ぼくの大好きなソフィおばさん。

 期間限定予定のブログです。自分の書いた文章を整理するための、自己満足ブログ。

ぼくの大好きなソフィおばさん。-【12】-

2017-07-15 15:27:03 | ぼくの大好きなソフィおばさん。
【アサギマダラ】


 gooブログって30000文字までしか入らないので、今回も文章のほうを途中でちょん切って、>>続くってことになってますm(_ _)m

 そんでもって、今回↓の本文のほうに出てくる>>今までに見た何よりも、淋しいものを思ってみた。ではじまる詩は、エミリー・ディキンスンのものということで、ちょっと訳のほうを全部載せてみたいと思いました♪(^^)


 今迄に見たなによりも
 淋しいものを思ってみた
 遠い極地での罪のあがない――
 死のひじょうな近さを示す

 骨のなかの不吉なきざし――
 私自身の似姿をさがすために
 救いがたいものをあたってみた
 するとあるやせこけた慰めが生じてきた

 そのいくつかの連想のうちに
 どこかにいま一人
 神の愛を失った者が
 生きていると考えて――

 私は互いの仕切りの引っぱった
 向かいあった牢屋で
 同じ恐怖のいとことのあいだの
 壁をほじくろうとするひとのように

 私はほとんど相手の手をにぎりかけ
 得もいわれぬ喜びが湧いてきた――
 私が彼に同情しているように
 彼もたぶん私に同情していると

(『ディキンスン詩集』(新倉俊一さん編訳/思潮社より))


 ところで、このあたりからアンディくんの寄宿学校生活がはじまるわけですが、わたし何か色々調べて書いてるってわけでもなく、なんかテキトー☆に書いてみたといった感じですので、描写等についてはものっそいいかげんだってことでよろしくお願いします(^^;)

 それではまた~!!



     ぼくの大好きなソフィおばさん。-【12】-

 たとえば、第五学年が終わったあとの夏休み――その夏、町の子供たちは幻の青い蝶を捕まえるべく、随分躍起になっていた。妖精の泉や蛍ヶ池のほとりで見たという目撃証言もあれば、川のかなり上流のほうで見たという子もあり、アンディもまたこの幻の青い蝶のことでは他の子供たちと同じく、すっかり魅了され、熱に浮かされたようになっていたのである。

「その青い蝶っていうのは、モルフォ蝶か何かなの?」

 自分が小さい頃にも、そんな青い蝶には一度もお目にかかったことのないソフィは、子供たちの間における眉唾ものの情報とばかり、最初から疑ってかかっていた。

「さあ……テディがいっぺん見た時の話じゃ、モルフォではなかったみたいだよ。それに一匹二匹いるのをちらほら見たとか、そういうことでもないんだって。川の上流のほうで見たっていうラッセルの話だとね、ああいう瑠璃色っぽい感じの羽じゃなくて、もっとこう……青いんだけど、ちょっと灰色がかったような羽をしてるんだって。ラナなんか、五匹くらい家族みたいにして一緒に飛んで、川の深みの向こうへ行くのを見たって。その時もし、もっと川が浅いところだったとしたら、渡っていって追いかけたのにって……でも、浅いところからずぶ濡れになって渡っていった時には、もう蝶のほうはどっかへ行ってしまってたんだって。とにかくね、みんな見つけた時の条件がそれぞれ悪いんだよ。ラッセルは釣りをしてる時に見つけたんだけど、生憎魚捕りの網を持ってなくて、野球帽で捕まえようとして、ひらりと逃げられちゃって。みんなで虫取り網を片手に方々探しまわった時には一向姿を見せないしで……そんなわけでね、おばさん。僕、もしその蝶を捕まえられなくてもいいから、一目見てみたいんだよ。どんな感じの青い羽なのかとか、そういったことをできるだけ間近でね」

 その後も、<幻の青い蝶>の目撃証言は子供たちの間だけでなく、ヴァ二フェル町の町民の間でも続出したのだが、捕まえるというところまでいった者は誰もなく、夏休みも終わりに差し掛かったある日のこと――アンディは偶然、妖精の泉に水を汲みにいった時、そのほとりで薄い水色の、翅脈が薄茶がかったような蝶を見つけたのである。

 その蝶は桃色シロツメクサを吸蜜することに夢中で、アンディの存在にはまだ気づいていないようだった。昆虫好きのテディが、子供たちや町民の目撃証言を元に蝶道を常に張っていたのだが、まさかこんなところで偶然出会えるだなんて!

 アンディはいつもは麦藁帽など被っていないのだが、この時はたまたまソフィが冗談に自分の麦藁帽子を彼に被せていたのである。アンディはそのつばの広い麦藁帽子を脱ぐと、ごくりと唾を飲みこんだ。そして、「おまえのことを傷つけたりしないからね……」と無意識のうちにも呟きつつ、そっと桃色シロツメクサの群生する一角へと忍び寄っていく。

 バサッ!という音ともに麦藁帽子の中に蝶を捕らえると、その柔らかい素材の麦藁帽を丸め、アンディは大急ぎで愛するおばさんの元へ走っていった。

「おばさーん!!緊急大ニュースだよ!!」

 ソフィは五リットルの水缶をトランクに入れているところで、のんびり散歩なぞしていたらしい義理の息子を、暑さのせいもあって若干疎ましげに見やっていた。

「アンディ、あんた男の子でしょ?こういう時、ちょっとはおばさんのことを手伝って……」

「小言はあとで聞くよ!それより僕、一大発見をしたんだよ!!幻の青い蝶を捕まえたんだ!!」

 この時ソフィは、一瞬オオカミ少年を見るような目つきをしたが、アンディがあんまり目をキラキラさせているので、どうやら本当らしいとようやく悟った。

「じゃあ、あんた……逃げられないうちに、その麦藁帽から何か入れ物に移さなきゃダメじゃないの!!」

 ソフィは車のトランクを探してみたが、そこには車の修理道具など、およそろくなものがなかった。そこで急いでアンディのことを助手席に乗るよう急がせ、自らもまたどこかそわそわしながらハンドルを握ったのだった。

「あんたきっと、新聞に出るわよ――<幻の青い蝶を少年が発見!>みたいな見出しでね。他の子たちもきっと喜ぶわ。ううん、それともあんたに先に捕まえられて、悔しがるかしら……あの昆虫気違いのテディとの友情に亀裂が入らなきゃいいけど……」

「おばさん!僕、そんなことどうだっていいんだよ。ただ、この青くて綺麗な蝶を早くおばさんに見せたいんだ。夏中、どうして僕があんなに青い蝶を探してたかわかる?そんな綺麗な蝶なら、おばさんに一等早く見せたいと思って――それで一生懸命探してたんだよ!」

