花好き・旅好き女性のセカンドライフ

通院しつつ、夏場半年間はガーデニングと家庭菜園で汗を流し、その合間に外国旅行を楽しむリタイヤ女性の生活日記

今日のでき事

2013年10月31日 | 日記
今朝6時の気温は5℃、いつ氷点下に下がる日が来るか分からない中、朝食後庭に出た。
今日の仕事の目標は、薔薇の根元に堆肥を置き、根を寒さから守ることだった。
コンポストの1つを外して熟した自家製堆肥をバケツに入れ、小型ショベルで根元に置いて行くのだが、雑草が生えていたらその生育を助けることになるので、先ず雑草取りをしてから堆肥を置いて行った。

バケツで何回堆肥を運んだだろうか。3時間程立ったり座ったりを繰り返す内に、次第に腰が痛くなって来た。
予定通り全ての薔薇とボタン、葡萄の根元に施すことができたので、家に入り、腰に湿布を張った。

そうしていたら、午後、昔の知り合いが40年ぶりで私の顔を見に来た。面影は変わっていなかった。
2時間ほど近況報告をし合い、旧交を温め、楽しかった。

土産に珍しい品種のじゃが芋数種類と沢山の金時豆を貰った。あり難かった。
その人は「この年になるといつ何が起きるか分からないので、会いたい人には会って置きたいと思う。」と言う。
私は人見知りする性格で、なるべくなら普段行き来しない人には会いたくないと思っていたが、考えさせられた。

今日の様に滅多に会わない人に会うと、思いがけないことに気づかされる。
先程、「4時間掛かって車で無事に帰宅したよ。」という電話が来た。高速道路とは言え夜道なので心配していたが、良かった。
今はもう腰の痛みは感じない。

                              
                                      
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「ポーランド旅行」(5)

2013年10月30日 | 海外旅行「東ヨーロッパ」
≪世界遺産・ヴィエリチカの岩塩鉱山≫

4日目の午後は、カルヴァリアを後にして「世界遺産・ヴィエリチカの岩塩鉱山」を訪れた。
かってこの地は海の底だったが、やがてこの地が隆起したことにより、海底に溜まった岩塩が地上近くに持ち上がったという。
ここは紀元前5,000年から岩塩を採掘した所だという。本格的には1250年頃より1950年代まで700年間も採掘作業が続き、冷蔵庫が無かった時代に食品などを保存するのに欠かせないものとして世界中に輸出されて来た。


坑道は9層にも及んでいて、最深部は地下327m、坑道の延長距離は300kmにも及ぶらしい。
私達が歩いた坑道の長さは、公開されている2.5kmで、最深部は、地下135mだった。気温は年中14度だという。

先ず、労働者達が利用したエレベータに乗り込んだ。定員は7人の狭い木の箱で、鉄製の扉が付いていた。

  

地下に下りると、太い丸太が坑道が崩れないように壁と天井を支えていた。その丸太は長い年月に渡って岩塩が沁み込み、金属の様に硬くなっていた。
坑道には20~30m程の間隔で木製の扉が幾つも付いていて、ガイドが見学者全員がいる事を確認しながら次々と扉を開けて進んだ。坑道が通気口の役割をしているため、強い気流が一気に流れない様にするためらしかった。
所々に沁み出した岩塩が結晶になって張り付いていた。

  

  

採掘当時の様子は、人形や馬の模型で分かり易く展示されていた。採掘した重い岩塩を運ぶトロッコを動かしたり、地上に箱を上下させて運び出すのには、太いロープを人力や馬力で円柱に巻き付けて行っていたのだ。

  

途中には、巨大な採掘後の空間を利用して礼拝堂が造られていて、色々なレリーフや工夫の像、シャンデリア、マリア像など、全てが結晶した岩塩を彫って造られていた。
岩塩はその中に含まれる鉱物によって色が異なるが、その結晶もケース内に展示されていた。

  

  

見学後に店で土産に岩塩を買った。精製塩より結晶が大きく、舐めると鉱物が多いために塩辛さが弱く、美味しかった。
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「ポーランド旅行」(4)

2013年10月28日 | 海外旅行「東ヨーロッパ」
≪カルバリア・ゼブジドフスカという所≫

「クラフク」の午後の観光は、世界遺産「アウシュビッツ・ビルケナウ強制収容所」だったが、その記事は後日に回して、今回は、4日目の午前中に訪れた「カルバリア・ゼブジドフスカ」について書くことにする。

