三世の四季

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四季折々の詩(句)を紹介/新・人間革命

歳暮/今日の俳句 ≪第2715号≫

2017年12月14日 05時29分32秒 | 今日の俳句


≪2017年(平成29年)12月14日(木)≫(旧暦10/27)


  ひたむきに歳暮つかいひの急ぐなり
                    岡本松濱


  師へ父へ歳暮まゐらす山の薯
                    松本たかし


  歳暮鮭とけばこぼるゝ結び文
                    阿部慧月


  寺へせいぼ米二升ほど添へにけり
                    若林一童


  お歳暮をもとの通りに包みけり
                    松島 力



※ 歳暮・歳晩・歳末・年歩む・年の瀬・年の果・年暮るる
 年の暮れに、これまでの好誼をお互いに感謝しあうために、訪問して贈り物を交換したり、無事息災を祝うために、年忘れといって、親戚・地己・同僚の間で酒宴を設けることだが、のちに単に物を贈ることだけを歳暮というようになった。さらに転じて訪問しないで、歳暮の贈答が小包郵便やデパートの配達によって行われ、また物品のかわりに商品券などが代用され、手軽になったが、本来の意義が忘れられてきているのが、今の歳暮である。

【新訂「現代俳句歳時記/石田波郷・志摩芳次郎編」主婦と生活社より抜粋】








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       ※☆*わが友に贈る*☆※


  「南無妙法蓮華経は
  歓喜の中の大歓喜なり」
  題目は希望の源泉だ!
  妙法を唱え弘めながら
  今日も価値ある一日を!


       2017年12月14日




       ※☆*寸 鉄*☆※


 崇高な目的に生きること
 で大きな力を得る―戸田
 先生。広布の大願へ一筋
      ◇
 関西女性の日。幸と和楽
 の拡大へ潑剌。世界の模
 範と輝く婦女一体の連帯
      ◇
 組織での忘年会・新年会
 は厳禁。事故や不信の因。
 清浄な学会の組織を守れ
      ◇
 人類初の南極点到達日。
 我らも己の限界に挑戦!
 その一歩が偉大な歴史と
      ◇
 ネットの長時間利用は子
 どもの発達に悪影響と。
 親子でルール決めて賢く


【聖教新聞:2017年(平成29年)12月14日(木)付】








     ※☆*名字の言*※



誠実に生きていても、人は時に、不運としか言いようのない環境に翻弄され、悩む。そんな時に有効な処方は「目薬」である、と精神科医の帚木蓬生氏は説く(『ネガティブ・ケイパビリティ 答えの出ない事態に耐える力』朝日新聞出版)



点眼薬ではない。「あなたが苦しむ姿は、私がこの目で、しかと見ています」と、当事者が立ち上がるまで寄り添い、共に耐え続ける、周りの人々の慈悲の心と姿勢のことを指す



先日、福島県の飯舘村と浪江町の同志が、原発事故以来、約6年9カ月ぶりに、故郷であるそれぞれの町村で座談会を行った。今なお他地域に避難する友の姿もあった



激励に駆け付けた幹部があいさつした。「私の目には、今でもはっきりと焼き付いています。震災直後、地元幹部が携帯電話を握り締め、全国に散り散りとなった同志の安否を必死に確認し続けていた姿を……」。声は震え、後が続かなかった。友は幹部の真心を、自身の決意に変え、最後は全員で東北の歌「青葉の誓い」を力強く合唱した



池田先生は常々、「私は見守っています」と全世界の同志を励ます。わが奮闘を師が見つめている――弟子が苦難を乗り越える上で、それは最強の力となる。創価の師弟ある限り、必ず未来を勝ち開いていける。(城)


【聖教新聞:2017年(平成29年)12月14日(木)付】





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〈小説「新・人間革命」〉 

2017年12月14日 05時28分56秒 | 今日の俳句
勝ち鬨 七  法悟空 内田健一郎 画 (6248)


 正信会の僧たちは、相次いで宗門から擯斥されていった。
 彼らは、広宣流布を口にしながら、ひたすら広布を進めてきた学会を「謗法」と断じ、尊い仏子である学会員を苛め抜き、僧俗和合を破壊してきた。そして結局は、滔々たる広宣流布の大河の流れから離れ、嫉妬と瞋恚の修羅の濁流に沈み去っていくのである。
 宗門側は、最終的に百八十人を上回る正信会の僧を、擯斥処分していくことになる。また、裁判所に、正信会住職に対する「建物明渡請求」を行うなど、法廷でも長期にわたる争いが続いていった。
 この間、学会は、一貫して宗門を外護し、興隆のために最大に力を注いでいった。
 擯斥処分され、追い詰められた正信会は、宗門攻撃を重ねるとともに、学会への誹謗中傷を執拗に続けた。
 しかし、学会員には、“日蓮大聖人の御遺命のままに、死身弘法の誠を尽くして、現実に広宣流布を推進してきたのは創価学会の師弟しかない。御聖訓に照らして正邪は明白である”との、強い不動の確信が育っていた。
 そして、山本伸一が自ら矢面に立つことも辞さず、会員を守るために反転攻勢を開始し、国内を、世界を駆け回る姿に、共に立とうとの決意を新たにしていったのである。
 いかに深き闇に覆われ、嵐が吹き荒れようとも、師子が敢然と立ち上がる時、暁鐘は鳴り渡り、金色の夜明けが訪れる。鉄鎖を断ち切り、師弟が心を一つにして、一歩を踏み出す時、既に勝利の幕は開かれているのだ。
 伸一は、さらに、宗門事件で苦しめられてきた地域を回り、わが創価の同志の奮闘を讃え、ねぎらい、ともどもに凱歌の旅立ちをしようと、深く心に誓っていた。
 伸一が真っ先に駆けつけたかったのは、四国であった。彼が会合にも自由に出席できない状況に追い込まれていた時、「それならば、私たちの方から馳せ参じよう!」と、大型客船「さんふらわあ7」号でやって来た、健気なる同志の心意気に応えたかったのである。



【「聖教新聞」2017年(平成29年)12月14日より転載】




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