노래 norae

 노래(歌)
 発音は「ノレ」
 英語で song ですね

 かろやかに歌うように
 一日をはじめたい

基本的人権は天から降ってきたものではない

2017年06月29日 | おもいつくまま

昨今「人権意識」の低さに唖然とし、そしてある一種の恐怖を覚えている。

先日来TVやネット上で、ある車いす障碍者の飛行機搭乗拒否が話題になっている。
メディアではその航空会社の対応が紹介され、その賛否が論じられている。

車いす客に自力でタラップ上がらせる バニラ・エア謝罪 (朝日新聞 DEGITALより)

昨夜、この報に接したとき「正当な権利が障碍という理由で拒否される」という言いようのない理不尽さに憤慨した。

そして、今朝目覚めてTwitterを覗いて愕然とした。
「プロ障碍者」「人権を盾にとった当たり屋」「理不尽な権利を要求するプロクレーマー」・・・

唖然として背中に冷や水をかけたれた気分になった。

元電通勤務のバリアフリー研究所代表がバニラエアに対して行った「タラップを這い上がる」行為は正しかったのか?(togetter)

基本的人権について今更ながなが説明するつもりはない。
基本的人権は社会を営む者にとって、それは自然権であり生来享受されるべきものだ。

しかし、それは当初からすべての人に与えられているものではない。
多くの社会的弱者が、時間をかけて、命を懸けて、血のにじむ努力で獲得してきたものなのだ。

今では当たり前のようなこと、そうつい最近までアメリカでは有色人種はレストランで
白人と同席することは許されなかった。交通機関に白人と黒人の座る座席が分かれていた。
1955年 当時42歳だったローザ・パークスはバスで白人に席を譲らなかったため逮捕された。
当時のアメリカ社会では白人に席を譲らなければ逮捕されたのだ。



当時ローザはアメリカ社会に於いては「理不尽な権利を要求するプロクレーマー」だったに違いない。

のちに彼女はこう言っている。

“The only tired I was, was tired of giving in.(屈服させられることに疲れてた)

その後、この事件をきっかけに当時26歳だったマーチン・ルーサー・キング牧師が立ち上がり公民権運動を展開した。

こういう血のにじむ努力の結果、今はほぼ全世界を通じて
「人種や出自でもって差別するのはよくない」という社会的合意が当然のようになされている。(まだまだ差別は根強いが)



今では黒人が大統領にまで選ばれる時代になったが、つい最近まで弱者が当然享受されるべき天賦の権利である「基本的人権」
を要求することは、当時の社会的スタンダードでは「理不尽な権利を要求するプロクレーマー」とされていたのだ。

アメリカの公民権運動だけでない。日本でもつい最近まで女性に参政権は当然選挙権すらなかったのだ。
それは、社会的弱者である女性たちが血のにじむ努力の末に勝ち取ってきたのだ。

基本的人権という天賦の権利は、実は先人のたゆまぬ努力で勝ち取ってきたものなのだ。

今困っている人にみんなが知恵を寄せてそれを回復させ、みんなが幸せになれる社会を築くこと。

以前に書いたものを一部抜粋します。

『たすけあい』

>駅の階段が登れない障碍者がいる。
>その障碍を克服するため電鉄会社は駅に巨額の費用をかけてエレベーターを設置しようとする。
>しかし、その費用は当然運賃に反映されるわけであり、結果多くの健常者がその費用を負担する事になる。
>対費用効果として非常に効率の悪い投資なのだ。経済的に全くの赤字。
>一部の絶対的少数者(マイノリティー)である障碍者のために、
>多数者(マジョリティー)である健常者がそれを負担することは公益性がない。
>だから健常者というマジョリティーの利益を追求する事が民主的であり、
>駅にエレベーターを設置することは公益にかなわない・・・という論理だ。

>貴方はそんな社会を幸せな社会だと思いますか?

ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« ねがいごと | トップ | 『シャトーブリアンからの手紙』 »

コメントを投稿

おもいつくまま」カテゴリの最新記事

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL