午後の雨やどり

つれづれパラレル日記

下流のループ

2012年02月08日 07時53分21秒 | 日記
世界で活躍する若者のニュースが続く。


バレエについてはまったく門外漢だが、一度だけその美しさに見ほれたことがある。英国ロイヤルバレエのプリンシパル(最高位ダンサー)として活躍していた、吉田都さんの舞台に触れたときだ。

 ▼吉田さんは残念ながら、手足の長さでは共演する欧米のダンサーにはかなわない。それでも、バレエの質でははるかに上回っているのが、素人目にもよくわかった。他のダンサーが踊っているとすれば、吉田さんは舞っていた。

 ▼その吉田さんが審査員の一人でもある、バレエダンサーの登竜門、ローザンヌ国際バレエコンクールで、神奈川県厚木市の高校2年生、菅井円加(すがいまどか)さん(17)が優勝を果たした。初めて参加した海外大会での快挙である。円加さんが「信じられなくてまだ、踊りの夢の中にいるような感じです」と語るのもうなずける。

 ▼母親によると、姉の影響で3歳から教室に通い始めた円加さんは、夜11時すぎまで練習漬けの毎日だ。30カ国から226人が応募したコンクールの最終選考の21人に、円加さんを含めて日本人が5人も残っていたのにも驚いた。

 ▼全豪テニスでベスト8の活躍を見せた錦織圭選手(22)は、13歳で単身米国に渡った。「もう『いい大学、いい就職』という時代じゃないでしょう。私たちの時代とは違い、これからは人より秀でていることを個性にして生きる世の中だと考えていた」。父親が『週刊文春』の取材に答えている。今の若者を「内向き」と決めつけるのは、間違っているのかもしれない。

 ▼円加さんは、同じコンクールに入賞して英国に渡った吉田さんが、かつて在籍したバレエ団への入団を希望しているという。プリンシパルとして舞う姿を、一日も早く見たい。
(2月7日『産経抄』)



ここに登場する二人の若者の努力と活躍に異を唱えるつもりは毛頭ない。停滞した日本に、一服の清涼剤となる朗報と評価している。問題は、この産経抄の筆者の言う「今の若者を『内向き』と決めつけるのは、間違っているのかもしれない」論である。

世界に羽ばたいている二人の若者をとらえて、「内向き」と決めつけてはいけない・・・と思っているらしい。 が、この筆者が見ている「若者」とは、どのような若者なのだろうか。

私が育った時代は、バレエもテニスも「お嬢様」のするものだった。とくにバレエは習う先も少なく、ごくかぎられた家庭の子女にしかチャンスはなかった。テニスとても、中学の部活で軟式テニスに出会うのがせいぜいだった。

それが、今ではともに庶民化し、そこいらの文化センターで月に数千円の月謝を払えば、バレエの真似事もできるし、テニスにしても同様の窓口がある。長屋に住んでいる人がゴルフに出かけるのと大差ない。

それでも、バレエもテニスも「道具」の必要な習い事である。月謝のほかに、決して安くはない道具代を負担できるだけの経済力がないと続けられるものではない。ごく趣味にとどめておいても、いくばくかの金銭的負担が発生する。

ボールひとつでできるサッカーが、貧しい国では盛んである。だが、日本の場合、そのサッカーをするにも金銭的負担がともなう。イマドキの少年サッカーチームの在り様を見ればよくわかる。

マイ・ボールは当たり前、チーム全員でお揃いのユニフォームを着用し、バッグもそろえ・・・。すぐに穴が開いて使えなくなるようなストッキング一枚の値段が1500円もして、そのうえにシューズまでと、ずいぶんお金がかかるのである。

そして、試合ともなれば親の出番も強制され、車を出しての送迎から女子マネもどきのお茶出しやら差し入れやら。いずれにせよ、今の日本ではチョロっとスポーツの真似事をするだけでも、相応の経済力と親の労力が必要とされる。

ましてや、産経抄に登場する二人の若者は、そうしたパンピーの習い事の範疇をはるかにこえたレベルである。本人の努力もあるが、まずはそれを可能にするだけの「親の力」が大前提なのである。

親が、わずか3歳4歳のわが子に何かを習わせよう思うだけの「見識」が必要であり、そのうえに「経済力」が必要となり、そこで秀でた場合には、より高みに上るためのさらなる経済力・労力が要求されるのである。

世界のレベルで活躍するまでにわが子に習い事をさせるには、かなりの金銭的負担を覚悟しなければならない。音楽であれば、高名な師のレッスンを受けるために、毎週末飛行機で東京に通う・・・などというケースも多々ある。

今般、ローザンヌ国際バレエコンクールで優勝した菅井円加さんにしても、お姉さんと二人でバレエのレッスンを受けていたのであり、今もお姉さんが続けているかは知らないが、二人のお嬢さんにかかる衣装代やら何やらが捻出できるご家庭であるということだ。

テニスの錦織圭選手は、「盛田正明テニス・ファンド」という制度(渡航費、アメリカのフロリダにあるIMGアカデミーの授業料、寮費、遠征費だけで初年度に数百万円、2年目以降はプロコーチ費用を加えて年間約1000万円の援助)を利用している。

こちらは親の経済的負担は少ないが、そうはいってもゴルフの石川遼とおなじく、英才教育に心血を注いだ父親の存在なくしては誕生しなかった。息子の人生をマネジメントする親がなくては、たとえ才能があったとしても頭角を現すことはできなかっただろう。

だが、世の中はこうした親や家庭、環境に恵まれた若者ばかりではない。まして中間層の激減・・・つまりは二極化・・・のために、ボリュームゾーンと呼ばれる層が圧倒的に下層にシフトしているのが現実だ。

パチンコに行くカネはあっても給食費を払わない。ケータイを含む通信費より食費の方が少ない。しつけという名の「内縁の夫」による虐待などなど、この下流のボリュームゾーンで生息する若者に、どんなチャンスがあるというのだろう。

下流のループが定着しつつある今、「親の力」があって初めて成り立つ活躍をことさらに取り上げて、若者よもっと外に目を向けよなどと言えるのは、おそらくその人自身が恵まれた人なのだと思われる。

たとえ親や環境に恵まれなくても、貧乏のどん底から這い上がってハングリー精神で成功する。それは、おそらくもっと別の分野で可能なことである。少なくとも幼少期に基本を身につけなければならない分野では、ムリな話だ。

とりわけ絶対音感を必要とする音楽の世界では、どれほど素晴らしい才能を持ち合わせていたとしても、楽器にすら触れられずに終わる境遇から名演奏家は生まれることはないだろう。

かの辻井伸行さんも、下流のループの中に生まれていたら、ごくふつうの盲人で終わっていたにちがいない。この世には発掘される才能と、そうでない才能とがある。それは本人の努力ではない。生まれ落ちたところの運・不運だ。

いま、下流のループが増殖しつつあるなかで、若者よ奮起せよと叱咤激励することの無意味さを、もう少し理解するべきだ。なぜ、このようなループができたのか。そこを問い直すことが先だ。

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錦織圭選手 プリンシパル ローザンヌ国際バレエコンクール ボリュームゾーン 菅井円加さん 1000万 文化センター 私たちの時代 バレエダンサー 全豪テニス
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