「まあ、坊やったら……」

 ほんの五分ほどで家に辿り着いてみると、部屋の外は三十度以上あるにも関わらず、ソフィとアンディは一階の窓という窓をがっちりと閉め、それからようやく絨毯に伏せておいた麦藁帽をそっと広げた。

 アンディは一瞬、自分が幻の青い蝶を捕まえたのは、それこそ幻ではなかったかと危惧したが、やはり薄いブルーの蝶はそこにいた!そして窮屈な場所から突然自由になったことを驚くように、ひらひらとリビングの中を舞いはじめたのだった。

「名前はわからないけれど、本当に綺麗な蝶ね」

 ソフィはアンディと一緒にうっとりしたように、蝶が舞い飛ぶ姿を暫くの間じっと眺めてそう言った。

「アサギマダラだよ、たぶん。確か渡りをする蝶で、結構な飛行距離を飛ぶんだったと思う。原因は気候の変化なのか何かわからないけど、なんかの拍子にいつもは来ないヴァ二フェル町へやって来ることになったんじゃないかな」

「そうかもしれないわね。なんにしても坊や、お礼を言うわ。こんなに嬉しいプレゼント、おばさん初めてよ」

 それからふたりはアサギマダラがあちらこちらへ彷徨うように飛ぶ姿を眺め――ソフィのほうが先に現実に立ち返るように、車のトランクから<魔法の水>を運ぼうとした時のことだった。

「おばさん、僕、この蝶のことは逃がしてやりたい」

「けど坊や、それは他のお友達にも自慢してからでいいんじゃないの?」

「ううん、僕、おばさんに見せてあげられたから、べつにもういいんだ。それにさっきおばさんが言ってたとおり、テディとの友情にひびが入っても困るしさ」

「そう……でも、逃がしてあげたとしても、今度はやっぱりまた別の子に捕まってしまうかもしれないわよ」

 アンディはこの時返事をせず、ただリビングや他の一階の窓という窓を開けにかかった。アサギマダラはその後も少しの間室内に留まっていたが、そのうち風に誘われるようにして、庭の花のほうへと移り、やがてもっと遠くへと旅立っていった。

 そして、ソフィが言っていたことが的中したように――夏休みが終わり、新学期がはじまって間もなく、その新聞記事がラッセルの手紙に同封されてきた。いや、一番最初に送ってきたのがラッセルだったというだけで、その後届いた他の子供たちの手紙にも、そのビッグニュースについて書かれていたといって良い。

 それはヴァ二フェル町一帯の人々がよく読んでいる地方紙に掲載されたもので、隅っこのほうであるとはいえ、それでも第一面で取り扱われていた。子供たちが<変人エイデン>と呼んでいる少年がピースをし、アサギマダラと一緒にカラー写真で掲載されていたのである。

 去年アンディがヴァ二フェル町で過ごした時、エイデンはポートレイシアの寄宿学校のほうにいて、彼と会うということはなかった。だが今年の夏休み、エイデンは帰ってきており、アンディもまた彼と知り合いになっていた(ちなみ去年はボート部の合宿に参加していたのだが、今年はそのボート部をやめ、帰ってきたらしい)。

 十三歳というと、小学生の子たちにしてみればかなり大きい子であり、そんなエイデンが自分より年下の子たちにあれこれ人生訓を説いてみせたりするのは、いかにも大人げがなかった。彼は「僕エイデン!よろしくね!」と言ってアンディに対し一方的な握手をすると、「君、ゲームのソフトをいっぱい持ってるっていうから遊びにきたよ!」などと、遊び部屋をあちこち物色しては、ゲームや本、映画に関する知識を披露しはじめ――それがまたなんとも、子供を相手にしているとは思えない、大人げのない自慢たらしいものなのだった――しかも、アンディに格闘ゲームで負かされると、「君は年上に対する敬意というものを知らないな!」などと言いだし、今度は本気で怒りだすのだった。

 エイデンは黒い髪に茶の瞳の、どこか愛嬌のある顔をした少年で、アンディもまた他の子供たち同様彼に対し<変人>の烙印を押していたが、それと同時に彼のことがとても好きだと思っていた。けれど、ピースサインをしてアサギマダラと一緒に新聞に写っているエイデンはやはり、どこか大人げがないように見えて仕方なかったというのが事実ではある。

 アサギマダラ発見の経緯は、自分の家の裏庭で、アザミを吸蜜していたところを捕まえてとのことだったが、セオドア(テディ)・フォークナーから届いた手紙によると、エイデンはどうやら実際に新聞に掲載されるまで、この幻の青い蝶のことは誰にも黙ったままでいたらしい。本人曰く、「みんなを驚かせたかったからだ」とのことだったが、テディはこの裏切り行為を生涯に渡って自分は忘れることはないと、そう怒りとともに手紙にしたためていた。


 >>だってそうだろう、アンディ。夏中僕がどれだけこの幻の青い蝶に夢中だったか――彼は知っていながら平気で裏切ったんだから。他のみんなも言ってるよ。新聞に掲載される前に、わたしたちに知らしてくれたって罰は当たらなかったろうにって……アンディ、もしあの青い蝶を発見したのが君なら、きっといの一番に僕に知らせてくれたことだろうね。それがあの変人エイデンと来たら……


 アンディはテディのこのいかにも愚痴っぽい手紙を読み進むうち、突然笑いのこみあげるものを感じた。正直、最初にラッセルの手紙に同封された新聞記事を見た時には、「もしかしたらこれが僕だったかもしれないのに」という、怒りと悔しさの入り混じった気持ちをアンディは味わったのだ。けれど今にしてみると、テディとの友情にひびが入るよりはずっと良かったし、エイデンが変な顔をしてピースサインを決めている写真が、どこか滑稽であると同時に何やら微笑ましく思えてくるのが不思議だった。

 そして、ソフィとアンディがヴァ二フェル町で三度目の夏を過ごす頃、この変人エイデンは何やら色気づいていた。町で彼の言う年頃の<可愛こちゃん>を見つけては、ナンパするのに精を出しており、ブラッドもアンディもラッセルたちも彼のくだらない恋愛沙汰に始終巻き込まれたものだった。

 たとえば、エイデンが「ちょっといいな」と思っている子の前で、彼の手柄話をさり気なくするであるとか、何かそうした類のことである。ブラッドはエロ本のことで彼に借りがあるため断れなかったし、アンディは「おまえが一緒にいると僕も二割ほど格好良く見える」だの言われ、いわゆるグループデートというのだろうか、そうしたことに無理やりつきあわされた。ラッセルたち以下、他の子供たちは、浜辺で見たあの子はどこの親戚筋の子なのかとか、情報を探るために奔走しなくてはならないという、非常に迷惑な役割を押しつけられた。

