれっきとした公式HPを見るだけでいいのだ。そこに淡々と記された記録を読むだけで、「!」の連続になるのである。

インターネットが普及するまで、こうした宮内庁の記録はほとんど見ることができなかった。マスコミが適当に話題になりそうなものを選り好んで、都合よく報道したものにあずかるしか方法がなかった。

だから、そこで流された情報が全てであり、その「印象」が定着していった。それが、今では、幅広く情報を得られるようになった。マスコミの手を借りなくても、容易に入手できるのである。

国会図書館に行かなければ閲覧できなかった昔の新聞や週刊誌の記事も、所蔵している人が画像として載せてくれるだけで瞬時に見ることができるようになった。そして、You Tubeのような投稿型映像の出現が決定的になった。

情報統制されていた中国の人民が、事実を知ったときと同じくらいの衝撃なのである。日本は自由主義の国だなどといって、まんまとだまされていたのだと気づいたときの、情けなさと怒り。

サヨクや在日、創価といった反日的な組織が日本の中枢にまで入り込み、乗っ取られている現実。真実を知らせない教育を受け続け、のほほんと危機感なく暮らし続けたわが身のバカさかげんに腹が立ってしかたなかった。

その「情報操作によって目をふさがれた」ことの一つに、皇太子夫妻のことがあり、洗脳から解かれたように目が覚めたのである。大部分は愚かな自分に向けた「怒り」であるが、恣意的な皇室報道をさせたものへの「怒り」もある。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

二つ目の理由は「諦観」ともいえるのだが、20年以上も前から仕組まれてきた壮大な皇室乗っ取り計画によって、皇太子の代までのミッションは完遂しているという事実である。小和田一族が外戚となって権力をふるうには、小和田氏個人の力だけでは不可能であっただろう。

そこには利権を求める外務省をはじめとする、大きな組織の全面的な協力がなければ成り立たなかった。いくら「皇太子妃殿下」の身分を切り札としても、協力者なくしては遂げられない野望である。それらの尽力あって『入内』が成功し、事実上はこれがゴール。

現在の日本で現行の皇室典範のままでは、皇太子夫妻がどのような在り様であっても、国民は受け入れていくしかすべがない。彼らを追放することなどできないのである。行状がよろしくないからお引き下がりくださいなどと、迫れるものではない。

遠くない将来、必ず皇太子さんが第126代の天皇に即位される。そして、自動的に雅子さんが皇后となり、日本の歴史に刻まれる。この現実は、今の段階では誰にもかえられない。誰にも手出しができない。

いやだろうが、腹が立とうがその現実を受け入れていくよりほかないのである。皇太子夫妻を批判している人々が、どれほどの数になろうともその民意が反映される仕組みがどこにもない。

かつて後藤田正晴はチッソと縁のある小和田雅子さんの入内が決まれば、「皇居に筵旗(むしろばた)が立つ」と言ったそうだが、はたして立ったか?チッソを理由にした排斥運動など起こらなかったではないか。

むしろ、「スーパーレディ」などと、あらんかぎりの持ち上げ報道が埋め尽くして、チッソを理由に難じることを封殺してしまった。それもこれも入内大作戦を成功させたい勢力の巧妙なマスコミ支配だったのだろうと、今にして気づく。

やったもの勝ちだ。世紀のご成婚に持ち込んでしまえば、もう後は誰も手出しができない。だが、一つだけ落とし穴があった。男子に恵まれなかったことだ。お世継ぎ誕生で画竜点睛になるはずだったが、それがかなわないと見るや女系天皇を押し出してきた。

そこに悠仁親王誕生という動かしがたい「皇位継承者」の存在を突きつけられると、今度はあちらに皇統を移すまじの執念で、ふたたび攻勢をかけてきた。そうはいっても「女系天皇」を前面にだすのはヤバいから、ひとまず「女性宮家」で押しの一手である。

