午後の雨やどり

つれづれパラレル日記

河本のオカン

2012年05月28日 09時10分34秒 | 日記
次長課長の河本の母親が生活保護を受けていた・・・という話題も、そろそろピークを越しつつあると思うが、この話を初めて知ったとき、「え?」という違和感を覚えたものだ。

というのは、次長課長の「河本のオカン」を以前テレビで見ていたから。息子に負けないくらいキャラの立ったお母さんで、準・芸人なみに笑いのとれていた人であったから。

何年くらい前だろう。「さんまのSUPERからくりテレビ」という番組の(たぶん)「からくり中継クイズ」というコーナーで、河本のオカンを見たのだと記憶している。番組出演者の、たいていはお笑い芸人の実家と中継をつなぐのである。

そこで他愛のないクイズを出すのだが、クイズそのものよりも芸人の家族にユニークな人が多くて、そちらの素朴かつ恥じらいゼロの暴露話などが大受けのコーナーであった。

私が見たのは「河本の実家の中継」であった。登場したお母さんは大きな声で臆面もなく話すとてもユニークな人で、さんまが「オカンのほうがオモロイやん」と突っ込んでいたくらいだ。

相方の井上にも「井上くん、久しぶりやなあ」「あの子ら中学のときから仲良かったし、ようウチに来てたし」などと言って、ペラペラ、ペラペラ恥ずかしげもなく、昔の話をしゃべり続けて止まらなかった。

息子である河本が「オカン、もうやめてくれ」と困惑するくらいあけすけに話し、それがまた絶妙の笑いを誘ったので、とても印象に残っていたのである。

で、その時中継されていた河本のオカンの自宅というのが、台所からだったのだが、ごくふつうの台所であり、ごくふつうの暮らしにしか見えなかった。だから、「生活保護を受けている」と聞いて、そんなに貧しい暮らしの自宅に思えなかったのが最初の違和感である。

そして、今から思えばすでにその時に生活保護を受けていたことになるが、河本のオカンは機関銃のようにしゃべくり、じつに元気なオバサンそのものであった。まだ、50代の元気のいいおばちゃんそのものであった。

パートの2、3軒かけもちで働いてもいいような、はつらつたる元気なおばちゃんだったのである。とても働くこともままならない・・・などという印象は受けなかった。だが、受給していたということは、あの時あのオカンは働いていなかったわけである。

あの時、「河本のオカン」のキャラが際立っていてさんまも絶賛していた。今般の問題で、その後河本が母親のことを「ネタ」にしていたと聞くが、さもありなんと思う。それくらい「使い甲斐」のあるオカンなのである。

世の中には、とうの昔に親子の縁が絶え、音信不通のケースもある。親には30年も会っていないという成功して高収入の息子が、故郷の母親が生活に困窮して生活保護を受けていたことを知らなかったということはあるだろう。

だが、河本はそのオカンを仕事に利用していたのであり、オカンのおかげで稼いでいた部分もある。であれば、今回の生活保護は「もらえるものはもらわなければ損」という、どこまでも卑しい発想にほかならない。

認識の甘さという表現を使っているが、「もらえるものは〜」という発想は甘いのではなくて汚いのである。日本人のメンタリティーではないよなあと思ったら、出自がとやかく言われているらしい。これも、さもありなんか。

許す周囲が悪い

2012年05月22日 09時43分46秒 | 日記
先週号の週刊・新潮に、雅子さんが紀子さんを妨害している・・・という記事がのった。たいていの病院の待合室に置かれている週刊誌なので、通院しているババたちもよく読んでいる。私の老母もそのクチである。

なにぶんにも女性週刊誌とちがって信頼度が高いとババたちは思っているので、それらを読むようになってから老母も皇太子一家のことをあからさまに悪く言うようになった。スゴイ影響力である。

雅子さんは昨年の誕生日に合わせた文書のなかで、「マスコミが悪い」とケンカをお売りになった。自身の不出来・不行状のすべてをマスコミのせいにしたものだから、それ以来マスコミも遠慮がなくなった。

とはいえ、あることないこと書きたてて誹謗中傷する悪意の報道をしているわけではない。「妨害なんたら」の記事も立ち読みしてきたが、淡々と事実がそのまま書かれているだけである。

天皇陛下が心臓の手術をされたときに、紀子さんが真っ先にお見舞いに伺いたいと申し出た。それで、その調整をして手筈が整っていた。それを聞きつけた雅子さんが不快感を示して「順序が違う」と文句を言って、紀子さんのお見舞いを阻止してしまった。

皇太子妃をさしおいてナニゴトカ、順序を守れというのであるから、では雅子さんが率先してお見舞いに伺うと申し出たのかと言えば、そちらはなしのつぶて。自分が行く気はサラサラなく、ただ紀子さんのお見舞いを邪魔するためにだけやったこと。

結局、雅子さんが10日もたってやっとお見舞いに行くまで・・・それもその後、それが負担だったので体調を崩したとまで発表させているのだが・・・その時まで紀子さんを筆頭に他の宮妃は全部足止めを食らっていた。

自分は行く気もない、でも他の人が行くのは許せない。そういう底意地の悪いことを堂々としでかしているだけのことである。それにしても、この邪悪な発言・行為について、誰も諫言できないことの方が問題があるんでないの?どこまでやりたい放題をさせておくのだろう。

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ニッポン放送の長寿番組に「テレホン人生相談」というのがある。車に乗っているときなど、たまたま聴く機会がある。世につれ・・・とはよく言ったもので、相談者にもオカシイのが湧いている。世相をよく反映している。

