
***
お元気ですか?
3月も10日になりました。
冬も往き、春が来ますね。
美しい四季のある日本には、再びの命が芽吹くころです。
---
お元気ですか?
思えば。
ちょうど半年前の今日には、こんなこともありましたね。
---
さて。
あなたのホワイトバンドは、その後、お元気ですか???
***
(以上、本文)
画像:WWWより。
追記(9月10日):
2005年9月10日は、「ホワイトバンドデー」でした。
その日には、このBLOGでもホワイトバンドのことを書きました。
そのときには、いろんなご意見、反響を頂きました。
その時から、半年後ににアップしよう、と下書きしておいたのが、今日のこの記事です。
---
さて。
『空をみるひと』読者のみなさん。
あなたは、いかがですか?
あなたとホワイトバンドのその後について、
あなたの日々の歩みを、声を、寄せ下さい。
(この記事は、コメント欄へと続きます…)
↓
↓
↓
*重要な追記 (3月13日)
この記事をアップして、コメントが寄せられるのを待っていました。
いくつかの声が寄せられました。
ありがとうございます。
---
誤解があるといけないので、改めて、書いておくことにします。
---
僕がこの3月に、「ホワイトバンド」についてこの記事を書いたのは。
“遠い過去のこと”として、“あのヒトは今?”といった調子で、なつかしみ、回顧するためではないのです。
---
ホワイトバンド。
確かに、今、手首につけているヒト、街でもまず見ませんね。
もう、完全に“流行おくれの過去のモノ”なのかなあ…?
今、つけてたら、カッコ悪い???
また。
世界の貧困について語る声も、あまり聞かなくなりました。
---
確かに、
ホワイトバンドをめぐっては。
品切れで人気沸騰、とか、
なんだあ、寄付じゃなかったの?騙された!という誤解や、
賛否両論ありました。
「ホワイトバンド狂奏曲」といった感じ。
---
でも。
「ほっとけない世界のまずしさ」そのものは、この今も、続いています。
日本では、木々の梢に新しい命が芽吹くこの頃、
僕らの見えないところで、若葉をつけた木々もなく、清らかな水もない土地で、
「3秒に一人」、子供たちが命を落としていますよ。
そのことには、流行りも廃りも、ないのです。
ホワイトバンドを買って、つけて、いつのころか、外したひとも。
ホワイトバンド、なんて言葉すら、すでに忘れていたヒトにも、
“いまさらつけるのは、カッコ悪いよね”と感じるヒトにも、
そのことは、本当に大切なことは、忘れてほしくないものです。
かつて一度、「ホワイトバンド、つけてみよう」と、思ったのなら。
その時がスタートだったはず。
「大切なこと」は、ホワイトバンド騒動の、前も、最中も、その後も、そして今も、変わらないはずでは?
少なくとも、たかだか半年で、「過去のニュース」として片付けられ、忘れさられてしまうには、話は重要過ぎるのでは?
---
そして。
「ホワイトバンド」の真意、その運動の志は、
これからも、続いていくべきなのでは?
300円の、あの白いバンドは。
“世界の貧困を知り、目をむけ、
多くの人々に知らせ、
貧困解決へ向けて、世界のヒトが、多声を上げ、意思を示し、
国際政治を動かして、「発展途上国」の累積債務を減免する政策を実現し、
構造的貧困のない、公正な世界を実現しよう!”
ということなはず。
それは、
9月10日の「ホワイトバンドデー」なる日にも、
その後の日々でも、
今も、
これからも、
変わることのない、多くのヒトの願いであるはず。
そして、「あなた」の願いであったはず、あるはず…。
---
だから、僕は、問うたのです。
***
あなたは、いかがですか?
あなたとホワイトバンドのその後について、
あなたの日々の歩みを、声を、寄せ下さい。
***
と。
---
他人事のように、
あの「ホワイトバンド狂奏曲」を夏か懐かしみましょう、と書いた訳ではなくて。
もちろん、風刺したわけでもない。
あのホワイトバンド協奏曲を、客観的に総括して下さい、と頼んだわけでもないのです。
---
その後の日々の中で、
どう、「ホワイトバンド」と、貧困と、貧困ななくすことと、取り組んだか?
実際に自分の体を動かして、何をしたか?
自分のココロで考えて、何を感じたか?
