花好き・旅好き女性のセカンドライフ

通院しつつ、夏場半年間はガーデニングと家庭菜園で汗を流し、その合間に外国旅行を楽しむリタイヤ女性の生活日記

北朝鮮からのミサイル発射に思う

2017年08月30日 | 社会・事件・ニュース
29日早朝6時2分に鳴った「Jアラート」で起こされ、北朝鮮のミサイル発射を知った。
「丈夫な建物や地下に避難して下さい」とあるが、地下鉄は札幌にしかないし、我が家が丈夫な建物で有るかどうかも分からない。
直ぐにラジオやTVをつけて状況を知ろうとしたが、既に6時7~10分頃北海道の南東をわずか2分間程で横切り、2700km飛行後、襟裳岬の東1180kmの太平洋に落下したという。
そんなに早く到達するなら、ハッキリ言って非難する時間など無いに等しい。
また、日本は迎撃手段を全く取らなかったというが、何故なのかもよく分からない。

その後の情報、今朝の新聞記事に拠れば、北朝鮮は迎撃されないように防備が十分でない北海道、東北を通過させて実験したのだろうという。
そして現在の北朝鮮は「短距離スカッド」ミサイル(射程300~500km)は約800発、「中距離ノドン」(射程距離1300km)200発を保有しているという。
この状況から考えると、今後、日本全土を攻撃する事は十分に可能になっているのだ。

今まであまり深く考えて来なかったが、いよいよ核弾頭がいつ飛んで来るか分からない状況が現実になったと言えるだろう。
安倍首相は「米韓などと連携して北朝鮮への圧力を強化していく」という考え方を述べている。
米・露・中国・日本・韓国が合致して北朝鮮の暴発を防ぐ事が大事だと思うが、利害が噛み合わず、なかなか共同歩調を取れない事が歯がゆい。
これからは、自宅に核シェルターになる地下室を作ろうとする人も出て来るように思う。また、木造の建物よりも鉄筋コンクリート建ての方が良いかも知れない。
我が家では、実際に攻撃されたら、被害を完全には防げないのだから、伯母とは「一日々々を大事に生きる事しかないね」と話しあった。
ハッキリ言って核戦争になったら、勝者も敗者もなく、互いに破滅するだけだと思うのだが、北朝鮮は何を考えているのだろうか。

             

今知ったが、29日「国連安全保障理事会」は、北朝鮮の日本を跳び越して太平洋にミサイルを発射したことを非難し、ミサイル開発計画中止を求める議長声明を「中国・ロシアを含む全会一致で採択」して出したと言う。
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田部井淳子さんを悼む

2016年10月23日 | 社会・事件・ニュース
登山家 田部井淳子さんが亡くなった。77歳の若さだったという。
彼女の登山をTVが最後に伝えたのは、7月末に東北の高校生達と登った富士登山だった。
TVではまだまだ元気そうに見えたが、実は病院から「外泊」の許可を貰って参加した彼女の体調が思わしくなく、高校生達を励ましながらも自分は登頂ができなかったそうだ。

今朝の新聞を見ると、2012年に「腹膜癌」が分かった時、医師からは「余命3ヶ月」と告げられたそうだ。それから4年、友人の話では「最後まで、できる事を全力でやった人だった」という。

私は52歳から医師に運動する事を薦められて軽登山を始めてから、女性登山家として有名な彼女の事を知った。
北インドのヒマラヤ山脈の中腹に位置する「ダージリン」に行った時、「登山博物館」を見学した。
そこに日本人登山家「田部井淳子さん」が、1975年5月、35歳で「女性としてエベレスト(8848m)の初登頂に成功した時の写真と記録」もあった。それを見た時、日本人として実に誇らしく思った記憶がある。
彼女はその後も登山を愛し、1992年には女性として世界初の「7大陸最高峰登頂」を果たした。

「余命3ヶ月」と宣告された人が、4年後の一昨日まで、登山家として人生を全うしたのだ。
一人の偉大な女性を失ってしまった事を残念に思うと共に、同じ癌患者の一人として、足元にも及ばないが、彼女の生き方に多少なりとも学べたら良いなと思う。

       
       (朝日新聞の記事から)
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「2015 ノーベル平和賞」に思う

2015年12月15日 | 社会・事件・ニュース
今年のノーベル賞の授賞式が終った。
今年も大村氏と梶田氏の日本人2人が受賞したことで、マスコミは盛り上がったし、私もとても素晴らしいと拍手を送った。
特に「亡き妻の支えがあったからだ」と常に写真を内ポケットに偲ばせ、言葉にも出す年配の大村氏に、新しい日本人男性を見る思いがして心が温まった。