その走りだったのかもと思う、記憶に残る相談があった。相談者は女性である。専業農家の二人姉妹の長女として育った。農業を継いでくれることを条件に婿養子をさがしたが、幸いなことに、継いでもいいという男が現れ、目出度く結婚の運びとなった。

この長女夫婦のために農家の両親は新居も用意し、何から何まで手厚くそろえてくれた。ひとえに農業を継いでくれることがありがたかったからである。ちなみに農業に従事するのは婿だけで、長女は専業主婦である。

ところが、結婚後しぱらくして婿が「農業はいやだ」と言い出して会社勤めを始めてしまった。最初の約束を反故にされたわけだが、そのことに関して両親は非難はしなかったらしい。婿に対する遠慮なのか、もめることを避けているのかわからないが、長女夫婦には何も言わなかった。

この長女は婿である夫の変心について、申し訳ないという気持ちよりも「夫がイヤだというのだから仕方ないでしょ」と開き直っているようであった。で、相談内容と言うのは、それからの展開である。

二人姉妹の妹である次女がその後結婚するのだが、たまたま相手が農業をしてくれるという男性だった。妹も近くに家を建てて住むことになった。次女の夫は人柄もよく働き者で、父親とも仲良く農作業にいそしんでいる。

で、何が問題かというと、長女である私をさしおいて次女夫婦と両親が仲よくしているのが気に入らないというのである。相談者の相談内容とは、「長女である私を『たてない』両親や妹夫婦を何とかできないか」というものであった。

そこで、長女夫婦を無視するとか蔑ろにするとか邪険にするとか、そういうことがあるのか?とたずねられると、そういうことはないという。長女夫婦には気を遣っているという。では、何が気に入らないのかとたずねられて、次のように語った。

つまり、農作業の話や相談などを、父親が妹の夫にばかりするのが気に入らないのだという。長女である自分やその夫が軽んじられているようで不愉快である。私は長女なのだから、たててもらわないと困る。

自分たち家族は農業とはまったく関係のない生活をしているので、毎週末には家族でレジャーやショッピングに出かけたりするが、農家である両親と妹夫婦は、そういう時も農作業をしている。

その様子を横目に見ながら出かけるのだが、両親と妹夫婦が仲よくしているのがあてつけのようで感じが悪い。長女である自分をさしおいて行動する妹とその夫もどうかと思うし、それを受け入れている両親に対しても腹が立ってしかたない。このような言い分であった。

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この相談者にはきびしい回答がよせられた。見当違いもいいところ。妹夫婦に感謝するならともかく、恨むとは何ごとか。父親が農業を継いでくれた次女の夫に、作業のことで相談したり頼りにするのは当然のことである。そもそも長女夫婦がしなくてはならなかった務めを放棄したのだから、あなたに文句を言う権利はない、などなど。

この長女は、本来自分に課せられた義務はやりたくない。それを代わってしてくれる者がいたら、それは当然にしてしまう。ところが、その人が注目を集めたり評価されると、それが面白くない。自分は「その立場」だけで奉られるべきなのだ・・・そのような思考だと思われる。

この長女は「人格未熟」「人格異常」であり、周囲がもっとも迷惑をこうむる厄介なタイプである。だが、おそらくこの長女は物心つくときから、農家の跡取り娘として特別扱いをされて育ったのだろう。その立場に付随する自意識と権利意識が肥大したのだ。

その立場にたつために必要な教育を受けてこず、また自らが悟るだけの能力もない。哀れで厄介な人間なのである。この長女の場合、もめることを避け、その行状は不問に処して「長女とその婿養子」という立場だけを尊重して現状を黙認している両親が一番悪い。

人のいい次女夫婦に甘えて、見て見ぬふり聞いて聞かぬふりをしている。このモンスターのような長女を放置しておけば、いずれ次の代をになっていく次女の夫からも不満が出てくる。「何もしないのに、『たてろ』というのは虫がよすぎる」と思って当然である。

この農家の両親は「目先の穏便」を選択しているが、それがかえって問題をこじらせて何ともならなくなる事態を招くのである。修羅場を覚悟で大ナタを振るわなくてはならない時が必ずやある。それを一日延ばしにすればもっと泥沼になる。時間が解決する問題ではない。

結局、わが身可愛さ、わが子可愛さの究極のエゴなのだ。この農家一家の話はしょせん一庶民の話だから、どのような展開になろうと知ったこっちゃないのだが、これを上回る東宮一家の醜悪を毎度見せつけられる国民はたまったものではない。

なんとかしろよと思うが、次の宮内庁長官が「あの」風岡さん。もう宮内庁は外務省・創価に陥落したということだ。小和田に言いなりの陣容で固めて「皇太子・皇太子妃の立場だけ」を‘たて’にとってのやりたい放題。

かつての「殿、ご乱心」で牢座敷に籠めるなり一服盛るなりは、自浄作用として機能していたのだろう。・・・神風が吹くのを待つしかないのか。もう待ちくたびれたけど。

善良

2012年05月21日 21時35分05秒 | 日記
たぶん「善良」というのは、よいことの意味で使われる言葉だ。善良であることを心がけて半世紀以上を生きてきたが、その結果として思い至ったのは「他者との関係において善良である必要はない」ということである。

善良とは、自己が自己に対してどうあるかにとどめられるべきもの。他者との関係においては、善良であればつけ込まれ、舐められ、利用されることが圧倒的に多い。この場合の善良は欠点ですらある。

