花好き・旅好き女性のセカンドライフ

通院しつつ、夏場半年間はガーデニングと家庭菜園で汗を流し、その合間に外国旅行を楽しむリタイヤ女性の生活日記

秋の韓国旅行(8)

2012年10月23日 | 海外旅行「韓国」
またまた私の「老人力」の凄さを思い知った。
2ヶ月余ぶりに行った病院で、医者から「随分来るのが遅かったね~。」と言われたが、「今日は薬がなくなったので来たのですが…???」
処方箋を貰い薬局へ。
そこで薬剤師から、「今迄と同じ薬です。朝夕飲んでください。」と言われた瞬間、私は「えっ!」と驚いた。
「今までも1日2回だったの? 1回しか飲んでいなかったけど。」
とまあ、そこでやっと医者の疑問が解けた訳。
だんだん凄くなる私の老人力。先が思いやられる。(-_-;)




《ソウル「南山韓屋村」》
3日目午後、ソウルについてから「くずし豆腐(スンドップ)チゲ」の昼食を食べた。チゲは熱いくらいで美味しかった。金属製の箸とスプーンの両方を置く箸おきを初めて見た。

        

食後行ったのが「南山韓屋村」だった。
ここは市内にあった大韓帝国最後の皇帝妃『イ妃』の実家など数軒の伝統家屋を移設して作った所だという。私達が見学した家は、格式のある立派な韓屋だったので、多分皇帝妃の実家だったのではと思う。

現地ガイドは言わなかったが、ガイドブックによると実は日本統治時代の「憲兵隊跡地」だった所だそうだ。
ここは私にとっても初めての場所だったので、伝統的な朝鮮の生活を想像できて興味深かった。

先ず母屋を囲む低い「塀」の一部に立派な「入り口の門」①がある。2度横木をまたいで入った。女性は裾が長いチマを穿いていたので、この門は男性用だったのではないかと思った。
中には広い平屋敷があるが、台所②には「竈」が3つあり、熱気は床下の「オンドル」に行き渡る。庭にオンドルの煙を出す「煙突」③も見られた。
祖先の位牌を祭る目的で作られた別の「祭祀用建物」④があり、それぞれの位牌の前には立派な菓子などの料理が備えられている。

 ① ②

 ③ ④ 

様々な食品を入れる「大きな甕」⑤があったが、「キムチの甕」は恒温を維持するために土に埋めて保存する専用の「わら葺き小屋」⑥があった。(今の韓国にはキムチ専用冷蔵庫が多くの家庭にあるそうである)

 ⑤ ⑥

色々な目的の部屋に分かれていたが、この棟の右端にあった「主人専用の部屋」⑦は、意外と狭かった。

  

      ⑦

また広場には、各種地域の行事用に大量炊事用の「かまど」が作られていて興味深かった。

               

この日は、最後に世界遺産「宋廟」に行ったが、私は前回見ていたし疲れたので、バスで休んでいた。
この日は「ロッテ免税店」にも連れて行かれた。ガイドが宣伝したカタツムリエキス入り栄養クリームなどを多くの人が買い求めたらしい。私はそこでは何も買わず、1階に下りてぶらぶらした。ロッテホテルの駐車場があったが、案内役の女性がダンスのようなしぐさで誘導するのが面白かった。

翌日の朝、6時に起きて7時過ぎにホテルを出、途中食品店に立ち寄り、仁川空港10;15離陸の大韓航空機で新千歳空港に帰国した。新千歳には予定通り12;55に着陸した。
日本との時差もなく、北海道からでも僅か2時間35分で行き来できる国なのだ。
韓国海苔は「キムチ海苔」という新製品ができていた。今回も土産に買ったが好評だった。  (完)
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秋の韓国旅行(7)

2012年10月18日 | 海外旅行「韓国」
昨日から北海道には寒気が入っていて、今日の私の町は晴天だが正午現在11℃しかない。今朝道北では氷点下になったり雪が舞った地域があったらしい。中山峠でも雪が降ったらしい。
3日前から、蕾がついていないためにこの先花が咲きそうにない薔薇の茎を切り取って細かく裁断し、コンポストに入れる作業を始めた。剪定鋏1つで太目の枝も切るので、握力がかなり必要だ。
今後、花が咲き終わった枝から順に切って行き、今月末の冬囲いに持って行きたいと考えている。