しかしである。昨年「ノーベル平和賞」を受賞したパキスタンの「マララさん」とインドの児童労働活動家「カイラシュ・サティヤルティさん」は日本でも大きく取り上げられ、「マララさん」の演説はその全文が新聞にも掲載されたのに、今年受賞した「チュニジア」の「国民対話カルテット」は見逃してしまう程の記事にしかならないのは何故なのだろうか。不思議に思える。

チュニジアでは、「アラブの春」が起きて大統領を退陣させ、民主化を果たして以来、他のアラブ諸国と同様にそれまで軍に押さえられていた人々や団体が自己主張をし始めた。
対立していた「世俗派」と「イスラム派」を和解させたのは、労組、人権組織、弁護士組織、一般市民など4つの組織の連合体である「国民対話カルテット」だったのだ。
これでアラブ世界に波及した「アラブの春」を成功させ民主化を実現した国は、現在の所チュニジアだけなのだ。

一昨日の「BS世界のドキュメンタリー」で、チュニジアの受賞とその背景が1時間に渡って放映された。
「国民対話カルテット」は、選挙で勝利し力を誇る「イスラム派」大統領に「憲法を制定したら退陣する」という約束を取り付ける事に成功したのだという。
チュニジアを訪れ、「アラブの春」のきっかけとなった内陸の小さな町を見て来た私は、この賞の選考委員会が「多元的な民主主義の構築に寄与した」という理由でチュニジアのこの組織を選んだことが本当に嬉しい。
昨日終了した「コップ21」も、利害関係の対立する多くの国々が1つの合意に到達した事で歴史的にも素晴らしい会議だったと思う。しかし、先進国は「原子力発電」を含めた数値を考えている事が問題に思えるが…

今も多くの場所で鮮烈な対決が続いているが、この「国民対話カルテット」や「コップ21」がとった対話による解決を目指す手法が、多いに今後の世界の方向を模索する上で参考になるのではと私は思う。
その意味で、今年の「ノーベル平和賞」はもっともっと報道され、評価され、語り継がれて行くべきなのではないだろうか。勿論チュニジアの「国民対話カルテット」の活動は、今後とも世界中から見守られ続けて行くに違いないが。



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ネットで国勢調査

2015年09月10日 | 社会・事件・ニュース
今日は9月10日だが、国勢調査の調査員が10時頃、早速我が家にもやって来た。
この所、鼻炎の薬のせいか昼間も眠くて溜まらず、ソファーでウトウトしていた時だったので、インターホンの音で飛び起きた。
「インターネットをしますか?」と聞かれたので「ハイ。」というと、「インターネット回答の利用案内」を渡された。

眠気覚ましのコーヒーを入れて飲みながらパソコンを開いた。
国勢調査のHPを開き、解答欄に進み、調査員から渡された「調査対象者ID」と「調査パスワード」を入力した。
後は「氏名」「性別」「生年月日」「居住形態」「同居人」「住所」「電話番号」などの項目を解答欄に入力しただけで完了した。
物の5分程度で終わったので、国勢調査ってこんなに簡単だったかなと拍子抜けした。
以前は「収入の種類」や「およその年収」などの項目が無かったかな。
まあ、簡単に越したことは無いが、これでどれだけ国の現状がわかると言うのだろうか。

 
 (「ピンク秋明菊」)

 
 (「白色ムクゲ」)                   (「ブルーリバー」)

                    
                    (「ローザ・アリフレッド?」)
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日本の男女平等度

2014年10月28日 | 社会・事件・ニュース
今朝のニュースで、世界経済フォーラムが28日発表した「各国の男女格差指数」を報じていた。
日本は142カ国中104位だというのだ。それでも昨年よりは1位上がったらしい。

新聞を開いて記事を読んだ。
日本の分野別男女平等順位が出ていた。
「政治への参加」129位(他国の女性議員の比率が上がったので、11位下がった)
「職場への進出」102位(女性の収入が上がったので、2位上がった)
「教 育」    93位(大学に進む女性の比率が先進国より少ないので、2位下がった)
「健康度」    37位(3位下がったが、健康寿命の長さは1位)
「総 合」   104位

安倍内閣が「女性の活躍」を掲げて9月の内閣改造で5人の女性議員を入閣させたが、ご存知の通り、2人が辞職した。
毎日のニュースで、妊娠、出産を理由に、解雇、昇進差別を受けたという女性の事が報じられている。
「マタニティ・ハラスメント」(妊娠を理由にした嫌がらせ)も、まだまだ多いのだ。