かつて子どもなどが、流行言葉のようにかんたに「死ね」と言ったときなど、「『死ね』などという言葉は安易に使うものではない。『人を呪わば穴二つ』というくらい、いずれ自分に返るものだ」と諭した。

人の死を願うことなどあってはならない。本気でそう思って生きてきたのだけれど、この頃、善良であることのバカバカしさに気づいてから、考え方に訂正が入るようになった。

世の中には、ほんとうにお消えいただいたほうがよろしい方もおられる。「原子力に詳しいんだ」とほざいて大惨事を招いたあの人だとか、陰の実力者よろしく暗躍している中国に敬語を使うあの人だとか、あるいは、テレビで映像を見るたびにもはや反射的な嫌悪感しかない、とあるご一家だとか・・・。

善良なる日本人のバカさかげんにつけ込んで、やりたい放題の方々はいつまで放置されるのだろう。因果応報を信じたい。

検証

2012年05月21日 21時04分22秒 | 日記
もう今はどこも取り上げないけれど、2年前の今ごろは口蹄疫でたいへんなことになっていた。たまたま獣医系の知り合いからレアな情報を聞いたこともあって、まさに付け焼刃のにわか勉強で来る日も来る日もエントリーをあげていた。

この口蹄疫をめぐるあれこれは、私に大きな教訓を残した。それは「当時、ネットで流布していたことの大体は正しかった」ということである。あの時、さまざまな情報が入り乱れた。そのたびに「ガセだ」とか「怪しい」とか言われていた。

だが、過ぎてみれば多くはその通りであった。その後の事実をもはや報道しないから、その検証がされていないだけである。たとえば、「旬刊宮崎」というローカルの新聞が伝えていた安愚楽牧場にまつわるあれこれは、そのほとんどが正しかった。

預託事業を手広く手がけ、大きな態度に出ていた安愚楽牧場が今では破産して債権者集会が開かれている。この栄枯盛衰。「おごれる人も久しからず ただ春の夜の夢のごとし たけき者もついには滅びぬ 偏に風の前の塵に同じ」は普遍の真理のようで。

某巨大掲示板に書き込まれるたぐいは公衆便所の落書き程度とよく言われるが、おもしろいことに定点観測をつづけていると時として「スネーク」なる書き込みにお目にかかれることがある。その時は「まさか」と思われる内容なのだが、後になると「やっぱり」となることがある。

まさに玉石混交。こちらのメディア・リテラシーがはげしく問われるが、かつて書き込まれた内容をきめ細かく検証して、その整合性を数値化したらオモシロいのではないか。そんなふうに考える今日この頃でもある。

尖閣購入が全額寄付でまかなえたらいいのに

2012年05月02日 17時52分01秒 | 日記


都の尖閣購入募金に7600万…「ありがたい」

 東京都が尖閣諸島(沖縄県石垣市)の購入資金を全国から集めるため、先月27日に開設した募金専用口座に、1日までの5日間で計7600万円が振り込まれたことが分かった。

 都は先月27日夕、専用口座の開設を発表し、都のウェブサイトにも告知を掲載した。土日と振り替え休日をはさみ、銀行が営業した1日に確認したところ、振り込みは計5428件で、金額は計7600万7211円に上っていた。

 都は来年4月に埼玉県内の地権者と売買契約を結びたい意向で、今月1日に同諸島購入に向けた専従チームを発足させた。都の幹部は「わずか5日間でこれだけ集まるとは思わなかった。関心の高さがうかがえ、大変ありがたい」と話した。

(2012年5月2日12時49分 読売新聞)



私も本日、振り込んできましたよ。貧者の一灯ですが、国土は自分たちの手で守りたいですからね。2ちゃんを見ていると、「10万振り込んできた」とか「5万振り込んだ」という報告が相次いでいる。振込証明の画像がアップされているので確かな話だ。

若い人たちが、こんなに意識を高くもっているのはありがたい。たぶん収入も貯えも少ない世代が、日本を守りたい一心で寄付をしてくれる。まだまだ捨てたものではないと思わせてくれる。

それに反して、たんまり小金を貯めこんでいる高齢者層は、どうなのだろう?最近、心底思うのだけれど「年寄税」というのを徴収したらどうだろう。あんたらのおかげで年金や医療費やその他もろもろ若い世代が丸かぶりだ。

その年寄が我が物顔で「たかる」ことしか考えない。あと何年生きられるの?そんながめつくため込んでどうするの?せめて日本のために最後のご奉公で奮発して尖閣購入のために寄付したらどう?どこかに「遺産を残してもしょうがないから、日本のために10億円寄付」みたいな年寄はいないものかしら?