また、タオルケットと毛布だけの寝具では寒くなったが、厚地の羽毛掛け布団しかなかったので、一昨日新たに1,1kgの薄い羽毛の掛け布団を買い、軽いけれど暖かく寝られるようになった。

残暑が長引いたが、もしかすると冬は早くに来るかもしれない。




《世界遺産「水原華城(スウォンファソン)》
丹陽のレストランで食べた朝食は、「韓国式定食」だった。韓国海苔、アミの塩辛、焼き豆腐、キムチなどの副菜と干し鱈のスープだった。
スープは私の好みではなかったが、昔、母親が塩干し鱈を手で裂いて汁にしたのをよく食べた事を思い出した。
副菜はあっさりしていて食べやすかった。

 

その後2時間バスは西北西に走り、黄海から10kmほど内陸に入ったところにある「水原華城」に行った。
3年前の11月に訪れた時は、夕方仁川空港に着いた後水原に行ったため、城がライトアップされていて美しかったし、北側の「長安門」から城内に入り、城壁に沿って東に移動してから「華紅門」を通り、見晴らしの良い「東北角楼」に登り、「練武台」まで散策したので、夜にも関わらず城の雰囲気をとても良く感じることができたのだ。
しかし今回は門を通らずにいきなり外壁に登り、外側を回っただけで見学は終わった。折角素晴らしい世界遺産を訪れながら、美しい建築様式を見られる門の一つも通らなかったことで私は肩透かしに会った様で実にがっかりしたのだった。

この城は、李氏朝鮮22代の正祖王が、王位に就けずに非業の死を遂げた父親のために楊州から水原郊外の華山に陵を移す事を決意し、5.7kmの城郭を築いて新しい都にしようとしたのだった。今放送されているTVドラマ「イ・サン」が作った城なのだ。
1796年に、日本、中国の様式も取り入れながら設計し着工したが、その後、正祖王が亡くなって遷都が中止された。その結果、結局城は作られず、城郭だけが残されたのだ。
現在は城郭の内外は市街地になっていたが、石とレンガで造った城郭には、当時48箇所の見張り場所があり(今は43箇所が保存されている)、その建築様式が多様であることから世界遺産に指定されたのである。

  

この門は地面より下がったところに作られた「北暗門」で、秘密の出入り口として作られた。右隣は「練武台」で射弓場を兼ねた。

  

最後、東の「蒼龍門」を見ながらバスに戻った。今回の見学コースでは、美しい門を間近で見る機会がなかったことが残念に思えた。

       
 

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秋の韓国旅行(6)

2012年10月18日 | 海外旅行「韓国」
《「古数洞窟」と丹陽の温泉つきホテル》
「安東河回村」を見学した後、バスは丹陽(タニャン)の郊外にある「古数洞窟(コスドングル)」に向かった。
ここは韓国で1番の石灰岩洞窟で天然記念物に指定され、遺跡から古代人が住居にしていたことも分かっているという。

全長1.3KMの内部を約1時間、設置されている細い通路に従って1列に並び見学した。
奥の方に行くと洞窟は深さが増して、石筍などの美しい鍾乳石が見られた。
今まで色々な石灰岩洞窟を見たが、通路がこんなに狭い洞窟は初めてだった。

洞窟見学中、雨が降ったらしく、出口の周囲に出ている土産物屋の商品にはビニールが掛かっていた。

  

  

夕食は「ゴンドレ釜飯定食」だった。
既に焼いてある豚肉をサンチュの葉に乗せ、色々な副菜の中から適当なものを肉の上に乗せてから辛みそを少し付け、葉で包んで食べる。
石釜で炊いてあるご飯にも適当に副菜を載せ、混ぜてスプーンで食べるのだが、この定食は意外と美味しかった。(写真は横から撮ったもの)

     

