西海岸旅行記2014夏(10):6月7日:ポートランド、はじめてのAirbnb

2014-07-27 19:44:27 | 西海岸旅行記
 知らない街の外れに真夜中に到着し、人通りのない暗い道を少し奥に入ると何軒かの家が並んでいた。この家のどれかが今夜僕達の泊まる家だ。
 まだそれ程名前が轟いているわけでもないので、ここでAirbnbの説明をしておきたいと思う。
 Airbnbというのはウェブサービスの名前で、説明的にもっとちゃんと書くと" Air B and B"となる。"B and B"というのは"Bed and Breakfast"のことで、民宿みたいな意味合いだ。Airbnbのサイト上では、職業的に宿を運営している人でなく、普通の人が「余っている部屋」とか「出張中で誰もいない家」とかを貸し出すことができる。サービスは日本を含む多くの国に普及しているので、大抵どこの国へ行くにしてもこのサービスは使える。

 Airbnbを使う理由は人それぞれで、安い宿を探している人もいれば、ホストとのふれあいを求めている人も、単にホテルには飽きたという人もいると思う。
 僕達が今回Airbnbを利用したのは、このシステムに多少興味があったというのと、あとは適度に安い宿泊先が見つかったからだ。

 どうしてかは分からないけれど、ポートランドはホテルが高い。僕は旅行中にわざわざ知らない宿主との触れ合いを求めていないので、サラッとホテルに泊まり、プライバシーと快適さをビジネスライクにお金で手に入れたかった。けれどポートランドには、ちょうどいい値段のホテルがあまりない。というか値段とクオリティが釣り合っていないようなところが多い。

 後にソルティという、高校から大学院までカナダやアメリカで過ごしている日本人の女の子が登場する。彼女は今テキサスに住んでいて、当初の予定では僕達がテキサスまで彼女を訪ねる予定だったけれど、西海岸旅行の日程にテキサスを組み込むとかなり無理のあるスケジュールになるのでやめにして、代わりに彼女がポートランドまで遊びに来てくれた。ソルティは僕達より一日早くポートランドに来ていて、Red Lionというホテルに泊まっていて、「あのホテルで一泊百何十ドルってありえない」と文句を言っていた。

 ケリーの家はきれいで快適そうだったし、値段も手頃だったので2泊の予約。彼女はこの家に住んでいるのだが、僕達が到着する時には多分いないだろうということでドアを開ける暗証番号をメールで教えてくれた。
 「あっ、ここだ」
 暗い中、目を凝らしてクミコがケリーの家を見つけた。iPhoneを引っ張り出してメールに書かれた暗証番号と鍵の開け方をチェックする。よその国の知らない街の知らない人の家の前で、真夜中に玄関の開け方を調べるのは妙な気分だった。さらにドアが開いて中に足を踏み入れるともっと奇妙な気分がする。僕達は今夜、この誰も迎えてくれない他人の家に泊まるのだ。
 「電気どこかな?」
 「ちょっと待って」
 僕はiPhoneのライトを付けて玄関ドアの周囲を照らし、スイッチを見つけて電気を点けた。灯りの点いたその空間は、玄関を入ってすぐに設けられた20畳程度の部屋で、大きなテレビとソファ、本棚、猫が登ったりして遊ぶ木のようなものが置いてあった。
 「それで私達の部屋はどれなんだろう?」
 少し奥に進むとキッチンとダイニングがあって、電気を点けると冷蔵庫のホワイトボードに書き置きがあった。
 「冷蔵庫は自由に使ってね。テーブルにスナックとフルーツも用意してあるから自由に食べて!」
 それからケリー本人だと思われる人物の写真も冷蔵庫に貼られていた。どんな人なのだろう。ダイニングを抜けるとバスルームで、そこへ行く途中に部屋が1つあるけれどドアを勝手に開けるのも憚られる。二階ってことはなさそうだしなと、もう一度玄関の部屋に戻ると何の事はない入って左にドアがあって、そこに張り紙がしてあった。

『 ようこそ!
  この部屋を自由に使ってね!
  くつろいで下さい! 
  Wi-Fiのパスワードはxxxxxxxxxxxxxxx
  家には猫が二匹いて、1匹は警戒心が強いけれど、もう1匹は好奇心旺盛だからお邪魔するかもしれません。人懐っこいから悪さはしないわ 』

 僕達はドアを開いて中へ入り、電気を点けた。大きなベッドの上には二人分のバスタオルとフェイスタオル、それからペットボトルの水とエナジーバーまで用意してあった。壁には日本の侍みたいなのが描かれている古い絵や中国の書、置物などが飾られていて、東洋が好きなのが伺える。
 荷物を置いて一息付き、ケリーに「着いた」と一応メールを送っておく。あれ?っと思って視線を動かすと、きれいな毛並みの三毛猫が開けたままのドアからこちらを見ていた。

かわいい隠れ家
二見書房

西海岸旅行記2014夏(09):6月7日:ポートランドの暗い夜

2014-07-27 14:43:48 | 西海岸旅行記
 ポートランド・ユニオン駅に着いたのは夜10時だった。駅は暗くて、ほとんど人はいない。アムトラックからパラパラと下りてきた人達もパラパラとどこかへ消えて行く。
 ガランとした待合室の奥にトイレがあって、そこで用を足して待合室に戻ろうと廊下を歩いていると、窓の外に黒人の男がいて僕に向かって何かをいいながら窓をドンドンと叩いた。なんだこの荒廃した空気は、クミコを一人で待たせて来て大丈夫だったろうか。
 待合室ではクミコが今夜の宿までのルートを調べていた。駅から少し歩いたところのバス停でバスに乗り、一度バスを乗り換える必要があるようだ。バスの待ち時間などを入れると、宿に着くまではまだ1時間くらい掛かる。

 駅前のノースウエスト6番通りはポツポツと街灯があるだけでとても暗い。そしてほとんど全てのブロックにゴロツキがたむろしていて必ず声を掛けてくる。
 ポートランドは、最近日本で結構流行っていると思うし、イメージとしては「大都市に疲れた人達が、再開発されたやや小振りのきれいな都市で丁寧にオーガニックにクリエイティブに生活している」というものだと思う。
 けれど、今回僕が訪ねた街で一番治安が悪そうだったのはポートランドだった。もちろんLAの行ってはならないような地域には足を踏み入れてないので、そういう所は除いての話だけど、一番たくさんゴロツキに声を掛けられて、一番たくさんホームレスを見たのは間違いなくポートランドだ。
 ポートランドの紹介をするメディアが必ず載せている"Portland Oregon, old town"という大きなネオンサイン(シカのシルエットが付いたやつだ)も、それを掲げているビルの前にはたくさんのホームレスが寝ていて、僕達が通った時には隣のビルにパトカーが2台来ていた。少なくとも平和でどうにも退屈だから文化的な活動でもするか、というような街ではない。

 そんなわけで、バス停のあるウエスト・バーンサイド通りまで辿り着いた時、僕達はそこはかとない不安に包まれていた。
「なんか、思ってた所と全然違うかもね」
 一度不安を感じると、バス停でバスを待つ人々も怪しく見えてくる。真っ白いセーラー服に身を包んだ2人の水兵が通りを歩いていく。
 バスが来たのは結構な時間が経過してからだ、15分くらいは待ったと思う。やってきたバスには人がたくさん乗っていて、お金を払って乗り込むとバスの運転手が「そこの手すりは触っちゃダメだ、すごい病気の奴が触ったから」と言う。僕は最初聞き取れなくて危うく触るところだった。バスの運転手がわざわざ「病気の奴が触ったから触るな」と断るとは、一体どんな種類のどのような症状を持つ病人がこのバスに乗っていたのだろうか。何かの感染症だろうか。その病人は手すりのこの部分しか触らなかったのか?こんなバスに乗っても大丈夫なのだろうか。

 前の方に1つだけ開いていた座席にクミコが座り、僕はその前に立つことにした。向かい側は座席を3個くらい跳ね上げて車椅子が入るようになっているスペースで、そこに車椅子を付けていたホームレス然としたおじいさんが、「どこまで行くんだ?」と言いながら車椅子をスペースぎりぎりまで寄せ、座席を1つ水平に戻してくれた。お礼を言って僕がそこに座り、向かい合わせでクミコと話していると、今度はクミコの隣に座っていた杖を付いているおじさんが「君達一緒なんだったら、席代わるよ」と言って、僕と席を交代してくれた。

 さっきまで暗い通りをゴロツキにYo,Hey menと言われながら歩いていたので、ここへ来て小さな親切が心を解してくれる。見渡せばバスの中は多様な人々がおしゃべりしていて賑やかだ。
 アメリカで電車やバスのような公共交通機関を利用したのは、ここポートランドとシアトルでだけなので、この2つの街しか比較できないのだけど、シアトルに比べてポートランドの公共交通機関の方がずっとおしゃべりだったと思う。特にこの最初に乗ったバスは運転手が乗客の顔と名前と降りるバス停を覚えていて、「次はサウス・イースト18だよ、ジムとマギー降りるでしょ、じゃあな、おやすみ」という風にしじゅう話していた。乗客もパンクの若者から仕事帰りのおじさん、ホームレスみたいな人までバラエティが一番強かったように思う。ネイキッド・バイク・ライドの夜だったからだろうか。

 サウス・イースト82番通りは郊外と田舎の間を走る国道という風情だ。基本的に目に入ってくるのは中古車の店で、たまにデニーズみたいなチェーンのファミレスがある。暗くて、ただ車だけはビュンビュンと走っている。
 僕達はさっきのバスを下りて、82番通りのバス停で別のバスに乗り換えた。もう10分もしないうちに目的のバス停に着く。アメリカのバスは車内に黄色い紐が張り巡らされていて、それの端が「次止まります」のスイッチに接続されている。乗客はそれを引っ張って「次止まって」のサインを出すことができる。これは極めて合理的なシステムで、日本のバスみたいに何個も何個もスイッチボタンを用意しなくてもいいし、紐は大抵のところを通っているのでどの位置からも”止まってサイン”を出すことができる。「点」のどれかを狙って押すのではなく、「線」のどこかを適当に引けばいい。

 目的のバス停で下りると、やっぱりそこにも中古車の店があった。暗くて人は一人も歩いていない。ケリーのメールによると、今夜の宿はバス停から徒歩1分の場所にあるらしい。ケリーというのは今夜の宿というか、家の持ち主の女の子で、僕達とは赤の他人でしかない。そう今夜の宿はホテルでもゲストハウスでもなく、Airbnbで予約した知らない女の子の家だった。

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