花好き・旅好き女性のセカンドライフ

伯母を介護しながら通院し、夏場はガーデニングと家庭菜園、その合間に外国旅行を楽しむリタイヤ女性の生活日記

今秋の漬物づくり

2016年11月21日 | 医療・健康問題・食生活
今月初頭まで畑から大根、聖護院大根、紅芯大根を収穫した。ただ涼しい所で保存するだけではなく、上手く加工して食べる方法を検討した。
北海道に住む人々は、冬になると地面の下30~70cmも凍結してしまうから、水分が多い野菜を植えたままにして置いたら皆凍結して食べられなくなってしまうのだ。
保存には、先人達がずっとして来た漬物づくりをする事が手っ取り早い。

昭和40年代までは、どこの家にも屋内に「ムロ」があった。大抵は台所や玄関に近い場所の土を1.5畳ほどの広さに1m以上掘り下げた場所だ。そこでじゃが芋や大根、キャベツなどを春まで保存するのだ。
晩秋には家族総出で野菜を洗い、干し、下漬けしてからいよいよ本漬けした漬物タルを置く場合もあっただろう。
そうして漬物の味が馴染んだころ、丁度正月が来るのだ。
漬物は、家族の正月料理となり、1月以後春までの野菜供給の役割を果たした。

昭和30年代後半になると、経済が上向き、日本中の家庭に「冷蔵庫」が普及しだした。
やがて「冷凍庫部分」も大型化して、冷凍食品の販売が増えた。その間、各地にスーパーマーケットが増え、その数を増して行った。
日本中、世界中の食糧が、広域に流通して、季節に関係なく、どこに居ても手に入るようになった。
もう個々の家庭で大量に食糧を保管する必要が無くなって来たのは、北海道も同じだった。
しかしその半面で、加工の過程で使われる大量の食品添加物が、消費者の不安を呼び起こす事になった。
自分の手で食物を作る事は、原材料が何かを知る事ができ、安心できるというメリットが確かにある。

かっては北海道のどこの家でも20年程前までは、晩秋になると外で大根を干していた。しかし近年、そんな秋の風物詩を見る事がめっきりと激減した様に思う。
半年分の漬物を漬けるのは重労働だから、しなくても良くなった事は喜ばしいが、半面では北国の生活の知恵と努力、そして文化・風習がなくなり、食生活の全てをスーパーマーケットに依存する事になったのである。
ところが今年の様に天災と気候変動のために農作物が品薄で高値が続くと、少しの土があって、野菜を育てる事ができる事は何と有難い事かと思うのだ。

そんな訳で自家生産した大根類の多くと白菜を、私も漬物にして食べる事にした。
(私の野菜の分量は少ないので、竹ざる2個に聖護院大根、浅いダンボール1個に大根を互い違いに並べて干した)
図書館から漬物の本を数冊借りて目を通すなど、私としては初めて真剣に取り組んで見た。
そして今朝で本漬けの全てが終った。
①大根の甘酢漬け ②聖護院の甘酢漬け ③聖護院の酒かす漬け ④白菜と大根のキムチ漬け ⑤紅芯大根の甘酢漬け ⑥白菜とセロリ、大根のアチャラ漬けなどだ。

昨年までやっていた「粕漬け」は美味しいのだが、春先に酒粕を処分するのが大変だったため、今年はその大半を甘酢漬けにした。
セロリは2株収穫したが、薄くスライスしたのを少し加えると味が良い事がわかった。(好みによって異なるかも知れない)
酢を使うと保存性が増すし、味も調節し易く、タレを捨てる際も簡単。しかも減塩できそうだ。
また、どれも家に普段ある調味料ばかりだから作るのが簡単なのだ。
今の所、どれも割合上手く行っているみたいだ。(時間が経つにつれて、調味料が浸透し、味が濃くなって行くので要注意)正月料理として家族に振舞おうと思っている。