その後、丹陽のリゾートホテルに入った。
ここも韓国式の作りになっていて、玄関で靴を脱ぎ、オンドルが通っている床に置かれたベッドで寝るのだが、気温を高める事がサービスだと思っているのか、夜凄く室温が上がって寝苦しかった。
ホテルには温泉があると聞き、早速行って見た。宿泊客だけが入るらしく閑散としていたが、設備も管理も行き届いた清潔な温泉だったのでゆっくりと体を温めることができた。



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秋の韓国旅行(5)

2012年10月17日 | 海外旅行「韓国」
《世界遺産「安東河回村(アンドンハフェマウル)」 》
「安東河回村」は小さな村だが、2010年7月にユネスコの世界遺産に認定され、韓国で10番目の世界遺産になった。
貰ったパンフレットによると、世界遺産として登録されたのは朝鮮王朝時代の貴族階級である両班(リャンバン)文化が継承されていて、朝鮮時代の儒教的な建築物が残され、風水を利用した自然地形が活用されている。それで保存が必要だが、急速な都市化、現代化によって存続が危ぶまれる事例だというものだった。

先ず、小さな古い韓国風食堂で昼食に「安東さば定食」を食べた。店の入り口に立つ木彫りの看板が風情があった。
塩さば半身が1人前だったが、油の乗ったさばは塩味が薄くて美味しかった。

  

その後、村を散策した。数度目になる今回の韓国旅行で、私がまだ来ていなかったのはここなのだ。
この村は豊山柳氏が代々600年暮らして来た韓国の同姓村で、どの家も姓は『柳』であり、朝鮮時代の儒学者『柳雲竜』と現代の首相に当たるかっての領議政『柳成竜』の出身地だそうだ。
また、村を囲むようにS字型に流れている洛東江によって「河回村」と呼ばれている。看板に全景が画かれていた。
現在は125世帯、232人が農業などで生活をしていた。丁度稲穂が実った田んぼが黄金色に輝いていて、鳥除けのかかしが立っていた。
家々の柿の木には、色づいた柿が沢山なっていた。

  

  

  

儒教の「男尊女卑の思想」が具現化された家があった。
写真の右側が主人など男性の室と玄関が設けられ、塀で仕切った左側に女性の生活の場と出入り口があるのだ。
現地ガイドの女性は、しきりと「男尊女卑の風習は早くなくなって欲しい。」と話していたが、韓国は日本以上に儒教の影響が現代でも実生活に強く尾を引いているようだ。
長い間、韓国には《同本同姓の男女の結婚禁止規定》が民法にあったが、3年前に改定された。
つまり、姓が同じで先祖の出身地が同じなら、遺伝上子どもに問題が起きるので結婚できないというものだった。
韓国では、実際大半の人が金、李、朴等という限られた幾つかの姓であるため、結婚が著しく阻害されていて問題となっていたのだ。
法律が改定されたことをガイドは知らなかったので、私が教えたら早速調べたらしく「分かった。」と言っていた。

        

村で一番高い広場に行くと、樹齢600年という大きな欅(ケヤキ)の木があり、人々が願い事を書いた紙が沢山結わえてあった。
川岸を歩いたが、向こう岸に断崖絶壁があった。ここはよく映画の撮影に使われるらしい。民族服を着た郵便配達と出会った。
散策中出会ったのは修学旅行生と数人の観光客だけで、他の世界遺産には見られない全く静かな雰囲気の村だった。私はこの村に韓国の精神的な風土の元点を見たように思った。

  

     
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秋の韓国旅行(4)

2012年10月16日 | 海外旅行「韓国」
《慶州観光ー石窟庵・仏国寺》
1日目の宿は慶州(キョンジュ)のホテルだった。ツインの部屋だが、大きいソファーがあるリビングキッチン(リゾート客が自炊できるような立派な台所が付いていた)と、その他に広いベッドルームが2室あり、私と従姉は別室でゆっくりと寝た。
朝、目を覚ましてカーテンを開くと私達の7階の部屋からは、眼下に朝もやに霞む広いゴルフ場とさらに遠くには水田が見えた。

2日目は、レストランで朝食を終えてから、午前中は慶州(キョンジュ)観光だった。
慶州は紀元前57年から935年までおよそ1000年間、国王の数では56代にも渡り栄えた新羅の都が置かれていた所である。