を訊いてみたかったのです。
---
特に、ホワイトバンドというものに関わった人たちに、訊いてみたいと思っています。
このBLOGに、ホワイトバンドについて、コメントを下さった方もたくさんいらっしゃいました。
9月10日の『ホワイトバンドデー』のことご自分のBLOGに書いた方もネット上にはたくさんいます。
(そんな何人かのBLOGに、この記事をトラックバックさせていただきました。)
そういうヒトに、今、もう一度、訊いてみたいんです。
一般論ではなくて。
あなたは、どうなのか?
と。
(ここまで読んで下さった読者さんには、ここで、改めて、この記事の本文を読んで、もう一度考えて頂けたら、幸いです。)
---
まあ。
他人様の考えは、もちろん、それぞれの自由。
押し付けるつもりはないのですが。
でも。
すべてのニュースが、まるでまったくの他人事のように伝えられる昨今。
いわゆる「大ニュース」も、次から次に伝えられ、消費され、忘れ去られていく、この時代。
だからといって、
それを、同じく、まるでまったくの他人事のように受け取り、消費し、忘れていく必要もないのです…。
---
…じゃあ、僕、kuuのホワイトバンドはその後どうなんだ!?…って?
…控えておいたのですが、折を見て、コメント欄に書いてみます。
(関連記事: ホワイトバンド? 大切なことは…??? )











TBありがとうございます!
もともと私は皮膚があまり強くないので、アクセサリーは身につけないんです。だから、ホワイトバンドは最初から身につけることはほとんどなく、インテリア化してました。
でも、ホワイトバンド活動の主旨などは理解できたし、やはりグローバルな視点の必要性を痛感したところもありましたので、いいムーブメントだったんじゃないかなと思います。
今ではアクセサリーとして様々な色のシリコンバンドが売られていますけど、ホワイトバンドの活動を忘れてはいけませんね。
苦しんだり困ったりしている人は常にいるんですよね。
結局、ホワイトバンドという言葉はすっかり風化してしまいました。
流行だけで付けた人もいるかもしれないですが、この運動の主旨を今でもどれだけの人が覚えているのだろうかと考えると、ちょっと不安に感じてしまうものです。
今でもいろーんなお店に置かれていて、作りすぎであまっているようにも見えますがどうなのでしょう。
いかにもお金がかけられているホワイトバンドのプロモーションに疑問を感じ、考えているうちについに買わずじまいになってしまいました。
これまで関心をもたなかった人が、ホワイトバンドを通じて一人でも子ども達へ想いをはせたなら、わたしは素敵なことだと思いますが。。。
わたし達は、飢えた子供たちに何ができるのか?っていう問いを忘れないことが大事。
コメントありがとうございました。
去年の9月10日の「ホワイトバンドデー」について書いてあるBLOG記事にトラックバックさせて頂きました。
>インテリア化してました。
なるほど。
身に着けても、そうでなくても。
ホワイトバンドは、
“たくさんのひとに見えるようにする”
ってことがポイントだと、僕は思ってます。
>でも、ホワイトバンド活動の主旨などは理解できたし
>やはりグローバルな視点の必要性を痛感したところもありましたので
じー太さんのココロに灯ったものが、これからも続いていくといいですね。
そして、行動。
思ってるだけじゃ何にもならない。
>いいムーブメントだったんじゃないかなと思います。
「だった」。
「ホワイトバンド」という「ムーヴメント」は、
終わっていないし、終わらせてはいけない、
と、僕は思っています。
いったん、ホワイトバンドを買った、つけた、って人は、そのときが「スタート」。
長い道のりの。
…そんなことをぼんやりと物思いました。
コメントありがとうございました。
>去年の9月10日の「ホワイトバンドデー」について書いてあるBLOG記事にトラックバックさせて頂きました。
>今ではアクセサリーとして様々な色のシリコンバンドが売られていますけど
>ホワイトバンドの活動を忘れてはいけませんね。
確かに、いろんなのがあって。
http://blogimg.goo.ne.jp/user_image/32/4a/85194e5d199963935c4b3fae40019291.jpg
いずれにしても。
ファッションアイテムとか、単なるものとして終わっては意味がない。
それぞれの活動の趣旨、そこに込められた願いに、
僕らが共感するリアルな思い、
そこから生まれる行動こそが大切ですね。
>苦しんだり困ったりしている人は常にいるんですよね。
確かに。
そこにも。
僕ら自身の想像力、リアリティが大切。
「白帯精神」、ポップでいい言葉ですね。
で。
・かねやんさんのホワイトバンドは、その後どうなっていますか?