40数年前になるが、私自身、最初の妊娠を上司に報告した際、「だんだんみっともない体型になるのだから、仕事を辞めなさい。」と言われた事に強く傷付いた経験がある。そういわれた事で逆に強い気持を持つことができ、厳しい仕事を何とか停年まで勤め上げる事ができたのだが。

また、同僚男性達の言葉にも何度も傷付いた。
一番多かったのは、給料日に「いいなあ。君の家は2倍の収入があるんだから…」と言われることだった。働き続けることの大変さには思いを巡らさずに、良い点だけを羨ましがるので、「そう思うなら、あなたも奥様に働いてもらったら?」と言い返すしかなかった。

経験的に私が一番の問題に思うことは、明治以来続いて来て、未だにある「男尊女卑の社会風潮」だ。
女性を人生の対等なパートナーとは考えないで、「家長(大黒柱)である働き手の男性を、家事、育児、親の介護もしながら陰で支える『家内(内助の功)』の役割」を期待して来たのだ。

その考え方は、一方で税制や年金制度の基調となる「モデル家族」にも適用されて来た。それは「1人の主人と専業主婦、2人の子ども」で構成される家族をモデルとして来たのである。
逆にその伝統的な男女の役割分担は、結果的に男性には、経済的責任、家族の責任を押し付けて来たし、逆に専業主婦には年金受給の「優遇税制」を用いて来た。
専業主婦は1円も年金の原資を払わずとも、夫死亡後は約75%の年金受給引継ぎ権を持っているが、その財源は、働く女性と独身男性達が払っているのである。
専業主婦の雇用の105万円の枠とか130万円の壁とかいう現実も、女性から働く自由度を奪い、女性を伝統的な男女役割分担に閉じ込めて来たといえる。

しかし今は、共働きしなければ生活して行けない家族が多くなり、また、結婚しない、したがらない若い男女が増加している。少子高齢化が急速に進行し、将来の日本の労働力不足、年金、税金の担い手不足の問題も直面した現実である。
日本も本腰を入れて、女性が生き生きと社会でも活躍できる社会、それを良しとして積極的、現実的に働く女性を支える男性や企業の存在が当たり前の社会を作り出さなければならないと思うのだが、いかがだろうか。

               




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先が見えて来た「マ航空機」の捜索

2014年07月23日 | 社会・事件・ニュース
昨夜から降り出した雨は、今も弱いながら断続的に降り続いている。待ちに待った雨なので、大地も植物も恵みの雨だと歓迎していることだろう。

「マ航空機」が撃墜された衝撃的な事故について世界中の人々がその後の経緯を注目する中で、昨日までのニュースでは、一部の遺体やボイスレコーダーを親ロ派が持ち去ったとか、被害者の所持品が何者かに開けられて盗まれているなどの不安なものばかりだった。
しかし、今朝6時のニュースを聞き、撃墜された「マ航空機」の今後の捜索方向が見えて来たことにホッとしている。

21日午後の「国連安全保障理事会」で、ロシアも含む全会一致で国際調査が決議されたと言うのだ。(この所のロシア政府に対する国際的な非難の高まりの中で、新聞はウクライナ政府の関与を少し弱めることで、ロシアが賛成に回ったらしいと報じている)

今日で事故から6日目になるが、ボイスレコーダーの分析はイギリス政府へ、遺体は、オランダ政府に引き渡して検証することになったのだという。

今回はオランダを始めとするヨーロッパ諸国の被害が大きかった事で、EUは今までのロシアに対する弱腰姿勢を改め、制裁処置を掲げながらロシア政府の責任を追及して来た。
また、世界中で被害者を悼み、早期の国際的な解決を臨む声の高まりは、止むに止まれぬ人々の人道的な動きだと思う。
これらは、かっての様な強大な力を持つ国が、今や世界を支配する時代が終った中で、今後の方向性が示された様な気が平凡な庶民の一人としてするが、如何だろうか。

被害を蒙った航空機と、人生を一瞬にして絶たれた多数の惨劇の犠牲者を、もう決して出してはいけないという硬い決意を国際的に掲げ、決議して実行して欲しい。
と同時に、新ロシア派とロシア政府の今後の動きも、世界中の目で監視することが大事だと思う。
                
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マレーシア航空機が撃墜された?

