山猫の黄金のどんぐり

日々の生活の中で見つけた、黄金のどんぐり拾っています

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津波で壊れたピアノの修理をする人

2015年03月12日 | Weblog
おはようございます。

今朝は、よく晴れています。こちらでは、昨日の-5℃に続いて-4℃。でも、明日以降は暖かくなるそうです。


昨日は大震災からちょうど4年目。様々な追悼行事があったようです。先日、津波で破壊されたピアノを修理する男性の記事を読みました。

彼自身、津波で経営していたピアノのお店が被害を受け、5,000万円の負債を抱えて、一時は閉店することも考えたそうです。しかし、壊れたピアノを修理することに希望を見出だし、時間はかかるけれども少しずつ仕事をされています。

その男性は85歳。ほとんどの人は引退している年齢です。しかし、津波の被害に負けず、前向きに生きている姿は素晴らしいと思いました。

生きていれば、手痛い失敗や挫折があります。しかし、それをバネにして、乗り越えようとするのが生きていることなのだ、とこの記事を読んで強く思いました。
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「 STAND BY ME ドラえもん」 見ました

2015年03月02日 | Weblog

 

おはようございます。

こちらは、少々曇っています。もう、春がすぐ近く。梅の花も咲いています。極端に寒くなる日は、ないんでしょうね。

先日、「STAND BY ME ドラえもん」を見ました。DVDです。ドラえもんとしては、初めてのCG。背景が実写ではないか、と見紛うばかりのリアルさでした。恐らく写真の取り込みもしているんでしょうけど。

のび太の部屋ってこんなになっているんだあ、と感心しきりでした。本当に細かい所まで作り込まれていて、のび太の部屋の窓枠がピカピカのアルミサッシなのもわかりました。

ストーリーは、既存のものをつなぎあわせたものです。それでも、ドラえもんを安心させようとボロボロになってもジャイアンに向かっていくのび太に、胸が熱くなりました。

アマゾンのレビューを見ると、3Gではないことに不満な人もいるようです。でもテレビが3Gではないから、私には関係ありません。大満足でした。


ただ、英語字幕くらいは必要でしょうね。世界のドラえもんですから。

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九段会館は遺して欲しい

2015年02月08日 | Weblog

 

 

こんばんは。

今日は、曇ったり時雨たりの荒れたお天気でした。明日から2日ほど冷えるそうです。でも、こちらでは雪は降りません。


前回の続きです。

靖国神社の近くには、普通のビルの上に瓦屋根を載せた、異彩を放つ建物があります。それが九段会館だとは、帰宅してネットで調べるまでは知りませんでした。

現地で初めて見た時、なにか見たことがある建物だな、と思いました。記憶をたどると、「まんが道」という藤子A不二雄さんの自伝的マンガに描かれていた、講談社の建物と同じ建築様式でした。戦後間もない、多分1950年代のシーンだったと思います。

ビルの上に瓦屋根を載せるという、独特の建築様式です。ウィキペディアによると、昭和初期に流行した帝冠様式という、鉄筋コンクリート造りの洋式建築に和風の屋根を載せた和洋折衷の様式だということでした。

この様式に関わらず、屋根がないと屋上の亀裂ができて維持管理が大変と、最近では屋根があるビルも増えてきています。

この九段会館を初めて見た時、東京には古い建物が残っているんだなあ、と感心しました。でも後になって、東京にこそ古くて立派な建物が残っているんだ、と思い直しました。


九段会館と言えば、大震災の時に人が亡くなったビル、と記憶しています。東北の被害が大きかったですが、東京もかなり揺れたんですね。

それがきっかけになって、現在は営業停止。取り壊されて、新しいビルが建設されることが決まっているそうです。

もったいないですね。そのようなことが繰り返されて、帝都東京のイメージがなくなっていくことは、本当に残念なことです。

九段会館は、「三丁目の夕日」の映画館のシーンに使われたそうです。こんなにどんどん古い建物を壊したら、ロケするのにも古い建物を探すのが大変です。


それにしても、あれだけの大空襲があった東京で、戦前の建物が残っているというのも、驚きでした。

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靖国神社に行きました

2015年01月28日 | Weblog

1月の3連休を利用し、東京まで行ってきました。時間があったので、子供の時に行ったことがある、靖国神社に行ってみることにしました。

子供の時の記憶と現在の様子がどれだけ違うか、ということにも興味がありました。

東京は地下鉄が縦横無尽に走っていて、とても便利ですね。最初はネットで確認しながらで、乗り換えに時間がかかりました。でも、駅で路線図をもらってからは、格段にスムーズに乗り換えができるようになりました。

