こもれ日さんぽ

緑の中で深呼吸・・・そんな気持ちで自分と向き合えたらなぁと・・・

「雨だれのプレリュード」

2016-12-28 07:51:47 | ぴあ野のピアノ

先日も触れましたが、

今、ショパンの「雨だれのプレリュード op.28-15」を

練習しています。

 

それで、以前、読んだ

小沼ますみ『ショパンとサンド―愛の軌跡』(音楽之友社)を

読み直してみたくなりました。

 

「ピアノの詩人」ショパンと

6歳年上の作家・ジョルジュ・サンドの恋愛は

あまりにも有名・・・・・・

 

この著作は、二人が友人に宛てて書いた手紙から

俗説に満ちた、そのロマンスの真の姿を探ろうとしています。

(昭和57年出版当時、画期的な研究書だったはず)

 

 

さて・・・わたしが気になっていたのは、

スペインのマジョルカ島での日々です。

恋に落ちた二人は、サンドの子どもたちとを連れ、やってきました。

 

パリのゴシップ好きから逃げたいだけでなく・・・

サンドの元カレが嫉妬のあまり、今でいうストーカーに成り果てたこと

ショパンの健康の悪化なども、理由だったようです・・・・・・

 

とにかく、マジョルカが

「日光とさわやかな空気に恵まれ、恋と健康と仕事のための理想の場所」と

信じ、1838年秋から翌年の春までを、過ごすことにしました。

 

残念ながら、到着後、ほどなく地中海の気候は激変、

一行は、マジョルカの冬、雨季に悩まされます・・・

とりわけショパンは体調を崩し、喀血を繰り返すようになりました・・・

 

世間の冷たいまなざしの中、

一行はヴァルデモーザ修道院の庵室へ移ります。

パルマの街から18キロ離れた山間です。

 

ある日、サンドが息子を連れて買い物に出た時のこと・・・

ただでさえ不便な土地なのに、折からの雨に急流が氾濫

母子は、洪水の中を6時間(!)かけて帰りつきました。

 

「(ショパンは)一種静かな絶望に陥っていたようで、涙を流しながら、

素晴らしいプレリュードを弾いていました」

そうサンドは書いています。

 

これが「雨だれのプレリュード」誕生のエピソード。

 

以下、サンドによると・・・

 

ショパンは、二人の帰りを心配して待つうちに、

夢と現実の区別ができなくなり、気を落ち着かせようとピアノに向かい、

自分もまた死んでいるのだ、と言い聞かせていました。

 

ショパンは語ります、自分自身が湖でおぼれているのを見た・・・

その胸に、「重い氷のような冷たい水滴」が規則正しく

落ちてきたのだと・・・

 

サンドが、ちょうど、屋根の上に落ちてくる雨音を示すと、

ショパンは抗議し、自分はそんな音は聞かなかったと言うのです。

 

「その夜の彼の作品は、修道院の瓦の上に落ちる雨の音に満ちていましたが

その雨の雫は、彼の想像と音楽の中では、

天から彼の胸の上に落ちる涙に変わっていたのです」・・・

 

 

単純な私は、この曲を弾きながら、修道院での嵐に、ひどく怯えたことから

それを曲にしたのだと思っていました。

(以前読んだ時は、この部分を読み流していたってこと・・・!)

 

ショパンは、「外的な物から霊感を得て作曲することは滅多に」なかったものの

この時ばかりは、瓦に響く雨の音に影響されてはいたのでしょう。

 

でも、それだけではなかった・・

単なる自然界の音の模倣を越え

「崇高さをもって彼の楽想の中に置き換えられたもの」だったのでした。

 

 

そう言われてみると・・・

確かに、転調してからの重々しい和音と

不気味な響きは、ただの嵐を越えている気がします。

 

 

 

この本に挙げられた手紙からは、

サンドが、「可愛いショパン」に対し

深い愛情を注ぎ、いかに献身的に尽くしていたかがよくわかります。

 

ショパンが料理番の用意した食事はおろか、土地の食べ物も嫌がるので

自ら料理を作り、また、少しでも、マシな環境を手に入れようと

交渉するのは全てサンド・・・

 

その上で、子どもの勉強を見て、自分の仕事をし、読書もする・・・

新しい恋人にうつつを抜かすだけの

ヤワヤワな女性ではなかったってことです!

 

 

けれど・・・・・・ショパンの死後、彼女が出版した本では・・・

ショパンが修道院の日々、気力を失い、妄想を御すことができず

体調の良い時でさえ、恐怖と幻影に満ちていた・・・と、しているのだとか。

 

当時の、手紙には、そんなことは一切書いていないのに!

 

 

・・・・・・

二人のロマンスは、サンドが別れを告げ終わりを迎えます。

 

別れた(自分が捨てた)恋人に対しては・・・

相手がショパンであろうと、冷たくなれるもなのなのねぇ・・・

いや、自責の念ゆえかなぁ・・・

 

「雨だれのプレリュード」から、

何やら、考えさせられてしまいました・・・

 

 

あ~、これ、ピアノで弾きたいっ!

あの重々しさは、ピアノでこそよね~~っ!!

今、切にそう思うのです。

 

でも、さすがに、この年の瀬に、

隣りの義父母宅へピアノを弾きに行くのは憚られます・・・・・・

(ウチには電子ピアノしかありません)

 

う゛~~~っ!

 

・・・・・と、呑気なことを綴っておりますが・・・

私も、それなりの大掃除(どんなだ!?)をしたり、

年賀状の準備(遅いッ!)をしたりしています・・・

 

ウチの年賀状は、裏面こそ印刷屋さんにお願いしますが、

宛名書きと添え文は、全て手書きです。

 

昨日は、夫の分の宛名書きを済ませ、自分のに取りかかったところで

頭痛がし、気分が悪くなって挫折しました。

これから完成させて、午前中には投函します!

 

 

参考

小沼ますみ『ショパンとサンド』 音楽之友社 昭和57年

 

著者である小沼ますみ氏に対し、

あの平野啓一郎さまが『ショパンを嗜む』(音楽之友社)<↑>で

わざわざ謝辞を述べています・・・わかりますっ!!

『楽器』 ジャンルのランキング
コメント (2)   この記事についてブログを書く
« 信州の味「うす焼き」 | トップ | 朝を迎える~2016・年の瀬 »

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (こむぎ)
2016-12-28 17:43:20
楽曲の背景を深く知ることで
演奏の姿勢や気持ちも
まったく変わってくるでしょうね~
表面にみえるものだけでなく
成り立ちに興味を注がれるぴあ乃さんって
やっぱり研究熱心でいらっしゃいますね(^^♪
素敵です。
こむぎさま (ぴあ乃)
2016-12-29 07:35:30
いえいえ、私の場合は、完全に趣味ですから・・・
本を読むことも、せずにはいられないので・・・って
だけなんですよ・・・
ショパンも大好きだし、ジョルジュ・サンドも少女時代に
「愛の妖精」のファデットに憧れたのでね♪

私はさておきですが、
かつては演奏者の解釈が重視されたそうですが、
今は、作曲者の想いをより深く再現することが
演奏者に求められているそうです。
演奏も世につれ・・・ですね。

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
ブログ作成者から承認されるまでトラックバックは反映されません。
  • 30日以上前の記事に対するトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • 送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • このブログへのリンクがない記事からのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。