反日の民主党政権に圧力をかけて、今のうちにやってしまえと急ぐこと、急ぐこと。宮内庁や政府が東北の復興を差し置いてまで、どうしてこんなに猶予のある課題の「女性宮家」にこだわるのか。ものごとに不自然さがあるときは、必ずそこに「意図」が働いている。

それは天皇家の問題ではない。表面上はそのように見えるが、「高齢」「寿命」で時間がないのは天皇陛下ではない。万が一のことがあっても、悠仁親王という嗣子がおられる。時間がなくて焦っているのは陛下より年上の今年80歳になる小和田恒氏の方だ。

こちらにこそ時間がないのである。圧倒的にアドバンテージがないのは小和田家の方である。恒氏は自分の目の黒いうちに道筋をつけてしまいたいのだろう。現行のままでは、いずれ皇位は秋篠宮家の悠仁親王に移る。そちらが皇統となる。

一方で、女子である愛子さんはいずれ結婚の時期を迎えたら、これまた皇室典範に定められた通り民間人になる。雅子さんは死ぬまで皇族でいられるが、その次の世代の愛子さんは民間人に逆戻りである。これでは何のために娘を皇室に押し込んだのかわからない。

かりに愛子さんが独身内親王のまま一生を送られても、そこでジ・エンドである。それでは皇室を乗っ取ったことにはならない。そこを打開するためには、愛子さんが天皇になるか、宮家をかまえるしかない。そのための不自然な「女性宮家創設」問題であろう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

さすがに「女性宮家創設」が、すんなり進むとは思わない。この件について反対論を掲げることは皇室を貶めることにならないから、皇太子夫妻を批判することよりは、やりやすい。なので、マスコミも取り上げるが、陰謀勢力の支配をありありと感じる。

そもそもなぜ、全国の保守が指をくわえて見ているのか。神社本庁よ、なにをしているのだ!と思うのだが。全国8万神社のみなさまよ、声明文くらいお出しになってはいかが?と思うのですがね。「してやられる」ばかりですか?総元締め存続の危機である。

愛子さんを宮家として残すとか、ましてや天皇に就けるということが短期間で決まるとは思わない。宮内庁の羽毛田長官、古川貞次郎、福田康夫らが首謀と断じられているが、そこには当事者の小和田恒も入るだろう。

「女性宮家創設」「女系天皇」という壮大な皇室乗っ取り計画については、まだ紆余曲折があると思われる。民主党政権が倒れれば、そこで足踏み状態になることはまちがいない。

だが、皇太子夫妻が現在の在り様のままでいること、そして御世が代わればそのまま天皇・皇后として君臨する現実だけは不可避である。悶絶死、憤死しそうになっても、私たちは彼らを戴かなくてはならないのだ。これが私の言う、皇太子の代までのミッションの完遂である。

こと皇太子と皇太子妃だけの不行跡を弾劾して、彼らだけを糺したくても、「皇室」が道連れとなるジレンマがついてまわる。ならば、いっそ皇室そのものをなくしてしまえ・・・。必ずや、こうした意見が出てくる。

皇室の弥栄を願うために破壊者である皇太子夫妻を批判するのだが、そのことがかえって皇室そのものの存在を危うくするという、絶対的な矛盾が生じてしまうのである。

なにごとも穏便に事なかれですませたい日本人の気質を考えれば、心中穏やかならざるとも、結局は不出来の夫婦を「日本国の象徴」として仰ぎ見ることに甘んじるだろう。

私は皇太子さんとは同世代を生きてきた。幸か不幸か、あの方の御世を自分は生きながらえて見ざるを得ないだろう。先の敗戦に匹敵する変革がなければ、今の日本には皇太子夫妻の処遇を左右するすべがない。

これが「諦観」なのである。好む好まざるにかかわらず平均寿命である限り、あと30年ほどは承服しがたき現状とともに生きていかなければならないのである。拷問みたいなものだ。