靖国神社に行くには、九段下という駅が近いようでした。市ヶ谷という駅もありましたが、私は九段下で下車。かなり長い階段をあがり、地上に出ました。

地上に出たら、夕方だったこともあり、全く方向がわかりませんでした。それでも、さすがは東京。階段を上がってすぐのところに、地図がありました。それによると、神社は近くにあることがわかりました。



赤い夕日が、黒い雲の間から差し込んでいます。なだらかに上っていく歩道を歩いていると、これから参拝する人々、参拝をすませて帰路につく人々が歩道にあふれていました。休日のせいか地下鉄は空いていたので、これだけたくさんの人が地上にいるとは驚きです。

それに、参拝に来ているのはごく普通の人々。大学生くらいの集団もいれば、仕事中ではないかと思えるようなサラリーマン風の人もいました。商売繁盛のため、職場から来ているのかも知れません。



総理や閣僚が参拝するたびに中国・韓国が反発する神社、というイメージがあったので、かなり意外でした。神社の近所に住んでいる東京の人々にとって、靖国神社に参拝するということは、日常ありふれたことなのでしょう。

地方に住んでいる私には、外交問題の原因となっている、一般の軍人と一緒に戦争犯罪人を合祀している神社、というイメージがあります。しかし、実際に行ってみると、たくさんある神社の中のひとつと思われているのではないかと感じました。それはクリスマスには電飾を家に飾り付け、神社に初詣し、お葬式は仏教で、というとても柔軟な日本人の宗教観が関係しているのかも知れません。



参道を歩き進めて行くと、太平洋戦争には古過ぎる服装の銅像がありました。近づいてみると、村田蔵六という人の銅像でした。太平洋戦争で戦死した人々のための神社というイメージが強いですが、もともと幕末に戦死した人々のために、彼の発案で作られた神社だということを読んだことがあるのをやっと思い出しました。



本殿に近づくにつれ、これが各地にある護国神社の本店か、という感慨が湧いてきました。しかし、意外に小さいことがわかりました。これだったら、何回か行ったことがある護国神社と同じくらいです。もっと大きなものだと想像していました。



境内には、生け花が展示してありました。もっと浮世から隔絶された空間だと想像していたので、それも意外でした。



東京についてのイメージは、近未来的な高層ビルがたくさんある所、というものです。テレビではそんな東京の風景がよく流れています。でも、靖国神社といい、近くの九段会館といい、古くて伝統的なものが残っているのも東京なんだ、という印象を強くしました。

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久しぶりの更新

2015年01月14日 | Weblog
おはようございます。

こちらはどんよりと曇っていて、寒い朝となりました。でも、電車に遅れそうになって走ったので、少し汗ばみました。


最近忙しく、京都に行った時の記事を英語で書いて力尽き、更新ができていませんでした。でも、年賀状に、読んでいるよと書いてくださっている方がいたので、これからは以前と同じペースで書いていこうと思います。

よろしくお願いします。
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Walking in Kyoto

2014年11月05日 | Weblog

I walked from my hotel near Oike station to Yoshida. 

 

 I like to walk but recently I don't walk long distance because my office now is near station. About 5 years ago, I walk more than 20,000 steps a day, but recently around 7,000 steps. I think I have to walk consciously to keep physical strength and shape.

 

 It's convenient for me to rent a bicycle in Kyoto but I didn't rent a bicycle because I guess it would rain .

 

 While I was walking, I chose narrow alleys because I know I can find an interest architecture at narrow alleys side more than broad street. I felt I'm not wrong this time when I found an old water power plant at Ebisu river.

 

 By the notice near this plant, it was made in 1914. I admired this plant has existed for 100 years. I was happy to find this plant because I like industry heritage and I was impressed by old taste of red bricks.

 

 By the way, the strongest impression about Kyoto is that Kyoto is mixture of very old wooden architecture and new modern concrete building. In areas where there are many old wooden architectures, maybe from beginning of Shouwa era, I felt like I was time slipped.

 

 This feeling made me remember the time I went to Shanghai. I felt like I was in 30 years ago Japan when I visited Shanghai because Shanghai wasn't developed yet then. There were many old architectures more than I expected.

 

 Because I chose narrow alleys, sometimes I felt I may have gotten lost. But I could enjoy uneasiness because one of travel joys is this uneasy feeling. Anyway, it wasn't danger because Kyoto is one of cities in Japan.