朝から雨が降る中、「クラフク」のホテルを出、南西に向かって38km走った。
駐車場でバスを降り、傘を差して、まだ誰の姿も無い坂を少し上ると、丘の上に見上げる様な大きな教会があった。
そこはカトリック信者の「サンクチュアリー」(聖地)だった。17世紀初めに地元の領主が丘をキリスト教の聖地「ゴルゴダの丘」に見立てて礼拝堂を造ったのだ。礼拝堂は28も造られ、巡礼路は6kmもある。
金曜日のミサには、国内外から大勢の信者達が集まり、また、巡礼や研修をしたり、祭礼をしたりする場所だという。広い敷地に大きいレストランや宿舎も立っていた。

  

 

      

教会の内部に入ったが、中央祭壇に聖母マリアの絵が飾られていた。
回廊には信者数万人がぎっしりと広場に集まっている写真や、以前にバチカンでローマ法王になった「ヨハネ・パウロ二世」が訪れた時の写真などが飾ってあった。
前庭にも高さ数mはあるだろうと思われる「ヨハネ・パウロ二世」の銅像が立っていた。

調べてみると「ヨハネ・パウロ二世」は、ポーランド出身の第264代ローマ教皇(在位:1978年10月16日 - 2005年4月2日。本名はカロル・ユゼフ・ヴォイティワ(Karol J�・zef Wojty�・a)だった人だ。
ハドリアヌス6世(オランダ出身、在位:1522年 - 1523年)以来、455年ぶりの非イタリア人教皇であり、また史上最初のスラヴ系教皇だった。
神学と哲学の2つの博士号を持っていて、平和主義、キリスト教と科学(ガリレオの地動説など)との融合を図ったことで知られている。私自身はキリスト教にあまり関心がないが、「ヨハネ・パウロ二世」の人柄は知っていた。

ここは信者にとっては生きている内に一度は訪れたい場所なのだろうと思った。

  


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「ポーランド旅行」(3)

2013年10月27日 | 海外旅行「東ヨーロッパ」
≪世界遺産「クラフク旧市街地区」≫
旅行3日目は、「クラフク」のホテルを出てから旧市街地区に向かった。
「クラフク」は11世紀から1596年までの550年間、ポーランドの首都だった街で、人口も75万人で路面電車とバスが行き交う大都市である。
しかし、第二次世界大戦中、「ワルシャワ」などの都市と違い、ナチス・ドイツが駐屯していたため爆撃されなかったので、旧市街もそのまま残された。その歴史的な町並みは、1978年に世界遺産に指定されている。
かってはクラフクの市民の1/3がユダヤ教徒(=ユダヤ人と呼ばれる)だったので、「ユダヤ人街」は映画『シンドラーのリスト』の撮影場所になったり、多くの「シナゴーク」(ユダヤ教会)もあったという。(4枚目の写真は「ザモシチ」で見たシナゴーク)

  

  

次いで旧市街の南側でバスを降り、高台に建つ歴代ポーランド王の居城であった「バベル城」まで10分程緩やかな坂を歩いて登って行った。
「旧王宮」は、この時期だけの黄葉やツタの紅葉が美しく、ビジターセンターになっていた。
坂を上り切った所から眼下にヴィスワ川が臨めた。

  

 
 
「バベル大聖堂」は14~18世紀迄の400年間、ポーランド王の戴冠式が行われた場所だ。幾度も増改築が行われたらしく、様々な様式の塔が入り組むように立っていた。
内部は写真撮影が禁止されていたが、祭壇は絢爛豪華な中にも長い歴史と落ち着きが感じられる造りだった。
地下には歴代の王の棺も納められていた。(2010年カチンの森の集団殺害事件と周年記念追悼式典に参加するために向かって航空機事故死したカチンスキ大統領夫妻も埋葬されていた)

 

 

見学を終えて坂を下ると、道端で民族服を着た男性がアコーデオンを弾いていた。
間もなく「聖マルチン教会」に出会った。
(私はプロテスタント教会のルター派が、第二次大戦中、ナチスを擁護したと書かれていた本を思い出した。
カトリック教会も多かれ少なかれナチスに屈したのかも知れない。ドイツでこれを反省したマリア教会が、教会新設時にステンドグラスの絵をアメリカに逃れていて助かったユダヤ人のマルク・シャガールに依頼して描いた。この教会は、小さいが世界遺産に指定されている)
この辺りでは観光用に馬車も人気があるようだった。