 ある時、アビー・エインズワースが喫茶店で友達と果汁100%ジュースを飲んでいると、エイデンが彼女の友達に目をつけた。アビーは今、サウスルイスの音楽学校に通っており、隣の友人はチェロ弾きで彼女の音楽学校での大親友らしい――という情報を、エイデンはユ二スより受けていた。

「アンディくん、君、ちょっと彼女たちに声をかけてきてくれたまえよ」

「なんで僕が」

 アンディは大抵の場合、どの少年・少女に対しても優しい物言いだったが、唯一エイデンに対してだけは、彼の図々しさと相応の態度で応じることが多かった。
 
「だってしょうがないだろ。僕はアビーより一個年上だけど、彼女ときたら僕みたいな変態のオタクとは話をするのも論外みたいな態度だったからな。こーんなちっぽけな小さい町にいて、まともに口聞いたことなんかたったの数回だぜ。僕はアビーのことはまったく好かないが、彼女がもし将来的に土木建築の作業員とか、病院の清掃員とか警備員とか、何かそんなのと結婚してたら、僕もちょっとはあの女を見直すんだがな」

「あいつは、サラブレッドの家系に生まれなかったサラブレッドなんだろうよ。だから、自分に見合うサラブレッドな男と結婚する必要があるって、何かそんなふうに思ってるんだろう」

 レンジローバーの中には、運転席にエイデン、助手席にブラッド、そして後部座席にアンディがいた。が、無論アンディは喫茶店のパラソルの下で談笑する少女ふたりに声をかける勇気などなかったといえる。

「しょうがないな。今回もやっぱり、俺が行ってくるよ。アビーとは六年を通して学級委員になることが多かったからな。その馴染みってことで話しかけるのは、何も不自然なことじゃないだろうし」

 ブラッドがそう言ってくれたことで、アンディは心底ほっとした。来年は私立学校へ入学を控えていることもあり、こんなことをしている暇など本当はないのだが――それでもエイデンに誘われるたびに断れないのは、結局のところ面白いからなのだった。彼らと一緒に車の中で音楽を聞き、ただくだらないことをしゃべったりするということが。

 ブラッドはレンジローバーの助手席から、いかにも気乗りしない様子で出ていくと、白いパラソルの下にいた、黒髪の少女と金褐色の髪の少女に、気軽な調子で声をかけ、その前の座席に座っていた。ウェイトレスがやって来ると、アイスコーヒーか何かを注文したように見える。

「エイデンはさ、あの金褐色の髪の子の、一体どこがいいの?僕がこう聞くのはさ、エイデンの趣味って女の子なら誰でもいいみたいな感じで、一貫してないように見えるからなんだけど……」

「ふふん。アンディくん、モテない男というものはだね、そう選り好みをしてはおれんのだよ。つきあう子は絶対ブロンドでなきゃダメだの、おっぱいはCカップ以上だの――俺がそんなことを言ったら一体どうなる?明日にはサンドバッグにされて道端に捨てられてるだろう。けど、女の子とはつきあいたい。もちろん、誰でもいいってわけじゃないがね……一夏の体験としてキスとか、そんなことが出来たとしたらなんとも素晴らしいじゃないか。青春万歳!!」

 エイデンは自分の手のひらにキスを繰り返すと、サングラス越しに再び敵状を視察しはじめる。この時アンディはふと、車の窓越しにアビーと目があって驚いた。いまや、金褐色の髪のチェロ弾きの少女とブラッドは何か熱心に話しこんでおり、アビーはそちらに適当に相槌を打ちつつ、視線だけはアンディのほうにくれていた。

「およよ。これはもしや……」

 エイデンは安物のサングラスを軽く上げると、後ろのアンディと、十メートルほど先にいるアビー・エインズワースの姿とを交互に眺めやる。

「サラブレッド発見!というわけですな。流石はアビー嬢、お目が高い」

 やがてふたりの少女とブラッドは立ち上がり、エイデンが運転席にいるレンジローバーのほうへやって来た。正直、この時アンディは態度に見せないながらも内心では相当狼狽していた。何故といってこの種のナンパにエイデンが成功することは極めて少なく――今回もどうせ空振りに終わるだろうと思っていたのである。

 ところがこの日、車の後部席で女の子ふたりと一緒になり、いつもの野郎色が一変したことで、エイデンとは違いかなりのところがっかりするのと同時、アンディは早く家に帰りたくてたまらなくなった。

「あなたがアンドリュー=フィッシャーね。妹からよく話は聞いてるわ」

「そうですか」

 アビーに対し、アンディはそう素っ気なく答えただけだった。サイドミラーごしにブラッドがいかにも面白そうな顔をしてこちらを見ているのがわかる。だが、アンディはアビー・エインズワースのことを綺麗な少女とは思ったが、かといってラナやユ二スのように彼女と親しくしたいかといえば、何故か不思議とそうは思えなかった。

 アビーはその後、一般的な世間話を一通りアンディに対して振ったのだが、自分の魔力が一切通じないとなると、今度はブラッドと友人のメアリー・カーティスの間に適当に混ざりこんでいった。メアリーはブラッドのことを気に入ったらしく、魚釣りに連れていってほしいだの、何かそんな話をしていて、アンディはメアリーのことのほうがアビーよりも好きになれそうだと、直感的にそのように感じていた。

「エイデン、どっかそのへんで下ろしてくれる?」

 車が町外れのあたりにくると、アンディはそう言って彼に車を止めさせた。ちなみにエイデンは当然まだ免許を持っていないが、ここらあたりの少年たちは、大体十三、四歳頃から親の車を乗りまわし、三~五キロ離れた隣村くらいまでなら、出かけていってもいいというのが普通だった。

 アンディは通りの外れに電話ボックスがあるのを見つけ、早口にそう言った。車内での会話はアビーとメアリーとブラッドの三人が主で、エイデンはただの運転手、アンディは大人の会話に入りこめない子供のような立場だった。といっても、彼らとはひとつふたつしか歳の差はなかったけれど……。

「いいよ、アンディ。家まで送っていってやるよ」

 ここで突然、エイデンとアンディの間にホットラインの出来る形となったが、三人は誰もアンディが車を下りるというのを止めはしなかった。

「ううん、いいんだ。電話して、おばさんに迎えに来てもらうから」

「おばさんが迎えに?」

 先ほど相手にされなかったことの仕返しとばかり、アビーは少し意地の悪い声音で言った。(まるっきり子供なのね)とでもいうように。

「そうだよ。うちに帰るまでには、例の魔のカーブのところを通るだろ?おばさん、いつもエイデンやブラッドには送ってもらうなって言ってうるさいんだ。どこからでもいいから自分を呼べって」