 

 After walking for about thirty minutes, I found a secondhand book shop at Teramachi street. The shop architecture was very old. I guessed this house may be made in Edo era and older than almost all books the shop sells.

 

 And after that, I found Honnouji. This temple is so famous that all Japanese who are interested in Japanese history would know this temple because Nobunaga Oda, very famous lord, was assassinated in this temple. But I don't know the location of this temple though I've lived in Kyoto. I was surprised because there are tall buildings around this temple. I imagined Nobunaga would be surprised if he appears now and to see this scenery .

 

 Near Honnouji, I saw city hall. The city hall remains as old as the time I lived in Kyoto. But it became a little bit black.

 

 When I walked for about one hour, I found very old wooden house near tennis court. It was so old that it seemed a ruin. It also seemed ghost house especially because of gloomy day like that day. I felt like a little bit that I had a nightmare. 

 

 But I remembered that I heard the dormitory for women student in Kyoto University is very old wooden architecture. My friend said it would be burn well if it is ignited. And I noticed I could see the light was turned on through window and there were many bicycles by this house. I was convinced that this house is used yet.

 

 It was very interesting for me to find a architecture like this because there are only a few architectures which are difficult for me to judge they are used now or not. But in Europe city, for example Munich, Warsaw, Paris, I sometimes saw old architectures like this. I was impressed by this old architecture in Kyoto University because I could get experience as if I'm in Europe city.

 

 I found I'm in Kyoto university campus because there were many notices which shows Kyoto university and many young people on bicycle passed by me. But I didn't know where I was precisely because I didn't check a map by tablet. To enjoy uneasiness that I may get lost, I didn't check a map.

 

 I began to go back to my hotel. I had a plan to have a dinner in India restaurant near hotel. I arrived at the restaurant earlier than I thought. I guessed it was because I didn't take pictures on the way to the restaurant.I like a curry. But I like Nan more. I felt Nan of this restaurant was delicious but curry was so so.

I ate too many dishes in this restaurant. But I didn't feel uncomfortable. I felt this was because I walked long distance.

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LEDは便利なような不便なような

2014年10月10日 | Weblog
今日は、穏やかなお天気になりました。昨日は朝方、急に雨が降り、かなり濡れました。

ノーベル賞を、日本人3人が受賞しましたね。3人受賞というのは、びっくりしました。

青色LED開発に貢献したためだということ。LEDが開発されて、世の中とても変わりました。

まず、交差点の信号機。丸いシグナルの中に、LEDの粒々が見えると、最近の信号機だなと思います。

それから、照明。屋外を照らす防犯灯も、私の周辺では次々と蛍光灯からLEDに替わっています。LEDは小さいのに、明るいですね。ただ、目を突き刺すような光なので、蛍光灯の方がどちらかと言うと好きです。

寿命が長いから、防犯灯は10年以上はもつ計算になります。防犯灯に限らず、家庭用の照明も飛躍的に寿命が伸びるので、交換する頻度が減って便利です。

つい100年ほど前は石油ランプが使われていたのに、激しい移り変わりです。私は以前、電気が通っていない温泉宿に泊まり、そこでは石油ランプが使われていました。ろうそくと同じくらいの明るさで、おそらく現代の照明の10分の1の明るさもないでしょう。

それだけ暗いと本を読んだりすれば目に悪いですが、LEDも目に負担をかけるものがあるようです。特に、ブルーライトは就寝前1時間は避けた方がいいようです。

そう思って眠る前、できるだけパソコンのディスプレイを避けるようにはしています。でも、眠る前の読書ライトも今ではLEDなんですよね。


いちおう、電球色なんですが、これも避けた方がいいんでしょうか?
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異彩を放つ木皿さん

2014年09月29日 | Weblog
こんにちは。

今日は、雲ひとつない青空。朝は涼しいですが、日中は日射しが強く、まだ暑いです。

先日の夕方、テレビを見ていると、木皿泉さんという名前で脚本を書いている夫婦の日常と、薬師丸ひろ子さんが出演しているふたりの脚本のドラマをしていました。

木皿泉さんという脚本家は、それまで知りませんでした。「野ブタをプロデュース。」というドラマも彼らの作品らしいです。テレビ欄で見かけことはあります。

木皿さんのご主人の方は、もともと漫才などの原作を手がけるテレビ作家だったそうです。何年か前に倒れ、それ以来介護なしでは生きていけないくらい体が不自由になりました。奥さんの方は、そんなご主人の介護をしながらの執筆です。