先ず世界遺産「石窟庵(ソックラム)」に行った。
吐含山に751年に作られたという石窟寺院だ。山門を入ってから10分程山道を歩いた所にその「石窟庵」はあった。
洞窟は、自然石でドームを作り、その上に土を掛けて天然の洞窟の様に作ったようだ。
洞窟の奥のガラス越しに見た如来坐像は、ライトアップされているとはいえ金色に輝いていて、素晴らしく神々しく感じた。
洞内の写真撮影は禁止されていた。

  

次に世界遺産「仏国寺(プルグッサ)」に行った。ここも528年に創建されたという古い仏教寺院である。
この寺は仏教世界を現世で体験できるように作られていて、門から入って歩いて行くにつれて煩悩が清められ、「紫霞門」への階段は俗世から仏国土に渡る橋の意味があるらしい。(ここは綱が張ってあって入れなかった)
中には新羅時代に建てられたという石塔や「大雄殿」、「極楽殿」、魚の形の木魚があった。
小学生が修学旅行で来ていた。
このころ朝鮮人が持っていた進んだ寺院建築技術は、頻繁にあったらしい往来や日本への帰化人の手によって日本に伝えられたのだろう。

  

  

  

バスから7基の王陵と23基の古墳がある「古墳公園」を見ながら北の「安東(アンドン)」に向かった。
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秋の韓国旅行(3)

2012年10月15日 | 海外旅行「韓国」
《チャガルチ市場散策》
次に行ったのが有名な「チャガルチ市場」だ。
海の町釜山は豊かな海産物に恵まれているが、市場で並べられている魚は北海道ではあまり見かけない太刀魚などの珍しい魚がズラリと並べられたり、豪快に盛られていて、その商売の最前線ではオモニ(お母さん)達が頑張っていた。
韓国風のお焼きを焼いている女性もいた。
その町のマーケットを見ると人々がどのようなものを食べているかなど生活が分かるが、私はこんなに豊富な海産物がある釜山で1~2週間暮らして見るのも良いかも知れないと思った。

  

  

       

散策後、レストランに入って、今回初めての食事となった。メインは豚肉の「プルコギ」だった。ジンギスカンに似ていたが、煮えた肉を細長く大きい「サンチュ」の葉に乗せ、さらに適当な野菜料理を乗せてから包んで食べるのだが、私は肉が熱くて上手く包めなかった。(写真で「サンチュ」は、右端に一部分しか写っていない)
周りの小皿に入っている「キムチ」などはどれも2~3人用になっていてお代わりができる。黙っていても「キムチ」や「サンチュ」はお代わりを持って来た。私にとっては2年ぶりの懐かしい味だった。

 


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秋の韓国旅行(2)

2012年10月14日 | 海外旅行「韓国」
《釜山の景観と龍頭山公園》
今回の韓国旅行は、短期間だったのにもかかわらずスケジュールがきつめだったので少々疲れた。
私にとっては数回目ということもあって、新鮮味や感動が少なかったのは否めない。
しかし、晴天続きで気温も最高22度程度と季節的には良かった。
また、韓国は初めてという5歳上の従姉と同行したので、彼女の援助もでき、バスやホテルでの他愛無い話も面白かった。

1日目は新千歳空港から12;35発の大韓航空機に乗り、僅か2時間40分後には南の釜山空港に着いた。
着陸前の窓から釜山の町並みが見えた。以前来た時とは違って高層ビルがぎっしりと林立していていたのには驚いた。
そういえば韓国には地震がないので、こんな建物も建てることができるのだ。

  

入国手続きを済ませて出口を出ると、現地ガイドが待っていた。
早速バスで釜山の「龍頭山公園」に向かった。公園は標高180mの丘の上にあり、かって日本の江戸時代には対馬藩の駐在施設「倭館」が付近にあった所でもある。
公園内には、高さ120mの釜山タワーと韓国の英雄「李舜臣将軍」の銅像がある。