  

  

やがて総面積4万k㎡あって、中世から残っている広場としてはヨーロッパ最大の面積だという中央広場に出た。
広場の一角に1222年に建てられた「聖マリア教会」の塔が聳えて見える。
かってモンゴル軍が、1241年2月13日に凍ったヴィスワ川を渡河してクラクフ公率いるポーランド軍の守るサンドミェシュを包囲し陥落させた事(トゥルスクの戦い)がある。やがてこの年、市民は「クラフク」を捨て去ったという。
モンゴル軍が攻めて来た時、「聖マリア教会」の82mある塔から敵の襲撃を告げたラッパが、今も毎正時に塔の上の窓から吹き鳴らされる。残念ながらその時のラッパ手は敵の矢で喉を射られて死んだので、彼を悼んで吹き鳴らし続けているのだという。
私達はその音を11時の時刻まで待って聞いた。上部の窓が開き、人影が見えた。ラッパを吹き終わると彼は窓から手を振った。
ラッパは十秒間程に思えたが、市民皆で歴史を記憶に留めようと努力している姿に感じ入った。

   

広場を挟み「聖マリア教会」「市庁舎」の反対側には長さ100m、14世紀に建てられ、織物や衣料品の取引所だった色鮮やかな「織物会館」があった。
現在1階は、特産の木彫り工芸品や琥珀などのみやげ物店が軒を連ねていた。私はここで娘の土産に木彫りの箱を買った。

  

  

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「ポーランド旅行」(2)

2013年10月26日 | 海外旅行「東ヨーロッパ」
ポーランドは夏時間だったので、1日目は24+7時間=31時間という長さの一日だった。首都「ワルシャワ」のホテルに到着した時刻は、現地時間22時50分だった。
風呂に入って寝たのは24時半頃だったが、催眠薬を飲んでぐっすりと寝た。

≪世界遺産「ザモシチ旧市街地区」≫

2日目、6時のモーニングコールで起こされ、スーツケースに荷物をまとめて朝食のレストランに行った。
EU共同体に入っているためか食材が豊富で、新鮮な果物や果肉100%の各種果物のジャムやジュース、ハム、ソーセージ、ベーコン、トマト、胡瓜、レタスなどが所狭しと並べられていた。どれも私の口に合ってとても美味しかった。翌日からのホテルの食事も似ていて満足だった。

  

  

7時半にバスで出発して、「ワルシャワ」の南東253kmの「ザモシチ」を目指し4時間半走った。
濃霧が立ち込めた薄暗い国道の両側に車窓から見る景色は、深まった秋を思わせる広葉樹の黄葉が美しく、まるで絵画を見ているようだった。
途中で見たヤドリギが私には珍しかった。

   

 

「ザモシチ」は人口7万人の小都市だが、貴族の「ヤン・ザモイスキ」(乗馬姿の銅像)が自分が見たイタリアの景観を再現するために1580年からイタリアから建築士を招いて造り、1600年に完成したルネッサンス様式の都市なのだそうだ。
今も当時の建物をそのままにした市民の暮らしがあった。

  



外敵の侵入を防ぐために、北海道の「五稜郭」に似た五角形の星型城壁を築いて都市が囲まれていたらしいが、今も一部がその当時のままに残されていて、「ザモシチ旧市街地区」はユネスコの世界遺産に指定されていた。

1939年、ザモシチにナチス・ドイツが侵攻した際は、その一部が処刑場として使われ、ポーランド人、ユダヤ人、ソ連兵が8000人も殺戮されたという。博物館の入り口にレリーフが1枚飾られていた。
私達はポーランド観光の第1日目から、目を覆う様な歴史的事実を突きつけられたのだった。

 

 

「ザモシチ」で昼食を摂り、午後はさらに320km西南の「クラフク」を目指して、バスで5時間走った。


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帰国翌日は農園へ

2013年10月24日 | 家庭菜園・市民農園
22日昼に、ポーランドから無事に成田に帰国し、成田発14時45分のJALで北海道に戻った。
新千歳空港の上空から見た景色は、ポーランドと同じ様な黄葉の大地だった。
居ない間に中山峠では新雪が降ったらしい。
心配して家に向かったが、帰宅時は既に真っ暗で庭を見ることができなかった。