こんなに日本をダメにしたのに、戦後の日本のためにご苦労してくださったなどという「嘘八百」を信じ込まされている愚かなワタシタチ。戦後の、焦土と化した日本に復興の鎚音を響かせてご苦労くださった世代は、ほとんど亡くなっている。

出征兵士の年をちゃんと数えればわかるが、大正15年くらいがその(召集)ライン。その大正15年生まれの人で、今年86歳になる。つまり、80代でも前半の年齢の人たちは終戦時はまだ10代の少年少女である。

それらの昭和ヒトケタ生まれが高度成長期に働き盛りを迎えて給料は毎年右肩上がり、バブル崩壊前に退職して勝ち逃げた世代だ。このあたりの年寄がタンマリとため込んでいる。なにせ、退職金をもらった頃の金利が8%くらいだったから。

おそらく退職金は手つかずのまま、その後の年金ですらおつりがくるような世代である。今でもその世代の元・会社員は年に500万円を超す年金収入がある人が多い。若い世代が300万円ももらえずに結婚もできないのに、である。

その若い世代に年金保険料や医療費の負担をさせながら、それでもまだ「年寄をだいじにしろ」とか「もっとよこせ」とか主張の激しい世代でもある。二言目には「我々は戦後苦労してフンダララ・・・」とのたまう世代である。

でも、その世代が確実に日本の戦後の在り方をダメにした。なぜ、日本は戦争に負けたのかを考えることもなく、腹いっぱいメシが食いたいという目先の欲望だけで突っ走ってきたのだ。その挙句が現状の日本である。せめて、罪滅ぼしに尖閣の寄付くらいしていってもいいと思うのだがな。

威厳と平俗

2012年04月29日 10時04分52秒 | 日記
皇室のことなどまったく関心のない性別・世代の家人なのだが、めずらしくひとつ前のエントリーにあげた話題について言及した。いわく、「今の天皇・皇后は『品位を保つ』ものをまちがっている」。

国民に負担をかけてはいけないから陵墓の規模を小さくとか、そのために火葬をとか、そんなことは本人が決めることではない。天皇の品位を保つためなら、それくらいの負担などいいですよと国民は思うだろう。こういうところが本来保つべき「品位」である。

そんなことより、よほど現在の品位を落としているのが、あのバカ息子夫婦(家人はそのように呼ぶ)である。これをナントカするべき立場にいるのが親である二人だ。その肝心の「すべきこと」を放置しているのはゆゆしき問題だ。息子もダメなら親もダメということになる。

・・・このような主張であった。関心の薄かった世代のオジサンまで、このように感じるのである。じつは、今般の「火葬」発言が、ご本人さまの要望であえて発表したのか、あるいは言ったことにされてしまったのかはわからない。

だが、ご本人の意思だとしたら、つくづく一般人との乖離を感じるのである。今のいちばんの関心がソレですか、という(息子夫婦の問題との)比較もであるが、「墓を質素にしてくれ」という発想がナントモ・・・。

なにもエジプトのピラミッドや仁徳天皇陵みたいな巨大な墳墓を血税搾り取って造れ、というものでもない。狭い国土だから用地の問題もあるが、陵墓を建造するのにかかる費用が惜しいから、という金銭感覚で発言してほしくはないし、なにか「民の竈」と錯覚しているのでは?

新しい宮殿を造るとか、豪奢な生活をするということを慎まれるのならわかるが、陵墓はその「権威」を見える形で残すものである。「権力」ではない。あくまで「権威」である。

そういう点で皇后陛下が仰ったという「小さな祠(ほこら)のようなものでいいからおそばに」というのを、「いい話だ」などと持ち上げる人もいるが、それは庶民の老夫婦の話であって、少なくとも「皇后」の立場の人をそのように扱えとはゆめ思わない。

「国民とともにありたい」ということが、すなわち「平俗」になることではない。何か大きな勘違いというか「自分たちはいいことをしている」と思われているようであるが、それが独善に思える。

平俗化してしまったら、もうそこには威厳もなく尊崇もなく、存在意義すらなくなるということがわからないのだろうか。失礼ながら、この件で「角度」がちがうだけでズレまくりかたは酷似しているのだと改めて思った次第である。

アトヨロの精神

2012年04月27日 11時50分52秒 | 日記
2ちゃんふうに書くなら (゚Д゚)ハァ?  てなところでしょうか、不敬ながら。あまりに唐突なご発表であるから。羽毛田さんのご一存?何かねらいがあるの?それとも陛下のご要望?いずれにしても・・・。  東京新聞から。


天皇・皇后両陛下 火葬への変更要望 墓所簡素化や合葬も

 宮内庁の羽毛田信吾長官は二十六日の定例記者会見で、天皇、皇后の葬送について、約三百六十年前の江戸時代から続いてきた土葬を、火葬に変える方向で検討していくことを明らかにした。「陵」と呼ばれる墓所の簡素化も検討し、通常は別々の陵に葬られてきた天皇、皇后の合葬も視野に入れる。

 羽毛田長官によると火葬や陵の簡素化は、天皇、皇后両陛下の意向を受け、庁内の懸案事項となっていた。天皇陛下の手術後の回復を機に、検討を本格化させるため発表した。今後一年ほどで結論を出したいとしている。

 両陛下は、火葬が現在最も一般的な葬送の形であることや、歴史的に天皇、皇后が火葬された時代もあったことなどから「自らは火葬が望ましい」と羽毛田長官らに伝えられているという。

 大正天皇と貞明皇后、昭和天皇と香淳皇后が眠る武蔵陵墓地(東京都八王子市)の用地には限りがあり、陵の簡素化は不可避とされる。火葬や合葬を行えば、陵をより簡素化できる可能性は高い

 ただ、火葬とする場合、火葬場をどうするか、一連の儀式をどうするかなど、検討すべき課題は多い。両陛下は、葬送そのものも国民生活に極力影響を少なくすることが望ましいとの意向を示しているという。

 宮内庁によると、皇室では仏教の影響で室町時代中期に火葬が定着したが、江戸時代初期の後光明天皇(一六三三〜五四年)以降、土葬となった。第二次大戦後、天皇、皇后以外の皇族は火葬されている。