「へえ。いいおばさんね」

 メアリーがなんの他意もなくさり気なくそう言うのを聞いて、アンディはさっぱりした性格らしい、どことなく少年っぽい感じのメアリーのことが、アビーよりもやはり好きだなと感じた。もし座席がアビーとでなく、彼女と隣あっていたら、自分もブラッドとの会話の中に入りこんでいただろうと、そう思う。

 こうしてアンディは、自分よりも<大人>の少年少女を2:2のカップルにするような形で車を下りた。電話ボックスから電話すると、「すぐ迎えに行くわ」とソフィは言い、彼女は十五分ほどで迎えに来てくれた。

 この歳の少年には珍しいことかもしれなかったが、アンディは毎日起きたことを口述日記よろしく、なんでもソフィに話していた。そこでこの日も「しょうもないエイデン」が女の子をナンパするよう自分に吹っかけ、結局ブラッドがアビーとメアリーという女の子に声をかけたこと、彼らが2:2になればいいと思って車を下りたことなどを話して聞かせた。

「ふうん。おばさんいつも不思議なんだけど、坊やは一体どんな女の子ならいいのかしらねえ。エイデンの気持ちはなんとなくわかるけど、坊やはべつにナンパ目的じゃなくて、単にブラッドやエイデンと話したくていつも一緒にいるんでしょ?学校の子にもラブレターをもらったりしたことあるのに……あんた、なんでその時もつきあおうとかしなかったの?」

「そのことなら、僕、前にも言った気がするけど」と、アンディは幾分膨れて運転席のソフィに返事をした。「その時はちょうど、私立学校の入試だなんだで忙しかったんだよ。今はもうその受験からも解放されたけどね、いつもの夏休みより早く切り上げて、今年の秋からは寄宿舎暮らしなんだと思うと……正直、死にたくなるよ」

「だから、女の子どころじゃないって言いたいの?」

「そうだよ。父さんのいう超一流の私学校じゃなくてもいいんなら、ノースルイスから通える二流校にでも行きたいって思う。けど、家から五百キロばかりも離れたところにある、自然豊かな伝統あるフェザーライルに僕は行くしかないんだからね。まったくもって憂鬱だよ」

(おばさんだって、あんたを寄宿学校へなんかやりたくないわ)――いつもそう喉まで言葉が出かかるのだが、ソフィは口に出してはっきり言ったことはない。この種の意向に対してはやはり、父親のバートランドが家長として絶対の権威を持っている。そこに逆らえない以上、余計なことは言うべきでないのだと、そう思っていた。

「じゃあ、今年の夏はせめて、いつも以上に楽しい夏にしなくちゃね」

 ソフィは本当に何気なくそう言ったに過ぎないのだが、そのことに対するアンディの言い分はこうだった。自分にとってはいつでも、おばさんがそばにいてくれさえすれば、それが最高の夏なのだと……「たとえ仮にそれが真冬でもね、おばさんと僕のいるところだけは真夏なんだよ」と、そんな可愛いことを言っていた。

 ノースルイスから西におよそ五百キロばかりも離れた寄宿学校へは、当然ソフィも一父兄として視察しにいった。校名のフェザーライルというのは、ユトランド共和国の初代大統領の名前であり、彼のことを排出した一流校が、のちにそう校名を変えたのであった。ユトランド共和国は、基本的にエリート官僚主義であり、国の要職につけるのは、官公立の一流大学を卒業した人間だけである。

 その中でも、エリート中のエリートと呼ばれるのが、このフェザーライル校を卒業し、ユトレイシア国立大学へ進学した者である――と、一般的に全国民が認識していた。ソフィとしては何も、アンディのことをエリート中のエリートに育てたいといった野心はなかったが、夫のバートランドのほうにそれがあるもので、「坊やは本当はどうしたいの?本当は何になりたいの?」などと聞くことは出来なかったという経緯がある。

 学校へ着ていくためのブレザーやシャツやネクタイ、下着類など……ソフィはアンディと一緒にデパートで買い物しながら、彼が試着室で着替える間、思わず目頭が熱くなってしまったことがある。フェザーライル校のある、湖の透明度が高いことで有名な田舎町――そこへ越していって、週末ごとに義理の息子と過ごそうかと思うことさえあった。だが、これはおそらくサラの言うとおり<いい機会>なのだろう。サラ曰く、「お坊ちゃまの<おばさん崇拝>は度を越してますからね」とのことだったが、彼女の指摘したことはまったくもって的を得ていたといえる。

「そりゃあね、奥さま。わたしども女中だって、お坊ちゃまのことは可愛いですよ。以前の奥さまのことを知ってる人間はわたしくらいのものでしょうが、それでも坊ちゃまのことはみんな、お小さい時から知ってるんですから。小さいといえばまあ、今だって小さい方ですが――何しろまだほんの十二歳ですものね――けどまあ、わたしらは従業員として自分の身分をわきまえておればこそ、過剰にお坊ちゃまに干渉したりはしなかったのです。ええ、もちろんわかってますとも。わたしたちが十人くらいその気になったところで、奥様が坊ちゃまにしたようなことは出来なかったということはね。けれど、これだけは言わせていただきますよ、奥様。ものにはなんでも限度ってものがございます。お坊ちゃまときたら、なんでも二言目には「おばさんが、おばさんが」って、熱にでも浮かされたようにしゃべるのが普通なんですから。こんなことは考えすぎでしょうけれども、もし明日にでも奥様が何かの都合でまったくこの屋敷にあんなさらなかったとしたら……坊ちゃまはきっと自殺でもするか、万年鬱病みたいになって、精神の施設にでもご厄介になるかもしれません。おや、奥様。笑っておいでですね?なんにしてもわたしは、この屋敷の女中頭として、忠告するだけのことはさせていただきましたからね……」

 サラやアンナだけでなく、他の女中も多くがそうなのだが、大抵はオールドミスかその予備軍といった女性によって占められていた。サラはメイド頭として<義務を遂行する>ということをこよなく愛しており、彼女が屋敷内を切り盛りすることに関して、ソフィは口うるさく何か言ったりしたことはない。サラに任せてさえおけば万事が万事、時間どおり、予定通りにノースルイスのフィッシャー邸での出来事は推移していくのである。

 ソフィはサラの、少しばかり耳の痛いこの忠告を、彼女がアイロンをかけた衣服をしまいにやって来た時に聞いたのだが――最初はサラの態度があまりに神妙すぎて笑ってしまったものの、彼女が衣裳部屋を去ってから、確かにそのとおりだと考え直すに至ったのである。