ただ、今の住宅事情では、漬物の長期保存が難しいのが実情だ。
北海道の現代住宅は機密性が高く作られていて、昔のような外気温に近い場所が室内にないのだ。それなのに「ムロ」も作られていないから、北海道でも生鮮食品の保管場所は「冷蔵庫」しかない。
また、韓国では大きな「キムチ専用冷蔵庫」があると言うが、日本では普及していない。狭い台所に冷蔵庫をもう一つ置く場所は、大抵の家には正直ないし、敷地内の「物置」内では1~2月には水分は凍結してしまう。
我が家は家中を暖房するシステムなので、玄関奥に置いた漬物も発酵が進んで味が悪くなって仕舞うのだ。
だから、折角漬けた漬物を置いておける適当な場所が、ほとんど無いのが大問題なのだ。

また、野菜の水分が出やすいように上に乗せる重りだが、私は今まで酢や酒、醤油などのビンやペットボトルをまとめて漬物用の袋に入れて重石代わりにして来たが(これは重さを調節する事が簡単だ)、隣家の方から、使わなくなったからと漬物石を2個貰った。今年はその石も大いに役立っている。
これからは、今まで以上に、年中、色々な自家製野菜を少しずつ、塩分を抑えた漬物にして楽しめるようになりたいと考えている。

                             
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思い切って掛けた2件の電話

2016年11月16日 | 高齢期の生活
今日起きるとうっすらと地面を雪が覆っている。朝晴れたので、放射冷却現象も起き、気温は0度程だ。
「資源ごみ」の回収日なので家の前に出した後、切り取ったアスパラガスを束ねたのをコンポストの傍に運ぶ。

食事をしてから、ずっと気になっていた友人に思い切って電話を掛けた。
先ず電話したのは、6年前まで一緒に家庭菜園をやっていた同年齢で一人暮らしの友人だ。
定年退職の3年後、私と彼女は、彼女の実家の耕作放棄地の一部で野菜作りをし始めた。
4年後の春、彼女が竹の支柱を立ててから「竹をテープで結ぼうとしても、結び方を忘れてしまってできないの。」と言い出した事を契機に、私から切り出すのがなかなか難しかったが、「物忘れ外来」の受診を薦めたのだった。

彼女が札幌の病院を受診すると、直ぐに医師から「認知症」の薬を処方され、ケアマネージャーを紹介されたという。
彼女が病気になってしまったので、その翌年から私は家の近くの市民農園を借り、一人で農作業をする事になって今に至っている。

彼女の事が案じられても、彼女の方から電話が来る事は無いので、今の病状や生活がどうなのか知る事が不安で、なかなか電話ができなかったのだ。
しかし今朝、思い切って掛けて見た。

電話口に出た彼女は、私の質問に答えてくれるだけだった。しかし、声の調子や話し方には違和感は感じられず、風邪も引かずに元気そうだった。
処方されている薬2種が、彼女に適合しているのだろうと思った。
最後に彼女から「今月末に施設に入る事になったの。」と言われたので、その施設の名称を聞いた。
電話を切ってからパソコンで施設の住所や特徴を調べて見た。「介護つき有料老人ホーム」で、入所時に部屋の広さに応じた一時金を支払い、入所後、月々の生活費も二十数万円かかる施設だった。
やはり、もう一人でマンションで生活をするのが大変になって来たのだろうと思った。
彼女には「遊びに行っても良い?」と聞くと、「いいよ。」と言ってくれたので、その内見学がてら会いに行きたいと思った。

もう1件は、91歳の叔母(亡くなった私の母の妹だ)の所だ。
数年前から叔母は「認知症」を発症し、叔父と同居している叔父の娘が面倒を見ているのだ。
叔母の事も気にはなるのだが、症状が進んでいるかもしれないと思うと、不安で電話を掛けられなかったのだ。

半年振りに電話をしたら、91歳の叔父が出た。叔父は去年、運転免許証を更新したという人で、実に元気なのだ。
叔母の様子を聞くと「同じだよ。」という返事。「同じなら良いね。」と私が言うと「そうかな。」と言う。きっと症状があまり進行していなくても、毎日続く介護は大変なんだと想像した。
私が見ている伯母(亡くなった母の兄嫁)の近況を伝えたら、「とても世話になっているね。有難う。」と2回も言われた。
正に「老々介護」を頑張っている叔父に「互いに身体に気をつけて頑張ろうね。叔父さんも身体を大切にね。」と言って電話を切った。

