古稀の青春・喜寿の青春

「青春は人生のある時期でなく心の持ち方である。
信念とともに若く疑惑とともに老いる」を座右の銘に書き続けます。

堺市と鋳物師博物館

2016-10-15 | 旅行
「市役所の駐車場が有料なの。さすが大阪だなぁ」堺市役所の駐車場に着いたとき、Hさんが吃驚したように声を上げた。「30分200円の表示がある」。確かに愛知県や岐阜県では考えられないだろう。ただし、表示には「市役所の部局に御用の方は1時間以内無料」の掲示もある。
 なぜ、堺の市役所に来たのか。目的は、仁徳御陵の前方公園墳を見たいと思ったのです、何しろ面積では江界最大の御墓である。そばに行ってみても方なのか円なのか、全体がどうなっているか、全然わからない。高い所から俯瞰すればよいだろう。高い所がどこかにあるか、ネットで調べたら、市役所の21Fに無料の展望室があることが分かった。そこで市役所に立ち寄ったわけだが、大阪の市役所は商売上手である。そういう客も来ることを見越して、展望室の入場は無料でも駐車場で稼ぐわけだ。
21Fに上がると、展望室の窓際に展望風景と何が見えているかを絵で表示している。
「ボランテイアによる無料のガイドがある」との掲示を目ざとく見つけてJさんが依頼する。4人そろってのガイドの説明を聞いた。

名札を示し、「私は唄(ばい)です。北海道美唄市の唄(ばい)です。といっても、「堺市生まれの堺市そだちです」。

「仁徳天皇は16代目の天皇です。今上天皇は何代目かご存じですか」。「125代だったかな」と小生。「正解です」から始まって、朝鮮から多くの帰化人が渡ってきて日本の文化が創造したこと。あそこが仁徳天皇陵、こちらが○○天皇陵とこまごました説明。

「堺市の堺の地名は、摂津、和泉、河内の3国の境にあったことに由来します」。と、雑学も教えてくれた。聞き惚れていて1時間も聞いてしまった。疲れてきたので、礼を述べて帰ることにする。駐車料金は600円だった。
 2時近くになっていたので、次の目的地に向かう。次は「みはら歴史白部位つ刊である。「みはら」とは堺市美原区の意味。この辺りは昔朝鮮から鋳物の技術者が渡ってきて住みついたらしい。いわゆる河内鋳物師(かわちいもじ)と呼ばれる技術史集団です。奈良の大仏の修復にも活躍したことが史料に載っている。梵鐘などの他、鍋釜の日用品もつくったようだ。そこでこの美原区に河内鋳物師の博物館が作られている。65歳以上は無料だった。
 見学後、館内のレストランで腹ごしらえをした。
カレーライスを頼んだら、ご飯は白米ですか。古代米もたきあがっていますが」と古代米を食べさせたいみたいだ。お勧めの古代米でカレーを食べることにした。
 3時雄過ぎたので帰ることにした。
帰りは松原iCから高速に乗り、直ぐJCから西名阪に入る。天理でつなぎの一般道を経由して東名阪に入った。亀山を過ぎて渋滞を避け、一般道を走ったが、暗くなってきて、道に迷って鈴鹿ICにはいるのに手間どったが、再度高速に乗ってからは順調、名古屋西ICから名古屋高速。駅新幹線口に7時前到着し、ここで解散。二日間の旅を終わりました。
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