こもれ日さんぽ

緑の中で深呼吸・・・そんな気持ちで自分と向き合えたらなぁと・・・

長崎、大浦天主堂とコルベ神父

2016-11-07 07:02:51 | ワクワクの国内旅行

大浦天主堂・・・

日本最古の教会建築、国宝です。

神父と潜伏キリシタンとの感度的な再会の地でもあります。

 

(その後、「浦上四番崩れ」の悲劇にもつながるのですが)

 

その大浦天主堂で、気になっていることがありました。

十年近く前、この地を訪ねた時のことを思い出すと

「コルベ神父」のことしか、蘇らないのです。

 

ずっと、何かの企画展だとばかり思っていましたが、

今回の旅で、れっきとした常設展示だったことがわかりました。

 

コルベ神父は、ここ大浦天主堂で数年間を過していらしたのです。 

十年近くたって、コルベ神父と長崎が、やっと結びつくお粗末さ・・・

お恥ずかしい限りでございます・・・

 

(左・大浦天主堂の教会堂の脇を進んでいくと・・・)

 

 

さらに、帰宅後の先週、コルベ神父の本を探していて、気づいたこともありました。

 

なんと、コルベ神父とゼノ神父とは、いわば師弟関係にあったのです。

ゼノ神父・・・「ゼノ死ぬひまない」が口ぐせの、「アリの町の神父」・・・

昭和の少女だった私も、おぼろに覚えています。

 

ああ、いろいろなことが、つながっていきました!

 

本日は、そんなお話です。

(えっ、今までのは、前振り!?すみません、今日も長くなりそうです・・・)

 

 

(大浦天主堂の教会堂を振り返っています)

 

 

マキシミリアン・マリア・コルベ神父・・・

 

1941(昭和16)年、アウシュヴィッツ収容所で・・・

 

知識階層に属する神父は捕えられ収容所送りとなっていました。

ある日、脱走者が出たことから、ナチスは見せしめのため、

同じグループの10人を適当に選び、餓死刑を言い渡します。

 

選ばれた一人が叫びました。

「私には妻も子どももいるのに・・・」と。

これを聞いたコルベ神父は、「自分は妻も子もいないから」と、身代わりを申し出ます。

 

餓死房に入れられたコルベ神父は、10人の中で誰よりも長らえ、

遂にナチス親衛隊長に石炭酸を注射され・・・・・・目を閉じました。

マリア様の祝日「聖母被昇天」の前日、8月14日のことでした。

 

(余談ですが、アウシュヴィッツことオシフェンチウムを見学した折

餓死房やコルベ神父についての記憶が全くないんです。

 

今になって、ガイドの中谷氏は、時間に限りのある旅行客のために

コンパクトなご案内をしてくれのだと思い当りました。)

 

 

 

 

 

 (教会堂の右手、昔はこの石段を上ってグラバー邸へ行けました。

今は通行禁止です。)

 

 

コルベ神父は、1894(明治27)年、ポーランド生まれ。

貧しい家庭ながら才を見込まれ、援助を受け、神学を修めます。

故国の荒れ地を開墾し、修道院を開き、その後、東洋への宣教へ。

 

1930(昭和5)年、長崎・出島にポーランドから三人の宣教師が降り立ちます。

コルベ神父(36歳)と共に、ゼノ神父(38歳)もいたのです。

(師であるコルベ神父の方が年下!)

 

布教の苦労が思いやられる到着ながら・・・

まっすぐに大浦天主堂へ向かうと、マリア像が迎えてくれました。

 

「マリア様が迎えてくださるのは良い印。

聖母をみつけたからには、万事うまくいきますよ」

そう、コルベ神父はおっしゃいました。

 

というのも・・・

 

コルベ神父が組織した、「聖母の騎士会」こと「無原罪の聖母の騎士団」は、

聖母マリアの穢れなき心のように、自らも清らなかな心で過ごし、

人々のために祈ることを理想に掲げていたのです。

 

このとき、真っ先にマリア像と出会えたことで、どんなに勇気づけられたことか・・・

 

早速、コルベ神父は活動を開始します。

 

来日1ヶ月目にして、「無原罪の聖母の騎士」誌を一万部も発行。

当時は活版印刷ですから活字を一つ一つ拾わなければなりません。

ポーランドからやってきた三人が日本語の活字を拾う!?

 

・・・・・気が遠くなりそう・・・

 

 

 (天主堂の横に並ぶ旧・羅典神学校)

 

 

この「無原罪の聖母の騎士」誌は、今も「聖母の騎士」の名で発行され、

聖母の騎士社は、出版も手掛けています。

私も、何冊か買い求めてきました。(いずれご紹介させてください)

 

1936(昭和11)年、コルベ神父は管区会議に出席するため、

ポーランドへ一時帰国しました・・・

 

その会議で突然、コルベ神父は、故国の修道院長に命じられ、

二度と長崎に戻ることはかないませんでした。

そして、それから5年後、アウシュビッツへと連行されたのでした。

 

(大浦天主堂に向かって右手奥・・・。

坂の途中にコルベ神父が始めた「聖母の騎士」修道院跡がありました。)

 

 

今回の大浦天主堂では、最初、展示が見当たらないまま、

外に出てしまいました。

 

昔は、コルベ神父についての展示があったはずなのに・・・

どこだったのだろう?修復中の旧司教館かな?

 

あきらめきれず、受付で確認すると、

天主堂の脇にある、旧羅典神学校(↑)にあると教えてくださいました。

 

  (長崎のコルベ神父。『ゼノ死ぬひまない』より)

 

・・・ああ、やっぱり!