 義理の親離れ・子離れするのはまだ早いとばかり思っていたソフィだったが、この季節には毎年、同じような思いをする親子が何百組となくいるはずなのだと思い、どうにか自分の心を慰めようとした。だがそれでも、近頃のアンディの顔の表情を見ていると時々、自分が二年前、ノースルイスへやって来たばかりの頃に戻っている気がして……ソフィとしては何か、そのことが心配でならないのだった。

 ソフィとアンディが出会い、三年目となった夏休みは、何かこれといった大事件が起きるでもなく、穏やかに日々は過ぎていった。アンディが夏休みの終わりには寄宿学校へ行かなければならないように、ユ二スは新体操で奨学金を得て、サウスルイスの女子寮のある中学へ進学する予定だったし、地元の中学へ進学するラナは、そのことで非常に心を痛めていた。アンディと同学年の子供は、みなそうした成長痛のただ中にあったし、「いつまでも一緒に同じまま」でいることは出来ないのだと、自分たちの将来について真面目に考える頃合に差し掛かってもいたのである。

 そうした事情もあって、去年とは違い、あまり大げさにはしゃぎたくない子供たちは、一見平穏そうに見えて、心の中には嵐を抱えていたといえる。そしてラナやユ二スやアンディのように、心の内に不安や葛藤を抱える子供たちがこの夏、唯一腹を抱えて笑い転げたことといえば――御当地アイドル、<マグロッティ>の誕生のことだったろうか。

 マグロのリアルな頭部から二本の手足がそれぞれ生えたマグロッティは、足に下駄を履き、見れば見るほどグロテスクかつ滑稽な様子をしており、その夏ヴァ二フェル町を訪れた人々を笑わせもし、また逆に恐怖に陥れもした。ヴァ二フェル町の町興しの一貫として、何か町を象徴するようなアイドルがいるといいのではないかと町議会で話し合いが行われ、公募がされたのだが、誰あろう、警察署署長のダニエル・ジョーンズの応募した「マグロ人間」が採用の運びとなり、このような悲喜劇が誕生したのであった。

 四歳以下の子供たちは、このリアルすぎる魚の頭部に恐れをなして泣きだしたし、大人たちは笑って笑って笑い転げた。中に入っている人物は日雇いのアルバイトであり、一日駅舎の前をうろつきまわるだけで百ドルもらえるということだった。町の若者たちはこのアルバイトを「マグロの内臓バイト」と呼び、小遣いや学費の足しにするため、一日か二日、あるいは三日くらいはどうにか続けるのだったが、一週間も続けたいと思うツワモノは誰もいなかったとえる。

 というのも、外は三十度以上もの暑さだというのに――マグロの着ぐるみを着て、駅舎の前で人々に不気味に愛想を振りまくというのは、実際には思った以上の重労働であった。アンディもまたブラッドに「物の試しと思って一度やってみろよ」と言われたのだが、早く夕方になってこの内臓バイトが終わってほしいとしか思えなかったものだ。

 何故といって、下手をしたら脱水症状を起こすのではないかというくらい喉は渇くし、全身汗だくで、アンディはその日家に帰ると背中にあせもが出来ていたほどであった。けれど、ある意味いい経験になったというのも事実だったかもしれない。アンディの中ではその前まで、特にこれといった目的もなく<エリートになるための寄宿学校へ行く>ということに対し、強い抵抗感があったのだが――もし仮に学歴も何もなく、今すぐ家から放りだされたとすれば、こうした職業を転々とするしかないのだろうと初めて思ったのである。

 アンディが<マグロッティ>の内臓バイトをした日、ソフィは義理の息子に会いにくると記念写真を一枚撮って帰っていった。後日サラやアンナに事情を説明したのだが、その異様な写真を見ても誰も笑わず(不気味がりはしたが)、「お坊ちゃまがこのマグロの化け物の中にいるっていうんですか?まさか奥様、ご冗談を」とサラが生真面目に言うのを聞いて、ソフィはまったくおかしくてたまらなかったものである。

 特筆すべき、というほどではないにしても、その夏、<ヴァ二フェル町にマグロッティ現る!>という衝撃の事件の他に、ソフィがお腹を抱えて笑った事件としては、もうひとつこういうのがある。世界中を放浪して歩いていることで有名なラッセルの叔父が、西インド諸島に滞在の折、可愛がっている甥に<ブードゥーの呪いの干し首>というのを送ってきたことがあった。干し首といっても、小型のゴム製であり、大人がよく見ればすぐに「なんだ、おもちゃか」と笑ったことだろう。だが、子供たちの間でこの<呪いの干し首>は何故だか、恐れと同時に絶大な人気があった。そこでラッセルはすっかり得意となり、いつも首に下げて歩いたり、あるいは、紐を通してあるその干し首をひゅんひゅん手で回して遊んだりしていたのだが――町の教会のキング牧師のところへ、夏の間だけ来ていた神学生の青年がそれに目を留めてしまってからが大変だった!

 サウスルイスにある神学校に在籍中のこの青年は、名前をルーティン・エイミスと言って、その夏は二度ほど説教壇の上で説教をしたこともある、神の福音宣教ということに対し、非常に燃えているタイプの青年だった。彼はある時、雑貨店の前で子供たちがこんな話をしているのを聞いた。

「その干し首ってさ、どうやって作るの?」

「まずは首をちょん切って、頭の皮を頭部の骨からはぎとるんだってさ。で、淡水で一時間くらい茹でて、この時点でもう元の状態より半分くらいになっちゃうらしいよ。あとは皮を裏返して肉が残ってたらこそぎ落とし、また元の状態に裏返してから口を紐で縛って閉じるんだって。おじさんの手紙には、何かそんなようなことが書いてあったっけ」

「ふう~ん。流石は呪いの干し首だな!」

 ラッセルやティム、それにエリックが三人してそんな会話をしていると、エイミスはラッセルが振り回していた干し首を横からぐいっと奪っていた。

「何するんだよ、おじさん!!」

 エイミスはまだ二十一歳だったが、十歳くらいの子であれば、<おじさん>に見えても仕方なかったかもしれない。事実、彼は実際よりもかなり老けて見えたし、物事をいちいち生真面目に受け取る性向が影響してか、眉間と口許には深い皺のようなものがすでに刻まれつつあった。

 エイミスは動物にたとえたとすればイノシシに似ていたため、のちにラッセルからは「あのイノシシの野郎!」と罵られ、それを小耳に挟んだ母親は「将来の牧師さまに失礼なことを言うんじゃない!」と、息子に平手打ちを食らわせたものだった。