昨日朝、庭を見たら、薔薇やダリアがまだ綺麗に咲いていたので、強い霜は来なかったようだ。

  

  

                 

9時半には農園に向かった。
8日間で大根が随分生育していたので15本収穫した。
ヤーコンが2株とも葉がしおれていたので堀り上げた。初めての収穫だが、薩摩芋に似た根が幾つも絡み合って採れた。
大根やヤーコンと共に土産のチョコレートや岩塩、マグネットなどを近所に持参して、無事の帰国報告をした。

昨日の午後は、旅行中取れた歯の金属を付けてもらいに歯医者に行った。
帰りに冷蔵庫が空なので、肉類や魚介類を買った。
夜は撮り貯めておいたTVドラマの録画を見て寝た。

そして今日は、気温12度の中、薔薇の花柄摘みや小枝の剪定を2~3時間した。
菊が咲いて来たので、近所に差し上げた。
時差ぼけが直らないためか、午後は居眠りをしてしまった。
旅行中の写真をPCに入れただけで、まだ整理ができていない。旅日記を書くのはまだ少し掛かりそうだ。
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「ポーランド旅行」(1)

2013年10月14日 | 海外旅行「東ヨーロッパ」
10月中旬になり、今朝6時の外気温は5℃だった。
庭の野菜は「大根」と「レタス」を残し、昨日は「ミニトマト」の茎と枝を短く切って土に埋め、支えの竹を片付けて、当面の庭仕事を終えた。
「秋明菊」「ダリア」「菊」「薔薇」がまだ咲いているが、寒くなったので、毎日は手入れが必要でない。
それでこの時期、やっと旅行に出かけられるようになった。


15日出発22日帰国で、8日間「ポーランド」に行ってくる。
自宅出発は早朝で、新千歳空港7;50発の航空機で先ず成田国際空港に向かう。
「ポーランド」には日本からの直行便がないらしく、今回は「オランダ」のアムステルダムで乗り換えてワルシャワに向かう。

「ポーランド」は、近現代に入って2回も世界地図から国名が無くなったという歴史を持つ国だ。
位置的に大国「ロシア」と「ドイツ」に挟まれているため、第一次世界大戦前は「ロシア」の領土だったし、第一次大戦後の1918年「ロシア」の10月革命で「ポーランド共和国」が独立した。
しかし1939年には「ドイツ」軍が侵攻し、第二次世界大戦が勃発。
やがてドイツのヒットラー政権の支配を受けて、公式で600万人と言われる「ユダヤ人」が虐殺されたのだった。

少し前に「ショパン」についてブログに記事を書いたが、あの頃は旅行に備えて図書館から借りた「ポーランド」に関する本を何冊か読んでいたのである。
そんな訳で、今までは旅行の行程に入る「アウシュビィツ・ビルケナウ強制収容所」に行く決心がなかなかつかず、この国を避けて来た。
しかし、ユネスコの「負の世界遺産」になっているその場所を、やはり自分の目で見て来ようと決心したのである。

「ポーランド」の面積は日本の4/5、そこに3,820万人(2010年)が住んでいる。
日本との時差は、10月最終日曜日のAM3時までは夏時間で8時間だ。
気候は北海道より少し気温が低い晩秋の時期で、首都「ワルシャワ」の10月の平均は4.9℃~13℃らしい。
結構寒いので、現地ではベストやカーデガンを重ね着し、長袖のコートを着て、マフラー、薄手の手袋も持って行く積もりだ。岩塩採掘鉱山の見学もあるので、念のために携帯カイロも…

2004年に「チェコ」「ハンガリー」「ラトビア」「リトアニア」と共にEUに加盟したが、通貨は「ズウォッチ」を使っているという。
添乗員の話では、ユーロも使えるらしいので、前に少し余したユーロがあるので、それも持参したい。

何はともあれ、折角多くの時間とお金をかけるので、体調に気をつけながら、十分に旅を満喫して来たいと思っている。

    
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車検を受けた

2013年10月12日 | 日記
私の車は毎週の様に軽登山をしていた頃、登山口で一泊するのにも良いかなと思って買った平成10年10月の登録車、「トヨタカローラ・ツーリングワゴン」だ。
15年間経ったが、走行距離がまだ86,000kmと少ないので、捨てるには忍びなく、今回、また車検を取った。

