sonoshouのごちゃごちゃブログ

毎日更新することを目標にしてます
あとで自分が見て懐かしい気分に浸るのが目的です

知識と経験

2012年06月03日 | Weblog
子供の頃、親や先生は何でも知っている印象を受けた人も多いだろう。


生きるということは学ぶということ。

彼らは、生きている中でいろんなことを経験し、いろんなことに関する知識を
場面場面で手に入れてきた。


今、俺は大人になった。


俺の両親は50歳を超えた。
俺よりも30年年上で、2倍以上生きている。


俺は様々な事柄に関する"経験"では両親にまだまだ敵わないが、
"知識量"では俺も対等の勝負ができると考えている。
なぜなら、現在の情報化社会において、
個人の知識量は"情報収集能力"に依存するからだ。



閑話休題。
インターネットがなかった時代、
「何かについて調査したい」と考えた時、どのような手段をとっていたか。
・(大学や近所の)図書館へ行き、関連する本を調べる。
・詳しそうな知人を探し、教えを請う。
主な手段はこの2つだろうか。

だからこそ、「集団」に属する必要があった。
・大学へ通い、良質な本が揃う図書館へ通う。
・詳しい人がいる集団へ入り、文献や資料を分けてもらう。



古いよね。




話を戻そう。
例えば、
「化粧品ビジネスについて調べて下さい」
という課題が与えられたとしよう。
これはつまり、今の話の流れを汲み言い換えるならば、
「化粧品ビジネスについての知識を仕入れて下さい」
という課題と同義だろう。


この課題をよーいどんでやり始めた場合、
まず両親に負ける気がしない。
いや、小学校の先生、中学校の先生とも良い勝負ができるだろう。
つまり、俺が彼らより"情報収集能力"すなわち"未来の知識量"で勝ると言いたいのだ。

(おうおう、「ゆとり世代」もとい「デジタルネイティブ世代」を舐めるなよ。ご老体ども!
わかりやすく言うと、こんな感じかな。)


……俺の自意識過剰なのはともかく、言いたいことは伝わったのではなかろうか。




なぜ俺がこのようなことを言い始めたかというと、
先のイベント企画の件に繋がる。

イベントを企画するにあたって、
そのイベントに関する情報を仕入れる必要があった。

その過程で、ふと、感じたのだ。
「俺、インターネットをうまく使えるっていう意味では40代〜50代には負けないんじゃないか」
ってね。



調査にあたり、俺の取った行動は以下の通り。
1.インターネットで手に入れたい情報が載っていそうな本を検索。本を購入。
2.インターネットで専門的な情報を収集。
3.文章と図でまとめる。

これだけ。
でもこれって、
10代〜20代では簡単にこなせることだろうけど、
40代〜50代では難しいことなのだと思う。


1.に関してさらに詳しく述べる。
インターネットの時代ではあるが、やはり本の情報量は目を見張るものがある。
わずか2,000円〜3,000円程度であの情報量が手に入る。
本に関しては迷ったら買うようにしている。
本ほど有意義な自分に対する投資はないだろう。
みんなにもオススメしたい。

本は事柄に関して網羅的に書かれていることが多い。
全体像を把握するために、非常に効果的だ。
まずは本をいくつか購入して知識を得よう。

既に絶版でも心配はいらない。
インターネットを探せば中古品がいくらでもある。
今回俺も既に新品が購入できなかったから、中古品を購入した。
高くついたけど、迷う時間、本を探す時間に比べれば安い。


次は2.に関して。
インターネットの情報は玉石混交であることは言わずもがな。
情報を振り分ける必要がある。
また、執筆者ごとに情報や意見に偏りがある場合が多い。
ここは注意しておく必要がある。
しかし、専門的な情報が無料で素早く手に入るという点は非常に大きい。


最後に3.に関して。
俺は自分の自身の暗記力に関して、人並みだと考えてる。
本当は調べたことを全て一度で覚えられれば良いのだけれど、
俺にはできない。というか大抵の人は無理だろう。