2014年07月18日 | 社会・事件・ニュース
今朝6時の外気温は19度。凄く爽やかな空気だ。
しかし、ラジオでニュースを聞いて驚いた。マレーシア航空機が乗客、乗員295人を乗せて、ウクライナ国内でロシア軍に撃墜されたとか。信じられないような事件に仰天してしまった。
日本の成田を発着する日本や外国の多数の航空機も、毎日24時間、ロシア領内の上空を飛行しているから、考えたらゾッとして来るのだ。しかも民間人が乗っている旅客機が標的にされたのだ。
旅客機は許可された航路を決められた高度とスピードで飛んでいる筈なので、それを撃墜するとはどういう事なのだろうか。
こんな事が起きるなら恐ろしくて、安易にヨーロッパなどに行く航空機に乗れなくなる。

数日前から「オリエンタルリリー」や「すかし百合」が咲いて来た。
「すかし百合」は、花弁と花弁の間が離れているのでそういう名で呼ばれるらしい。そばかすがあるのも特徴だ。
「カサブランカ」はまだ蕾の状態だ。
百合は花が大きく独特な形をしているためか、この時期の庭の女王と言った感じだ。





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韓国の従軍慰安婦像

2011年12月15日 | 社会・事件・ニュース
ニュースによると、韓国ソウルの日本大使館前で1992年以来毎週水曜日に行って来た従軍慰安婦に対する日本政府の「謝罪と賠償」を求める集会が、この14日に1000回目を迎えた記念に、元従軍慰安婦たちが記念の少女像を設置したという。日本政府は撤去を求めているが、難しそうだという。
今朝の新聞に掲載されていた余りにも若いその像の写真を見て、私はとてもショックだった。1人の人の当時の姿だと言う。
そこで今回は、再度、私なりに把握しているこの問題の経過を書きたい。

                         

私が従軍慰安婦の存在を知ったのは30年以上前になる。
日本の軍隊だけがそうした慰安婦を連れ歩いていたこと、その慰安婦たちの毎日の生活がどの様なむごいものだったかを書いた本を数冊読み、驚きと悲しみで胸が塞がり、夜も眠られなくなったのを思い出す。(一夜に30人の相手をした後、急死した慰安婦もいたという)
かなりたってから、札幌の教会で名乗り出た一人の韓国人従軍慰安婦の証言を聞く会が開かれた時には、大学生の娘を連れて行き、本で知った事が本当だったと確認した。

一般的に加害者は、加害の事実を過小評価し、しかも簡単に忘れる。しかし、人権を踏みにじられた被害者は、そのことを絶対に忘れない。ましてや脅迫されて繰り返し集団で行われた性被害の被害者は、なおの事なのだ。
しかもさらに悲惨な事は、「賄い婦」とか「洗濯婦」にすると言ってだまされて戦線に連れて行かれた彼女たちは、儒教道徳を強く教え込まれている韓国社会に生まれ育ったがゆえに、終戦後、幸いに生き抜いて部隊から解放されても、自分がどんな生活をしていたかを語ることができず、故郷へ、親兄弟の元へは帰れなかったのだ。だから彼女たちの戦後の生活はほとんどが困窮を極め、社会の底辺で息を潜めて生きて来た。そしてその多くは既に亡くなった。

韓国の民主化の流れの中で、実名で隠し続けて来た過去を告白し、日本政府に「謝罪と賠償」を訴えたが、日本政府は「国として慰安婦を雇った事は無い。民間がやった事だ」の一点張りを通し続けた。
しかし、1993年、公文書が見つかった事によって国がした女性に対する重大な人権侵害だったと認めたのだった。
その後、「アジア女性基金」を予算化して、韓国、台湾、フィリピンの元従軍慰安婦に対し、政府機関を通して彼女たちに「償い金」を配布した。またオランダ、インドネシアに対しては、個人を特定できない事から政府機関を通して「償い金」を支払った。
しかし、当の女性たちの多くからは、誠意を持った「謝罪」が無いと受け取られ、「償い金」の受け取りを拒否されたため、未だにこの問題が解決していない国があるのだ。

今朝の新聞によると、玄葉外相は昨日の記者会見で「我が国の立場は一貫している。元慰安婦の補償問題は1965年の日韓の基本条約で解決済みだ」と繰り返している。
しかし、この時、韓国に払われた賠償金は元慰安婦の個々人には支払われていないのである。
日本国内でも幾つもの女性団体がソウルの集会に呼応する集会を開いている。私も加害国の女性の一人だが、彼女たちの訴えに強く共感している。
同時に、先に解任された元沖縄防衛局長の不適切発言に現れているような日本人男性の多くがまだ持つ前近代的な女性観を、女性の人権を尊重し、対等のパートナーだと見るように変えて行く事が、今強く求められているとも思っているのだ。

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いわき市で被災した友人への手紙

2011年04月07日 | 社会・事件・ニュース
昨日、福島県いわき市に住み、原発からは30km圏内に位置する自宅で一人で自宅内待機をしている70代の友人に、和紙の折り鶴と見舞金を同封して手紙を送った。