命にかかわるご病気・手術をされ、幸いにもご快復あそばしたから世にいうところの「死に支度」なのであろうか。たしかに、そろそろ80間近だから、葬式はコレコレでやってね、遺影はコレ使ってね、お墓は・・・みたいな話は庶民でもある。それと同レベルの話なのだろうか。

記事を読むかぎり、物理的には武蔵野陵墓地の用地がせまくなって、これまでとは同じにできそうにない、ということらしい。で、普通なら、「では、新しい御陵墓地を」となるのを回避するためということであろうか。陛下自らが言い出さないかぎり、みんな思っていても口に出せないことへの配慮か。

簡単に考えれば、「用地足りない」→「お墓が大きすぎるから」→「お墓小さくすれば?」→「「土葬じゃ無理」「両陛下一基ずつは場所とる」→「じゃ、火葬で」「一緒(合葬)にすれば?」こんな流れのお話では?

ことさら火葬を望んでおられるというより、より埋葬面積を小さくするには火葬しかない。ここが原点のように思われ。で、紀元以来、124代すべてが土葬ならば、この代で火葬にするのは先例にさからうが、これまでにも火葬はあったし合葬もあったみたいだから、かまわなくない?  程度の話かと。

が、お恐れながら申し上げれば、ナンカ言及すべき事柄の順番がちがいはしませんか。いつ果てるとも知れぬわが命なので、後の者が困らぬようにとのご配慮かと思われますが、問題はその「後の者の現状」ではないかと。

こう言っちゃなんですが、墓地の用地が足りる足りないなどという話は、どうとでも解決のつく話。陛下がご存命中に解決を図られるべき喫緊の問題は・・・スルーですか。とくに問題視はされていないとの思し召しですか。

社会で一般化していることに近づけたい・・・というのがご希望のようだが、これは「ことさら皇室を神聖視してほしくない」との意思表示にも思われる。つまり、あまり多くを望まないでほしいとのことだろうか。

神様じゃありませんから、時には出来の悪い跡取りも生まれますし、輪をかけて不出来の嫁がくることもありますが、世間にはよくある話なわけで、あんまり目くじら立てないでほしいですわ。なにごとも簡素に・・・。仕事も簡素に。うちの若いのにあんまり多くを求めないでくださいな・・・か?

時代に即せば慣例をかえてもいいのだ、とも受け取れる発言である。次代の夫婦に対しては、諦観ではなく容認だったのかと改めて思う次第。こりゃ、遠くない次代は、スメラミコトの思うように一般化するでしょうな。

人はカネで動く

2012年04月27日 10時25分23秒 | 日記
予定通りの無罪判決である。小沢一郎は師である田中角栄がロッキード事件で有罪となる顛末を間近でつぶさに見た。だから、どのようにすれば同じ轍を踏まずにすむかを熟知しているといわれる。

無罪ではあるが無実ではない・・・という論評もあるが、ありていに言えばメチャクチャ怪しいけれど、証拠をあげることができないから罪に問えないということである。比較するのもなんだが、あの木嶋ナントカいう練炭殺人のような状況証拠で云々とはちがうということなのだろう。

無罪判決で鬼の首をとったがごとくの小沢グループ。苦々しいけれど、これでまた民主党内の勢力図に一波乱も二波乱も起きそうで、それなりに楽しみである。小沢一郎が判決が出るまで静かにせざるを得なかったのをいいことに、のさばって利権独占を目論んでいた仙谷由人はどうするか。

どんどん分裂して、もめて空中分解でも自爆でもなんでもいいからやってくれと思う。一日も早く民主党政権が終了するなら、こんなに目出度いことはないのだから。小沢一郎ならびにそのグルーブは、思いっきり派手に暴れてくれ。

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この小沢一郎という政治家を見ていると、日本における権力というのはこういうことなのかと改めて教えられる。直言すれば「人はカネで動く」ということだ。師匠である田中角栄が体現した手法そのものである。

高等小学校卒で名もなく貧しかった田中角栄は、人が何に弱いか、人は何に頭を下げるかを身をもって知っていた。名誉や権威もその一つに数えられるだろう。だが、ほんとうはそんなものではない。多くの人がひれ伏すのは「カネ」である。

なぜ、政治家にはそんなに多くの「カネ」が必要なのかと素朴な疑問をもったことがある。事務所を構えたり、職員や選挙カーなどの小道具も必要である。だが、そうした経費以外に千万、あるいは億単位の「カネ」がなぜ必要なのか。

答えは明白だ。そのカネを使わなければ人が動かないからだ。田中角栄が「人使い」の天才であったことは周知のことだ。カネをばらまいて官僚をてなずけた。そのやりざまは気が遠くなるようなきめの細かさと金額にある。

遅くまで仕事をする官僚たちに、差し入れを事欠かさない。それも高そうな美味そうなものばかりを差し入れる。あるいは、「これで飯でも食いに行けや」といって惜しげもなく万札を握らせる。

いかにも「賄賂」というかたちをとらない。労をねぎらうという名目での「ごちそう」である。おごられた方も悪い気はしない。「ごちそうさまです」とその好意をありがたく受け入れる。「メシくらい・・・」の軽い気持ちだ。それが、毎度毎度となり、だんだん頭が上がらなくなる。

また、田中邸に詰める記者たちにもごちそうを振舞う。そして「これで帰りに一杯ひっかけて行けや」と、お札をポケットにねじ込んでくれる。「うまいもんでも食ってこいや」「一杯ひっかけてあったまって行けや」と、庶民的なおやっさんのごとく言えば、「どうも」で過ぎていく。