だが、2672年つづいた皇統には、いずれかの御世に汚点のような治世があっただろう。外に漏れ出ることがなかっただけで、歴史の光芒のなかにのみ込まれていったのだろう。

今また、その御世にめぐり合わせたのだと思うしかない。それを自分に納得させるための作業が、このたびの長い長い考察なのである。

適正な価格

2012年03月02日 17時56分53秒 | 日記
格安航空会社・ピーチの国内線就航が話題になっている。高速バスなみの安さに驚くが、これがサービスを排除したために可能になった料金であるのか不思議になる。

ピーチ機内の客席の映像を見たが、成人男性では膝が前席に着くほどの窮屈さである。短い時間でも、あれはきついなあというのが率直な感想。安ければいいというシンプルな理由で支持されているのだろうか。

だが、こんなに安ければ、いったいどこにしわ寄せが行くのだろう。「じつは今まで法外な料金をぼったくっていました。これが、安全性も保障した十分な料金です」というのならば、歓迎されていいだろう。でも、本当はどうなのだろう。

低価格競争に乗り遅れないために、無理に無理を重ねていく。そのツケはいつも現場に回ってくる。士気が上がらない程度ならまだいいが、職場環境や健康管理面にも重大な影響が出るのでは大問題だ。

物には適正な価格というものがある。従来の価格が既得権益の利益独占のためにわざと据え置きされていたのなら、それは改めるべきだ。だが、そこで働く労働者の収入が適正になるように設定された価格ならば、そこから逸脱することはない。

長らくデフレから脱却できずにいるが、心が痛むような低価格に出くわすことがある。これで利益は出るのだろうか。この生産者はまともに暮らしていけるのだろうかと、商品を手にしたまま立ち尽くすときがある。

四半世紀も前のバブルのころにあらゆる商品が高騰し、それがさも豊かさのシンボルのようにもてはやされた。だが、あの時代は人々の収入も高かった。ものが高く売れるから、ひいては所得も伸びたのだ。

今は低価格でないとものが売れない。つまり、まわりまわって所得も減るということだ。このデフレスパイラルに陥って久しいけれど、安全や安心の分野にまで進出されるとなると、本当に大丈夫かと危惧せざるを得ない。

ピーチ就航のニュースのときに、他の格安航空会社の紹介でジェットスター・ジャパンの女性社長(鈴木みゆき氏)がインタビューに答えていた。価格一辺倒の発言を聞いて、万が一航空事故が起きたとき、この人が指揮をとるのか・・・と思うと、何とも心許なかった。やはり、適正な価格を期待したい。

アレとアレレの一考察 <12>

2012年03月02日 12時28分27秒 | 日記
まことに恃みがいのある婿殿である皇太子さん。来年はご成婚から20年にもなるというのに、変わらぬどころかますます励んで自らが盾となって妻子を守り、妻の実家によく尽くしている。

近ごろはご自分にも猛烈な勢いで火の粉が降り注ぐようになったが、その姿勢に揺るぎはない。あっぱれの一言である。ネットの住人、「病状悪化の原因」と言われてしまったマスコミだけでなく、日本国中の善男善女からもよく思われていないことは、うすうすはおわかりだろう。

元・大統領夫人のタレントだけでなく、保守の論客からも苦言を呈されていることがお耳に入っていないとは思えない。新聞を見れば週刊誌の広告見出しがいやでも目に入る。そうした苦境にありながら、いまだ頑としてスタンスをかえないのはどうしてなのか。

雅子さんや小和田家の言うなり。ご自分の両親や弟妹に対する意図的な「疎遠」。このようになってしまわれたのは、どうしてなのか。何が理由なのか。それについてもっぱら解説されることが次のいくつかである。

「雅子さんを一生、全力でお守りしますから」という言質をとられているから。自分にはもったいないくらい美人で高学歴の妻に嫌われたくないから。あまりオツムがよろしくないので、狡猾かつ巧妙な岳父の言うことを信じているから。