薬師丸ひろ子さん出演のドラマを見ましたが、そんな木皿さん夫婦ふたりのあたたかい人柄が感じられる、素晴らしいドラマでした。さすがたくさんの人々に支持されているだけのことはあります。笑えるシーンも随所にあり、漫才作家だったご主人のセンスが光っているなあと感心しました。

それと、ふたりの蔵書。壁一面にびっしりと並んでいて、プロの作家さんの凄さを痛感しました。ふたりはそれぞれ本の趣味が異なります。それでもお面白いと思った本を推薦し合って読んでいます。お互いに啓発しあう仲というのは、夫婦のひとつの理想形だなあ、と羨ましく思いました。

このふたりの生活を見ていると、他の人よりお金の使い方のメリハリがかなり強いのではないか、と思いました。

例えば、クーラーは嫌いだ、ということで暑くても扇風機と団扇。それに、脚本を仕上げるのは年代物のワープロ。オーブンレンジさえなく、コンロの魚を焼く所で食パンを焼いています。

一方食べることが好きなご主人のために、奥さんは食費も料理をする手間も惜しみません。介護が必要なご主人が入浴するためのリフトも浴室に完備しています。そのようなリフトが普通の家にあるのは珍しいそうです。

それと、使うあてはないけれど、素晴らしい景色が楽しめる2万円代の家賃のアパート。私だったら、いくら景色がよいと言っても、そのアパートを引き払ってでもクーラーを使うでしょう。

そのアパートは、今回のドラマのロケに使われていました。脚本の発想のもとになるのならば、やすいものなのかも知れません。


脚本家の実際に住んでいる家を見て、その生活の様子を見るのは初めてでした。普通の勤め人とは部屋の中も、考え方もかなり異彩を放っています。これだけ生活様式が違っていないと、他の人を刺激するようなものは書けないのだろうなと、感心しきりでした。
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ゲリラ豪雨に危機感を

2014年09月09日 | Weblog
おはようございます。

今日は晴れていて、まずまずのお天気です。真夏と比べると、格段に涼しくなりました。


土曜の夕方は、ひどい土砂降り。今シーズン来たいくつかの台風と比べものにならないくらいの激しさでした。

風が強く、雨が降る、というより、横から吹き上げるような状態でした。すぐに小降りになりましたが、今回久しぶりの通行止めになった道路もありました。

午前中は蒸し暑いながらも晴れ間があり、午後これだけ降るとは思いませんでした。まさにゲリラ豪雨です。


広島の被害を他人事と考えてはだめだ、と痛感しました。
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お盆の風景の中に溶け込む関西人

2014年08月15日 | Weblog
こんにちは。


蒸し暑い日が続きますね。天気図を見ると、はっきりとした前線があります。梅雨前線なのか、それとも秋雨前線なのか……。どちらにしても、前線の南側に住んでいるので、気温は例年より低めでも蒸し暑いです。

今はお盆。仕事が休みの人がほとんどでしょう。私は仕事です。今日も出勤。でも、通勤途中で見る風景は、いつもとずいぶん違います。

出勤のため最寄りの駅まで歩くと、道路は閑散としていて、車がほとんど走っていませんでした。 

電車も同じ。通勤・通学の人はほとんどおらず、乗っているのは、大きな荷物やキャリーバッグを持った人ばかりです。

関西方面からの乗客も多い。関西人は、電車の中でも平気で大声で喋りますね。関西弁はこちらの言葉と違うし、声がとにかく大きいので、すぐわかります。今日も、西に向かう関西人の女性二人が、あたりをはばからず大声でしゃべっていました。中国人もびっくりです

対照的に、地元の人々はほとんどしゃべりません。高校生がしゃべっているのを聞くことがありますが、関西人ほど大声ではない。

関西人の女性の集団(いわゆる大阪のおばちゃんなど)は、電車の席取りも素早いです。いつもの10倍早送りではないかと思うくらい素早い動きで、あっという間にシートに陣取り、「座れた、座れた、ギャハハハ。」とか言って、喜んでいます。

お盆になると、通勤・通学の人々が消えて、このような関西人が増えます。もの珍しいので、同じ日本人でもこれだけ違うのか、と痛感します。

私の知り合いで京都の人がいますが、一度関西人と言ったら、大阪の人と一緒にするな、と怒られてしまいました。
大阪の人は、親切で人懐こいと聞いたこともあります。ひとりひとりの人間と同じで、大阪の人々にも様々な面があるのでしょう。
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