気になっていた二人に、ようやく電話ができてホッとしている。
                                   
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今日の伯母の用事

2016年11月14日 | 高齢期の生活
数日振りで晴天の朝を迎えたので、預かっていた2回分の伯母が脱いだ洗濯物を含めて、私のシーツやタオルケットなども洗濯した。
二階のベランダに干したが、気温は5度しかなく震えた。菜園が真っ白くなっていたので、今朝は気温が下がって霜が下りたのだろう。

家事を済ませてから、昼近くにA銀行に行き、伯母の通帳から先月分の施設の入居費用と98歳で逝去した伯母の姉の香典(すでに先日送ったが)をおろした。
それから伯母の施設に車を走らせ、事務室で入居費用を支払った。同時に今秋最後の花になる数種類の菊の花を差し上げた。

伯母の部屋に行くと、昨日、札幌に住む妹さん(多分94歳)が子どもの車で来たという報告があった。蜜柑を土産に持って来てくれたという。
昼近くに来たので、15分も話をせずに帰ってしまったのが残念だったと言っていた。
私は今日は蜜柑とベビーチーズ5本を持参した。チーズは骨粗しょう症の伯母に必要なカルシウムが採れるので、毎日食べたら良いと薦めているのだ。

また、図書館から伯母に読み聞かせたら適当だと思われる絵本を、一度に10冊程度借りて車に置いてある。今日読み聞かせた絵本は、イギリスの絵本作家「ビアトリス・ポター」の「可哀想なテンジクネズミ」だった。
彼女は「ピーターラビット」で一躍世界的に有名になった絵本作家で、私は数年前にイギリスの湖水地方を訪れた時、彼女が暮らしていた家を見学した事がある。
今は「ナシォナルトラスト」の団体が、彼女の動物愛護と自然保護の遺志を継いで、家と菜園を管理している。
伯母も23歳の年で農家に嫁ぎ、私の伯父と共に終戦後は綿羊(毛糸を取るため)や馬(耕作用)、鶏(自家用、販売用の卵を取り、鶏糞を有機肥料にする)を飼い、広い農地で米や玉葱、小麦などの農作物を生産して来た人だから、その絵本を楽しんでくれた。
(52歳の時に運転免許を取った伯母は、後半にはトラクターを運転して耕作した事もあるらしい)

帰りには新たな洗濯物を1袋預かって来た。
めっきりと気温が低くなって来たので、朝からベランダで洗濯物を干しても次第に乾き切らなくなった。最高気温がせいぜい4~10度止まりでは無理なのだ。
今15時半だが、そろそろ薄暗くなって来た。沢山の洗濯物を二階のベランダからストーブをたいている居間に取り込んで、明日まで乾かそうと思う。これも結構な仕事なのだ。

                               


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雪の「洞爺湖温泉」に一泊

2016年11月12日 | 道内・国内旅行
10日、「洞爺湖温泉Mホテル」行きバスは札幌駅北口から午後1時に出るので、妹と15分前に待ち合わせた。気温は2~3度か、曇り空の凄く寒い日だった。
「Mホテル」の大型バスに乗ったのは数人だけだったので、余りの少なさに驚いた。

バスは国道230号線に入り、札幌市内を南下した後、南西の方角に走り、「定山渓」を抜け、1時間後に着いた「中山峠」で10分程休憩した。
晴天なら遠くに「羊蹄山」(俗称「蝦夷富士」)を臨む事ができるのだが、この時は生憎景色は良くなかった。
「中山峠」を下る途中の景観は、林の木々が雪をかぶり、真冬の様子だった。 



         

途中、「喜茂別」が近くなると、標高1107mの「尻別岳」が見えて来た。
かってこの山に登った時、1/4程下山した時に頂上に登山用の杖を1本忘れた事に気づいた。
疲れてまた頂上に行く気持になれず、そのままにした事を思い出した。
きっと誰かが気づいて、私に代わって利用してくれたのではないかと思っている。



「ニセコ」が近づくと「日本100名山」の一つ、標高1898mの「羊蹄山」が見え出したが、薄暗くて写真を撮るのを諦めた。
バスは札幌を出発してから2時間半後に、無事Mホテルに到着した。このホテルに私達が泊まるのは初めてだった。