田中邸の前で待つ運転手らにはことのほか評判がよかった。ちゃんと運転手たちの控室が用意してあり「寒いからどうぞ入って」と声をかけてもらい、そこでごちそうを腹いっぱい食べさせてもらう。で、「これでタバコでも買って・・・」と、お小遣いをいただくのである。だから、みな田中邸に行きたがったという話はあまりに有名だ。

「100万円融通してほしい」と頼みに行く人には「わかった」と言って、300万円を渡す。こんなことがあらゆるところで繰り広げられるから、誰も悪口を言わない。真実は「カネ」にひれ伏しているのだが、それでも人は動いていく。よく面倒を見てもらっていると恩義に感じるから、その人のために動く。

で、こんなに「ばらまく」ためには、やっぱり『元手』がいるのである。ルーピー鳩山さんみたいに不労所得がたんまり入ってくる大金持ちならいいだろうが、普通の人間には無理な話だ。で、結局、『元手』をつくるための錬金術があみ出される。

その手っ取り早い方法が不動産でもうけること。ただの原野に高速道路が通れば、その一帯は開けもするし産業の誘致もできる。今はタダ同然の荒地だが、そこを早くから買い占めておけばとんでもない高値で売りさばいて、大儲けができる。

その「高速道路建設」の情報をいち早く知りえる立場、もっと言えば「高速道路をつくるぞ」と決められる権力を手にしていれば、巨万の富は自分の懐にころがりこむのである。だから、政治家になる。

妻の田中真紀子氏は無論のこと、現・防衛大臣の田中直紀氏をはじめとして、あまりにお粗末な政治家が跋扈しているが、彼らを見ていて感ずるのは、彼らは「政治」を志して政治家になったのではなく、金儲けをするのに有利だから政治家になったということである。

カネ儲けをするには政治家になると有利だ→政治家として人を動かすにはカネがいる→そのカネをもうけるには政治力が必要・・・という無限ループになっている。

小沢一郎が土建屋の娘と結婚し、その一族とともに錬金術よろしく不動産で巨額のカネを手にする。だけではなく、田中角栄の時代にはなかった政党助成金を目当てに結党・解党を繰り返して濡れ手に粟のごとくカネを懐に入れる。

そうした『元手』で、多くの子分を養っていく。「政治は数であり、数は力、力は金だ」という師匠の金言を心に深く刻んでいる。というより、その言葉が正しいことを知っているのだろう。人はカネで動く。…司法も動いたのだろうか?

別に買収などしなくてもいい。たとえば、苦学生をずっと面倒見てやって、その家族にも細かな配慮をしてやって(就職の世話や縁談とか)恩を売り、苦学生が目出度く司法試験に通ったら裁判官になってもらって・・・そんな人をいっぱいあっちにもこっちにもつくればいいのだから。

ワルの越後屋みたいに菓子折の二重底に小判を詰めるような直截なことをしなくとも、時間をかけて温情をかけて育てて自分の味方をたくさんつくればいいのである。そのほとんどが「カネ」で動いていくことばかりだ。『篤志家』は何がエライって、やっぱり「カネ」を出してくれるからである。

底が抜けた社会からの揺り戻し

2012年04月25日 12時04分35秒 | 日記
最近どうも「へんな病」に憑りつかれていたみたいで(笑)、批判しても詮無いことにとらわれ過ぎていた。時間のムダだ。反省しよう。

さて、そうなるのもやむなしと弁解するわけでもないが、世の中右を見ても左を見ても「倦む」という言葉がぴったりの状況だ。そんな中でふと光明を見出したのが、あの石原慎太郎・東京都知事の「尖閣買い取り発言」と、今般のフランス大統領選だ。

尖閣については一昨年の漁船体当たり事件以来、寝た子を起こすことになり、中国にとっては誤算だったにちがいない。日本人はもっと寝ぼけている、領土や国防なんぞに興味はないとタカをくくっていたようだ。

が、You Tubeに映像を流してくれた一色さんのおかげで耳目が集中し、眠れる日本人の愛国心に火がついてしまった。「尖閣諸島は日本固有の領土です」と、バカの一つ覚えみたいに唱えていたって相手は盗人である。ボヤボヤしていたら盗られてしまう。

これまで、それを見て見ぬふりだったのが自民党、そして現政権の民主党にいたっては、盗人に売り飛ばすかもしれないから国に売るなんて(国有化)とてもできないと所有者に言わしめるほどの売国ぶり。

そんな中、お隣が薄熙来の失脚でごたついている好機をとらえて、しかもワシントンで世界に向けての「尖閣買い取り宣言」である。久々にスカーッとした。いいタイミングをついている。これが政治的手腕というものなのだろう。

猪瀬・副都知事の提言や佐々淳行氏が正論に寄稿していたように、「尖閣一坪運動」みたいな寄付にすればいい。ナショナル・トラスト運動でもいい。日本国民に広く呼びかければ、おそらくあっという間に目標額に達するだろう。むろん、私も寄付するつもり。

国民の寄付で購入して、とりあえず東京都の所有にしてもらって自衛隊や海上保安庁に常駐してもらって、かつて居住していた島民の痕跡があるのだから、「尖閣博物館」でも建てて、ゆくゆくは青少年のための研修施設でもつくって、修学旅行先にすればいいと思う。