思い返せば、乳癌であることが分かって手術や治療を受けた後、脱毛し、新しく毛髪が生え揃うまでの1年半位は、登山も車による遠出もほとんどしなかった。
その後、今の市に引っ越して来てからは、食糧や日用品の買出しに、歩いても行けるスーパーマーケットに行く時位しか乗らないので、走行距離が上がらないのだ。
車を手放す事を考えない訳ではないが、借りた市民農園は自宅から片道2.8kmあるため、用具を積んで通ったり(長い竹も積む事ができる)、収穫物を持って来るのには車が必要だと思うし、月に2度程、往復90kmを走って伯母の所に行くのにも、また、従姉とパークゴルフ場に行く時もやはり車が必要なのだ。
もし車が無かったら、私の生活や行動は今よりもすごく制約されてしまうだろう。

そんな訳で、今の所、新車を買う気は全く無く、今の車をメンテナンスをしながら乗り潰したいと思っている。
昨日の車検費用は、冬タイヤへの交換脱着を含めて76,000円だった。毎年、車の税金40,000ちょっとと個人で入る自動車保険料はかかるが、これでまた2年間乗れるなら安いものだ。
とりあえず車検を終了したので、ホッとした。

                              
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霜が来る前の庭仕事

2013年10月11日 | ガーデニング
今朝7時の外気温は15度と暖かいが、昨日は5,5度まで下がった。
暫く秋の不安定な気候が続きそうだ。
いつ初霜が来るか分からないので、春に庭に下ろした「アザレア」10本を鉢に上げた。また蕾を付けている2本の「椿」も鉢上げした。
「アザレア」はどの小枝の先端にも花芽が付いているが、なるべく室内で場所を取って欲しくないので、横に広がっている部分の小枝を摘んだ。

「マーガレット」は、そのまま鉢に植えると場所を取るので、来春のために刺し芽をした。
夏中乾燥させて置いた「シクラメン」は、球根が数年経ってすごく大きくなったので、縦に半分に割って鉢に植えなおした。室内に入れて水をやったら、新しい葉が幾つも出て来ている。

  

庭に植えていた「茄子」と「ピーマン」「バジル」を片付けた。
数本植えて置いた「大根」は、太くなったのから順に抜いて、「ブリ大根煮」「なます」などにして食べているが、とても美味しい。
初めて植えて見た「ツルムラサキ」は、まだそのままにしている。ほうれん草より灰汁が強いが、茹でた後の水を2回も替えておひたしにしたら、美味しい。


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脳の検査を受ける

2013年10月07日 | 医療・健康問題・食生活
先々月、循環器内科の定期通院の時、以前に旅行の支度をしていた時、めまいが起きて立っていられなくなり、その内吐き気がし出してやっとトイレに駆け込んだが、そこでも10分位立てなくなったこと、部屋に戻って血圧を測ったら175だった事を医師に告げた。
すると、「脳のMRIをとりましょう。」と言うことになった。
そのMRI撮影が先日あった。

結果は、基本的に異常なし。
しかし、片方の前頭葉に脳梗塞を起こした小さな跡が見られた。「年齢から言うと、普通です。」と言われたが、少し心配だ。
その場所は、感情をコントロールする部分だという。喜怒哀楽の感情をコントロールできなくなったら、周りが迷惑だろうなと思う。
それと一箇所、血管の先が写らない場所もあった。
医師には、「毎年、脳ドックを受ける方がいいでしょう。」と言われた。

先月、めでたく70歳の誕生日を迎えたので、新しい国民健康保険証が送られて来て、今月から医療費が3割負担から1割負担になった。
今までは簡単な診察と3ヶ月分の薬代を合わせると1万円札で足りなかったが、今回はMRIを撮っても凄く安かった。年を取ると良いこともあると実感した。
(来年からは、また2割負担に上がるらしいが…)

帰りに書店に寄った際、「秋レシピ」と「お得な肉で作るレシピ」という安い料理の本を買い込んだ。
誰も誕生日を特別には祝ってくれない(家族からメールや電話は来たが…)ので、自分へのささやかなプレゼントという事にした。
この時期は美味しい秋野菜が沢山あるので、美味しく料理してしっかりと食べ、脳に栄養を回し、これからも元気で70歳代を過せたら嬉しいと思う。

