サッカーシューズ

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ウィルト-チェンバレン15

2017-06-15 21:36:24 | 日記


フランチャイズプレイヤーへ[編集]

ロビンソンの引退によりスパーズは新たな時代を迎え、パーカー、ジノビリ、ボウエンに加え、多才なトルコ人フォワードのヘド-ターコルー、レイカーズ時代にはスパーズを苦しめたロバート-オーリーが加わり、ダンカンにはロビンソンが十余年で築き上げた遺産を引き継ぎ、スパーズの真のリーダーになることが求められた。少なくとも数字上ではダンカンはロビンソン退団前と何ら変わらぬプレイを見せていた。2003-04シーズンは平均22.3得点12.4リバウンドをあげ、チームも57勝25敗と前年から3勝減だったもののリーグ3位の好成績だった。プレーオフ1回戦ではパウ-ガソルが所属するメンフィス-グリズリーズを4戦全勝で降すと、カンファレンス準決勝で因縁のレイカーズと対決。このシーズン、レイカーズはカール-マローンにゲイリー-ペイトンと大物2人を獲得するという思い切った補強をしていたが、マローンの故障もありレギュラーシーズン中は補強の効果はあまり見られず、成績ではスパーズに劣る56勝26敗の成績だった。スパーズは第1戦、2戦を連勝するも、第3戦ではダンカンが10得点に抑えられたことで敗北すると、以降連敗を重ね、第5戦ではレイカーズのデレック-フィッシャーによる残り0.4秒からの大逆転ショットを許してしまい、結局スパーズは4連敗を喫して敗退となってしまった。ロビンソンの回想によれば、当初ダンカンはチームリーダーという重責を担うことに抵抗を感じていたらしく、ダンカンが真のリーダーシップを得るには若干の時間を要したようである。
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