・かねやんさんご自身は、その後、どんな行動をしていますか?
コメントありがとうございました。
去年の9月10日の「ホワイトバンドデー」について書いてあるBLOG記事にトラックバックさせて頂きました。
>結局、ホワイトバンドという言葉はすっかり風化してしまいました。
確かに、あのブームはどこえやら、という感じもします。
その後、まったく見なくなった、ということが、僕には理解しがたいとろです。
その本質を考えると。
多くの人にとっては、ファッションだったのかな?
>流行だけで付けた人もいるかもしれないですが、
>この運動の主旨を今でもどれだけの人が覚えているのだろうかと考えると、ちょっと不安に感じてしまうものです。
そうですね、一般論としては理解できます。
さて。
・sinさんのホワイトバンドは、その後どうなっていますか?
・sinさんご自身は、その後、どんな行動をしていますか?
リアルなコメント、ありがとうございます。
>今でもいろーんなお店に置かれていて、作りすぎであまっているようにも見えますがどうなのでしょう。
僕個人としては。
かつて、品切れで話題性がアップして、ブームに拍車がかかったことは、
プロモーション戦略だったのでは?と読んでいました。
いわゆるセレブをつかったCMなども含めて、
そうしたことが、「ほっとけない、世界の貧しさ」という問題の本質を、より多くの人に伝える効果を生んだのなら、それはそれで結構だったと思います。
が、その後の半年で、ブームは去り。
300円の安っぽい白いゴムバンドは、話題を振りまいてこそ、その価値が生まれるもの。
店先で余って、見向きも去れない、では意味がないですね。
世界の貧困をなくすための努力をしよう、という声(…これこそが大切)も下火になった感じ。
“ブーム後”が大切。
点いた火を、長く燃やし続けていくこと。
これができなかったのが、このキャンペーンの最大の失敗だと、読んでいます。
>いかにもお金がかけられているホワイトバンドのプロモーションに疑問を感じ、考えているうちについに買わずじまいになってしまいました。
そういう考えも理解できます。
---
さて。
問題は、ホワイトバンドという、モノでも、言葉でも、流行でもないはず。
“世界の貧困”をどう知るか、どう感じるか、どう考えるか、どう行動するか、ですよね。
そういう意味で。
ホワイトバンドを買わない選択をしたみおりんさんは、
世界の貧困というものと、
その後、みおりんさんの日々の中で、
どのように付き合っていますか?
またコメントを寄せていただけたら、幸いです。
よい日々を…。
コメントありがとうございます。
>一時的な話題に終わらないで、長く続けられるムーブメントなってくれるかどうかに注目してます。
!!!
その支店が大切だと、僕もずーと思い続けてきました。
だから、今頃、また、ホワイトバンドの記事を、こうして書いて、いろんな人と話しているわけです。
>これまで関心をもたなかった人が、ホワイトバンドを通じて一人でも子ども達へ想いをはせたなら、わたしは素敵なことだと思いますが。。。
そうですね。
きっかけはファッションであれ何であれ。
誰か一人の心に、想いの火が灯ることこそが大切。
>わたし達は、飢えた子供たちに何ができるのか?っていう問いを忘れないことが大事。
まったし!
傍観者になるな!
僕らは、つい、傍観してしまう。
飢えも、戦争も、悲しいニュースも、リアリティをもって感じることができなくなっているのかも…。
自分が自分のココロとカラダで、そこに突っ込むこと。
日々の中で自分に問い、
そして、
小さなことでも、体を動かす、行動することが大事だと、僕は考えています。
『空をみるひと』、kuuです。
この記事では、「ホワイトバンド」のその後について、
読者の皆さんに問いかけてみました。
おかげさまで反響を頂き、
僕も、改めて、いろんなことを感じ、考えさせられました。
ありがとうございます。
ここで。
僕、kuu自身の「ホワイトバンド」のその後、について書いておくことにします。
***
モノとしてホワイトバンドは…?