そこで、文章と図でまとめるんだ。
本やウェブページを読んでいたり見ていたりすると、
「ここは大事だ!」「ここは覚えておきたい!」
そういう箇所があると思う。

昔の人はどうしたのだろう。ノートにまとめたのかな?
でも今ならパソコンがあるから大丈夫だよね。図も描けるよね。

俺は気になった箇所を全て一字一句打ち込んだ。
打ち込む過程で覚えるし、何より後から見返すことができる。
pdf化すればスマートフォンやiPadで見返せる。
そうやって空き時間に見ることで、記憶に定着させる。
また、必要なときにすぐに引き出すことができる。
このとき出典元を書いておくことは忘れない。(ページ数も重要)

今回の場合は、WordでA4,50枚ぐらいになったかな。
あとPower Pointで10枚ぐらいか。

俺は、タイピングだけは自信があるんだ。
「タイピングが速いからどうしたんだよ」って思うかもしれないが、
重要だと思うぞ、タイピングスピード。
今も記事を書くために文字を入力しているけど、
タイピングが速ければ速いほど、他に時間を使えるのだからね。





「IT革命」。

本当に革命。間違いなく革命。大きな革命。

俺は歴史の勉強が嫌いだったけど、日本史と世界史、少しは覚えている。


約15000年ほど前:
人類が農耕を開始し、それまでの狩猟採集社会が終わった。
すごいことだ!
もう無理して狩りしなくても野菜が食べられる!なんという革命!

18世紀から19世紀にかけて:
工場制機械工業の導入。
農業を基盤とする社会から、工業を基盤とする社会へ移行した!
今まで職人しか作れなかったけど、工場で大量生産できるようになった!
大変化だよね!?なんという革命!

20世紀後半:
インターネットが発明される。
パーソナルコンピュータが普及。携帯端末が普及。
誰もが瞬時に情報を手に入れることが可能に!!
さらに、世界中のどこでもいつでも他人とコミュニケーション可能!!
お店の予約や商品の購入もインターネットを通して簡単にできる!!
すごい!本当にすごい革命だ!!


そのぐらいすごい革命だよね。
他の2つに比べて、俺は見劣りしないと思うのだけど、
みなさんはどう感じますかね?



一度しかない人生。
歴史に残る大革命の中に生を得て、
何不自由なく暮らせる経済大国日本に生まれた奇跡。

なーんて、考え方はあまり好きではないのだけど、
幸せなんだろうなあぐらいには思っているよ。
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フォロワー

2012年05月26日 | Weblog
見たこと無い人は下のビデオを見てほしい。
3分ぐらいで短いからさ。なかなか面白いと思うよー。

[TED]デレク・シヴァーズ「社会運動はどうやって起こすか」
http://www.ted.com/talks/lang/ja/derek_sivers_how_to_start_a_movement.html

これは非常に有名な動画。
津田大介さんの「動員の革命」という本にも紹介されていた。


僕はここで言う「フォロワータイプ」なのだと考える。
大学生活を振り返ってみて、自分から何かプロジェクトこそ立ち上げたことはなかったものの、
様々なコミュニティで活動してきたつもりだ。
もちろん、それらのコミュニティには紹介されて入る訳だけど、
僕はやりたいことが明確にないことに起因するのか、
すぐにそのコミュニティの色に染まってしまうんだよね。
気づいたら、そこで一生懸命になっていたという。

しかし、ここまでなら大体の人が該当すると思う。
他の人と僕が違う大きなコト。
それは、僕自身が言うのも変なのだけど、僕の周りが優秀なんだ。
恵まれた環境です。
周りがいろんなアンテナを常に張っていて、面白そうな話を紹介してくれる。
サークルも、学生団体も、プログラミングコンテストも、プロジェクト研究も、のわのわも、
みんな俺が能動的にというよりも、誘われて、影響されて入ったものばかり。