ナゼダカ、現在の私立高校は韓国や中国を修学旅行先に選んでいるが、日本国民が日本の「領土・領空・領海」を認識し、国防や安全保障を学ぶための機会として、ぜひ「尖閣青少年センター」でも建ててもらいたいものだ。

さて、そんな話題の尖閣であるが、なんとまあ「紅の傭兵」と揶揄されている「河野洋平」がわざわざ上海くんだりまで出向いて、習近平と会談である。いま国内がごたついていて(内憂)、「外患」にまで手の回らない中国共産党が「静かにしててくれ」との恫喝か。

この河野洋平は日中国交回復につらなる利権で、そうとうの「うま味」をつかんで「弱み」を握られた政治家だろう。日中貿易ナンタラの関連で、今なお中国のいいなりである。この父親にモノも申せぬ息子(河野太郎)が何を言おうと信用できない。

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フランスの大統領選は、第1回投票では現職のサルコジ氏も、対抗馬のオランド氏もともに過半数を得票できなかった。ために、決戦投票にもつれこむこととなった。が、この投票で目を引くのが第3位に躍り出た極右のルペン氏だ。

第1回投票では首位に立ったオランド候補の得票率が28.6%だったのに対し、サルコジ大統領は27.1%。3位につけたルペン候補は17.9%と、極右候補としては過去最大の票を獲得し、ルペン支持者が決選投票の行方を左右する構図が出来上がった。(ロイター)

とあるように、フランスでは「かつての時代」に戻りたいという意識が高まっている。いわばEU理念の否定でもある。欧州は一つにまとまって強くなる(毛利元就の『三本の矢』みたいに)はずだったが、その矢が腐っていたら何本束ねてもムダで、まともな矢すら飛ばなくなってしまう。

そんな現実を目の当たりにしたフランス国民の回帰なのだろう。復古主義という形容が正しいとは思わないが、努力した人間が報われる世の中であってほしい、博愛も時と場合と限度があるということを示しているように思える。

基本中の基本

2012年04月23日 10時21分32秒 | 日記
少し前から、ぼんやり考えていたこと。歴史に「たられば」はないけれど、たとえば秋篠宮妃の紀子さんが結婚後、順調に男のお子さんばかりをつづけて3人ほどお産みになっていたら・・・と考えたのである。

その結果として東宮家には愛子さんしかいないが、秋篠宮家には親王殿下が3人もいる・・・このような状態であったら、はたして女性宮家や女系天皇の話は生じなかったのだろうか。そういう疑問である。

あくまで「仮定の話」として進めるが、まず、皇統については現・皇太子さんが皇位継承順位の第1位であり、以下秋篠宮殿下、その長男親王殿下、次男親王殿下、三男親王殿下とつづくことになる。この場合、いずれ長男親王殿下が天皇位に即位すれば、次男、三男の方は宮家を継ぐことになる。

さしずめ次男殿下が秋篠宮家を継ぎ、三男殿下が新設の宮家を立てられることになる。今上陛下の孫世代では、秋篠宮家の3男子が「天皇」と「宮家」を独占するが、とりあえず2宮家は確保できる。これなら問題ないのにと思うのであるが。

で、根本的な疑問である。つまり、秋篠宮家に仮に男子が4人も5人もいたら本当に問題なかったのか?ということである。いま、ことさらに問題視しているのは、「皇太子家に男子がいないこと」のような気がしてならないからである。

もっとありていに言えば、皇太子家からつづく皇統を維持したい思惑にしか感じられないからだ。秋篠宮家に複数の男子がいても、そちらはあくまで傍系、やはり皇太子につづく愛子さんを天皇に・・・などと言い出していたのではないかと思われる。

秋篠宮家に男子がたくさんいて末広だから次代の心配はない、と本当にそんな展開になっていたのだろうかと不思議でならないのである。今上陛下が崩御された場合、自動的に皇太子さんが即位される。すると、その時点で秋篠宮さんが皇太子になられるのだろうか?

一度、宮家を立てられた方が、そこから改めて皇太子に立たれるのか?現代でも「皇太弟」という呼称があるのかどうか。ともかく、これまでは側室でもなんでもいいから男子をあげて直系でつないできた。そして、たまたま大正、昭和、今上天皇は男子に恵まれたので、そのまま皇太子が存在した。

だが、今ここにきて初めて直系でつなぐべき男子がいないのである。つまり、盲腸線のように行き止まりになってしまっても、男子が傍系にあれば、何の問題もなくつづいていったものなのだろうか?という疑問なのである。

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もっと「たられば」の話をするなら、皇太子家にも秋篠宮家にも女子しか生まれず、今上陛下の孫世代に皇位継承者がいなかった場合でも、大正天皇の孫世代に当たる三笠宮寛仁親王家や高円宮家に男子が複数生まれていたら、どうだったのであろうか。

三笠宮家の末弟である高円宮さんは40代の若さで早逝されたが、こちらには3人の女子(女王・にょおう)がいる。これまた仮に、皇族の中でこの3人のお子さんだけが男子であったなら、いずれこちらの長子が天皇位を継ぐことになる。

愛子さんも、眞子さんも佳子さんも(仮の話なので、秋篠宮家の三人目も女子・内親王とすれば)、今は皇室の中心的存在として話題になっているが、いずれは傍系のもっと傍系の高円宮家の男子が皇太子、天皇を継ぐことになり、以後そちらが直系ということになる。

