チョコレート;展示と配送

2012-02-20 14:16:53 | 小説
「この手袋いいなー」
「うん、いいね、買っちゃえば」
「そうね、外も寒いし」
「そろそろ手袋いるなって思ってたんだよ、僕も買おっかな、自転車乗る時とか手やばいしさ」
「じゃあ、コウスケはこれ良くない? 色もいいし、内側は全部、伝熱繊維だって、バッテリーは一回充電で1200時間も持つらしいわよ」
「1200時間はすごいな、ちょっと高いけど」
「でも、これくらいするんじゃないの電熱線じゃなくて伝熱繊維使ってるし」
「そうだね、買うか」
 僕はその手袋にケータイをかざして「購入」ボタンを押した。ユウコもさっきの手袋に自分のケータイをかざしていた。

 ”お届け先を選んで下さい
  1、自宅
  2、現在地
  3、その他
 ”

「ユウコ、受け取りどうする? 今日はもうここ出たいし、自宅でいいよね、追加料金も掛かるしさ」
「そうねー、今すぐ手袋欲しいところだけど、うーん、現在地特急配送料350円は手袋に払えないしなー。うん、自宅受け取りでいいや」
「それに、ここで1時間半も待ってられないし今日は」
「あっ、でもチョコレートどうするの?食べたいって言ってたじゃん」
「そうだ、忘れてた、どうしよっかな。ユウコ待てる?」
「うん、いいよ」
「じゃあ、ついでに手袋も現在地配送にするか」
「うん」
「じゃあ手袋は現在地配送にして、チョコ買いに行こう」

 僕はお届け先に「1、現在地」を選択した。

”現在地特急配送料金350円がかかりますがよろしいですか?”

 イエス。

”注文を確定しました。それでは、90分以内にお客様のいらっしゃる場所まで商品をお届けします。お届けはお客様の携帯電話GPS情報を元に行いますので携帯電話の電源を切ったり、携帯電話から離れたりしないようご注意ください。”

 僕とユウコは1階の食品展示場へと降りて行き、チョコレートの展示品をいくつか眺めた。そして、いつもどおり普通のガーナミルクチョコレートを買うことにした。ガーナミルクチョコレートにケータイをかざして、購入ボタンを押す。今食べたいので、もちろん現在地お届けでオプションの「1時間以内お届け」も付ける。これで配送料金が450円になるけれど仕方ない。

「もうさ、商品展示場って、なんかおかしな気がするときあるの私」
「どういうこと?」
「だって、わざわざ配達とかじゃなくて、もうここにあるものがそのまま買えれば良くない?」
「あー、それは、なんか40年くらい前まではそうだったらしいよ」
「えっ、そうなの?」
「うん、昔は展示場じゃなくて”お店”って呼んでたらしいんだけど、まだネットが発達してなくて、現在地配達網もなかったから、そのお店という展示場に在庫というストックを無駄にたくさん置いてたんだって、だから、展示場でそのまま目の前にあるものが買えたらしい。まだ紙幣とか硬貨とかあって、人間が手で数えてた時代の話だよ。紙をお金と思い込んで、しかもそれを手で数えてたって、昔の人まじ笑えるよね。展示場にムダに大量に商品を置いて、それを紙と交換してたってわけわかんない」
「それは確かにナンセンス。昔って変なことばっかりね、ほんと。じゃあ仕方ないわ。今の展示場の方が合理的だし、チョコレートも1時間たったら届くわけだし」
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睡眠の温度

2012-02-20 02:22:56 | 小説
「じゃ、時間の無駄だから帰る、俺」
 高田がそう言って帰り支度するのを見ながら、杉浦はどこか寂しい気分がした。
 帰って、寝るんだろうな。

 オーストラリアの生物学者エドワード・ロバーツが自身を実験台にしてコールドスリープに入ったのは2019年の秋だった。2020年秋、コールドスリープから目覚めた彼は一躍時の人となる。エドワードはスリープに入った時と完全に同じ状態で冬眠から出てきて、損傷は一切なかった。パーフェクトな成功だった。
「普通に眠っているのよりも、もっと深く意識がなかったように思いますよ。一瞬でした本当に。あっという間。スリープカプセルに入ったと思ったら、次の瞬間もう出されていたんです。1年経ったなんて到底まったく信じられませんよ。一瞬です、一瞬」
 完璧な1年間のコールドスリープ。
 いわば未来へのタイムトラベル。
 もともと、コールドスリープは一部の人々が長らく切望していた技術だった。現代の医学で治せない病を抱えた人は、コールドスリープで医学が十分に発達するまで保存してもらい、未来の医学で治癒してもらうことを望んでいた。宇宙開発においても、膨大な時間のかかる惑星間有人飛行を成し遂げるためにスリープは必要だった。
 エドワードの成功をきっかけに、莫大な予算が投入されコールドスリープの研究は一気に加速した。わずか4年後の2022年に実用化され、アメリカの病院が、現代医学では治せないものの、数年後には治療の目処が立ちそうだという病気の患者向けにサービスを提供しはじめた。1ヶ月のスリープが9200ドルという高額なものだったが、すぐにその病院のシステムは満員になり予約も15年先まで一杯になった。
 スリープに入りたい人は何も病人だけではない。「孫が20歳になるのを無事に見届けたい」「ただ未来を見てみたい」「失恋したので違う時代へ行って忘れたい」「今は特にしたいことがないけれど未来には何かあるかもしれない」
 スリープの技術は、人々の"不老不死"に対する欲望に火を付けるものだった。時間をコントロールしたいという欲求を部分的に満たすものだった。

 技術は日々進歩して、2046年の今では誰もがコールドスリープを安価で利用できる。最短15分、最長100年の全自動スリープ可能なマシンが、たいていどこの電気屋ででも売られていて、人口の63%がスリープマシンを所有している。街中に安いスリープルームも増えたので、人々は空き時間があるといつでも気軽にスリープすることができるようになった。時間潰しという言葉は死語になり、カフェで本を読んだり、ただ散歩したりする人が街から激減した。代わりに彼らはスリープして人生の時間そのものをセーブした。気が付くと世界中の多くの人々が「必要なことをしている」か「したいことをしている」か「スリープしている」かのどれかの状態になっていた。すこしでも暇があれば人々はスリープする。ボーッと漫然たる時間を過ごしている人は、人生を無駄にしているバカだと笑われたり、なんと勿体ないことをしているのかと叱られたりした。
 何かの用件が終わると、次の用件まで人々はスリープするので、ある社会学者の計算では世界人口102億人のうち常時約52%がスリープ状態にあるということだ。なんと世界の半分以上の人々がスリープしている。ここには「睡眠中」の人々はカウントされていない。「睡眠」と「スリープ」は全く違う現象で、睡眠中の人間は夢を見たり疲労を回復させたり細胞を分裂させて成長したりするが、スリープ中の人間にはそういったことは一切起こらない。スリープ中は全ての生体活動が停止する。だから、もしも眠くなって疲労を回復する必要があれば、人はスリープするのではなく睡眠という"活動"をしなくてはならない。仮に人がスリープしていない時間の3分の1を睡眠に当てるのだとしたら、地球上の人間のうち起きて動いている人間は全人口の3分の1程度だということになる。
 3年前の統計ではスリープ人口は19%だった。それがたったの3年で52%だ。何か具体的な予定を選択するよりもスリープして判断を保留する方が簡単なのでスリープする人が急激に増えたのだ、と分析されている。さらに親しい人間がスリープ状態にあるなら起きていても仕方ないので自分もスリープに入るという人も多いようだった。「スリープから覚めて活動することに何の意味があるのか分からなくなってきた」という理由で長期のスリープに入る人も少しずつ増えていた。

 杉浦は今年で36歳だが、実はスリープをしたことが一度もない。なんだか気味が悪いと思っているからだ。両親は、スリープを使わず無駄な時間を過ごして年老いていく杉浦のことを心配していた。実際の年齢は父親が64歳、母親が60歳だったが、両親とも15年強スリープしているのでまだ肉体的には40代後半の若さだった。杉浦の同級生もだいだい肉体的には杉浦より10歳以上若かった。特に高田はこまめにスリープするので20歳前の若者にしか見えない。
 もちろん、スリープしている間は学習もしないし経験も積まないので、高田は頭の中も実際に20歳だと考えたほうがいい。だが、彼は起きている間、非常に効率的に勉強していて、現に杉浦と同じ電力会社で同じ仕事をしている。システムエンジニアとしては多分高田の方が優秀だろう。
「杉浦もスリープすりゃいいのに。無為に年老いていくお前を見てられないよ。起きてるのって本当に楽しいことしてる間と仕事とかの時間だけで良くない? 他の時間って無駄じゃん。起きてられる時間ってせいぜい100年なんだからさ。しかもこの100年に普通の眠りの時間も含まれてるんだから実際意識を持って活動できる時間ってせいぜい70年くらいでしょ」と高田にときどき言われる。
 高田の言うことは正論かもしれないが、どこかに違和感があった。
 どこかが狂っているような気がしていた。
 たとえば、杉浦の近所に住んでいる村井夫妻だが、二人とも仕事が忙しくて今は子育ての時間がないとかで、1歳半の息子をもう7年もスリープさせたままにしている。スリープは乳幼児でも安全性が保証されているし、法的にも問題はないのだが、杉浦は気持ち悪くて村井家には近寄ることができなかった。彼らは一体いつ自分の子供をスリープから解くつもりなのだろう。これはもしかしたら「殺人」ではないのだろうか。
 中学の同級生、安川は科学がとても好きで科学者になると言っていたのだが、未来の科学を見たいと100年のスリープに入ってしまった。だから杉浦はもう二度と安川に会うことがないだろう。杉浦は安川がもう死んでしまったような気がしていた。なんだよ未来の科学を見たいって、なんでそんなに人任せなんだよ、お前が今ここで未来の科学に繋がる貢献をするんじゃないのかよ。

 予定がないと人々はスリープする。
 すこしでも今していることに価値がないと思うとやめてスリープする。
 すこしでも今していることが楽しくないと思うとスリープする。
 人生を節約したいとみんなが必死だった。

 「俺は取り残されているのだろうか」
 曇った夜空を眺めながら、杉浦は家路を歩いた。
 お腹がペコペコだ。
 帰ったら麻希子のスリープを解除して、それからビーフシチューを解凍して二人で食べよう。麻紀子は起きてくれるだろうか。食べ終えたら、またすぐにスリープに戻るのだろうか。俺はまた一人で「無駄な」時間を過ごすのだろうか。
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