9月に書いた記事の通りに、携帯電話のストラップにくっ付けています。
http://blog.goo.ne.jp/so-kuu/e/9af3a860ba58bc1b74cfcc1dcaecd19a
ポケットに電話をしまうときにも、ホワイトバンドはポケットからはみ出して、ぶら下がるように。
ひとの目に付くように。
人にメッセージを伝えることが、モノとしてのホワイトバンドの大切な役割だから。
今日も声をかけられました。
「ポケットから何か落ちそうだよ。」
kuu「ああ、ありがとうございます。
でも、これ、実は、ぶら下げてるんです。」
「なあんだ、紛らわしいなあ・・・あ、それって、ホワイトバンド?中田とかCMしてたやつ。」
kuu「ええ。」
「見ないねえ、最近。」
kuu「そうですねぇ…。」
僕は、ずっと身につけ続けようと思っています。
僕にとっては、ファッションアイテムではないから。
流行なんて関係ない。
僕にとっては、
世界の貧困を「ほっとかない」という、
僕の責任responsibilityの宣言なのです。
時折、過分な贅沢をしているときに、
ふと自分のホワイトバンドが見に入ると。
日々に流されて、貧困のことを忘れて、無駄遣い大国ニッポンな暮らしをしている自分に気づいて、反省したり
。
そういう意味では、今の僕には、お守りのようなものになっているかも。
人ではなく、自分の目に付くようにホワイトバンドを身につけることのほうが、大切かもなあ、とも感じていま
す。
***
世界の貧困、ということについて。
「ほっとけない、世界の貧しさ」キャンペーンが注目を集めた頃も。
そして今も。
3秒に1人、どこかで子供たちが命を落としています。
それは、たとえ、ホワイトバンドの売り上げ全額を寄付に変えていたとしても、同じことでしょう。
そのくらい、貧困は深刻。
途上国の先進国に対する累積債務は大きいのです。
---
だからこそ。
先進国による累積債務の帳消し・減免が必要なんですね。
そのことを、政府に訴えることが大切ですね。
9月に、僕は、小泉首相にメールを送りました。
「9月15日のサミットに出席して、累積債務の帳消し・減免、世界の貧困解決をアピールしてください」と。
---
それでも、今日、貧困がなくなったわけではありません。
やっぱり、息の長いキャンペーンが必要なんだなあ、と痛感しています。
だから、こうして、今頃、ホワイトバンドについて、再び書いています。
「ホワイトバンド」と「ほっとけない、世界の貧しさ」キャンペーンを、長続きするものにしていくこと、その
手伝いをしたいと思います。
---
世界の貧困と、その原因について。
考えました。
世界の貧困が存在する理由。
思うに、それは、先進国がそれを望んだからです…。
これまでの世界は、奪う、ということに依ってきました。
大航海時代以来、
世界をまたにかけた貿易は、
地理的に遠いということ、
各国の経済的格差、
各国の風習・法律などの違い、
情報が伝わらないということ、
などを利用してきました。
インドで茶を安く仕入れて、英国で高く売る、とか。
中国の貿易で赤字がでたら、アヘンを売りつければ回収できる、とか。
そのうち、軍事力も使うように。
そして、政治・経済・軍事が一体となって、
略奪者は、合法的に、支配者となり、
奪われる人たちは、支配されるものとして固定されてしまいました。
それが「帝国主義時代」。
で、長い目で歴史を見ると、今のこの世も、帝国主義時代の延長でしょうね。
民主主義も結構だけれど。
民主主義をかさにきた帝国主義ってのは厄介なものです。
現代では、それは更に巧妙になり。
グローバル化とともに、奪うものと奪われるものとの格差は、ますます拡大しています。
---
たとえば、コーヒー。
アフリカ・中南米などのコーヒー栽培地は、殆ど先進国資本の持ち物。
コーヒーの流通もまたしかり。
お百姓さんの手には、コーヒー豆も、お金も、殆ど残らない仕組みが出来上がっています。
---
たとえば資源。
原油にしても、レアメタルにしても。
その産出国は、必ずといっていいほど、政情不安定。
それは一体なぜ?
誰の仕業?
---
こんな世界でいいんだろうか?
僕は、イヤだね!!!
---
でも、何ができる?