そして、推測の域を出ないが巷間言われるところの、苦労して授かった愛子さんが、いろいろ難のあるお子さまで不憫でならないから。無理強いをして高齢出産をさせた挙句の結果に、妻にも申し訳ないと思っているから。こんなところだろうか。

よく取り沙汰される「雅子さんを一生、全力でお守りしますから」発言だが、男としての約束だから何があっても守るのだと使命感が強いから・・・というのとは、少しちがうような気がする。

どんな男でも結婚するときには、この女性を自分は一生涯愛そう、大事にしようと思うものだ。しかし、歳月というのは残酷なもので、いつしかそんな健気な男の真心は変容していくのである。「あのときはそう思ったけどね」。

才色兼備で前途洋々、高嶺の花の女性に「仕事を辞めて結婚してくれ」「家庭に入ってくれ」と懇願し、「そのかわりオレは一生君を大事にするから」、ウザい舅・姑を含む親戚筋の口出しにも「何があっても守るから」と誓約書を書いてみせても、不履行は多々ある。

夫婦の歳月とはそういうものだ。ナイトの気分で「君を守ってみせる」と意気込んではみても、そのうちに「ナントカうまくやってくれよ」という甘えが出てくる。20年たっても色あせぬ姿勢は、皇太子さんだけがド外れた使命感をもつ男だからとは思えない。

本物のド外れた使命感を持っているなら、それがこと配偶者だけに向けられるものではない。ご自分の生活すべてにおいて発揮されるものである。きわめて偏狭な分野にのみ発揮される使命感は使命感とは呼ばない。たんなるこだわりである。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

このシリーズの<1>で、皇太子さんによく似た夫婦を知っていると書いた。奇しくも年齢も同じである。かりに夫氏をCさん、その妻をD子さんとしよう。このC氏の人柄+D子さんの生い立ちと現状=皇太子さん なのである。

つい最近もどこかの週刊誌で、宮内庁(もしくは東宮職)関係者の弁で、「皇太子殿下は物事に動じないというか、どっしりしておられるので」という表現があった。これと同じ表現をかつて雅子妃もしておられる。

まだほんの幼児であった愛子さんの様子を述べられたときに、「殿下に似て、どっしりしているというか・・・」という表現をされた。よく言えば泰然自若、貴種の風格というものだろうが、けっこう持って回った言い方だったので、この「どっしりしている」は物も言いようの範疇だと思われた。

ありていに言えば、「鈍」ということである。前述のC氏がまさにそれ。おっとりしているんだかバカなんだか・・・と周囲からは言われている。もう少し気を利かせろよという場面でも、他人ごとのようにのほほんとしている。少なくとも「落ち着き払って」というご立派なものではない。

C氏の場合は、当事者としてもっと危機感を持って考えなさいよという場面でも、わかっているのかわからないのか「はい」と返事だけはよいのである。では、「はい」と言ったから何か努力するのかと期待すると、なにもしない。

で、しびれを切らした相手が「わかっているの?」と強い口調で言ってもヘラヘラして「はい」という。じゃあ、今度こそはと思うが、またも有言不実行である。そこでまた「わかっているの?」「はい」の無限ループとなる。

この手応えのなさと不誠実さに「いったい、何なんだ!あいつは」と、相手はひどくご立腹になってしまう。だが、肝心のC氏は、なぜ自分がそんなに怒られなければならないのか悪く言われなければならないのか、まったく理解できないのである。

このようなやり取りが、各方面で長年にわたって繰り返されるものだから、ついには最低最悪のような悪口の言われ方になる。C氏とほんの少し接しただけの人は、どうしてこの人はこんなに悪く言われるのかわからない。表面はいたってにこやかだから。

ところが、つきあいが長くなったり、行きがかり上関わらざるをえなくなると、そこで初めてあの無限ループを体験し、なるほど評判が悪いわけだと深く納得するのである。

ところが、当のC氏は依然として自分の在り様に自覚がないから、「常識がない」「お前は何を考えているのだ」などと非難されても冤罪の気分なのである。C氏には「自覚」とか「客観性」というものがごっそり抜け落ちているのだろう。