こういった意味で、ありきたりな言葉だけれども、環境って大事なのだと思う。



さて、上記のような大学時代を過ごした僕なのだけれど、
一度は言い出しっぺ、「リーダー」になっても良いのではないかと。
そう思い始めたわけです。

今度の大学の学園祭でイベントを企画しようと思ってね。
これやるぜ!と明確にはまだないのだけど、
所謂有名人を呼んで、イベントを行いたいと考えている。

この企画は正真正銘僕の発信したイベント。
もちろん、最初は僕一人から始まった。

そこに半月経って、「最初のフォロワー」がきてくれた。
なるほど、これは嬉しい。
そして、「最初のフォロワー」は予想以上に心強い。
一人は寂しいからね。



というわけで、今までフォロワーオンリーの僕だったわけだけど、
ここにきて僕の中で小さな変化が生まれつつある。

サークル時代の人に言ったら怒られそうだけど、今だから言える。
実は僕は心から学園祭のイベント準備を楽しんでいなかった。
理由はわからない。自分があまりやりたくないイベントだったからかもしれない。

でも今はイベントの企画・運営を心から楽しんでできる。
それは、自分が面白そうだと思えるイベントにしか参加していないからかもしれないが。
(サークルのときは、大人数だし、自分の好きなイベントを好き勝手にできるわけではないからね。)



今回はまだ、本当にイベントの「リーダー」になれるかどうかはわからない(これからの頑張り次第)だけど、
「リーダーになろうとする」ことで、新たな視点を得ることができた。

百聞は一見に如かず。
一見を拡大解釈してしまうけど、
他人の知見を100回聞くより、1回自分で感じ取って得た知見の方が数倍重みがある。
人生、何事も経験なのかもよ。
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洗脳

2012年04月08日 | Weblog
よく今の時期、新入社員への洗脳という言葉を耳にする。

簡単に言うと、
徹底的に新入社員を全否定し、その会社にとって都合の良い価値観を強制的に植えつける。
などの意味。


洗脳について、自分は関係ないと思っている人は多いんじゃないかな。
だって、洗脳にかかっていない人から洗脳にかかっている人を見ると、頭がおかしいとしか思えない。
しかし、洗脳にかかっている人は、洗脳にかかっていることに気づくことが出来ない。
洗脳にかかる人がバカだとしか思えない。



恥ずかしい話。
僕は過去に洗脳にかかっていたにも関わらず、
洗脳にかかっていることに気づかなかったことがある。
これに気づいたとき、俺は洗脳は身近な物だと認知すると同時に、気をつけようと考えを改めた。



中学時代に遡る。
俺は中学の修学旅行で奇妙な経験をした。

修学旅行は京都へ行った。
その2日目の夜、同学年が一同に会して行う
本能寺集会というものがあった。

そこではクラスごとに歌を歌ったり、学年全体で呼びかけをやった記憶がある。
他は特に特殊なことはやっていない。
どこにでもある集会である。
ここまではよくある話なのだが……。


奇妙なことはこの、本能寺集会での空気。



学年の半分以上の女の子が、泣いていた。
それどころか、男の子も何人か泣いていた。



俺は理解に苦しんだ。

なぜ泣いているのか理解できない。怖い。

うれし泣きなのか、悲し泣きなのか。

彼ら、彼女らは何かに感動したのだろうか。

学年全体のまとまりに感動したのだろうか。

本能寺という場所で集会が出来て感動したのだろうか。

織田信長の魂が降りてきたのだろうか。




いずれにせよ、泣くほどのことなのか。



俺の語彙力では言い表せないような奇妙な空気が流れていたことを覚えている。

端から見たら宗教だ。

完全に宗教。

泣いていない奴がおかしいみたいな空気。




俺は空気を精一杯読んで、泣きそうになっていることをこらえる顔をしながら宿舎に戻ったことを覚えている。





この本能寺集会のおかげで、

「私たち(俺ら)の学年さいこー!!」
「先生ありがとう!!」
「これから頑張っていかなくちゃ!!」

という空気が学年全体を包んだ。




その当時俺は気づくことが出来なかったが、
これは先生たちが仕組んだ洗脳だったのではないか。

もし俺ら生徒が新入社員で先生たちが上司だったら、
新入社員のほとんどを洗脳完了といったところか。

これで新入社員は上司の手駒。上司の言うことは絶対。
新入社員同士の結びつきが固くなり、会社を辞めなくなる。




……というところまで妄想した。
洗脳とは別の話かもしれないが(近いとは思っている)、あの時の空気は今でも異常だと思っている。
それを異常だと確信を持てなかった俺も,同様に異常だったのかもしれない。