「君、これは異教の邪教徒が持つものじゃないか。こんなものを子供が持っているだなんて、まったくけしからんことだ。これはわたしが預かっておいて、しかるべく手順を踏まえたのちに処分するとしよう。君たちもキング牧師の元に罪を告白しに来るんだよ。こんな異教の汚らわしい偶像を手にとってしまってごめんなさいと、心から神さまにあやまるんだ」

「なんだよ、返せよ!このドロボー!!」

 腕白なラッセルは、それこそイノシシのように体格のいいエイミスに立ち向かっていったが、その手にあるものを奪い返すことは叶わなかった。その翌日、憤懣やる方ないラッセルは、教会へ行くと牧師見習いのエイミスに文句を言ってやろうと出かけていったが、そこで彼は恐ろしい光景を見ることになる。

 主の十字架の御前では、エイミスが例の干し首を前にして祈っているところであり、彼は祈りののちに金切り声を発し、「キェェェェッ!!」と叫ぶと同時、この異教の民のシンボルに金槌で鉄槌を加えていた。それからなんでも切れるという万能鋏でバラバラにしたのち、ゴミ袋の中へ元は干し首だったものを放りこみ、始末したのである。

「ひどいよ!なんであんたにそんなことをする権利があるっていうんだよ!あれは俺のものじゃないか。それを取り上げた上にこんなことするなんて……あんたは鬼だ!本当は悪魔なんだ!!」

 心から大切にしていたおもちゃを破壊され、ラッセルは泣きながらそう叫んだ。ところがエイミスのほうでは眉一筋動かすことはなく、「これで良かったんだ。いつか君にも、わたしが正しいことをしたということがわかる日が来る」などと説得にかかったということだった。

 以来、二週間ほどラッセルは教会に顔を見せなかった。というのも、この件をきっかけにして、ラッセルはキリスト教の神というものに不審と疑惑の念を抱き、「もう二度と神さまなんか信じない!俺は将来はおじさんのように世界中を旅して邪教徒になってやるんだ!!」と、おいおい悲嘆に暮れてばかりいたという。

 ラッセルが三週間目に何故教会へ行ったかといえば、その頃には大分腹の虫もおさまり、その日にはずっと楽しみにしていたピクニックがあったからだった。こうして幼な子は単純な信仰を取り戻したのだったが、「こうした事柄に対してはもっと慎重になるように」と、キング牧師はエイミス氏に対し、あとで諌めたとのことであった。

 アンディもまた根が真面目な質なので、この話を真面目くさった顔をしてソフィに話してきかせたのだったが、彼の愛する義理の母は、牧師見習いのエイミスが干し首に鉄槌を下し、万能鋏でバラバラにした……という下りにくると、ソファの上を転げまわりながら大笑いしたものだった。

「……おばさん、この話そんなにおかしい?僕はラッセルのことが気の毒でたまらないんだけど。っていうより、エイミスさんもちょっとやりすぎだったんじゃないかって思うよ。干し首なんて言っても、ただの子供のおもちゃみたいなもんじゃないか。そんなすぐに飽きるようなものを取り上げるだなんて、大人げなかったんじゃないかな」

「あっははっ。はははははっ……アンディ、あんた自分でしゃべってておかしくなかったの?お、おばさんはね……あの宣教の意欲に燃えたエイミスくんが、干し首に金槌を叩き下ろしたり、鋏でぎったんぎったんにしてるところを想像しただけで……お腹が……お腹が破裂しそうなくらい、おかしくてしょうがないんだけどっ!!」

 この時になって初めて、アンディもまたソフィおばさんの笑いが伝染したかのように、お腹の底からおかしくてたまらなくなった。そこで、ふたりしてリビングを転げまわるようにして一しきり笑ったのち――この時のふたりの様子を見た者があったとしたら、笑い茸でも食べたのかと思ったことだろう――ソフィはようやく立ち直ると、夕食の支度をはじめた。それでも食事中にふと、気の毒なブードゥーの干し首のことを思いだしては、「ぷっ」と吹きだしたくなるのを堪えねばならなかったとはいえ。

 こんなふうにしてソフィとアンディの間で三度目の夏は過ぎゆき……ふたりはいつもより早く夏休みを切り上げると、とうとうアンディが寄宿学校へ旅立つ日がやって来た。持たせてやるべきもので、欠けたものはないはずであったが、ソフィは何か忘れているのではないかと絶えず心配し、むしろアンディのほうが冷静に「大丈夫だよ、おばさん」と、気丈に振るまってこの心配性な義理の母を安心させてやらねばならなかった。

「毎週末ごとに、必ず手紙を書くからね」

 そう言って駅のプラットフォームで別れた時、アンディとソフィの間には、互いに涙があった。まるで、それまでぴったりと寄り添ってきた孤独な魂同士が、世の事情から束の間とはいえ引き離されることを悲しむように――その瞬間、ふたりの胸には切ない塊のようなものがこみ上げてきたのだった。

 アンディはこの時、ソフィの前で涙は見せなかったが、電車の一等席の自分の座席に着くと、堪えても堪えても滂沱と流れる涙を何度も手の甲でぬぐっていた。おそらく自分は、ソフィおばさんがいなくて単にノースルイスの屋敷を離れるというだけなら、こんなにも泣きはしなかったろう……アンディはそう思った。また、とにかくおばさんがすぐそばにいてくれるという条件でなら、住み慣れた屋敷を離れること自体にそう悲しみを覚えることもなかったに違いない。けれど、アンディはこの二年の間、サラやアンナの言い種に従えば、まったくもって<おばさん熱>に浮かされていた。

 学校から帰ってきてソフィの姿がどこにもなければ、「おばさんはどこに行ったの?」と女中に聞いてまわったし、またこの義理の母が首府にある本邸にいってる間などは特に――ソフィの不在中、アンディはまったく手に負えない子供になった。仮病を使って学校を休んだり、食事をしなかったり、みなの前から姿を隠して行方不明になったり……だが、おばさんが帰ってくるなり、この素直なようでいてひねくれ曲がったところのある子供はすっかり機嫌を直し、元の明るい性格を取り戻すのであった。

(六年か……六年は長いな)

 アンディがこれから通う学校は、中学が三年、高校が三年という、言うなれば中高一貫型の寄宿学校だった。成績のすこぶる良い、屈指の金持ちである選ばれた子弟のみが通えるという学校であると同時に、一学年にはほんの六十名程度の生徒しかいないのである。そのことを思うとアンディは、おそらく最低でもひとりかふたりくらいは親友と呼べるくらいの友達が出来、有意義な学校生活を送れるのではないかという気がして、ある程度のことであるならば、大体のことは耐えられそうな気がしていた。

 けれど、彼が今感じている郷愁の念……ホームシックと呼ばれる感情については、いかんともしがたいものがあった。果たしてこれからこの、<魔のホームシック>とでも呼ぶべき切ない気持ちを忘れることなど出来るものだろうか?