 

キリシタンの歴史と共に、

コルベ神父に関する展示が一室設けられていました。

 

この展示で、初めて知ったのですが、

日本で、コルベ神父の診察をしたのは、永井隆医師でした・・・

『長崎の鐘』『この子を残して』の永井医師です・・・

 

ああ、ここでも、つながってゆく・・・・・・

感無量でした。

 

(コルベ神父は、若い時に結核を発症、

その後もずっと、この病を抱えて活動していました)

 

十年前も、同じ展示を見ていたのでしょうが

そのときは全然残らなかったんですよね。

年齢と共に、自分の中に残したい情報は変わってくるのかもしれません。

 

 

 

コルベ神父、永井医師、そしてゼノ神父(正しくは修道士)・・・

 

天正遣欧少年使節を題材にした村木嵐『マルガリータ』から始まり、

遠藤周作『沈黙』を経て・・・

今、松居桃樓『ゼノ死ぬひまない』(春秋社)を読み始めています。

 

『ゼノ死ぬひまない』は、

旅から戻って、同僚にいろいろと熱く語ったら、

彼女がリサイクル図書の箱から拾ってきてくれたんです!

 

彼女の好意もありがたく・・・

ますます、いろいろなことが、つながっていくこと・・・

 

そんなあれこれを、しみじみと感じています。

 

 

クリスチャンでもない私が、勝手なことをズラズラと書き連ねてしまいました。

どうぞ、お許しを。

長々とお付き合いいただいた皆様、ありがとうござました。

 

 

参考:

☆松居桃樓『ゼノ死ぬひまない―人生遍歴』 春秋社

☆「聖母の騎士」第6巻1号(別冊) 聖母の騎士社

☆「大浦天主堂物語」(大浦天主堂でいただいた冊子)

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6 コメント

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コルベ神父 (nana)
2016-11-07 09:08:19
コルベ神父というお名前だけは存じておりましたが、
歴史上の出来事については知りませんでした。
宣教のために身も心も尽力された方なのですね。
カトリックにはあまり馴染みがなかったのですが、
興味が出てきました。
知らなかったことをいろいろ教えてくださってありがとう。
長崎に行ってみたくなりましたよ。
感謝! (hiroベ)
2016-11-07 10:20:16
長崎旅行の反省会をさせていただきました。
ありがとうございました。

そういう歴史があったのですね。
資料館、ツアーのメンバーとざっと、まさにざっと見て
出てきました。
グラバー園で時間を全部使ってしまって、もう一度ゆっくり
観ようとは思っていたのですが、ぴあ乃さんの解説で
良く分かりました。
そういえば、何やら雑誌が沢山並んでいたのは憶えています。

↓の記事
「音祭り」という表現が良いですね。
それにしても、コンチェルトたっぷりで、大満足だと思います。
調布でも、音楽祭ありますが、内容も盛り上がりも今一です。
こんな内容なら、私も聴きたいです。

↓↓記事
長崎、美味しい物がいっぱいあるのですね。
美味しい物楽しむならやはり個人旅行ですね。
次回はゆっくり美味しい物の巡り旅にしたいと思います。
Unknown (森須もりん)
2016-11-07 18:21:55
名前は知っているのですが
そこまでの内容を知りませんでした。

ぴあ乃さん、いいことを教えてくれました。
私は長崎が大好きです。
グラバー邸の歴史は調べたのですが
ああ、わたしのバカ!バカ!
こんな歴史を見逃していたなんて!

ぴあ乃さん、ありがとう!!


nanaさま (ぴあ乃)
2016-11-07 19:54:09
nanaさんに、そんな風におっしゃっていただけると嬉しいです。
私は歴史的な興味でコルベ神父やキリシタンのことを考えてしまいますが
nanaさんだと、また違った感動がおありでしょうね。

東京横浜だと、徳川のおひざ元ですから
プロテスタントが入りやすく教育に尽力、、
長崎の場合は、切支丹大名の土地柄から、カトリックが強かったのかもしれませんね。
もちろん、長崎にもプロテスタントの教会もたくさんあるのでしょうが
歴史的な関心から見てしまうと、どうしてもね・・・

今、今回はあきらめた平戸に、もう一度出かけたくなっています♪
hiroべさま (ぴあ乃木)
2016-11-07 20:00:15
ご丁寧なコメントをどうもありがとうございます。

私も最初に行ったときはグラバー邸で時間を使ってしまい、
ふらふらしながら大浦天主堂でコルベ神父の展示を見ました。
それが何だったか、hiroべさんにコメントをしてから、ものすごく気になったのが
今回の↑記事のきっかけでした。
おかげで、アウシュヴィッツやゼノ神父、永井隆博士などにどんどん広がっていきました。
こちらこそ、お礼を申し上げなければなりません。
ありがとうございました。

ピアノコンチェルト、大好きです、得した気分になります。
とはいえ、横浜も、せっかくの機会なのに空席が目立ち
なんだか申し訳ないような気持ちになってしまいました。

長崎行き、ここ十年だけでも三度目ですから・・・笑。
大好きなちゃんぽんと、トルコライスの発祥の地を訪ねてみました。
トルコライスは歴史博物館に入っている老舗も、美味しかったのでお勧めです。
(前回はそちらへ行きました)
大村、島原のおいしいもの紹介は、またいずれおつきあいくださいませ♪
森須もりんさま (ぴあ乃)
2016-11-07 20:04:06
もりんさん、ご丁寧にどうもありがとうございました。
もりんさんの次回、長崎旅行のご参考になれば嬉しいです。

ご存知のように、私は洋館好きですから・・・
以前はグラバー邸で集中しすぎてフラフラになっています。
今回は洋館はじっと我慢して(笑)、朝の散歩で楽しむにとどめました。
その分、切支丹に特化!
今朝なんて夢を見ちゃいました。
職場の仲間と島原の乱の原城を発掘しているんですよ。笑。
強烈な印象だったんですね、私。

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