古稀の青春・喜寿傘寿の青春

「青春は人生のある時期でなく心の持ち方である。
信念とともに若く疑惑とともに老いる」を座右の銘に書き続けます。

2017年の夏(2)原爆の日

2017-08-09 | 経済と世相

 

 

8月6日は、広島に原爆が投下されて72年の記念日です。

8時15分から広島の記念式典がTVで放映された。広島市長の演説に比べ安倍首相の演説はまったく迫力がなかった。

国連の「核兵器使用禁止条約」に関連して首相は「核兵器保有国と非保有国とがともに参画してはじめて実効ある核兵器廃絶はできる」というのだが、それが日本政府が国連の禁止条約に参加できない理由になるのだろうか。

 9時からEテレの日曜美術館で、北大路魯山人を取り上げていた。ゲストの女優樹木希林が魯山人の言葉を紹介していた。「人間はいつ死んでもいいの、なぜなら、生きているうちにこれだけはやらなくてはいけないというようなことは何もないのだから」という。

自分も80を超え、平均寿命を超えてくると、そう思うようになる。

日美を見終わってからプールに出掛けた。先月、整形外科医で「腰が脊柱管狭窄症を起こしているから、バタフライは止めた方がいい」と言われて一月ほどバタフライは止めている。しかし、「脊椎刊狭窄症」の本を読んだら、「全然腰を使わないのも帰って治りが遅くなる」とあった。

「クロールを泳げばいい」。バッタより腰の負担は少ないが、クロールも腰をゆっくり動かして体を前進させるはずだ。クロールとバックで1000m」弱泳ぐ。このところバッタを泳いでいないので、最後に25mだけバタを泳いでみた。すると気のせいかもしれないが楽に泳げる。クロールで腰を鍛えることができるのだ。と気を良くして水から上がった。

イーオンで弁当を買い帰宅する。帰宅後TVをまたみた。NHKアーカイブ「ヒロシマ原爆投下から72年、核亡き世界を目指して」を13:50~15:00まで見た。

 1945年8月呉を空爆した米国爆撃機が艦砲放火を受けて山口県に落下した。その乗組員の多くが広島に連行され原爆で死んだ。NHKのスタッフがその遺族を訪ねて取材したドキュメンタリだった。

米国の軍人が、米国の落とした原爆で殺される、隠れた戦争悲劇の報道でした。

その後、野球の中継を見た。中日巨人戦です。9回に登板した岩瀬投手が950試合登板の日本記録達成の試合でしたが、70年以上プロ野球の試合をみていますが、こういうケースは初めて!という顛末でした。

9回裏、5:4で中日1点ノリードで岩瀬登板。最初の打者は三振。その後四球・安打でランナー1,2塁になりました。次の3判坂本がセンターに大飛球。背走した大島が捕球したのです。この時1塁ランナーは2塁ベースを越えていました。捕球を見てあわてて1塁へ帰塁したのですが、2塁ベースを踏むことを忘れて帰塁した。内野に戻った球を持った野手がベースを踏んでアッピール。審判が走者アウトを宣告、試合が終わりました。

夜はまたテレビを見ました。9時からのNHK特集、「被爆者55万人のビッグデータから解析した72年目の真実」はいい番組でした。

「真珠湾」を日本がやったのだからヒロシマは仕方がないというのが米国の言い分らしいが、真珠湾とヒロシマは全然違う。真珠湾は戦争施設に対する攻撃であったが、ヒロシマは一般市民の虐殺です。真珠湾は戦争ですが、ヒロシマは犯罪だと思いました。もちろん、ヒロシマを招いた開戦をした愚かな日本人の政治家の責任を否定するものではないのですが。

8日午前には「中島飛行機」を取り上げたNHKスペッシャルも放映されました。これも印象的な内容ですした。

 戦後も72年経つと立派な番組が放映されるようになるものですね。

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