今回のガイドは説明を省いたが、「李舜臣将軍」は豊臣秀吉が1592年4月12日に16万人の兵を率いて朝鮮侵略を狙った「壬申の乱」で、倭軍を迎え撃ち戦った朝鮮水軍の将軍である。
彼は(事実かどうか疑問点が多いとされるが)「亀甲船」で戦い、数箇所で倭軍を敗退させ、日本の朝鮮侵略を挫折させた。
銅像の台座には、彼が造らせたという無敵の亀甲船のモチーフを刻んだレリーフが嵌め込まれていた。

  

また、公園の一隅には、愛の鍵がぎっしりとかけられていて、日本語で書いてある札も幾つかあった。

 

 
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秋の韓国旅行(1)

2012年10月08日 | 海外旅行「韓国」
明日午後12;35新千歳空港出発、釜山行きの大韓航空機で韓国4日間の旅に出る。
新千歳空港発着の旅行は、成田まで自分で行く時間やお金が要らない分良いのだ。
4日目にソウルで1日自由行動となる5日間の行程もあるが、私自身は今回の見学コースで回る5箇所の世界遺産中、今までの数回の韓国旅行で既に4箇所迄は観光済みなので、観光は実質的に中2日間となる全行程4日間の方のコースを選んだ。

         

私がどうしても行きたい残す1箇所の世界遺産とは、2日目に行く予定の「安東河回村」である。
韓国の時代劇を見ていると必ず出てくるのが貴族階級の「両班(リャンバン)」だが、ここでは朝鮮王朝時代の支配階級であった「両班」の住居や生活、韓民族の伝統的な文化を見ることができるのだ。

韓国も秋が深まっているようなので、ベストやカーディガンも持った。
今回は従姉と彼女の友人との3人で参加するが、楽しい旅行になると期待している。

                    


今朝から旅の準備を始めたが、大韓航空機のマイレージカードが見つからなくて2時間位探しまくった。結局、色々なカードをまとめて保管してある中にあったのだ。今迄と違う置き場所に変えたことを忘れていたのだが、見つかって良かった。
やれやれと一息ついてブログの記事を書いたが、探し物をする度に自分が情けなくなって来る。

                      「またどうぞ…」


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秋の庭(5)・渡り鳥

2012年10月06日 | ガーデニング
数日前の早朝、庭に出ていたら、「カオッ、カオッ」と鳴き交わす鳥の声が聞こえて来た。
上空を見るとV字型に隊列を整えた渡り鳥が、我が家のはるか上空を北から南に飛んで行くのが見えた。
急いで数えたら、最初の日は80羽程のグループで翌日は150羽程のグループだった。随分高い所なので、鳥の種類は分からなかった。

今年は何時までも残暑が続いていると思っていたが、今朝の気温は11.5℃。いつの間にかすっかり季節は秋に入れ替わったのだ。
春から夏の間、涼しいシベリアの大地で子育てをした鳥達が、冬を前に餌が豊富な南にまた整然と渡る姿を見ると、何時見ても何か美しく、感動してしまう。




朝の気温が低くなったので、毎朝、朝露が植物をぬらしている。今朝は黒葡萄「キャンベル」を収穫した。甘酸っぱくて美味しい。

  

    

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秋の庭(4)

2012年10月01日 | ガーデニング
今回の台風17号は本州以南には被害が出たようだが、幸いな事に北海道では中心が太平洋沖に迂回したようで、私の町にはほとんど影響が無かった。
毎年、何度も台風に直撃される地域に住んでいる方々にはお見舞い申し上げたい。

あまり信じられないが今日から10月、今朝の気温は15℃だが、やはり風が冷たく感じる。
庭の薔薇は秋空の下、元気に蕾をつけて次々と咲いて来る。

昨日前を通りかかった男性が、「おおーっ、ここの薔薇はすごいな!」と声を上げていた。通る人に見てもらいたくて手入れをしているので、そういわれるとやはり嬉しい。
その方に聞くと、「庭に薔薇も数本植えてあるけれど、放ったらかしなのであまり花が咲かない。」と言う。
私は、「花が終わったら直ぐに切り取る様にすると、次々と新芽ができて蕾も付きますよ。」と話した。

  

        

                            「また来てくださ~い」
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