『A子さん、こんにちは。
 陽春の候となり、北海道の我が家の庭の残雪も明日あたりはやっと消えそうです。早く雪が溶けた場所では、チューリップや水仙が芽を出し、今月末当たりには咲いてくれそうです。昨日は穏やかな晴天でしたので、思い切って薔薇やつつじなどの庭木の消毒をしました。また室内ではプランターに野菜や花の種を蒔いて育てているところです。北国の春は全ての草や木の花が一気に咲くので、これからは清々しい季節を楽しめそうです。

 さて、この度A子さんには、東日本大震災に遭われたばかりでなく、東電の原発事故にも被災されて本当に大変でしたね。心からお見舞い申し上げます。
 先日は電話でお元気な声を聞く事ができ、少し安心しました。また今回は、綺麗な絵手紙を頂いて、立場が逆ではないだろうかと恐縮しました。 
 私も十一日以来、テレビにくぎ付けになり、新聞も隅々まで読んでいますが、市街地が丸ごと破壊され、全てを流し去った津波の破壊力を怖い程に見せつけられ、被災したA子さんたちの絶望や苦難はいか程かと想像しています。
 それにしてもA子さんのお宅が、浸水だけで済んだと伺って、居住場所を良い所に選択したことはさすがだと感心しています。
 三陸海岸は昔から幾度となく大津波に見舞われ、そのたびに多くの人命や家屋が失われて来た歴史があるんですね。地震学者の山下文男氏の本などを読むと、津波の第一の対策は高台に住むことだと書いていますから。(でも昨夜のニュースでは、地盤が緩んで高台で土砂崩れが起きているらしいですね。それも恐怖ですが)

 福島原発の事故については、何とも慰めの言葉が見つかりません。
今回のことを通して原発の「安全神話」は完全に崩れ去った訳で、今まで原発の建設に賛成し、莫大な交付金を受け取り続けて来た地元自治体と住民も、人間の命よりも経済効率、利益を優先して来た国と電力会社の本質をはっきりと思い知ったのではないだろうかと思います。
私は、電気を売って儲けて来た企業が、必死で節電のキャンペーンをする姿に腹立たしささえ覚えます。
 それにしても、放射性物質の垂れ流しが止まる目途は立たず、農家、漁民の生活権が奪われ、住民の安全に住む権利が踏みにじられた状況を思う時、日本人はどうして静かに黙ってただ耐えているのだろうかと不思議に思います。多分外国なら、大騒動になると思いますが。
 最後になりますが、A子さんには子供さんの助けを得ながら、この困難を何とか乗り越え、一日も早く元気な生活を取り戻して欲しいと願うばかりです。

 同封した絵葉書は、昨年十一月にネパールに行った時に求めたものです。私はA子さんの様な素敵な絵を描けないので、世界最高峰エベレストが夕日に輝く姿の絵葉書を代わりに入れます。(ネパールでは、小型飛行機で一時間弱、エベレスト連峰の上空を遊覧飛行しました)
 また失礼かと思いますが、私のお見舞いの気持ちも同封します。もう少し落ち着いたら、子供さん達とご一緒に美味しいものでも食べに行く際の費用の足しにでもして下されば嬉しいです。
では、どうぞお元気でね!    二〇一一.四、六』
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拝啓 地震学者・山下文男様

2011年04月03日 | 社会・事件・ニュース
拝 啓 山下文男様

 突然、お便りを差し上げる失礼をお許し下さい。
私は、あなたが書かれた本「津波の恐怖ー三陸津波伝承録ー」を十日前に読み、地震や津波について大変勉強させられた者です。
著者であります山下様のご出身地が大船渡市綾里だと書いてありましたので、今回の東日本大震災の被災地なのでご無事かどうかをずっと案じておりましたところ、今朝の朝日新聞であなたのご無事を知り、この文を書こうと思い立ちました。
先ずは被災された事に対するお見舞いを申し上げますとともに、ご無事でおられたことを心よりお喜び申し上げます。
その本には、「津波が予想される地震が起きたら、一刻を争って少しでも高い場所へ避難をするべきだ。」と繰り返し書いてありましたので、よもやあなたが津波に遭うとは思わなかったのですが、仮に高地が見当たらない場所にいたとしたら、あるいは被災したかも知れないと心配していました。

あなたは、著作や講演で多くの人に三陸津波の恐怖を喚起して来ましたね。
その本にも、津波の被害に遭わないためにはまず高台に居住すること、そして低地にいる時に津波予報があったら、直ぐにできるだけ高地に逃げる事、そのためには平素から津波の避難場所になる高地を確かめながら行動することを説いていましたから、その著者が無事でいらしたことは本当に安心致しました。