で、すべてに「どっしり(鈍)」していれば問題はないのだが、人からよく思われていないことくらいは感じる。相手の批判がましい言い方や態度は、やはり不愉快なのである。自分に落ち度はないと思っているので、自然と相手に対しては態度が硬化する。

C氏を語る人は「バカはバカなりにもう少し可愛げがあれば救いがある」という。ところが、常識もなく気も利かないのに、プライドだけは一人前だからタチが悪い。このように解説してくれる。

先の宮内庁の関係者の言葉では「平時に動じないのはいいが、そうでない場合(有事)にも動じないのは・・・」であった。つまり、ことの重大さを認識しているのか、おい、わかっているのか?と問い詰めても無反応・無関心ということなのだろう。

この関係者の言いたいことはよくわかる。私はC氏とは少なからぬつきあいがあるのだが、この緊急事態でこの人は、なぜこのように他人ごとみたいにしていられるのだろうか。この頭の中身はどうなっているのだろうかと、こちらの頭がヘンになりそうだった。

これはもう、生まれついての性格としか言いようがない。そのような神経の配線になっているのだと理解するしかない。似たタイプに鳩山由紀夫・元首相がいるが、この人の場合は死語だが「ネアカ」(根が明るい)、つまり乾性の鈍である。

ところが、私の知るC氏や皇太子さんのようなタイプは、「ネクラ」(根が暗い)、つまり湿性の鈍である。鳩山さんのように宇宙規模で救いがたいバカを振りまかれるのも困るが、湿性は割り切りの悪さと根に持つためにこじれてややこしくなるという、別種の困難さがある。

アレとアレレの一考察 <11>

2012年03月02日 10時29分41秒 | 日記
掲示板でどれだけ叩かれようと、消息がプッツリ途絶えてその後が怪しいデヴィ夫人の署名がどれほど数多く集まろうと、しょせん私たち国民の手が及ばないのが皇室である。

内閣のように支持率調査が行われるでもなく、投票によって民意が反映されるでもなく、4年たてば必ずいつかは解散できるものでもなく、まさに不可侵の領域であるのが皇室である。

何とでも言わせておけばよい。手が出せる世界ではないのだ。小和田氏の高笑いが聞こえてくるようだ。この絶対的な特権こそが手中におさめたかったものに相違ないだろう。一度、手に入れてしまえば未来永劫脅かされることのない特権。

かつてフランスでは武器や農具を手にした庶民が大挙してヴェルサイユ宮殿に押しかけたように、何十万という国民が皇太子とその妃殿下を糾弾するために御所に押しかける・・・などという事態が、この日本で起きるはずもない。すべからく事なかれ主義である。そもそも知らない人がほとんどである。

遠くない将来、御世代りして皇太子夫妻が天皇・皇后になれば、彼らにとってはわが世の春である。定例の会見であいかわらず「雅子が、愛子が」と寝ぼけたことを話しても、だからといってもう誰もその位から引きずりおろすことができない。

そして、皇后になったとたんにご病気が快復するかもしれないが、依然として体調の波とやらにおそわれて公務はでません、でも治療の一環でお遊びはバリバリです、今度は死ぬまで温かく見守れや・・・でも、皇后は離婚もできない。皇室典範を改正するしかない。離婚が可能なのは皇太子妃のときまで。

この日本人の性質をかんがみれば、陰で悪口は言うかもしれないが、だからといって表だって行動を起こそうという気運は期待できそうにない。したがって、次代の天皇・皇后両陛下の在り様は現状維持のままである。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

だが、すでに日本は同じ体験をしている。大正天皇がご病気がちであったことは周知である。そのために皇太子殿下(後の昭和天皇)が早くから摂政宮として立たれた。64年もつづいた昭和の御世だが、実質はもう少し長かったことになる。