うちの中学校は狂っていた。

・アルミ缶回収
 →アルミ缶回収率100%を達成しよう!みんな絶対に1本は持ってこいよ!なければ道ばたで拾って持ってこい!
こいつのおかげで親に頼んでアルミ缶買ってた。ごめんかーちゃん。俺も狂ってたんだ。
かーちゃん言ってたよな。今でも覚えてる。
「アルミ缶?全然エコじゃない。それならビンか牛乳パックの方が良いじゃない。」
正論すぎて言い返せなかったわ。

・無言清掃
 →無言で清掃しような!手を動かすとか二の次!無言で清掃しよう!
俺は整備委員長として無言清掃を推進していた。全力で謝りたい。俺も狂ってた。
何が無言清掃だよな。教室が綺麗にするというのが目的なはずだよな。みんなごめん。

・1分前着席
 →授業の前1分前は着席しておこう。
1秒前で何が悪い?なぜ1分前に着席していなかった生徒の名前をメモしているの?

・1Day 1Page
 →1日に1ページは英語を書きましょう。
こんなので英単語覚えられるわけねーだろふざけんな!
俺が家庭教師したときもまだこの悪しき文化があった。
そんな俺がしたアドバイスは
「手の運動だと思って何も考えずに書け!どうせ覚えられない。」

・数学のワーク提出
 →数学のワークを試験範囲分やって出してね。
ほとんどの生徒が数学のワークの答えを写してた。
当然だ。あんなものに時間を割けるかよ!
俺が生徒にしたアドバイスは
「終わらなくなったら答えを写せ!」




散々文句を言いたい!!

が、良いんだ。もう過ぎたことだ。

でも反省しなければならない。

なぜ俺はこの意味不明な習慣等に疑問を呈さなかったのか。

本末転倒。手段の目的化。これら論理的でない習慣の奇妙さに気づけなかった自分が悔しい。

俺は考えることを辞めたサルだった。

「なぜこれをしなければならないのだろう」
と疑問に思うことせず、教師の言ったことをただただ正しいと鵜呑みにしていた。




考えることを辞めた結果だ。
先ほどの洗脳状態と近い。
教師の指示に一切の疑念を抱かず、教師の命令通りに動くサル。

そんな俺をいっそ笑ってくれ。





俺はもう、考えることを辞めない!!!!!!!
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名言の立ち位置

2012年03月06日 | Weblog
何かとつけて
「名言」
っていうけど、みんなは名言をどう解釈しているんだ。

俺は「名言」っていう響きが嫌いだ。
(一つ前の記事であれだけ名言の話をして言うのも奇妙に感じるかもしれないが)
特に、有名人の「名言」を引用してきて、
あたかも教養があるような顔をする奴が大嫌いだ。


「名言」
は?神様が言った言葉なのか?

所詮足が地についてる俺たちと同じ人間が言った言葉だよ。
神様のように人間全体を俯瞰して言った言葉じゃねえよ。


「名言」という響きが悪い。
それだけで何か絶対的なものだと感じてしまう。

「名言」は「考え方」だよ。

あー、そういう考え方もあるんだなー。
程度のこと。

面白い名言があった!
俺もその考え方になった!
だと、うーんとなってしまう。

だと薄っぺらい。


名言はその人の考え方を端的に表したものだから、
一字一句暗記する必要もない。
何となくで良いじゃん。言っていることは変わらなければ。



名言に出会ったらちょっと疑ってかかるくらいがちょうどいいのではなかろうか。

ま、そういう考え方もあるよね。
ま、一部当てはまるよね。時と場合によるよ。
あー、そういう切り口もあったかー。視点が広がったわ。

このくらいでいいじゃん。

名言は絶対的なものじゃないんだよ。


っと、何か名言好きみたいに見えると嫌だから、
名言の立ち位置をはっきりさせて置きたかったんだ。
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精神論?

