横隔膜雑録 (横隔膜のたわごと改め)

我思う、故に我あり。
ことばを愛おしみ、己をかたらう。
北海道からのささやかな自己主張。

メモリは愛されて

2017年07月16日 | gooにコメント
韓SK、議決権断念=半導体売却へ前進―東芝
「東芝」と書かれているだけで、安心してしまう。
DOS/Vパソコンの時代から、僕は「東芝」に畏敬の念を抱いてきた。

半導体製品においての東芝ブランドの優秀性は、誰もが知るところであろう。
「誰も」というのは、白物家電の「東芝」を知る人を含めて、である。

パソコンの組み上げをしたり、パーツの入れ替えをする者には、
その思いはもっと熱いのである。

例えば、パソコンの中心的なパーツ、ハードディスク。
「東芝」と書かれているだけで、その信頼性は格段に上がる。

ウエスタンデジタル社のハードディスクが幅を利かせていたのに、いつの間にか東芝だ。
HITACHIに至っては、往年の覇者というべき扱いなのである。

SDカードしかり、USBメモリしかり。
「東芝」というだけで、値段は上がるし、動作も安定しているのだ。

こんな優良製品を出している会社が傾くのだから、世の中はわからない。
しかも、白物とも半導体とも言えない、原子力発電(所)事業で、傾くとは。

僕の知る、最古の「東芝」製品は、乾電池であった。
ナショナルか、東芝だったのだ。
日立の乾電池は、そもそも見つけることさえ難しかった。

テクノロジーの栄枯盛衰は、無情である。
半導体製品で、今なお世界に影響力を持つのは東芝だけになってしまった。
そして、恐らくは次の開拓分野として「原子力発電」を目指していたのだろう。

脱原発、クリーンエネルギーの流れの中で、原子力発電関連事業は、停滞の一途だ。
もう現在稼働中の製品のメンテナンスにしか、事業展開は見込めないだろう。
我が北海道にある原子力発電所も、稼働再開の見通しは不透明のまま。

今後の「東芝」がどうなるのか。
寂しい限りだが、現時点でこの看板が続く保証はどこにもない。

とはいえ半導体製品において、今なお「東芝」ブランドの信頼性は揺らいでいないのだ。
むしろ製品が安くなるのではないかと、反対の意味での期待値が上がってしまっている。

僕は「東芝」の製品が使いたい。
安くなくても使いたい。そういう方は多いはずだ。

場外乱闘が続けば、その優位はますます崩れていく。
さっさと片付けてほしいのだ。

SKハイニクスの勇断に拍手。
WDがどう出るかだ。
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