世界の最貧国のひとつ、ネパールに行ったときにも、いろいろ考えさせられました。
http://blog.goo.ne.jp/so-kuu/e/c111f8a460b03050037c8f916240bf82
僕に何が出来るだろうか?
---
答えは、まだ、見つかりません。
だれも、まだ、見つけていないのかも知れません。
---
とりあえず、僕は。
フェア・トレードを学んでいます。
フェアでない貿易によって遠く日本にもたれらされるコーヒーは飲まない、と決めています。
コーヒーを飲むなら、フェアトレード、オーガニックものだけを。
http://blog.goo.ne.jp/so-kuu/e/efff19cb4c92937dcc9425f22d6159b5
もちろん、それはたまの贅沢に。
フェア・トレードが大切ならば、同時に「地産地消」も大切なはず。
余談。
---
ワンガリ・マータイさんの「グリーンベルト運動」をサポートしたいと思う。
http://blog.goo.ne.jp/so-kuu/e/4b5023d420779e466e76a50a868adbb1
アフリカでの植林活動は、アフリカの土地、自然、地球環境にとってもいいことだけれど。
アフリカの人々が自活し、自立し、志を持って生きていけるようになることは、貧困撲滅のためにも有意義だと
思うから。
先進国に騙されないアフリカになるように。
---
もしかしたら、僕らの国、日本も、アフリカの人びとを騙して、過分が利益を上げているかもしれない。
そういうことをもっと知らなくちゃ。
「アフリカ」とは遠い無縁の国々ではないはず。
このグローバル時代、地球上の僕らは、みな繋がっている。
たとえば。
僕らの携帯電話の中には、アフリカでしか採れないレア・メタルが。
僕自身が略奪者になる、なんてことがないようにしなくちゃ。
---
世界の貧しい国々のことを、もっと知ること。
映画『ホテル・ルワンダ』をみるとか。
http://blog.livedoor.jp/hotel_rwanda/
コンゴや、問題を抱える国々のことを、もっと知りたい。
その問題、その痛みが、少しだけでも、わが痛みとなるように。
「ほっとけない、世界の貧しさ」が、ぼんやりとした絵空事でなく、この僕にリアルな問題になるように…。
---
長く書いちゃいました。
そんな、こんなが、僕の、リアルな、“ホワイトバンド”です…。
…みなさんのホワイトバンドは、その後、お元気ですか?
私は「ほっとけない事務局」の方々と直接会い
沢山話をする機会を頂きました。
その時に言ってたのが「ホワイトバンドはシンボル」であると
別にシリコンリングでなくても良かったと。
あと、「日本でこれ程までに売れると思ってなかった」と
今は2008年のG8に併せての準備段階であると
他にも沢山話をして、今後も「出来ることを出来るだけ楽しく」
この言葉をモットーに啓発活動をしていくでしょう。
流行で終わらせない為にも、小さな声を沢山集め訴える事。
昨年9月に首相がG8に行ったのは選挙で勝ちが確定したからではありません。
「みんな」のメールが届いたからです。
詳しい事はここでは書けませんが、本当です。
あと、芸能人の方々が出演しているフィルムは
全員ノーギャラですし、「出たい」と名乗りを上げてきた方々です。
ミーシャやTERUは積極的に活動に参加してますし。
ミレニアム宣言で上げられた期限2015年以降も
貧困・貿易・HIV/AIDSに対しての活動は続くし
続けなくてはいけないと思っています。
先進国に住む私達に出来る事を、彼らは心待ちにしています。
1クリック募金でも良いです。
「ほっとけない」と思った気持ちは
そんな事からでも始められるし
コンビニの募金でも良いと思います。
ホワイトバンドの持つ本当の意味は
そんな気持ちで成り立っていると
私は理解し今現在も身につけています。
・・・みなさんのホワイトバンドは、その後お元気ですか?