新聞によると、当時あなたは海岸から1km離れた所の岩手県立高田病院の4階に入院されていたとか。
強い地震の後、津波の恐れがあるので避難するようにという院内放送があり、同室の3人は逃げたのに、あなたはよもやここまで津波は来ないだろうし、研究者として津波を見極めたいと思って高見の見物をしようとした所に津波が押し寄せて来て、4階の窓ガラスが割れ、ベッドから飛ばされ、かろうじてカーテンにしがみ付いて助かったそうですね。
あなたが助からなかったら、この本の説得力は弱まりますから、本当に良かったと心から思っています。


今後は今回の経験と復興への助言、さらに今回初めて国内で露見した地震、津波による原子力発電所の恐怖について、新たに起稿して欲しいと思っています。
昨日の新聞では、菅総理も被災地の復興のための都市計画は、低地に公園や職場を作り、住宅は高地につくる。漁業者は高地の住宅から浜辺へ通勤するという構想を抱いている事が報じられていました。
まさにあなたが指摘して来た理想が、今回の復興に当たって実現することを私も期待しています。

山下文男様、どうぞお体を大切に、いつまでもお元気でさらなるご活躍をお祈り致します。  
                                               敬 具
  (今回私が図書館から借りて読んだ2冊の本)  
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東日本大震災の発生から1日

2011年03月12日 | 社会・事件・ニュース
昨日の今頃(私の所では14時46分頃)、大きく横揺れする地震が起きた。
時間はいつもの3倍くらい、3分間も揺れただろうか。
こんなに大きな揺れ方なら、最近言われ出した長振動地震の被害が起きないかなと心配になってTVを付けた。
するとすでに津波の警戒警報が東北の海岸に出されていた。予想震源地は東北沖でマグニチュードは8.4と出た。
さらに見ていると、津波警報の場所が海岸線上にどんどん広がって行き、とうとう北は北海道釧路から根室まで、南も九州、沖縄迄伸びた。

そうして30分も経ったころ、宮城県、福島県の太平洋岸に押し寄せて来た今まで見たことが無い津波の実況映像が写った。
スマトラ沖地震の津波よりも巨大な海水のうねりが、まるで生き物のように防波堤を越えて海から陸地へ、建物が立ち並ぶ都市を飲み込み、春の植えつけの準備をした農地へ、立ち並ぶビニールハウスも飲み込み、車を押し流し、内陸へ進んで行く。津波のエネルギーの強大さを、現実のものとして初めて見た。
チャンネルをどこに変えても、報道するアナウンサーの表情は緊張で張りつめていた。
多くの漁船が、陸地に押しやられて転覆したり、ぶつかり合ったりしている。
1度、津波に飲まれて内陸に押し流された建物や瓦礫、そして車が、波が引くのに合わせて今度は海の方向に引っ張られ、流されて行く。
家の中には逃げ遅れた人がいるのに違いない。津波に翻弄される車には、人が乗っていることだろうと、画面を見ていて気が気でない。でも私にはどうすることもできないのだ。
やがて最初に発表したマグニチュードが8.8と訂正され、日本にとって未だ経験したことが無い強さの地震であり、それによる津波だと説明された。
「津波は何度も来るので、海岸には決して近づかずに高台へ避難してください。」とアナウンサーがひたすら繰り返す。
TVに次々と写しだされる被災地のすざまじさ。炎上する石油備蓄基地、ストップした交通網や空の便。映画「2012」を思い出した。

今朝の新聞で、幾つかの海辺の町が壊滅的な被害を受けたと知った。死者、行方不明者も1000人の見込みだ。
新聞によると、マグニチュード8.8とは関東大震災の約30倍、阪神大震災の約1000倍にも相当する強さだという。
先程のニュースでは、死者、行方不明者は、もっともっと膨らむことが予想されている。

昨日から原子力発電所の被害について心配されていたが、政府は昨夜9時23分に原発の半径3km以内の住民には避難指示を、3~10km以内の住民には、家から出ないようにという屋内待機の指示を出した。
今朝までは放射能漏れは確認されていないという事だったが、総理大臣がヘリコプターで空から視察する一方で、福島第一原子力発電所で炉心が露出し、セシウムが検出されたというニュースが飛び込んで来た。
この先、どうなるのか心配だ。
今まで政府と電力会社は、「日本の原発では、ロシアのチェルノヴイリの様な事故は決して起こらない。」と言い続けて来たのだが、「想定外」の地震だから予想できない事態が起きたのだと弁明でもする積りなのだろうか。
福島の人達は日常生活ができなくなってしまう訳で、本当に気の毒だし、もし放射能が漏れ出すことがあったなら、どうせよと国は言うのだろうか。近くに原発が存在する恐怖を、本当にひしひしと感じているに違いないと思う。