 この時アンディには、七時間以上もの電車の旅がそれを癒しうるとは到底信じがたかったのだが、電車に揺られて二時間半もする頃には、まな板の上の鯉とでもいったような、ある種の諦観に似た、落ち着いた心情を取り戻していたといえる。

 アンディは一般車両よりも乗客の少ない一等席で、移り変わる車窓の景色を眺めながら、何かの詩の一節をふと思いだしていた。それはソフィが持っていた誰かの詩集の一節だった気がするのだが、アンディははっきりその詩人の名前及び詩の全体を思いだすことが出来ず――ただ、「今までに見た何よりも、淋しいものを思ってみた」という一節を思いだすのみだった。

 この詩人の言う<今までに見た何よりも淋しいもの>というのがなんだったか、アンディは思いだせなかったものの、その詩の言葉は何故か、今のアンディの心境を大いに慰めるものがあった。今、アンディは愛する義理の母から引き離され、非常に切ない心情にある。けれど、お互いに引き離されて痛ましいほどに悲しいという感情を覚えることがなかったら、もしそんな<誰か>が誰もいなかったとしたら……それこそがもっとも<悲しく痛ましい>ことではないのかと、なだらかな丘陵地帯の真ん中を電車が走ってゆく時に、アンディはふと思ったのである。

(確かに僕は今……とても悲しくてつらい。けど、もしおばさんがいなかったら、そんな温かい気持ちを感じることさえなく、生まれ育った自分の屋敷を出ていたかもしれないんだ。それに比べたとしたら、そんなさして悲しみすら感じない状態に比べたら、きっと僕は今豊かなんだ。心にそうした財産がもし何もないとしたら、人は誰も悲しんだりはすまい。もしかしたら、自分が寂しい人間だということにすら気づかないで、電車が駅をただ通り過ぎるみたいに、無感覚だったりするのかもしれない……だったら僕は、今のこの、切なく悲しいようでいて、どこか温かい気持ちのほうこそを歓迎することにしよう)

 アンディは自分の乗る電車が、愛する義理の母から物理的に離れてゆくにつけ、彼女がこれまで色々と熱心にしてくれたことが、車窓の移り変わる景色のようにまざまざと脳裏に甦ってくるのを感じた。初めて出会った時のことや、おばさんに対して感じた第一印象のこと、夜中に裸足で図書室にやって来た時のことなど……ヴァ二フェル町で過ごした夏のことはもちろん、すべてがアンディにとっては<思い出>という名の優しい財産だった。

(六年は長いけど、でもまずは来月、第四金曜日に感謝祭があるからな。そしたらまたさらに二か月耐えれば、今度はクリスマス休暇がある。なんにしても僕は、おばさんにもう一度会える時のことを想像して、そうやって少しずつ耐えて、寮生活という名の監獄暮らしに自分を馴れさせるしかないんだ)

 アンディは今回のことでは、ラナからもらった手紙が、一番の大きな慰めになっていたかもしれなかった。自分にとっての一番の親友が身近なところからいなくなり、まったく別の環境で新しい友人たちに囲まれるだろう間――自分はといえば相も変わらずの田舎で過ごし、変わり映えのしない人々に囲まれ、これから先真新しいことなど何もない閉塞感の中で生き暮らすかと思うと、何故自分もユ二スのように女子寮のある中学へ進学しようとしなかったか、あるいはエイデンのように職業訓練校へ進学しようと考えなかったのか、とても悔やむことがあると、難しい文章でではなく、あくまでも平易な言葉によって自身の悩みをラナはアンディに打ち明けていた。

「アンディは不安じゃないの?わたしは住み慣れたこの場所から根を移すのが絶対に嫌だし、家族から離れるだなんて想像も出来ないんだけど……でもこの田舎にこのままずっと埋もれてしまいそうなのも、やっぱりそれはそれで怖いのよ。わたしがアンディなら自分の家屋敷から突然離されて、六年も寄宿学校で暮らすなんて到底無理だわ。だって、ちょっと想像してみただけでもぞっとしてしまうんですもの」

 海辺の家の裏の林をふたりで散歩していた時、ラナはそんなふうに告白していた。村の女の子の中でアンディは、ラナとユ二スのことを特別に好んだ。何故といって、彼女たちには他の女の子に感じるような壁というか、垣根のようなものを感じないせいだった。ユ二スの姉のアビー・エインズワースもそうなのだが、一度「よいしょ」と何かを乗り越えてからでないと話せない女性というのが、アンディには多すぎたのである。

「そりゃあ、僕がラナなら、やっぱり同じようにヴァ二フェル町に留まり続けると思うよ。ここに漁師のおじいさんやお父さんやお兄さんがいて、お母さんのことも芯から愛していたら、それがむしろ普通だし、自然なことだと思う。でもその点うちは特殊だから……父さんはフェザーライルかその二番目のロイヤルウッド校あたりにでも僕が受からない限りは、自分の息子とは決して認めないみたいなことを遠回しにチクチク言う人だったからね、まあこれも、人生の成り行きみたいなもんだよ。つまり僕はさ、ユ二スやエイデンみたいに「自分の頭で考えて選んだ」ってわけじゃないんだ。だからこのことについて、最大限努力した以上は、もうこれ以上自分に責任はない……みたいに思ってるところがあるかもしれないな」

 車の轍のついた林道を歩き、<妖精の泉>へと向かう途中、オキシぺタラムの花や野生の百合などが道の脇に生えているのをアンディは見ていた。それで、海辺の家の庭の一角に植えた球根、あるいは種などが、数か月して芽をだし、やがて花開いたように――最初、土の中では何も起こってないように見えて、最後はそのようになるという人生を、自分たちは選ぶべきなのだろうといった話を、何か夢想に憑かれた者のようにアンディはこの時話していたかもしれない。

「ねえアンディ。アンディはアビーのこと、どう思ってるの?」

 そのことが聞きたくて、ラナは彼のことを散歩に連れだしたのだとは、鈍いアンディは気づきもしなかった。また、ラナのほうでもそうとわかっているからこそ、安心してこの手のことを聞けるのではあったが。

「アビー?アビーって、ユ二スのお姉さんのアビーのこと?」

 アンディは突然夢想を打ち破られて、現実に立ち返っていた。妖精の泉のところで次から次へと懇々と湧きでる清水を手で掬って飲む。この水を一生飲み続けてさえいれば、自分は一生無病息災ではないかとアンディには思えてならないほど、泉の水は美味しく、また人を清らかに生き返らせるような何かを秘めていた。