私達の部屋は、5階の湖側だった。早速、タオルを持って最上階の温泉に行った。
まだ早い時間だったので、女性の浴室には私達の他には2人しかいなかった。
妹は「大浴場は貸切状態だね。」と喜んでいた。この後、「台湾」からの観光客が沢山到着した様だった。

夕食のレストランに向った。「台湾」の観光客が沢山居た。
バイキング方式で沢山の料理が並べてあったが、中には日本語ではない名前の札がついている料理もあった。
「研修」で来ているらしい東南アジアの青年達が、沢山かいがいしく働いていた。
私はできるだけ野菜や魚料理を取り、デザートは多くの種類があったが1つも食べなかった。妹は驚くほど食べていた。



部屋に戻ってからは妹と1年ぶりで、遅くまで取りとめの無い話がじっくりできた。

翌朝、起きて部屋のカーテンを引くと、昨日とは違って晴天だった。
眼下には「洞爺湖」、そしてその向こうに雪を被った「羊蹄山」が綺麗に見え「これぞ洞爺湖の絶景だ」と感動した。

朝の女性の大浴場の場所が地下1階に変わっていたので、行って見た。
なかなか良い大浴場だった。「台湾」の団体は既に食事をしているのか、浴室には3~4人ほどしか居なかった。

朝食で用意されていた料理は、どれも美味しかった。研修生の女性が握ってくれたお握りも、なかなか美味しかった。

     

帰りの身支度をして、バスの出発時間より20分程早めに下に下りた。
地下1階から湖畔に出て、「羊蹄山」と湖に浮かぶ遊覧船を入れて写真を撮った。また、左手の遠方500mの丘の上に数年前に「サミット」の会場となった「ウインザーホテル」が見えた。

かって私は、9月23日の早朝から「羊蹄山」に登った事がある。この日は母の命日なので、道南最高峰の「羊蹄山」だが、母が私の後ろを押してくれるような気がして登る事にしたのだった。
途中に水場がないので2Lの水と食糧を入れたリュックが重くて、頂上まで結局6時間もかかった事を思い出した。22日に頂上に雪が降ったので、後半は初雪を踏みながらの登山だった。
帰りの「中山峠」が渋滞で、札幌の自宅に辿り着いたら20時を越えていた。シャワーを浴びようと服を脱いだら、ズボンが泥だらけだったのも今となっては良い思い出だ。



        

直ぐ傍で一組の中年男女が互いに写真を撮っていたので、「二人一緒に撮りましょうか。」と声を掛けた。
聞くと「中国」の「上海」から来たという。私は今春「シルクロード」に行って来たこと、「上海」には数回行っていることを話した。
北海道観光は寒いオフシーズンに入っているので、恐らく旅行費用が安いのだろう。「新千歳空港」には「中国」「台湾」「韓国」の航空機が乗り入れているので、近年は北海道内何処へ行っても東南アジアの観光客で溢れているのであり難い事だと思う。

大きな売店があったので、歯がない伯母の土産に「桃と林檎のゼリー」を買った。
10時にホテルを出発する帰りのバスには、私達の他には1人しか乗っていなかったのに、ホテルの従業員や研修生10人が見送ってくれて恐縮した。
晴天下の帰路は「洞爺湖」の中央にある「中島」がはっきりと見え、「羊蹄山」も真っ白くキラキラと輝いて見えた。



「中山峠」では前日とは打って変わり、20km離れた「羊蹄山」が冬の澄んだ空気の中で、まるで直ぐ傍にある様に綺麗な姿で立っていた。

      

札幌駅には12時半に着いたので、妹と駅のコーヒー店に入り、1時間余話をしてから別れた。
来年春になったら、今度は車を持たない妹夫婦と一緒に私の車でドライブをしたいと思っている。



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遂に庭の冬囲いが終了

2016年11月09日 | ガーデニング
一昨日は大雪が降ったし、昨日は1日雨が降っていたため、冬を前にして「薔薇」や「ボタン」「ブルベリー」などの木の枝が雪の重さで折れたりしないように支えを立てる冬(雪)囲いの作業をなかなか続けてできなかったが、遂に今日、気温2~3度の中で2時間半作業して全てを終えた。
作業日は全部で4日間、囲った木は「薔薇」60本を含め75本になった。
昨年までは塀の上に並べて植えてある「サツキ」10本も全て囲ったが、今年は止めた。

