次長課長の河本の母親が生活保護を受けていた・・・という話題も、そろそろピークを越しつつあると思うが、この話を初めて知ったとき、「え?」という違和感を覚えたものだ。
というのは、次長課長の「河本のオカン」を以前テレビで見ていたから。息子に負けないくらいキャラの立ったお母さんで、準・芸人なみに笑いのとれていた人であったから。
何年くらい前だろう。「さんまのSUPERからくりテレビ」という番組の(たぶん)「からくり中継クイズ」というコーナーで、河本のオカンを見たのだと記憶している。番組出演者の、たいていはお笑い芸人の実家と中継をつなぐのである。
そこで他愛のないクイズを出すのだが、クイズそのものよりも芸人の家族にユニークな人が多くて、そちらの素朴かつ恥じらいゼロの暴露話などが大受けのコーナーであった。
私が見たのは「河本の実家の中継」であった。登場したお母さんは大きな声で臆面もなく話すとてもユニークな人で、さんまが「オカンのほうがオモロイやん」と突っ込んでいたくらいだ。
相方の井上にも「井上くん、久しぶりやなあ」「あの子ら中学のときから仲良かったし、ようウチに来てたし」などと言って、ペラペラ、ペラペラ恥ずかしげもなく、昔の話をしゃべり続けて止まらなかった。
息子である河本が「オカン、もうやめてくれ」と困惑するくらいあけすけに話し、それがまた絶妙の笑いを誘ったので、とても印象に残っていたのである。
で、その時中継されていた河本のオカンの自宅というのが、台所からだったのだが、ごくふつうの台所であり、ごくふつうの暮らしにしか見えなかった。だから、「生活保護を受けている」と聞いて、そんなに貧しい暮らしの自宅に思えなかったのが最初の違和感である。
そして、今から思えばすでにその時に生活保護を受けていたことになるが、河本のオカンは機関銃のようにしゃべくり、じつに元気なオバサンそのものであった。まだ、50代の元気のいいおばちゃんそのものであった。
パートの2、3軒かけもちで働いてもいいような、はつらつたる元気なおばちゃんだったのである。とても働くこともままならない・・・などという印象は受けなかった。だが、受給していたということは、あの時あのオカンは働いていなかったわけである。
あの時、「河本のオカン」のキャラが際立っていてさんまも絶賛していた。今般の問題で、その後河本が母親のことを「ネタ」にしていたと聞くが、さもありなんと思う。それくらい「使い甲斐」のあるオカンなのである。
世の中には、とうの昔に親子の縁が絶え、音信不通のケースもある。親には30年も会っていないという成功して高収入の息子が、故郷の母親が生活に困窮して生活保護を受けていたことを知らなかったということはあるだろう。
だが、河本はそのオカンを仕事に利用していたのであり、オカンのおかげで稼いでいた部分もある。であれば、今回の生活保護は「もらえるものはもらわなければ損」という、どこまでも卑しい発想にほかならない。
認識の甘さという表現を使っているが、「もらえるものは〜」という発想は甘いのではなくて汚いのである。日本人のメンタリティーではないよなあと思ったら、出自がとやかく言われているらしい。これも、さもありなんか。
というのは、次長課長の「河本のオカン」を以前テレビで見ていたから。息子に負けないくらいキャラの立ったお母さんで、準・芸人なみに笑いのとれていた人であったから。
何年くらい前だろう。「さんまのSUPERからくりテレビ」という番組の(たぶん)「からくり中継クイズ」というコーナーで、河本のオカンを見たのだと記憶している。番組出演者の、たいていはお笑い芸人の実家と中継をつなぐのである。
そこで他愛のないクイズを出すのだが、クイズそのものよりも芸人の家族にユニークな人が多くて、そちらの素朴かつ恥じらいゼロの暴露話などが大受けのコーナーであった。
私が見たのは「河本の実家の中継」であった。登場したお母さんは大きな声で臆面もなく話すとてもユニークな人で、さんまが「オカンのほうがオモロイやん」と突っ込んでいたくらいだ。
相方の井上にも「井上くん、久しぶりやなあ」「あの子ら中学のときから仲良かったし、ようウチに来てたし」などと言って、ペラペラ、ペラペラ恥ずかしげもなく、昔の話をしゃべり続けて止まらなかった。
息子である河本が「オカン、もうやめてくれ」と困惑するくらいあけすけに話し、それがまた絶妙の笑いを誘ったので、とても印象に残っていたのである。
で、その時中継されていた河本のオカンの自宅というのが、台所からだったのだが、ごくふつうの台所であり、ごくふつうの暮らしにしか見えなかった。だから、「生活保護を受けている」と聞いて、そんなに貧しい暮らしの自宅に思えなかったのが最初の違和感である。
そして、今から思えばすでにその時に生活保護を受けていたことになるが、河本のオカンは機関銃のようにしゃべくり、じつに元気なオバサンそのものであった。まだ、50代の元気のいいおばちゃんそのものであった。
パートの2、3軒かけもちで働いてもいいような、はつらつたる元気なおばちゃんだったのである。とても働くこともままならない・・・などという印象は受けなかった。だが、受給していたということは、あの時あのオカンは働いていなかったわけである。
あの時、「河本のオカン」のキャラが際立っていてさんまも絶賛していた。今般の問題で、その後河本が母親のことを「ネタ」にしていたと聞くが、さもありなんと思う。それくらい「使い甲斐」のあるオカンなのである。
世の中には、とうの昔に親子の縁が絶え、音信不通のケースもある。親には30年も会っていないという成功して高収入の息子が、故郷の母親が生活に困窮して生活保護を受けていたことを知らなかったということはあるだろう。
だが、河本はそのオカンを仕事に利用していたのであり、オカンのおかげで稼いでいた部分もある。であれば、今回の生活保護は「もらえるものはもらわなければ損」という、どこまでも卑しい発想にほかならない。
認識の甘さという表現を使っているが、「もらえるものは〜」という発想は甘いのではなくて汚いのである。日本人のメンタリティーではないよなあと思ったら、出自がとやかく言われているらしい。これも、さもありなんか。