その大正天皇はごく最近になって再評価されつつあるが、それでもゴニョゴニョと口ごもらざるをえない逸話の持ち主である。下々の口に戸は立てられぬから、私なども子どもの頃からその逸話はよく耳にした。

つまり、お弱いのはお体だけではなくオツムもということである。有名な逸話は帝国議会で勅書をくるくると巻いて筒状にし、それを望遠鏡のごとくのぞいて「見える、見える」とおっしゃったというものである。(※戦後、左翼によって流布された陰謀説もあるが概要は正しいらしい)

その昔、ゼブラというボールペンのCMで、今では珍しくもないが本体が透明でインクの減り具合が可視できた新商品のキャッチ・コピーが「見える、見える」であり、それは大正天皇のご発言のもじりなどと、まことしやかにささやかれたりもした。

その「見える、見える」の真偽のほどはいざ知らず、脳のご病気という話は広く伝わっており、下々にわたるまで大正天皇のアレレなお噂は定着していたのである。そもそも大正時代がわずか15年と短いのも、いろいろお弱い方が即位されたからというニュアンスであった。

鶴は千年、亀は万年、千代に八千代に苔の生すまでと、治世の長いことはお目出度いことであるから短命というだけでもマイナスである。ちなみに大正エビや大正琴はサイズがミニ(短い)ということからつけられたもの。

「見える、見える」の逸話が、かりに真実から程遠いものであったとしても、それを捏造し人口に膾炙させたものは何かといえば、ご優秀とは思いがたい資質がベースにあったからだろう。

世の常として本来の資質が優秀ならば不世出の名君と誉めそやすし、凡庸であれば誇大して「ご立派」と持ち上げる。やや見劣りするかな?程度でも何らかの粉飾はほどこすだろう。それらの努力をしてもなお悪い噂が立つのであれば、やはりアレレかな?と推察するしかない。

大日本帝国においては「不敬罪」が存在したので表向きは恭順するしかない。だが、まことに正直なのは庶民である。都市伝説のようなたぐいもあるが、現在の2ちゃんの書き込みのように玉石混交もある。

表面上は絶対服従で「将軍様、マンセー」と涙を流して狂態を演じている北朝鮮の民草が、陰では「あのブタ」と密やかにささやいているのとおなじ図式だ。かつての日本で、あれほど大正天皇に関するよくないお噂が存在していたのに、国民は黙って戴いていた。

むろん、今ほど皇室の情報が外には出なかったから知らなかっただけかもしれないし、「殿、ご乱心」でもささっと始末して何ごともなかったように隠蔽し、「由らしむべし、知らしむべからざる」の封建時代を経ているので、日本国民は寛容なのかもしれない。

だが、大正天皇の場合は『相殺』されるべき要素があった。大正天皇の正妃である貞明皇后の存在が大きい。男子を4人もあげられたことに加え、聡明にして思いやり深く、まことに見事な賢婦人であったことが、夫である大正天皇の不足分を補うに余りあったためである。

どちらか片方が秀でておられれば、なんとかバランスを保つこともできる・・・わけでもないな。その場合は、本筋のお方に難があっても、外から入られた方が見事にサポートされたから受け入れられたのである。

本筋の方がご立派なのに、外から入られた方がアレレの場合は容赦ないだろう。代わりはいくらでもいる!と排除されたにちがいない。それが可能な時代であった。

次の御世は本筋も外から入った方も両方がアレレで、しかも排除もできない。やはり、これは日本人が初めて遭遇するケースなのかもしれない。この未曽有の事態に日本人はどう向かい合えばいいのだろうか。皇国日本に神風が吹くのを祈るのだろうか。

アレとアレレの一考察 <10>

2012年03月01日 21時03分12秒 | 日記
一つのテーマを決めると、とことん書き尽くさないと気がすまない。このブログを始めた当初のジェイン・オースティンや「八日目の蝉」のときがそうだ。いやいや、いちばん長かったのは口蹄疫のとき。自分の気がすむまで書きつらねることとしよう。

さて、今日の午前、雅子さんの「はじめてのお見舞い」が、やっと実現したそうだ。こんなことがニュースになるなど恥ずかしい。webニュースの動画を拝見したが、太ったというよりむくんでいる?