また、玄関前通路に降った雪全て庭に投げるので、通路側に沿って1.5mほどの幅は例年2m近い高さの積雪になる。
そこで通路に面した「薔薇」には支柱を立ててからさらに麻布を巻きつけて来たのだが、今年は麻布を巻くのを止めて様子を見ようと思う。

また今日は、繁茂したアスパラガスの葉を切った。明日にでも堆肥を上に施して置きたい。
冬の間、雪の下で来春芽を出す準備をしてくれると思うと楽しみだ。

この時期の一番大変な冬囲いが終わったので、明日は札幌の妹と一緒に久し振りで「洞爺湖温泉」に行って一泊する予定だ。
天気予報では大荒れになると言っているが、札幌駅から出るホテルのバスが動く事を願いながら今夜はゆっくりと寝ることにしたい。

 

(追 記)
アメリカ大統領選挙の開票結果が出た。クリントン候補ではなく、トランプ候補が当選した。
世界中のメディアは、予想が外れたのですっかり戸惑っている。日本の株価も今日1000円近く下落したらしい。
大方の予想を裏切った背景には、この間のアメリカの政治に対する有権者の批判が渦巻き、クリントン候補が当選したら引き継ぐ事になる既存の政策には絶望していたという事ではないだろうか。
経済格差はますます拡大し、医療、教育は底辺の人達には届かず、人種差別も根強いらしい。
そんなアメリカの政治と経済に、トランプ新大統領はどう手を付けるのかが気になる。

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今日も雪便り

2016年11月06日 | 日記
昨日の雪は、夕方の雨でほとんど溶けたので安心して寝た。
しかし、今朝起きて見たら、一面更に真っ白。空が破れたようにどんどん雪が舞い降りて来る。

玄関を開けて見たら積雪量はすでに30cm以上、気温は1℃だ。
除雪しなければ道路に出る事ができないので、朝食を終え、コーヒーを飲んでから一大決意をして長靴を履き、防寒着を着て外に出た。
それから1時間以上、汗をかきながら除雪した。
まだまだ降って来ているので、玄関から道路まではとりあえず除雪ショベル2個分の幅を除雪した。
しかし車庫前は歩道と道路の端を広く空けなければならず、やむを得ず頑張った。

何時になったらこの雪は止むだろうか。
例年に比べてこの時期の降雪は余りにも早すぎるので、上空に来たという寒気が恨めしい。

 

              
(イギリスの絵本「ピーターラビット」の原作者「ビアトリクス・ポター」の家に数年前行った時に、記念のシールを買った。ベランダのガラスに貼ってあり、いつもはこれを除けて庭の写真を撮っていたが、今朝はシールも写して見た)

 
(薔薇を縛る時に切った今年最後の花を、玄関に飾ったもの。9~10月が低温多雨だったので、折角沢山できた蕾も半分位しか咲く事ができなかったのが残念だ)
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雪の朝

2016年11月05日 | 日記
今朝6時過ぎに起きたら外は予報どおりの雪景色だ。
朝方降りだしたらしく積雪量はまだ10cm未満だが、予報では午後まで降り続くらしいので20cmは積もるかも知れない。
外へ出て見たら、隣家の人が通路の除雪を始めていた。私はもう少し積もってからにしたいが、まだ除雪道具を春に片付けたままなのに気づいた。

昨日は1日だけ曇り空だったので、遅れていた薔薇の冬囲いをした。
我が家の庭は、札幌よりは降雪量が少なめだが、それでも例年、最高で1m以上の積雪になる。
最高気温は3度しかなかったが、その中で薔薇の枝が積雪の重みで折れないように、先ず1株ずつ縄でぎゅっと縛った。
それから株の周りに3~4本の竹などを囲むように立てて行くのだ。
単純作業だが、5時間弱頑張ったので60%程完了したかな…。
天気が回復したら今度は立てた竹をぐるりと縄やテープで縛って倒れないようにする仕事がまだ残っている。