家族や大切な人々、また多くの地域の人々、そして家屋や貴重な財産を無くした方々の悲しみと絶望感、今後も続く苦しみは、申し訳ないが私には想像し、心を傷めることしかできない。
韓国やNZ、アメリカなどから緊急援助隊が来るというニュースも報じられた。一刻も早く生存者を救出し、その後、かなり時間がかかるかも知れないが、1日も早く復旧されることを祈りたい。
プレートが重なるすぐ傍に位置する日本列島、しかも至る所に活断層を抱えた島国に住む私たちは、この大震災の経験を無駄にしないために、どの様な教訓を学んで行くべきなのだろうか。






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イエメン共和国という国

2011年03月07日 | 社会・事件・ニュース
少し前になるが、JICA青年海外協力隊派遣者の報告会が近くであったので出かけた。
その時JICAの一員としてイエメン共和国に派遣され、2年間幼稚園に在籍して幼児指導技術を向上させて来た札幌市出身の中尾美奈さんの報告を聞いた。
今年に入ってから、中東、北アフリカで歴史上初めてという武器を持たない市民が中心の民主化革命が起きていて、世界の目がこの地域に集まっているので、その日は遠い国で働いた彼女の話を興味深く聞くことができた。

以下が彼女の話の中で、イエメンという国について私の心に残った事である。


『イエメンは中東の最貧国で、首都サナアは標高2300mの高原にある。石油は少ししか取れないので、国際支援に頼って経済を維持している。』
『99%の国民がイスラム教を信仰していて、女性はいつも家の中にいて、家族以外の男性の前では黒い布で顔を隠さなければならない。女学生は白い布を巻く。また女性を写真に写してはいけない。
男性は白色のソープ(長着)を着て、腹部に月型の短刀・ジャンビーアを差している。
バス、買い物、結婚式等では、男女は席を別にしなければならない。例えば男性ばかりが乗っていたバスに女性が乗ってくると、片側の席の男性は皆立って、そこに女性を座らせる。
宗教警察といわれる人がいて、宗教の戒律を守らない人を検挙しているようだった。』
彼女自身も自分を守るために日常的に黒い服装をして、黒布で顔を隠して外を歩いたそうである。

『彼女がいた2007~2009年には、インフレでガス代やパン代が次第に高騰し、生活苦が高まって行っていた。』
『学校の建物は、午前中は中学生が、午後は小学生が使うが、椅子や机は同じなので、高さが合わないという問題があった。』
『幼稚園は朝7時半から12時15分まで行われるが、当初子供たちは椅子に座って黒板を見て勉強をするだけだった。
彼女が赴任してからは製作、絵画、外遊び、歌、運動などを取り入れた指導を実践し、子供の発達を促した。道具を片づけること、ごみを散らかさない事も少しずつ教えて行った。(イエメンでは、道にごみを捨てる風習があるという)
そうした活動によって、イエメンの教師たちの意識と指導法が変わって行った。当初は親たちも勉強せずに遊ばせる様に見える指導に反対していたが、運動能力が発達し、手先も器用になった子供を見て、徐々に理解されて行った。』
『たまたま任期の終わりの70日間、インフルエンザが流行って休園になった時間を使って、彼女はイエメンにとっては初めてとなった幼児教育指導本を作り、首都の全幼稚園と第二、第三の都市の幼稚園に配布した。それにより彼女が帰国後、イエメン全土にその本に基づく指導が広まって行った。』

以上の報告を聞いて、イスラム圏の国に対する理解が少し深まったし、中東の人々の暮らしの一端を知れた。
1時間の報告を受けて、女性一人でイエメンの首都サナアに行った彼女の情熱と粘り強い努力には本当に感服させられたし、日本が援助できるのはお金だけではないと改めて知らされた良い報告会だった。

     窓辺の花 
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エジプトに起きた民主化運動

2011年02月05日 | 社会・事件・ニュース
この数日間、世界中の人達が、カイロのムバラク大統領の辞任を求める大規模デモと、その成り行きを見守っていることと思う。
私も今朝のBS1のワールドニュースを見て、一昨日、ムバラク派の暴力が荒れ狂ったタハリール広場が、その後、比較的落ち着きを取り戻し、軍が両者の衝突を抑えているというニュースに少しほっとした。
だが、ムバラク大統領はまだ、即時、退陣の意思を表明していない。
今まで自由と民主主義がないエジプトで、独裁者はどれだけの利権と汚職で手を汚して来たのかを想像すると、勿論、簡単にはその長年の特権を失いたくはないだろう。
しかし、世界の情報を知ったか弱き民衆も、最早、黙ってはいられないのだと思う。
その点でインターネットは、真実を隠したがる人達にとって、今後ますます厄介な代物になって行く事は間違いないのかも知れない。