ホワイトバンドについての話、わたしも参加させてください。
わたしの、心から愛する人はこの惑星に住んでいます。
彼が常に幸せでいられるには、どうしたらいいのか、深く考えてみました。そしたら、結局、周り(自然も人もすべて)が皆幸せでないと、それは難しいということに気づきました。
弱くても、強くても。
低くても、高くても。
暗くても、明るくても。
小さくても、大きくても。
遅くても、早くても。。。
自分や周りの状況は簡単なことで変ってしまいます。
でもどんな状態になっても、幸せでいられるなら、彼は常に幸せでいられる。。。
愚かな母であるわたしは、そんなふうに考えました。
つまり、わたしがホワイトバンドをつける理由も、かなりエゴイスティックなものかもしれません。
しかし「愛せる」ということは、ほんとうに幸せなことです。
生きているかぎり、きっとやめられません。
だから、わたしの愛情は下記のようにして表現しようと思います。
○足るを知る心でいられるよう励みます。
→具体的には
・よけいなものはできるだけ持たない。
・自分の食べるもの、使うものは、できるだけ自分の手で作る。
・古いものをうまく活用する。
・日本で作れないものでほしいものがあったときは、できるだけフェアトレードのものを買うようにする。
○人とつながる。
・ホワイトバンドは、これからもつけ続けます。
・kuu***さんのブログ「空をみる人」はこれからも必ずチェックします。
・わたしのサイトの日記はできるだけマメに書きます。
・仕事では、幸せな時間をもってもらえることを祈って本を選び、手渡します。
ちっぽけなとりくみですが、これからもこつこつと、地道にいこうと思います。
では。
長文を読んでくださりありがとうございました。
今日もいい一日を!
コメントありがとうございました。
藤川さんのBLOGで、藤川さんの「その後」の活動が伺えるようです。
改めてじっくり遊びにいこうと思います。
「ほっとけない」を通じてアドヴォカシー活動をしている、とか。
ところで、藤川さんのホワイトバンドは、その後どうなっていますか?
その後のご自身の活動の中で、“今、一番やるべきこと”・“今、誰にでも、すぐにでも出来ること\"はなんだとお考えですか?
教えて頂けたら幸いです。
リアルな歩み、リアルな言葉ですね。
人それぞれに、人それぞれの「ホワイトバンド」。
「ほっとけない」とホワイトバンドが、「愛」と結びつくのも、僕には、以外でもあり、面白く読みました。
僕のBLOG、この『空をみるひと』は、どうぞ、程ほどに(笑)。
きっとネットハンサムの物思いに過ぎません。
特に、最近、説教臭くて、我ながら、嫌気がさしているんです。
僕も、PCの前より、外へ出て、歩き回るつもりです。
いよいよ春分、春本番。
朗らかな気持ちで、日々、精進です。
めえ***さんも、よい日日を…。
タイトルに書いてある事についてなんですが
「無理をしないで」
「出来る事をできるだけ気持ちよく」
この心をもっていれば、出来る事は沢山あります。
今やるべき事は「知る」という事かな。
私達か暮らしている国でいったいどれだけ無駄があるのか
自分がどれだけ無駄にモノを消費しているのか
まずは自分の足元を見直す為に「知る」事です。
すぐにでも出来る事は
「買い物袋を持ち歩く」とかでも良いと思います。
「マイ箸」「マイカップ」でも良いですね。
出かける時に近ければ自転車で行くとか。
ありきたりな事かもしれませんが
とても大事な事かもしれません。
段々と暖かくなってきますが
ずっと袖を通してない洋服とか眠ってませんか?
サイズが合わない。デザインに飽きた。
それでもその服を必要としている人がいます。
スマトラ沖地震で被災された方々の中には
年末の寒さで凍死してしまった方もいます。
捨てる位なら世界の誰かに使って貰いましょう。
きっと誰かの役に立つ。そう思えば
気持ち良いと思いませんか?
良く聞く言葉ですが「捨てればゴミ・生かせば資源」です。
私は沢山の人が、家族や恋人を愛するのと同じ位
苦しんでる人たちを愛し助けて欲しい。
そう願い活動していています。
まずは自分に出来る事から・・・
追伸:私のホワイトバンドは両手に一つずつ
***とMAKE POVERTY HISTORYをつけてます。
藤川さんご自身の活動・行動を書いて頂き、嬉しく思っています。
一般論として、
ひとに向けて、
「こんなに問題なんだよ」
「こうしたらいいよ」
という書き込みが多くて。
自分ごととして自分の日日の歩みの中で感じたこと、
自分が本当にやった行動やそこから得た学び、
そうしたことを、ここで書いていただけたら、
この記事、ページの意義が、そこでようやく生まれるのではないか、
と思っています。