三世の四季

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四季折々の詩(句)を紹介/新・人間革命

小説「新・人間革命」

2016年10月14日 05時15分40秒 | 新・人間革命


源流 三十六 法悟空 内田健一郎 画 (5927)

 ラージ・ガートを視察した山本伸一は、ガンジーの精神が、この場所とともに永遠であり続けることを願い、案内してくれた管理者に次の一文を認めて贈った。
 「国父ここに眠る
  民衆ここに詣でる
  父子共に永遠に
  幸多かれと祈る
     ラージ・ガートにて
           二月八日」
 一行は、ラージ・ガートに続いて、斜め向かいにある国立ガンジー博物館を見学した。
 ガンジーの使用した杖、サンダル、チャルカ(紡ぎ車)、直筆のメモ、彫像、また、彼の青年時代や子どもを抱いて微笑む様子など、常に民衆と共に歩んできた“マハトマ”の数々の写真が、パネルで展示されていた。
 一つ一つの品々から、ただひたすら人びとの幸福のために尽くし抜いた七十八年の尊き一生が、ありありと眼前に迫ってくる。
 なかでも伸一が強く心を打たれたのは、ガンジーが暗殺された一九四八年(昭和二十三年)一月三十日に身につけていた、血痕のついた布地であった。彼の歩みは、まさに命を賭しての変革の戦いであったのだ。
 ガンジーは、祖国インドの独立とともに、インドの大地に根差すヒンズー教徒とイスラム教徒との融和を願って行動してきた。しかし、イギリスの分離統治のもくろみや、政治的利害が絡み合い、宗教間の対立は激しさを増していった。そして四七年(同二十二年)八月、悲願の独立を果たしたものの、ヒンズー教徒が大多数を占めるインドと、主にイスラム教徒からなるパキスタンに分かれての独立となったのである。
 それから五カ月後、イスラム教徒への報復を叫ぶ、過激なヒンズー教徒の青年が放った三発の凶弾が、彼の命を奪ったのだ。
 ガンジーは訴えてきた。「わたしの宗教は地理的な限界をもたない」(注)と。
 その言葉は、人間という共通項に立脚した、宗教のあるべき姿を示している。


 小説『新・人間革命』の引用文献
 注 マハトマ・ガンディー著『わたしの非暴力1』森本達雄訳、みすず書房



【「聖教新聞」2016年(平成28年)10月14日より転載】


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