         
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秋の庭(3) 「薔薇」

2013年10月07日 | ガーデニング
野菜畑にはもう残っているものは少なくなったが、薔薇は花数は減ったものの、まだ元気に咲いているものも多い。気温が低くなった分、花色が少し濃くなったように感じるが如何だろうか。

 



 


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秋の庭(2) 「コルチカム」

2013年10月06日 | ガーデニング
朝6時頃の気温が、5度を切る日もあるようになった。
庭にはダリアや秋明菊が咲いているが、思いがけない場所に咲きだす不思議な花もある。

何もなかった場所の土が盛り上がったと思ったら、ピンク色の花らしきものの頭が出て来て次第に大きくなり、そして大き目のサフランに似た花を開花させるのは、「コルチカム」だ。別名「イヌサフラン」ともいうらしい。
この花は、春から伸びた茎と葉が夏の終わり頃には跡形もなく全部枯れてしまうので、そこは一度、土だけしかない場所になってしまうのだ。
はっきりとした明るい印象の花だが、球根には毒があるらしい。

≪9月29日≫ 

≪10月1日≫ 

≪10月5日≫ 
   
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来春の庭の準備

2013年10月03日 | 家庭菜園・市民農園
昨日は「ニンニク」を植えたが、今朝は「菜種」を少しの面積に植えた。
この種も研究会の仲間から貰ったものだ。
かなり積雪量が多くなる庭で上手く冬越しをしてくれるのか不安はあるが、春に芽を出せば開花前の菜花を食用にできるだろう。

もう一つ、「白すかし百合」の球根を植えた。僅か3個だが、咲くと綺麗だろうと思って。

ガーデニングも菜園も、計画を立ててあらかじめ仕掛けをして置きさえすれば、時期が来たら黙っていても発芽し、成育して、花を咲かせたり実をつけたりしてくれる。
庭仕事は、一人遊びではあるが、スコップで土を掘ったり肥料を入れたりしながら寒い冬を乗り越えて迎える半年後の植物の姿を想像すると、嫌でも期待感が高まり気力も活性化するので、認知症予防に役立ちそうに思うのだ。

                   




昨日、伯母から電話があった。
先月22日に土産に持参したスイカを、食べたというのだ。
「昔、稲刈りをした時に来てくれた出面さんに、この時期まで取って置いたスイカを食べさせたことを思い出したものだから、気温が高くなった今日切って見たの。そうしたら凄く美味しいスイカだった。大きいので、施設内の友達2人にも分けたら、『今頃スイカが食べられるとは嬉しいね。』と喜んでくれたよ。」という内容だった。
嬉しそうに報告する伯母に私は、「来年も植えるから、元気で居てね。」と応えた。来年伯母は94歳になる。
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庭の片付け

2013年10月02日 | 家庭菜園・市民農園
昨日は、一日中弱い雨が降り続いていて庭に出られなかった。
今朝6時に起きてカーテンを開けると晴れ、外気温は14.5度だった。

ふと空を見上げると、大きいV字型に並んだ渡り鳥が遥か上空を南の方向目指して飛んでいた。真雁かな?それとも小白鳥かな?70~80羽の群れだ。
遠いシベリアの大地で夏に子育てをして、また日本海を越えて戻って来たのだ。窓を開けて、鳴き交わす声を聞いた。
これからは毎朝の様に渡りが見られるに違いない。秋の深まりを感じた。

ラジオ体操を済ませてから庭に出た。
薔薇の花殻摘みをしてから、ニンニクを植えた。
このニンニクの種は、3日前に野菜栽培研究会の仲間から貰ったものだ。一個々々の鱗片が普通のニンニクの5~6倍はありそうな大きさだ。珍しいので他の人にも分け、手元に残ったのは18個。
庭の適当な場所をスコップで起こし、石灰と燐酸が多い化成肥料を施してから植えつけた。
スーパーで売っているニンニクは、中国産が多い。国産もあるが、そちらは価格が高い。
来年の夏には、無農薬の大きなニンニクに育つのだろうと思うと、今から凄く楽しみだ。

 

             

その後、隠元豆「モロッコ」の種を採ってから、絡み付いている弦を切り、支柱の竹を片付けた。今年は近所5軒にも何度か配って食べて貰う位豊作だった。来年もまた植えたいものだ。

久し振りの晴天なので、図書館にでも行って来る事にしようか。

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