早起きが苦手だから起き抜けなのか、あるいは出かける直前まで揉めていたのかと思うほどのブンむくれたお顔である。お顔の輪郭が冬瓜みたいになり、こだわり抜いた髪型(マッコウクジラのようなハーフアップ)のせいか・・・

色の黒さと不気味さで、まるで奈良の引越しオバサンのような印象である。健康ではない生活を送っているのだろうと、遠目にもわかる。わが身を捉えるカメラをいたく気にしておられるようで、あの視線の定まりのなさも独特だ。

最近とみに遠慮のなくなったメディアの評判を気にしてか、あるいは春休みのお楽しみ前のアリバイ作りのためか、無理矢理な感じがありありだ。だが、逆効果だと思うのである。見るからに「普通ではない」様子が映し出された。

そんな皇太子夫妻のお見舞いに先がけて、10分早く皇后陛下が病院を訪れたとか。とりなし役、あるいは調整役のためのお出ましであることはまちがいない。天皇陛下はもとより皇后陛下も、まだまだ長男に期待しているのだろう。

あきらめきれない・・・というのが本当のところだろうか。やはり母親は息子がカワイイのね、という意見もあろうが、それだけではないと思う。平民から皇室に入った美智子さんは、よくよくの覚悟と意地でここまで歩んでこられた。

一見しなやかに見られるが、ドッコイたいへん意固地なご性格といわれる。表だって反抗されることはないが、テコでも動かぬ意思の強さがある。もっとも、そうでもなければ今日までの日々はなかったにちがいない。

その美智子さんが、手塩にかけてお育てになったのが皇太子さんである。世継ぎの御子として畏れにも似た気持ちで育てたと、御歌にも詠まれたことがある。ありていに言えば、平民出身の母親に育てられたからと後ろ指を指されたくない。その一心でお育てになったのだろう。

だから、言うなれば、皇太子さんへの評価は美智子さんへの評価なのである。皇太子さんがご立派ならば、それはそのまま美智子さんのお手柄となる。平民のご出身ながらあっぱれなご教育のたまものと称賛される。

ところが、皇太子さんがダメダメであれば、だから平民出身のお妃なんぞをもらうからだ。そのように、すべてが美智子さんのせいにされるだろう。皇室に嫁して50有余年。ありとあらゆる犠牲を払って、心血注いだわが人生の集大成が皇太子さんである。

その皇太子さんを見限ることは、そのまま美智子さんご自身を全否定することに等しい。あのご気性(相当の負けず嫌いと仄聞する)であれば、それは受け入れがたいことである。それだけは何としてもできない。ご自分の存在をかけた意地と執念である。

親というのは貴賤を問わず、子どもを見限ることは至難である。どんな出来損ないの子どもでも、特に母親だけは最後の最後までかばってくれる。それが母親の愛情だと言われれば、そうかなとも思う。もはや理屈ではない。

では、皇后陛下が、「よくある愚かしいまでの母親の愛情」だけでかばわれているのかと問えば、それだけではないだろうと思うのである。そこには自己否定をあくまで避けたいという複雑な感情がからんでいる。

たぶん、こういうお母さまに育てられたことこそが、皇太子さんの現在の在り様につながっているのだと推測する。バカにされたくない、後ろ指を指されたくないと、必死の努力をすればするほど、そのご立派な姿勢が無言の重圧になるケースがある。

子どもがそれに難なく応えられる資質に恵まれた場合はいいが、そうでなかった場合、両者はじつに不幸な親子関係になる。そんな不幸が背景にあったのだろうと、私は考えている。