古稀の青春・喜寿傘寿の青春

「青春は人生のある時期でなく心の持ち方である。
信念とともに若く疑惑とともに老いる」を座右の銘に書き続けます。

転倒した話

2010-04-19 | マラソン
 恥ずかしながら大失敗の報告です。
 16日の朝、7時過ぎいつものジョギングに出かけました。
走っていたら、ある瞬間、突然記憶がなくなりました。しばらくして、走っている自分に気がつきましたが、どうもへんです。
 足が痛い。見ると、両足とも膝頭の側を擦りむいて血がにじんでいる。顔の感じがおかしいので頬を抑えると頬骨が痛む(外傷はないことは帰宅後確認しました)。
「転んだ!」、でも転んだときの記憶が全くないのです。腕のストップウオッチを見ると、辺りの景色と比べていつもより2分遅い。(転倒?による)ロスタイムが2分だ。
 転倒は珍しくありません。年中走ってますから、一年か2年に一度くらい転倒するのは珍しくない。でも、今まで、転倒した場合、どのような状況で転倒したかは、詳細に記憶しています。ところが、この日は、転んだことさえ記憶にない。いったい何が起きたのか?
 お城と名城公園をいつも2周するのですが、2周目に入ってお堀端の南西の角にある公衆トイレの側にきた時、1周目にこのトイレの側を通った記憶が全くないことに気づきました。「ああ、ここのトイレ側を通る直前の上り坂で転倒したのだ!」と分かりました。
 いつもより軽めにして9km走って家に戻りましたが、どうもいつもと様子が違う。
 すごく足が重い、疲労しているのです。
「9km走っただけなのに?」まるでフルマラソンを走った後のような足の疲労です?
手帳のメモを見直しました。この1週間、走った距離は39km。
「そうか!走った疲労が翌日解消してないと蓄積される。連日の疲労が蓄積されて40km近く走った状態になっていたのだ」。疲労すると転倒しやすくなります。頭の中で、20センチ足を上げたつもりでも実際は10センチしか上がっていないということが起きるからです。
 9km走るぐらいで疲労が翌日に残ることはありえなかったのですが、疲労回復能力も体力の一つ。体力は加齢とともに衰えるが、その衰え方には、毎日徐々に落ちていく場合と、ある日急に低下する場合がある。どうも、疲労回復能力は後者のようだ。
 そういえば、今年になってから、朝、走り始めると膝が痛くなる日が時々あった。今までにないことだったので、「体重が増えたのかな?」と体重計に乗ってみても、それほど増えたわけではない。
前日の疲労が回復していないから、膝が痛む日があったのだ!
その日は、あまりに疲れていたので、水泳はお休みにしました。

あくる日(17日)、朝5時に起床しました。この日(4月第三土曜)は名古屋城から金沢兼六園まで走る250kmウルトラマラソンがあり、例年のように、名古屋城正門前まで走っていき、6時に出発する選手を拍手で見送るつもりでしたが脚が痛むので取りやめ。

 プールに行って泳ぐと、水を蹴る際、両足の擦りむいた個所が痛みますが、泳ぐことはできました。でも右の掌がいたくて、よく曲がらない(転んだとき右手を地面に突いた?)。
この日はもう一つの転倒後遺症にも気づきました。
 トイレ(大の方)でイキムと頭がすごく痛いのです。つまり、転倒した際、頬を地面にぶつけて、その衝撃が頭の骨に残っているらしく、頭の骨に圧力がかかると痛むのです。
「これだけ痛むのだから、相当ひどくぶつかった。その衝撃で瞬間的に脳の中の短期記憶が消滅したのだ」
 思っていた以上に重傷だったようです。以上「年寄りの冷や水」の話です。

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