古稀の青春・喜寿の青春

「青春は人生のある時期でなく心の持ち方である。
信念とともに若く疑惑とともに老いる」を座右の銘に書き続けます。

和歌山城と美術館

2016-10-14 | 旅行
 和歌山城は、ご存じ紀伊徳川家の本故智です。しかし創建は豊臣秀長による天正13年です。築城の名手と謳われた藤堂高虎が普請奉行を務め、高虎が手掛けた最初の本格的城郭です。関ケ原の戦いののち、浅野幸長が37万6千石の城主となり天守閣を創り城下町を整備した。浅野が広島に移封された後元和5年徳川頼宣(家康の10男)が55万5千石の城主となる。8代将軍徳川吉宗は5代目の城主であった。
 入場料410円。早速天守閣に登り天守からの展望をカメラに収めた。
この天守閣、明治維新の廃藩置県の際100円で売りに出されたそうである。無理やり交わされた金持ちは始末に困ったらしい。兵部小(後の陸軍省)が召し上げてくれて大喜びをしたと、司馬遼太郎さんは語っている。
入り口には見事な白虎の増が飾られていた。

庭に威風堂々の巨木があった。
流石紀(木)の国であると思わせた。


天守閣を降りてから西の丸庭園を見に行く。
池が美しい。

秋は日が短い。城をでたら5時だったが、もう薄暗くなる。車のナビに宿舎の電話番号を入れ、ナビのアナウンスに従い、走り始める。こういう時にはカーナビはまことに便利です。40分ぐらいで突然海岸に出た。紀淡海峡です。今宵の宿、休暇村紀州加太は小高い丘の上にあった。
 5時40分、チェックイン。30分で大急ぎで風呂に入り、その後、恒例の勉強会を済ませ、7時から夕食を採った。従業員の勤務時間の関係で8時に終わってほしいということ。この辺は民間企業と違って融通が利かないようだ。忙しかったが結構おいしい夕食でした。
生ビール2本頼んだが、2本目は最後は少しもてあました。80代になってお酒によわくなった。皆は「卒寿まで元気に生きてくれ。皆でお祝いをしよう」と言ってくれた。
 結局、従業員は姿を消していたが、8時半まで飲んでいた。
 すっかり疲れてしまい、部屋に戻ったらすぐ寝てしまった。

2日目は6時、朝風呂に行くが、目の前に見える淡路島の景色が素晴らしい。8時半、和歌山県立近代美術館に向かう。昨日訪れた和歌山城の隣です。
Jさんが友人に「和歌山へ行く」といったら、「是非県立美術館を見てこい」と言われたという。9時5分についてしまい、地下の駐車場に車を入れた。開館は9時半ということな
ので、ロビーに座り開館を待つ。65歳以上は無料と言うことだった。
美術館は昭和38年「県立美術館」として建てられたが、平成6年、黒川紀章の設計でリニューアル、「県立た代美術館」になったそうだ。
[薔薇色の鏡]と題する銅版画の企画展をやっていた。
「佐伯祐三」(1898-1928)の作品も見た。
この美術館は彼の作品を多く抄有しているそうだ。Jさんが毎日新聞の号外を持ってきた。今日から和歌山県美術展が始まるという号外。テレビノスタッフも入っているらしくざわざわしている。
「一寸はいってみない」と言うので覗いてみた。
絵画部門の最優秀賞「冬」と題する少女の立ち姿を描いた作品が印象的だった。
11時前、美術館を出て境に向かう。(続く)
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