今、私が心配なのは、大統領反対派に明確な指導者、指導組織がいないらしい事だ。
もし、大統領を辞任に追い込んだとしても、その後、どのようにして民主的な政治を具現化し、その実現のプロセスを示し、政権を掌握して行くのだろうか。
混沌としている現状の中で、その先を心配している世界中の人々が成り行きを見守っているが、1番不安に思っているのは渦中にいる彼ら多くの虐げられて来た市民たちなのではないだろうか。
フランスのニュースに出た若者が、「私たちはきっと殺されるでしょう。でも本音を表現できたことを後悔していない。」と言うのを聞いて胸が熱くなった。
命がけで立ち上がった民衆の願いが、少しでも叶うように私は見守りたいと思う。
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ガスコンロ用の炊飯釜を買う

2010年09月28日 | 社会・事件・ニュース
家を新築した時に設置したガスコンロに、自動炊飯装置がついている。
昔、自動炊飯器がなかった時代は、吹きこぼれを考えて作られた炊飯専用の「文化鍋」というのを長いこと使っていた。
しかし、4年前にその鍋をホームセンターや大型スーパーに行って探したがなかった。
仕方なく手持ちの厚手ホーロー鍋を使ってガスで炊いて来たが、鍋のヘリが低いために沸騰すると吹きこぼれて困っていた。

先日、新しいガス機器を展示するガス会社主催のイベントがあった。
今ではほとんどのガスコンロに付いている自動炊飯装置で使う鍋も、展示紹介されていた。
「パロマ製」と「ハーマン製」の鍋を見たが、かっての「文化鍋」と同じ形をしている。しかし、内部がテフロン加工されていた。また、普通の鍋の形をしたものもあった。
そして良く見ると、蒸気を出す穴が複数個開けてあったり、穴が1個なら大き目に開けてあった。

その会場では定価の半額程度で売られていたので、私は「ハーマン製」の3合炊き用を2300円で買った。
(パロマ製の3合炊きは蓋がガラス製なので、長く使うことを考えて敬遠した)

早速、予め研いで浸水して置いた2合の米を炊いてみた。
沸騰している間でも蒸気を逃がす穴が4個も開いているので、かっての「文化鍋」の様にカタカタと蓋が持ち上がることも吹きこぼれる事も無く、点火してから僅か15分足らずで自動的に火が消えた。すごい省エネだ。
それから5~7分蒸らしてから食べて見た。火力が電気よりも強いためか、飯はほっこりしていて凄く美味しかった。
これならもう、電気炊飯器を使うことは、必要ないなと思った。

 
                                  
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秋の味覚・イクラの醤油漬け

2010年09月12日 | 社会・事件・ニュース
今年は異常気象のためか、今の所、秋の味覚の秋刀魚や鮭の漁獲量が例年より少ないらしく、まだ高値が続いている。
私が子供を育てていた頃は、メスの鮭を1匹買って来て、イクラは醤油付けに、切身はフライや塩漬けに、アラは鮭鍋にと結構コマメニ料理していたが、そんな事をしなくなって久しい。
しかし、秋が来てスーパーで生のイクラを見かける様になると、1~2度位は醤油漬けを作りたくなる。
昨日は250gと少な目のイクラが入ったトレイがあったので、買って来た。
早速醤油漬けを作ったら、大小2瓶できた。
娘が来たら、大きいビンを持たせる積もりだ。

(作り方) ①ボールに多めのぬるま湯を用意する。
      ②生イクラを入れて振り洗いしながら、手早く優しく指で卵を包んでいる袋から離してほぐす。袋は捨てる。
      ③ざるにほぐしたイクラを入れて、湯を捨てる。イクラを冷水でさっと洗う。
      ④薄い塩水を作り、イクラを少しの時間入れ、塩水を切る。
      ⑤清潔な空き瓶にイクラを入れ、醤油と酒を同量ずつ加える。好みでみりんを少々加える。
      ⑥混ぜてからふたをし、冷蔵庫で保存する。翌日から食べられる。
        冷蔵庫での保存は1週間程度なので、早めに好みの方法で食べ切るようにする。
        正月用などのための長期の保存の場合は、瓶ごと冷凍する。

※私の経験では、晩秋に近づくに連れて卵膜が厚くなってくる。作るなら早目のイクラの方が美味しくできあがる。

                                
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