2012年03月06日 | Weblog
精神論

「努力は必ず報われる!」

よく耳にする言葉のうち、俺の嫌いな言葉の一つです。
何年か前にも同じようなこと書いたので、再掲ですね。


えっ 常識的に考えて報われるとは限らないよね?
??? って感じ。

この言葉の真意はわからないけど、
つまり、「もっと努力しろ!」「努力は無駄にならない!」ってことを言いたいんでしょうね。
それならストレートに言えば良いのに。

まー、努力が無駄にならないってのは同意だ。(価値が0にはならないという意味で)
でも、その努力をするためには対価を払う必要がある。

時間っていう。

どんな努力でも時間を使う。
努力は確かに無駄にならないが、時間が無駄になっている場合はあるでしょう。

やれやれだぜ。


「努力が必ず報われるとは限らん。しかし、成功者は必ず努力をしている」

「もっと努力しろ!」を言いたいなら、俺はこっちの方が好きだ。




さて、今回は新しい言葉を。

「やるかやらないかで迷ったらやれ!」



1つ前に学会受賞の記事を書いたが、今回はその記事に付随した記事。

「やるかやらないかで迷ったらやれ!」

俺の嫌いな言葉だ。

時と場合によるよな、そんなの。
さっきいったけど、「やる」っていうのはリスクを負わないわけではない。
時間は有限なんだよ。
「やる」か「やらない」で選択するのは非常に大事。
「やらない」というのは立派な選択肢だと思ってる。







さて、俺の話。

今年の年末は修羅場だった。
基本的にポジティブシンキングな俺も焦った。

「これ本当に2月の頭に卒論提出できるのか……?」

そのくらい切羽詰まってた。
終わるのか終わらないのか、目処も立っていない。

初めての経験だったよ。
授業の課題ってのは終わるようにできているものだし、
作業にはゴールがある。

でも研究にはゴールがない。
問題が解決したように見えて、
全く解決していないことがある。

初動を間違えると、
全く検討はずれのことをしている場合がある。

だから怖かった……。
原稿を書いても白紙に戻る可能性が消えない。
ゴールが見えないのはもちろん、近づいているようにも見えない。

こんな経験は二度としたくないけど、
修士論文があるとなると今から憂鬱だぜ……。

そのくらいキツかった。




その状態での今回の学会。
学会の論文は卒論がベースとなっているため、
この点では追加の作業が少ないので、
学会に出すのは容易。

しかし、今回の学会に出すためには12月の後半と1月の頭に
ある程度完成した概要書を送付する必要があった。

つまり、学会に出すためには卒論の締め切りよりも早く卒論を仕上げる必要があった。


迷った。
出すか出さないか。






この学会に出すか出さないかの選択は俺以外の研究室メンバーにも課せられた。
学会に提出したのは、4/7人。
4人は提出したが3人は出さなかった。
(出さなかった3人は時間的問題の他にも様々な要因が重なって出さなかったわけだが。)



経験則として、(俺の駄目な人生を物語っているけど)
「締め切り日があればあるほど頑張れる」
と思ってるんだ。

学会の締め切り日があるから、論文の締め切りも早まる。
でも、だからこそ頑張れたのだと思う。



「学会に出すか」「学会に出さないか」という選択を一見に迷うように見えるけど、
今回の「学会に出す」選択肢のリスクって小さいよね。
確かに終わらなかった場合、終わりませんでしたって謝ったり、
質の悪い論文を送らなければいけなかったりするから格好が悪いけど、
だから何だって感じだよね。

その反面、「学会に出す」という選択肢のメリットは大きい。
出せれば卒論が一旦仕上がることになる。(旅行に行ける。)

だから俺は「学会に出す」ことにした。



「やるかやらないかで迷ったらやれ!」

というけど、時間は有限じゃね?

「やるかやらないかで迷ったら、メリットとデメリットを考えろ!」

で良いだろ。
当然すぎて何の名言でもないな。
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学会を通してというか。

2012年03月06日 | Weblog
学会行ってきました。
初めての学会です。
北は北海道から南は九州まで
様々な大学から教授や学生が来ていた。
経験が無かったので、それだけでスゴイと思ってしまった。


学会で学生奨励賞を受賞することができた。
うまー。
(日本国内の学会なのでレベルは低いが。)
結果を残せたことには変わりないので嬉しい。


さて、なぜ受賞できたかというと、
当日のプレゼンテーションが上手だったらしい。
多方面からお褒めの言葉を頂いた。

やったね!