皇族の範囲内であれば、どこに男子がおられようとも、男子である限り皇位を継承するのだから、「国民の関心」や「国民の話題」が、現在の天皇家から大きくはずれて末端宮家と呼ばれる筋に移らなければならないことになる。

(仮定の話であるが)高円宮家に男子が3人もおられるから世継ぎの心配もないし、安泰である・・・などと、そのように考えるものなのだろうか。今上陛下の従兄弟(高円宮)の子が次々代の天皇・・・といわれて、はたして今と同じような状況になるのであろうか。

秋篠宮家に悠仁親王がお生まれになった2006年に、以下のような話題があった。

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【第128代天皇】秋篠宮悠仁親王殿下

 117 : 日本@名無史さん : 2006/09/16(土) 13:37:27
誤解されているが現在確定しているのは皇太子が皇位継承者ということだけ。
今まで秋篠宮が暫定2位、常陸宮が暫定3位(以下省略)だったのが、
秋篠宮の長男が暫定3位に入り、常陸宮が暫定4位に下がった。
傍系の宮家皇族は分家であり補欠でしかない。暫定的に順位がついてるだけ。
なぜなら天皇(徳仁親王)に男の子供が生まれたらそれが皇太子になるから。
だから秋篠宮は立太子の儀式もできないし「皇太子」と呼ぶこともできない。
読売が書いていたように皇室典範の規定から見ても秋篠宮は皇太子にはなれない。
傍系の分家は本家の直系が完全になくならないと出番はまるでない。
皇太子が即位して秋篠宮の皇位継承順位が暫定1位になっても、
秋篠宮が分家(宮家)の当主であることは変わらない。
悠仁親王の立場はこの先何十年も宮家の跡取りであり中等半端な立場になるだろう。

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この意見によれば、「本家の直系」つまり、この場合は皇太子さんが天皇に即位して崩御するまで分家に出番はないとある。そもそも宮家の存在意義は「スペア」「人的プール」なのだから、直系が絶えて初めて出番があるという解説は、そのとおりである。

秋篠宮さんは天皇陛下のお子さんといっても、次男であり、すでに独立して宮家を営んでいるので「分家」である。その分家に今後「直系」が移るのか否かについては、厳密な解説を聞いた記憶がない。

「天皇の本家の直系」が、現在の皇太子家のみを指すのか、秋篠宮さんも今上陛下の実子なのだから直系として含まれるのか。もし、後者であるならば問題はないはずだ。今上陛下の「2男子」の家系の中で「男子」が継ぐのであれば、悠仁親王がおられる。

あくまで「皇太子家の直系」にこだわるのなら、おそらく昔なら悠仁親王を東宮家の養子にして形式上の直系あつかいにすればよかったのではないか。「天皇本家の直系」でつなぐということは、天皇・皇后という夫婦の核家族でつなぐことになる。

かつてはここに側室という助っ人があてがわれたが、それが不可能な現代では一組の夫婦から生まれる子どもから、なんとしても「男子」をつくり出さなくてはならないことになる。それを、長男―長男のラインでつなげというのは不可能に近い。すでに現在がそうである。

庶民の家庭なら、娘に婿養子をとって「本家」をつないでいく。だが、皇室はそれと一線を画して、まずはわき腹から(側室)、それがダメなら遠戚でもいいので血筋のつながった男子をさがし出してでも即位させた。

なるべく「男子」を一族で固める利点は、ひとえに「無縁のよからぬ男を紛れ込ませないため」であると考える。迎えた婿養子が田中直紀大臣のように妻や妻の親に従順であればよいが、世の中にはとんでもない婿養子もあまたいる。

男尊女卑といってしまえばそれまでだが、不届きな嫁ならば叩きだせても、かりに「生業」に深く関与しているような婿養子の場合、不行跡があっても叩きだせないジレンマが生じることもある。事実、伝統の家業を継ぐ婿養子のやりたい放題に悩まされている家を知っている。

そのような危機をあらかじめ予防するための知恵であったのかもしれない。今、「女性宮家じつは女系天皇推進派」がやろうとしていることは、この庶民の血のつなぎ方に倣おうとしていることだ。

愛子さんを女帝に、というより愛子さんに婿を迎えて「天皇の本家の直系」でつないでいくことを推進している。だが、今上天皇に男子が二人おられ、しかもそこに跡を継ぐ直系の親王(悠仁)がおられるかぎり、愛子さんでつないでいくのは、まったくのルール違反である。

将来、宮家がなくなるというのであれば、現在の「皇位継承順位」に則って、まずは今上陛下により近い地位におられる常陸宮家に、かつての皇籍にあった11宮家から夫婦養子のようなかたちで養子を迎えられるのが順当ではないか。

そちらだけで心許ないのならば、その次の順位である三笠宮家の長男宮家に同じように養子を迎えられればいい。今、進められている女性宮家は現在の内親王にかぎるというが、それは天皇・皇后の一組の夫婦の家族に限られてしまう。藩屏の意味合いもかねて、もう少し広く皇室を支える立場の方がおられてもいいと思う。

愛子さんを女帝にというのが、愛子さんに婿を取って「徳仁家」を存続させたいという、いたって庶民的な発想でしかないことに今一度気づくべきだろう。今上のモットーは「国民とともに」であるが、それは一線を画した立場であることを意味する。

天皇が「国民と同じになる」ことを意味するのではない。国民と同じになってしまったら、すでに尊崇の対象ではなくなる。尊崇されるからこそ与えられる特権があるのであり、同時に不自由もある。それを自覚してこその皇族であると思う。