また、玄関前の通路側は、除雪した雪の分が重なって、積雪量は2m近くになる。それで、外側に更に麻布を巻いて保護しなければならないのだ。
何といっても残りの作業も天気次第だ。

昨夕は疲れたので、近くのレストランに行って食事をした。まだ早い時間だったからか、客は私しかいなかった。


 (3つある手作りベンチも片付けなくちゃ~)

                                                       (3つあるコンポストも雪帽子)


 (隣家の蝦夷山桜。昨日はすずめが10羽ほど止まってさえずっていたが…)
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遠足の遠い思い出

2016年11月04日 | 医療・健康問題・食生活
お題「遠足の思い出を教えてください!」に参加中!
小学校、中学校、高校と遠足があったと思うが、思い出すのは中学校の遠足だ。
現代の様にバスなどは使わずに、真面目に目的地まで2時間程歩いて行った。
行き先は、公園とか湖とか…。
お弁当は、母が作った「梅お握り」2個と「林檎」1個、「キャラメル」1箱、それに「ゆで卵」1個が定番だった。
1ドル360円の時代だったので、お金持ちらしい級友は高価な「輸入バナナ」をこれ見よがしと食べていたが、私は食べたいとは思わなかった。

当時の事で覚えているのは毎日のお弁当の事だ。
私の中学校にはまだ給食がなかった時代だったが、貧しくて弁当を持参できないクラスメイトも少なからずいた。そんな人は、昼休みになるとグランドに出て行っていたみたいだった。
また、持って来られても、弁当の中味が周りの人に見えないように、アルミ製の弁当箱を包んでいた新聞紙(蓋が密閉式でないため汁が漏れやすいので、皆新聞紙で包んで来ていた)をぐるりと三方向とも立てて、その中に顔を突っ込むようにしながら食べる人が沢山いた。

そんな時代だったので、私の遠足のお弁当はいつも決まっていたが、母が精一杯用意してくれた食物を美味しく食べた記憶が残っている。
(水筒を持って行ったと思うが、中は水だったのか番茶だったのか記憶が無い)

                         
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農園の片付け終了

2016年11月03日 | 家庭菜園・市民農園
この所気候は急激に冬に向っていて、今日も朝から大粒の雪が降り続いている。
今の気温は1~2度。寒い!
マフラーとフリースのジャケットを着て、伯母に洗濯物を届けに行って来た。
伯母の居室は20度以上もあっても、「半袖の下着では腕が寒いので、長袖が欲しい。」と言っていた。
とりあえず下着の上にTシャツを着て、カーデガンを着るように話して来た。

農園の最後の収穫は、一昨日、伯母を眼科に引率した後、夕方に済ませた。
気温は4度しかなかったので、作業用の手袋を履いていても手が冷たかった。

そして昨日は午前中にもう一度行き、気温5度の中で、残してあった大根や聖護院大根、キャベツ、白菜などの葉を残渣置き場に運んで、借りていた畑を綺麗にして来た。これで今年の農作業が全て終った。(我が家のコンポスト用と友人の庭の堆肥にする葉は、持ち帰った)

今秋は台風の到来、長雨などで全国的に野菜の収穫が上手く行かず、野菜が高騰中だ。白菜1個が600円、大根1本が200円の地域もあり、予算では給食を出す事ができず、休む小学校もあると聞く。
しかし私の場合は、今年、大根100本、聖護院大根25個を収穫でき、お陰さまで自分と仲間達が必要な大根や聖護院大根を賄う事ができたので良かった。来年は2割増しで作付けしたいと思う。

昨日は片づけが済んだ後、畑から真っ直ぐ札幌に向かい、いつもの回転寿司で友人と待ち合わせた。
友人も車で来ているので、私の車から大根、聖護院大根、白菜、キャベツ、長葱、堆肥にする葉を積み替えた。家にあった果物も差し上げた。
友人からは、健康増進に良い「ルイボスティー茶」とパンを数個貰った。

北海道はこれから地面が凍る季節となるので、野菜を放置しておけば凍結してしまう。
それで昔から保存用に漬物を漬けたり、室内に取り込んだりして来たのだが、私も少しの漬物を作ろうと思う。

         
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