以前からプレゼンには自信があった。
人と違うことをやる度胸はあるので、
うまく聴衆の印象に残ることができたのだと思う。

昨年のR社のコンテストで優秀賞を受賞したのも
プレゼン能力の高さを評価してもらったのだと思う。
あのときは登壇発表の他にポスター発表もあったけど、
うまく聴衆とコミュニケーションを取ることが出来たように思う。

そろそろ理系の学生レベル(大学院修士まで)の中では、
十分に通用するプレゼン能力だと自負しても良いのではないかなと。


もちろん、まだまだだとは思ってる。
どちらの受賞も「理系という枠組みではプレゼンがうまい」
だけのこと。




よくウェブの記事も含め、
「文系は論理的思考能力が低い。」
「理系はコミュニケーション能力が低い。」

という記事を見るたびに、
何を言っているのかと。

「頭の良い友達の文系は論理的思考も何もかもの能力が高いわ。」:
「理系でも文系顔負けのコミュ力持ってる奴いるわ。」

と俺は考えている。

今もそれは変わらない。

けれども、今日いろいろな学校のいろいろな人のプレゼンを聞いたけど、
プレゼンが上手な人は少なかった。

理系云々の記事も平均を取れば、正しいのかもしれない……。
俺より何倍も頭が切れるのにもったいないな……。






俺は課外活動では文系の友達と過ごしてきた。
学生時代のサークルであるK研究会は文系が95%くらいだし、
その後の学生団体は俺を除いて全て文系だったし、
ビジネスコンテストも俺を除いて全て文系か。
プログラミングコンテストは流石に理系が多かったけど、
自分のチームにプレゼンがうまい奴がいた。

何が言いたいかというと、良いプレゼンを見る機会が多かったという点が
大きいのかと思った。

というのも大学内だけの活動では、
プレゼンを行う機会は非常に少ない。
やったとしても、形式だけのプレゼンなんだ。

それがコンテストとなると、力の入りようがまるで違う。
授業とは比較にならない位に練習してくるし、
コンテストに出てくる奴はそもそもチーム内で一番プレゼン上手な奴が出てくる。

こういった経験をしてきたのは俺の長所の一つかもしれない。



「難しいことをわかりやすく説明する」
というのはプレゼンの極意だけど、
俺は元々頭悪いから、
「俺レベルでわかる程度に噛み砕けてればイケる!」
っていう残念な理由かも。

ま、理由なんてどうでもいいんだけど。



今回の受賞でより自信がついた。
自信っていうのはすごく大事だ。
この調子で来年も頑張ろう。
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今流行の自己分析?

2012年03月03日 | Weblog
僕は今、明石大橋の前にいます[要出典]。
帰ってきたら画像でも貼ろうかな。
宿泊するホテルの最上階、
コーヒー1杯650円する高級感あふれるオシャレなカフェにいます。

いろいろなことについていろいろ考える。
俺はこうしてブログをやって掃き溜めているのだけれども、
みんなの頭の中はどうなっているんだろう。
ってたまに思う。


俺の欠陥の一つ、最大にして根幹。
「大好き」って感情がわからない。
最近ここから派生して様々なことがうまくいっていない気がする。

「好き」ではなくて「大好き」である。
俺にも好きなことはたくさんあるんだ。
ゲームやアニメを筆頭に、漫画やくだらない動画、プログラミング、音楽、旅行、スポーツ……。
良い意味では多趣味(でもないかも)、悪い意味では大好きなものはない。

飽きやすい?
違う。
むしろ飽きにくい方かも。

単純に「これが好き!これなしでは生きられない!グッズとか集めちゃう!金かけられる!」
ってものがない。
オタクに嫉妬するくらい。
あれだけアツくなれるものがあって羨ましい。

大好きな物がない故に熱く語れるものがほぼない。

つまり、
・AKB48が好き!
・鉄道が好き!
・パソコンが好き!
・メタルギアソリッド(ゲーム)が好き!
・サザエさん(アニメ・漫画)が好き!
・Bump of chiken(歌手)が好き!

とかそういうのがない。
あったとしても、皆との温度差を感じる。


言い換えれば、
相対的に好きな物はもちろんあるが、絶対的に大好きなものがない。
大好きに分類されるほど好きになるものがない。

あまりこのブログでは語れていないけど、
恋愛に関しても同様のことが言えている。



私は私、あなたはあなた。
どこまでいったら大好きなのか。
もしかしたら、俺が常日頃抱いている「好き」という感情は
他の人でいう「大好き」に匹敵しているのかもしれないが、
それを確かめる術はない。



俺が起業できない(したくない)、エンジニアになるか迷うところもそこにある。
起業は能力が足りていないという意見も無論あるが、
仕事が好きでないとまず成功できない。
エンジニアも同様。技術を愛していないと成功はない。

様々な起業家、エンジニア(学生含む)を見てきて、
どうしても温度差を感じてしまう。

これだ!と熱く思えることがないために、
自発的に行動を起こしたことが少ない。




俺に向いているのは……?


今までは短所についてだったけど、長所も少なからずある。

といっても、ただの裏返しなのだけれど。

副リーダー、参謀に向いている。
と自分では思ってる。


自発的に行動が少ないと言ったが、
大学の4年間は講義以外の課外活動をしてきた方だと自信を持って言える。
・サークル活動
・学生団体
・のわのわ代表
・プロジェクト研究
・プログラミングコンテスト
そして、運良く結果を残せてこられた。

しかし、実はこれらの中で自発的に行った物はない。

きっかけは全て周りから。
「周りの人がやっていたから」
「周りの人から薦められたから」

そういう類い。


でも、そういった薦めに大してはすぐ影響を受けちゃって、
「面白そう!やってみよう!」
ってなる。


今風の言葉で言うと、究極的なミーハーなのかな
全然今風じゃないな。


ある人は
「そんなの自分を持っていないに等しい!」
と言うかもしれないが、俺はイヤイヤやっているわけではないし、
そういう人間もアリなのだと思う。

ただ、自分でも「つまらない人間だな」と自覚はしている。


趣味で言うと、最近では皆のオススメを聞いて実行していることが多い。
このゲーム面白いよ!→やってみるわ。
このアニメ面白いよ!→やってみるわ。
今度ここ行こう!→行ってみるわ。
今度このプロジェクトやろう!→やってみるわ。

働くという観点で言うのであれば、
大企業タイプだと思う。
または自分で起業するのではなく、一緒に立ち上げるタイプ。


企業からしてみたら、俺すごく使いやすいと思うんだよねー。
上司の言うこと聞いて共感して、もちろん真剣に取り組むよ?
というわけで、自己分析終了。
誰か俺を雇ってくれー!
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花咲くいろは

2012年02月17日 | Weblog












面白かったよ!
久しぶりにブログっぽいこと書いちまった。
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購入記念

2012年01月31日 | Weblog
久しぶりの更新となってしまいました。
皆さんご機嫌麗しゅう。

さてさて、最近は卒論の執筆をしていますが、ピークは過ぎ去り、
割と自由気ままな生活を送っています。

私も何時の間にか22歳です。
22歳といえば、多くの学生が就職を控えているのですが、
私は大学院進学という道を選択しました。

周りからから大学院進学の理由について聞かれたときは、
「就職したくないし笑」
と答えていますが、割と勉強する気でいます。


学生生活は6歳から始まり今年で22歳となったので、約16年ですか。
流石に長いですね。
しかし、自分にあった勉強の仕方が最近になって、
ようやくわかりだしてきました。

そもそも、学業または職業以外の勉強をするって、
今までありそうでなかったことだと思います。

僕で言うと、高校時代のプログラミングの勉強や基本情報技術者の資格勉強が最初かな。
ここらへんは趣味と呼べれば良いのですが、
僕にとっては勉強でしたね。
基本的に面倒なことは苦手なので。

でも、これらの勉強には明確な目的と目標がありました。
ゲームを作るためにプログラミングの勉強を始め、
合格するために、基本情報技従者の勉強を始めました。


今はどうか。
大学4年生後期、僕は講義1つも受講しませんでした。
必要単位を取得済みだったため、受講する必要がなかったからです。
だからといって、何もしなかったわけではありません。
卒論を執筆するにあたって、また、先輩や同輩の姿を見て焦りを感じ、
情報工学や数学の勉強を始めました。

大学の図書館を4年目の後期にして、初めて有効活用しました。

大学4年生で学んだことは、大学1年生〜大学3年生と比較しても、
非常に密度の濃かったように思います。

一番の収穫は勉強の内容よりも、勉強の仕方がわかり始めたことです。


残り2年間学生生活が増えたわけですが、
遊びすぎないことはもちろんとして、後悔のないように、
また、修士修了の名に恥ないに気を引き締めて勉強しよう!

