草君の春夏秋冬・花鳥風月

いけばな・季節の花々・散歩道の風景

いけばな247

2016-09-19 | いけばな2

トウガラシ ガーベラ ドラセナ

花器は、イタリアのリキュール、リモンチェッロの限定ボトルです。花を生けたくて買いました。甘くてアルコール度数の高いリキュールで、ソーダ割などにしてがんばって飲みました。

お能を観にいきました。

仕舞  熊野   久田三津子

    船弁慶  観世芳伸

狂言  素袍落(すおうおとし) 太郎冠者 山本東次郎   主 山本則俊 伯父 山本則重

伊勢参宮を思い立った主人は、かねてより参詣希望のあった伯父を誘うため、太郎冠者を遣いに出します。生憎伯父には先約があって同行できないものの、折角訪ねて来た太郎冠者に門出の祝いと酒を振舞いつつ、自分の代参を頼んで引出物の素袍を託します。すっかり酔いの回った太郎冠者は、やがて支離滅裂となり・・・。


お酒を注ぐ、伯父と、次第に酔っていく太郎冠者のやりとりが面白い。


能   隅田川         梅若丸 清水義久 梅若丸の母 山階弥右衛門 

                渡守  宝生欣哉 旅人 御厨誠吾

春の夕暮れ時、武蔵の国隅田川の渡し場で、舟頭が最終の舟を出そうとしていると旅人が現れ、女物狂がやってくると告げました。女は都北白河に住んでいましたが、わが子が人買いにさらわれたために心が狂乱し、息子をさがしにはるばるこの地まで来たのでした。舟頭が、狂女に、舟に乗りたければ面白く狂って見せろ、と言うので、女は『伊勢物語』九段の「都鳥(みやこどり)」の古歌「名にし負わば いざ言とわむ都鳥 我が思う人は ありやなしや」を引き、自分と在原業平(ありわらのなりひら)とを巧みに引き比べて、船頭ほか周囲を感心させ、舟に乗り込むことができました。

川を渡しながら、舟頭は一年前の今日、三月十五日に対岸下総(しもうさ)の川岸で亡くなった子ども、梅若丸の話を物語り、皆も一周忌の供養に加わってくれと頼みます。舟が対岸に着き、みな下船しても、狂女は降りようとせず泣いています。船頭が訳を尋ねると、先ほどの話の子は、わが子だというのです。

舟頭は狂女に同情し、手助けして梅若丸の塚に案内し、大念仏で一緒に弔うよう勧めます。夜の大念仏で、狂女が母として、鉦鼓(しょうこ)を鳴らし、念仏を唱え弔っていると、塚の内から梅若丸の亡霊が現れます。抱きしめようと近寄ると、幻は腕をすり抜け、母の悲しみは一層増すばかり。やがて東の空が白み始め、夜明けと共に亡霊の姿も消え、母は、ただ草ぼうぼうの塚で涙にむせぶのでした。

 

 三年ほど前の夏、謡の稽古をつけてもらった山階弥右衛門さんの舞台。見る前会の解説もわかりやすく面白かったです。

梅若丸の母がむせび泣く姿と、梅若丸の亡霊を追う姿は、動きの少ない能の表現だからこそ伝わるものがあり、幼い子を亡くした母の狂うほどの悲しみに思いを馳せた。

 

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