「そうよ。わたし、ユ二スから聞いちゃったのよ。アビーったら、今からすでにアンディに目をつけてるんですって。今はまだ子供だから自分の魅力のことがわからないでしょうけど、あと二年もすれば物にする自信があるんですって。今年だったか来年だったか忘れちゃったけど、とにかくアンディが通う予定の寄宿学校である音楽祭に、アビーの音楽学校の生徒も招かれて参加するんですって。わたし、そのことを聞いて以来、なんだか……」

 と、ラナがここまで言いかけると、アンディはといえば、突然何かの発作でも起こしたように大きな声で笑っていた。頭上の緑から降り注いでいた鳥の鳴き声が一度やんだかと思うと、アンディが笑い終わるのと同時にまた降ってくる。

「ふうん。音楽祭ねえ。まあべつに僕にはどうだっていいよ。そんなことより今は、新しい学校に馴染めるかとか、友達が出来るかどうかとか、人間関係はどうかとか、僕の頭にあるのはそんなことばかりだからね」

「ほんとに!?」

 ここで何故ラナが、<妖精の泉>に祈りでも捧げるように手を組み合わせ、嬉しそうな顔をしたのか――アンディは当然、そう深くは考えなかった。

「でもアンディ、あの人あんなに綺麗な人じゃないの。まあ、アンディはあの美人のおばさんのことを見慣れてるから、わたしみたいな日焼けした真っ黒い子なんて、当然眼中にないでしょうけど……」

「そんなことないよ。僕は健康的に日焼けした子のほうがずっと好きだもの。僕も毎年夏はここで日焼けして、学校へ行く時分には皮が剥けてちょっとヒリヒリしてさ、そういうのがなんとなく好きなんだ。アビーみたいに日焼けするからって昆布干しも手伝わないような人のことは、正直どうだっていいんだよ」

「まあ、アンディ!!」

 この時、近くの樹木の梢に、リスが一匹ちょこなんと姿を現したため、アンディはラナの瞳がどんなに輝いていたかを見ることはなかった。ノースルイスの屋敷の庭にもリスは出るのだが、ヴァ二フェル町のリスのほうが賢く、俊敏な様子をしているようにアンディは感じていたかもしれない。それはリスといった動物だけでなく、蟻といった昆虫にしてからがそうで、アンディは屋敷の庭で時々見かける蟻などより――ウジニ川のほとりで見た蟻のほうが1.5倍か2倍ほども大きく、顔つきもどこか凶悪で、都会の蟻の二倍か三倍ほども足が速いような気がしていた。ようするに、都会の近郊で人間と半ば共存しているような動物や昆虫などは、真の野生を宿しているかの如き田舎の同類とは、まるで種が別個のように感じるということだった。

 この時アンディとラナは、<妖精の泉>の近くの<蛍ヶ池>まで歩いていったのだが、途中ふと、それまで気づかなかったところに蛇イチゴが赤々と小ぶりの実をつけているのを見つけた。「この時分に珍しいわね」とラナは言っただけだったが、アンディはこのイチゴを愛するおばさんに見せてやりたくて、地面のまわりを掘ると、根ごと持って帰ろうとした。ところが、蛇イチゴの下には気味悪いほど大量の蟻が縦横無尽に走る姿があり、アンディはそれを見て断念せざるを得なかったのである。

 この蛇イチゴを持って帰れなかったあと、アンディはラナとどんな話をしたのだったか、まるで思い出せなかった(彼女のほうでは一語一句覚えていたにしても)。そして車窓の景色を眺めるアンディの回想もそこで自然と途切れ、アンディは肩掛けカバンの中からラナの手紙の他にエイデンの手紙を取りだすと、なんとはなし暇つぶしに彼の汚い字による文面を読みはじめた。


 >>イェーイ、親愛なるアンディくん、元気かね?
 学業の都合により、君よりも先にポートレイシアの男子寮に戻ってきた僕だが、君もこれからこんな窮屈な生活を送るのかと思うと、気の毒で涙が出るよ(笑)
 それでもまだ、僕のところは学校自体が共学だからまだいいかもね。女子寮は学校を挟んだ東側で、男子寮は学校を挟んだ西側にある。ま、時々夜這いするなんて話もちらほら聞くけど、今のところ僕にはまったく関係のない無味乾燥かつ無縁な話さ。
 なんにしても、毎日それなりに勉強して、職業訓練に励み、卒業する頃には電気工事技師の資格でも持てればいいなと思ってる。
 アンディくん、君もこれから馴れない寮生活で大変だろうが、まあせいぜい頑張りたまえ(笑)
 それでは来年の夏、ヴァ二フェル町でまた会えたら会おう!!


 結局、この夏もまた変人エイデンにガールフレンドは出来なかった。チェロ弾きのメアリーもブラッドと特別恋人的雰囲気になるというのでもなく、一夏の極限られた短い間、友達として楽しく過ごしたというだけだったようである。

 エイデンのどこか能天気な手紙を読むと、アンディは何故だか、(つらいのは何も僕だけってわけじゃないな)という気がしてきた。エイデンはアルバーン家の一人息子で、父親はこの寂れつつある漁師町にただ一軒ある電気屋を経営している。

 お金のあまりない老人などには、時には無料で電気機器類を直してやったり、また電気とはまるで関係のない配水管をついでに修理してやったり、重い家具類をどかしてやったり、冬には除雪を手伝ったりと……半ば町の便利屋のようなことをエイデンの父親のジェイコブはしているといっていい。

 もしこのジェイコブがこの世を去ったとしたら、ヴァ二フェル町は電気関係の修理を誰に頼めばいいのかというくらい、ジェイコブ・アルバーンは町に必要な存在であり、エイデンはそんな父親の背中を見ていて、同じような仕事をしたいと思うようになったという。

「ま、学校を卒業したあとはさ、もしかしたら三年くらいは向こうの会社で電気工事関係の仕事をするかもしれないけど、いずれは戻ってきて、親父と一緒に同じ仕事をするつもりなんだ」

 ブラッドに対しても、大体似たような感情をアンディは抱いていたが、エイデンのこともまたとても羨ましいと感じていた。それに比べて、自分の父親ときたらと、アンディは窓の外で羊が放牧されている長閑な風景を眺めつつ、まったく嫌な気持ちになった。と同時に、自分はまったく血の繋がりのない継母を何故こんなにも深く愛し、血の繋がっている父のことを憎しみにも似た冷たい気持ちで眺めるのだろうかと、アンディは不思議な気持ちになる。



 >>続く。




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