今年の抱負はこんなもんでいいかな。




さて、本題。
なぜこのタイミングで更新しようと思ったのかと言うと、
携帯用のシリコン製bluetoothのキーボードを購入したためです!
で、何か書きたくなった次第でございます。

iPadとの組み合わせが最強すぎる!
もうノートパソコンを持ち運ぶ必要がなくなったぜ。

Webブラウジングともの書き(メールなど)にしかノートパソコンを使わない人は、
iPadとbluetoothのキーボードが最強!


かどうかをこれからレビューするのですが、きっと最強に違いないです。


iPadから送信
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新年明けまして

2012年01月13日 | Weblog
あけましておめでとうございます。

卒論で死んでいました。
いえ、今も死んでいる最中です。
ただ、1回目を提出することができて、少し精神的に落ち着いたといった具合です。


久しぶりに遊ぼうと思ったんですよ。
今日1日は卒論以外のことをしよう!ってね。

でも特に何もやることがなかった。


どうしてこうなってしまったんだろう。
いつからこうなってしまったんだろう。


中学、高校ではあれだけ楽しかったゲームなのに、
今はどれもやる気が起きない。
でもやることなくて、本当に仕方ないからゲームやるけど、
心の底から楽しめていない。
最近は不貞寝が趣味かもね。


定期的にこういう記事書いているな。

もうこれはどうでもいいや。

春休み何しよう。後悔しないように勉強だけはしたい。
あとはうーん。何かの団体に属してみても面白いのかなー。

よくわかんね。




去年までは外部の活動(大学の授業以外の活動)をいろいろやっていたんだ。

でも春休みからはそれもなくなる。

4年生だからね、本当は勉強に専念すべきなんだけど……。
勉強だけするのももったいないというか……。お前そんな勉強しないだろっていうか。

あー、もやもやしてんなー。
頭の中整理できてないし、整理しようとする気持ちが足りてないのが自分でわかる。

本当は頭の中整理して、とり得ることができる選択肢をしぼって、
手近な目標を考えて動く

人の相談事とか聞いて思うけど、結局選択肢を消していくといくらかしか残らなくて、
最終的には自分がどうしたいかっていうところに落ち着く。
つまるところ、こういうときの決断は、
現状分析(事実を整理した)後に、自分のしたいことを整理する。
そうすれば、自ずとこれからどうすれば良いかが見えてくる。

これでほとんどが決着付く。

今回のケースもそうすればいいんだと思うけど、
そうする気力もない。だるい。




なんか、むなしい。





ただ、絶対にしたくないのが、
大学院へ進学したことを後悔したくない。
大学院へ進学するからには、勉学でもその他なんでも良いから、
何かを掴み取りたい。

3年生になった頃でようやくか、学生の身分(無所属)の便利さを今更痛感してる。
今までも、学生という特権を使っていろんな人にお世話になってきたし、可愛がられてきた。
この特権を活かして2年間大学院時代を過ごしていきたい。

まずは勉学に力入れんぞ。





10分前に迷っている的なこと書いたけど、ほら、やっぱり結論出てた。

「勉学をもちろん!外部の活動もがんばる!」

という小学生的結論だったわ。

手段は未定であるが、動くしかない。
残り少なくなってきたからな。
そういった意味で、人生の自己管理を怠ってはならない。

うしっ、がんばろう!










見返したけど、俺の日記のまるで成長してないな。
ある意味では書き殴っていることが垣間見えてリアルだけれども。
2012年、大学院に進学する今年も、中学生が書くような日記、書いてくよー。
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